妖精の守護者 ~the Guardian of fairy~
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ゴーレム
岩の巨兵。戦闘に特化した、優れた身体能力を持つ。
今、俺の目の前ある敵はゴーレムと呼ばれている。
ゴーレム。“妖精”と呼ばれる種族により作られた村の防衛装置。
何の感情も持たない冷たい瞳が、まっすぐに俺を射抜き、圧倒的物理差を以って葬らんと襲い掛かる。
「ゼス! 負けんじゃないわよ! 負けたら、今日の夕ご飯抜きだから!」
それは困る。なぜなら、食う寝る、釣りをすることが俺の生活サイクルだからだ。そのどれかが欠けてしまってはもう、それは俺ではなく、俺の皮を被った誰かなのだ。
「そんなこといって、別にお前が作るわけじゃないだろ」
「うるさい! いいから勝ちなさい! いい加減私に恥をかかせるな!」
先ほどから外野で女が騒ぎ立てている。あいつは、鬼だ。あの岩石の塊を、俺の素手でどうにかしろと言っている。鬼以外の何者でもない。妖精の皮を被った鬼に違いないのだ。
「うぉっ、てめっ、ちょ、まっ…………」
余所見をした僅かな時間、ゴーレムは待ってくれるはずもなく、その俊敏な足で一気に間合いを縮め、俺の顔面へ容赦なく拳を叩き付けた。さようなら、俺の人生。
「ほっっっっっっっっっっっっっっっっっと使えないわね、お前って!」
目覚めるとそこは天国、ではなく、村の広場だった。どうやら気絶していたらしい。生きていることが不思議なほどの打撃を食らったはずなのだが、どうにか生きている。
「無理に決まってんだろ? あいつ岩だぜ? どうやって倒ってんだよ。というか、俺が生きていることが奇跡なんだけど」
「当たり前でしょ! お前もゴーレムなんだから! 私が死ななきゃお前は永久に生き続けるの! 何回も説明したでしょ! 馬鹿なの!? アホなの!?」
そう。俺も先ほど戦っていたあの岩男(あだ名)も同じゴーレムだ。村を守るために、妖精により生み出された生命。主人である妖精のためにその命を捧げ、忠誠を尽くす使い魔、のような存在らしい。
「はぁ……なんで私ばっかり……」
「おい、そんなに自分を責めるなよ。努力していればいい事あるって。あきらめんなよ」
俺は主人に励ましのエールを送ってやった。こいつは小さいわりに頑張っているから俺としてもほんのちょっぴり、心が痛いのだ。
「誰のせいよ!! お前とリンクしてからいいことなんて何一つなかったわよ! この疫病神!」
ひどい言われようである。こちらとしても日々精進を続けているわけで、この前だって湖で主を釣り上げて帰ってきたのだ。着実に力をつけていると自負している。もっとも、家に持ち帰ったらすぐに燃えカスにされたのだが。せめておいしくいただいて欲しいのだが、愛釣家からのお願いだ。
「リーゼロッテ、そんなにカリカリすんな。負けたものはしょうがねぇ。次があるだろ」
「昨日も聞いたわよそのセリフ! ねぇ、何かないの? 獣人みたいに変身するとか目から光線出せるとか腕が取れて飛んでいくとか」
「あいにく、健康的な体が取り柄だな」
主人は俺に侮蔑と蔑みの目を投げつけ、やがて諦観したように無言で去っていった。背中には一緒に来るなとでもいいたげな殺気を放ちながら。どのみち、帰る家は同じなんだがな。というか、無茶振りが過ぎる。人間じゃあるまいし、そんな兵器みたいな機能、あるわけないだろ。
「しゃーねー……釣り道具は家だし、散歩でもすっか」
俺の主人、リーゼロッテは妖精である。妖精っていうのは、御伽話に出てくる可愛らしい、小さな生き物……ではなく、そういう種族の名称だ。
