ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第二十三話
「今日も疲れたなぁ……」
全身に水衣のように纏わりつく怠惰感に対しぼやきながら、槍を杖代わりにして宿舎まで帰る。五日もあれば慣れるとタカをくくってたけど、いくら神の恩恵によって身体能力が鍛えられているとはいえ急激な生活リズムの変化に幼い体がついていけるはずがなかった。
今回のアイズとの特訓。正直言ってかなりきつかった。いやね、アイズの戦闘自体も苦しいものがあったけど、それ以上に私という存在に対する違和感を覚えられたかもしれないって話。どう考えても引き受けない方が得策というか、その話を持ちかけられた時点で知らんふりを貫くべきだったんだけど、彼女の真摯な態度に心打たれて協力してあげたくなっちゃった。
私も伸び悩んでた時は苦しかったなぁ……。なんて言うか、ここが限界なのかもしれないって諦念が過ぎる瞬間が一番心に来るんだよね。努力しても超えられない壁があるって突きつけられたような感じがしてさ。まあ頑固に性懲りもなく続けてたら歴代最高になれたんだから、諦めなければどうとでもなると思ってるんだけど。
そんな人生哲学を通してアイズに協力したかった、というのが一理。当然だよね。それだけだったら正体がばれたときのリスクと釣り合わないし。こういう