人間、獣人、ミゼット、エルフィン、そして妖精(フェアリー)っていうのがこの大陸で生活している。その中でも、大陸の北側、森で覆われた“ラー・ラガリア”と呼ばれる地域が妖精たちの国になっている。どの種族とも関わらず、自らの持つ魔法と知恵によって築き上げた妖精王率いる謎の多い生命体。
その妖精にとって、作られた戦士。それが俺たち機動兵、通称ゴーレムと呼ばれる自立型魔法生命体という妖精魔法によって作られた人形だ。
妖精は強力な魔法を扱うが、その反面、肉体的にはどの種族にも劣る。それを補うために、壁としての役目を果たすのが俺たちの仕事。
感情を持たない、人形。主のために命を捧げる戦士。優れた身体能力を誇る守り手。
え? 俺? 俺もゴーレムだよ。その割には色々違うって? はっ! 俺はあんな脳筋たちとは違って、頭で勝負するタイプだからな。
知能タイプのゴーレム、なんとも使えない響きだった。
「あー……俺、本当にゴーレムなんだよな? 感情あるし、あいつに命を捧げるなんて嫌だし、弱いけど、ゴーレムなんだよな? なぁ?」
誰に問いかけるでもなく、俺はつぶやいた。住人が不思議そうに俺を見つめている。変人に思われただろうか。気にすることはない。もともと、俺は村人にとって奇異な目で見られている。
ゴーレムなのに、感情を持っていること。
連中にはそれが不気味で仕方ないらしい。
「おい」
「…………」
「おい、そこのハゲ」
「……ゼス、家はゴーレムに売るもんは何もないよ」
店屋のハゲはいつも俺に冷たい。こいつは俺の主人、リーゼロッテのファンであいつのゴーレムである俺のことが嫌いなのだ。マジでロリコンくそハゲ頭である。
「聞いたぞ。また負けたんだってな? お前は村の中でも一番のゴーレム使いであるリーゼロッテちゃんのゴーレムなんだぞ? 少しは自覚を持たんか」
「リンゴ一つくれ。代金はリーゼロッテにツケな」
「大体、お前は何者だ? いきなり彼女の前に現れたと思ったら、住み着くようになって。もし彼女を泣かすようなことがあれば、許さんぞ。あと、ツケはできんし、ゴーレムに商売をするつもりはない。帰れ」
「心の狭い親父だ。だからその年で独り身なんだ。若い女の尻を追っかけている暇があったら、少しはそのハゲを隠す努力をしろよ」
「……てめぇ、人が大人しくしてりゃ、つけあがりおって……」
店屋のハゲは指を鳴らすと裏口から巨大なゴーレムを送り込んできた。親父のゴーレムも巨大で屈強な体を持っている。岩で出来た肉体はどんな武器も貫通することはできないだろう。
「……じゃ、忙しいみたいですので。私はこのへんで」
「逃がすと思うかこの糞ガキが!」
「暴力反対!」
素早く店先を抜け出し、俺はハゲのゴーレムから間合いを取った。どうやら、村で暴れるつもりはなく逃げ出した俺を悔しそうに見つめていた。ざまぁみろ。
それにしても、今日は同じゴーレムに襲われてばかりだ。ゴーレムには体のでかい奴や小さくてすばしっこい奴。人間型のもあれば獣の姿をしていたり、鳥みたいな空を飛べるものいるが、一般的なのは、ハゲみたいな体のでかい奴が守り手にふさわしいのだ。
「……げっ、言ってるそばから、嫌な奴に出くわしてしまった」
「人を化け物みたいに言わないでくれる?」
ずーん、と高く聳え立つ壁、ではなく岩の巨兵。先ほど俺をいじめにいじめた、鬼畜ゴーレムは相変わらず生きているのかわからない灰色の瞳で俺を見ている。
戦いにのみ、唯一行動を許された戦士は静かに主の前へ歩み寄った。
「……ジェノス、大丈夫よ。そいつ、無害だから。下がってよし」
「はい、主様」
厳かな響きでゴーレムは引き下がる。そして、そいつの主である妖精の女は面白い玩具でも見つけたように俺の目の前に現れた。
羽根は、四枚。妖精は、その羽根の数で魔力の強さが決まる。
ちなみに、妖精王は八枚羽根。その魔力の高さは、大陸を滅ぼすほどの力を秘めていると言われている。恐ろしい話だ、できれば一生関わりたくないのであった、まる!
「リーゼの雑魚ゴーレムが、村に何の用? さっさと家に帰って、反省会でもやってなさいよ」
「よう、ジェノス。相変わらず、いいパンチしてるな。死ぬかと思ったぜ」
「ゼスこそ、いつも本気のつもりなのですが、その生命力は驚嘆に値します」
ジェノスとは、仲が良い。隣のお嬢とリーゼが幼馴染ということもあり、いつも練習に付き合ってもらっている。もっとも、俺が勝てた試しなど、皆無なのだが。
「ちょっと、無視すんじゃないわよ! ゴーレムの分際で!」
「うっせぇな、ルーチェ。俺とジェノスは常日頃から拳を交えている相棒なんだ。お前の取り入る隙はねぇんだよ」
俺はジェノスの分厚い拳に、コツンと己の小さな拳を当てて見せた。そんなことをしても、こいつには意味など分からないとは思うが、これは気持ちの問題なのだ。
「……ふん、相変わらずヘンテコなゴーレムね。そんなことをしても、ジェノスには伝わらないわよ」
「いちいち、わかったことを口に出すんじゃねぇよ。こういうのは、気持ちの問題なんだよ。女のお前にはわからねぇだろうがな!」
「さっきからお前お前ってねぇ! ゴーレムのくせに頭が高いのよあなたは! リーゼに教育してもらってないのかしら!」
「あいにく、うるさい女と頭のいい女には従わないことにしている」
「あ、あらそう。それでは、仕方ないわね」
どう考えても前者なのだが、何を勘違いしたのか、頭の良いルーチェさんは大人しく引き下がった。これ以上、からかうのも可愛そうなので、俺が突っ込むこともあるまい。
「……私には別にいいけどね。他の妖精たちには気をつけなさいよ。妖精は皆プライドが高い。自分の名誉を傷つけられたと知ったら、決闘を申し込まれることだってあるんだから」
「そうだな。覚えておく」
「変に素直よね、あんたって。リーゼも苦労するわ――――いくわよ、ジェノス」
「はい、主様」
ルーチェの命令を待っていたかのように、ジェノスは大きな手のひらで主をすくい上げ、英雄のような足取りで去っていく。ルーチェはアホの子だが、その実力はかなりのものだ。四枚羽根といえば、もう立派な戦士の証だろう。あの若さでたいしたものだ。さぞ、血のにじむような努力をしたのだろう。
それは、リーゼも同じだ。あいつは誰よりも戦士になりたがっている。
「……そういえば、今年もやってくるわね、アスタリア祭」
アスタリア祭。そういえば、もうそんな時期だったか。
女神アスタリアはこの大陸の全ての民が信仰する共通の神様だ。どの種族も、その日は光の女神アスタリアの寵愛を受けることができる。それを祝う祭りということだ。つまり、屋台で食い放題ということだな。
だが、この村ではクソむかつく変わった風習があるのだ。
「あのゴーレムを競わせる鬼畜大会かよ。去年はジェノスが準優勝だったな」
「私と! ジェノスが、ね! とにかく、今年は妖精王もわざわざ見に来るらしいわよ。これはチャンスだわ! 妖精王の目に留まることができれば、王宮勤めを夢じゃない!」
「すがすがしいほど、欲望むき出しだな。ジェノスよ、頑張れよ」
「……はい、ゼスも」
俺は頑張っても意味なんかない。そうジェノスに言う気にもなれず、黙ったまま気合を入れる二人の姿が消えるまで見送った。
しかし、そうか。このところ、リーゼの扱きが厳しいのは、そのせいだったのか。
これは、ますますやる気になるわけにはいかなくなったな。
何てったって、あの大会で万一にも優勝すれば、戦時下で戦うことだってあるかもしれない。
まぁ、俺が万一にも優勝などできるわけないのだが。
「っていうことがあるんですよ、仙人」
俺は、自分の心を清めるために、いつもの場所に座った。今日は釣り道具を置いてきたため、隣のお客さんの実力を見定めながら湖の心地よい空気を感じている。
ここは、俺にとって唯一安らげる場所なのだ。家に帰ればリーゼにどやされる運命が決まっている。そのため、なんとも帰りずらくなった時、ここに立ち止まって夜空になるまでぼけっと立っているのが俺の日課だった。そのあと、更に怒られるという負の連鎖が待っているのだが、どの道怒られるなら、一緒のことだな。
「そうかぁ~ゼス君は毎日大変だねぇ」
「そうなんすよ。俺ってば何でゴーレムなんてやってるんすかねぇ? もっとこう、大事なこと、あると思うわけですよ」
「なんか、転職を考えている人みたいだねぇ」
「実際、そのほうが楽かもしんないっす。俺、根性ないから、ゴーレムとか言う職業、向いてないっていうか」
「とりあえず~ゴーレムは転職できないから、ね?」
仙人は、俺に厳しい現実を突きつけた。俺の隣で竿を握る男は、釣仙人と呼ばれている(俺がそう呼んでいる)ここでボケッとしている俺を見かねて、竿を握らせてくれた、つまり俺に釣りの喜びを教えてくれた人生の師匠と呼んでも差し支えない。いつもニコニコと好々爺のように笑っている。俺がここに行くと、たいてい釣りをしているのだ。かなり暇人でやることがないに違いない。働けと一言言ってやろうかと、今度考えている。
「しかし、君も同じ愚痴ばかりだねぇ。そんなに嫌なら逃げちゃえばいいのにさぁ」
それは、確かにそうだ。俺は常々そう思っていた。思ってはいたのだが、なかなか行動に起こせなかった。それは、なぜだろうか? 何か大切なことを忘れているような気がしないでもないくもない、が。
「あれだね、明日やろうって引き延ばしにして、結局やらないっていう」
「そうか……俺は怠け者だったのか……! くそ、今更わかっちまったよ!」
「……ほんとに、今更だよ~」
俺は拳を握り締めて、決心した。やっぱり仙人は尊敬できる。ここにくれば自分を見つめ直すことができる。更に新しい自分を見つけ出し、自分がどうすればいいのかという答えを見つけ出してくれた。
「ありがとう仙人。俺、わかりました」
「いやぁ、冗談だって、本気にしな」
「俺、ゴーレムやめます」
「いや、あの」
「それで、仙人のような釣りで生きていきます」
「いや」
「もう、自分から逃げたくないです」
「い」
「この、思い、冷めないうちに伝えに行きます」
「…………行ってらっしゃい」
仙人は、何かを諦めたように優しい眼で、俺を見送ってくれた。仙人はやっぱり仙人だったんだなぁ。俺も早くああなりたいものだ。
「君は、リーゼとシャルを見捨てるのかい?」
「……俺はそういう奴ですよ」
突き刺さるような強い言葉が、俺の背中を襲った。
見捨てる? そういう関係ではなかった。
俺は、きっと駄目なゴーレムなのさ。
「どこを…………ほっつき歩いてたのよ、このボケ!!!!!!!」
「よし、決めた。ゴーレムやめる」
家に帰るとそこには鬼が立っていた。玄関越しで寂しそうに俯くリーゼを見ていると、なんとなーく申し訳ない気持ちに、ならなくもなかったが、やっぱり気のせいでした。
「リーゼ、ご近所さんに聞こえちゃうよ。ゼス、お帰りなさい。晩御飯出来てるよ」
それとは正反対にやさしげな声が奥から聞こえてきた。リーゼとそっくりの顔だが、体は成熟しており、大人の妖精という感じの女。シャルロッテは、リーゼロッテの姉だ。声は幾分かおっとりしており、リーゼとは正反対の性格だった。
「待て、お前ら、今日はお別れを言いに来たんだ。俺は旅に出る。自分を見つめ直すことにした」
「えええ!? 嫌だよ、ゼスとお別れなんて~!」
「姉さん、落ち着いて。クソゴーレム、意味わかんないこと言うな。お前は私たちとリンクが切れた瞬間、死ぬのよ」
「そういって、今まで騙されてきたが、今日という今日は騙されんぞ」
俺は堂々とリーゼに啖呵を切ってやった。リーゼは冷たい表情のまま、なにやら呪文を唱えた。やばい、攻撃されると、反射的に身をかばおうとするが体が動かない。自然に倒れこむように地面にキスをした。大地の女神、愛している。
「……ぐぉぉぉぉぉ体が、うごかねぇ!」
「……これでわかった? お前は人形なの。分かったら、謝りなさい。そうしたら、今日のことは許してあげる」
「シャル、俺とリンクしてくれ。今日からお前が、俺の主人だ」
「えっ? えっ? わ、わかった! えい!」
死んでもリーゼになんか謝るか、という俺の捻じ曲がった根性は、シャルへ媚びるという結果に至った。みるみるうちに俺の体は生気が漲り、顔面の泥を拭い去ることができた。
今、俺の体はシャルからの魔力を受け、動いている。つまり、俺はゴーレムをやめることができないということだ。人生に絶望した瞬間だった。
「ちょっと、姉さん!? 何でこいつのいいなりになってんのよ!」
「だ、だって、かわいそうだったんだもの……」
「全部ゼスが悪いのよ! ゴーレムの癖に勝手に行動したりするから」
「……でも、ゼスは戦闘用のゴーレムじゃないわ。リーゼ、またゼスを戦わせたでしょ?」
「うっ…………だ、だって」
「だって、じゃありません。ゼスに謝りなさい」
「うぅぅ…………」
最高に気分の良い瞬間だった。リーゼは姉に逆らうことができないのだ。普段おっとりしてはいるが、怒るとかなりおっかないのだ、この姉は。リーゼの泣きっ面を拝みながら食う飯はさぞうまかろうなぁ!
「何を笑っているの、ゼス? こんな時間まで遊びまわって……どれだけ心配させたと思っているの? ゴーレムの自覚を持ちなさい。そしてリーゼに謝りなさい」
「……くっ、なぜ俺まで」
「……バーカ」
「あっ? ざけんなバーカ」
「うんこゴーレム!」
「おねしょ女!」
「お、おねしょなんてしてないわよ!」
「してましたー! あれはそう、お前がまだちんまかった時のこと……」
「小さい頃の話なんて卑怯よ! 馬鹿ゼス!」
「なにおう! ぺったん妖精!」
「ぺっ……もう怒った! 絶対許してあげない! 謝っても絶対にリンクしてあげないから! 一生姉さんと契約してろ!」
リーゼは俺の顔面に思い切りのいい張り手を繰り出すと、そのまま自室へどすどすと地響きを上げながら入っていった。がしゃりと鍵のかかる音がすると、一瞬のうちに静寂が我が家を包み込む。
「……はぁ、どーしてケンカするのかなぁ」
「それはだな、あいつが突っかかってくるからだ」
「じっとしてて、鼻血、出てるから」
俺は冷めてしまった夕飯を食べながら、シャルの手当てを受けた。なんともみっともない姿だ。誰かに寄生しながら生きて、ご飯を作ってもらい、手当てまでしてもらう。あげく、怒鳴り声を上げ、近所迷惑極まりないときた。
「……すまん」
「どーして、それが、リーゼに言えないのかなぁ」
それは、なぜだろうな。自分でも不思議なのだが、あいつに謝ったり許しを請うのは絶対にしたくない。シャル相手ならいくらでも言えるのに。やっぱり、俺があいつを主人と認めないからだろうか。きっとそうなのだろう。
「今日のことでわかった。俺はあいつとリンクしない。あいつは、今年のアスタリア祭で俺と参加しようとしてたんだ。いきなり、ジェノスと試合を組んだときから変だと思ってたんだがな」
「アスタリア祭に……? どーしてかなぁ? あっ……」
シャルは、少し考えこんでいたが、はっと息の呑んだ。どうやら、思い当たる節があるらしい。かくゆう俺も、なんとなくだが察しはつく。
「母ちゃんだろ? お前らの母ちゃん、アスタリアの戦士だったらしいな」
「…………うん。マーテル母さんは、最強のゴーレム使いで、自分自身も優秀な魔法使いだった」
英雄、マーテル。かつて、この世界は邪悪な者に支配されていた。その邪悪な者に対抗するために、女神が特別な力を与えた妖精。
それが、アスタリアの戦士。
マーテルは、妖精王と共に旅をして、次々に邪悪な者を倒していき、遂にその主を倒して、世界に光を取り戻したとされている。
およそ、千年も前の話だ。マーテルと妖精王はアスタリアの加護を受け、不老不死となった。
しかし、マーテルは、
「今年は妖精王も大会を見に来るらしい」
「そう……なら、リーゼが張り切るのも分かる気がする」
「迷惑な話だ。戦うのは俺だってのに」
……英雄マーテルは帰ってこなかった。妖精王のみが村に帰還すると、森の扉を深く閉ざし、妖精の国をより豊かにした。来るべき、災厄に備え、民の中からゴーレムの使い手を選出する。
それが、アスタリア祭の真の目的なのだ。
「……ゼス、あなたが家に来てからもう十五年も経つわね」
「うあ? なんだ、突然」
「ううん……なんだかんだ言って、あなたは私たちの親代わりだったなぁと思って」
「そんなもんじゃねぇだろ。お前は小さい時からしっかりしていたが、リーゼは誰に似たんだか、まるで言うこときかねぇし」
「うふふ……本当に、誰に似たんだか」
何がおかしいのか、シャルはしきりに喉を鳴らしながら、笑っていた。
俺が、こいつらに出会ったのは、十五年ほど前のちょうど真冬の時期だったか。
簡単に言うと、俺は野垂れ死にしそうになっていた。自分が誰なのか、なぜ妖精の森で転がっているのか。その全ての記憶を失っていた。
一つの手掛かり、紙切れに書かれていたこと以外、俺は自分のことを何も知らない。
ゼス、という名前。ゴーレムという存在。この姉妹が主人であること。それ以外は何も知らされていないのだ。
「あなたが来てくれたおかげで、家が明るくなったわ。ありがとう、ゼス」
「おいおい、俺はこれからゴーレムやめるって言ってるんだぜ?」
「大会に勝つと、何でも願いを叶えてくれるらしいわよ」
「剣を寄越せ。俺は獲物がないと上手く戦えねぇんだよ」
なぜそれを先に言わなかったんだ、あいつは? それがあれば、俺はゴーレムをやめることもできる。いや、まて。釣り道具を新調することも可能だろう。ああ、夢が膨らむ。世界は美しいなぁ!
「嫌よ、私。お前とはもうリンクしないから」
どこから聞いていたのか。いつのまにかリーゼは、自室の扉前に寄りかかり、俺たちの話を聞いていた。盗み聞きをするなと言われなかったのか。いや、言ってなかったな。
「誰もお前と出るなんて言ってねぇだろ」
「はぁ? だったら誰と」
「シャル、頑張ろうぜ。優勝すれば母ちゃんこと、何か分かるかも知れねぇぞ」
「ええ!? わ、私? もぅ、すぐそうやって勝手に決めて」
「そうと決まれば、特訓だな。明日からびしばし行くぞ」
何てたって、願いを叶えてくれるなんていう怪しさ満点のごほうびが待っているんだ。これを狙わずして何を狙う? どんなことをしてでも、勝ってやる。どんなことをしてでもな……。
「~~~~~~! 勝手にしなさいよ! ぜ、ゼスなんて、大っ嫌い!」
「お、お前、どうして最後にビンタすんだよ……」
リーゼは、悔しそうに捨て台詞を吐きながら再び自室の扉を強く閉めた。熱をもった頬がじんじんと痛い。
「別に出てもいいけど……ちゃんとリーゼと仲直りしてね」
「そいつぁ無理な相談」
「し て ね」
「はい……」
やはりシャルに逆らうのは無理だ。まぁ、しばらく様子を見て、タイミングを見計らって何かあいつの喜ぶ物でも与えてやればイチコロだろう。
こうして、俺とシャルは大会へ参加するため、血反吐を吐くような特訓を行った。
その間、リーゼは俺たちの前に現れることはなかった。
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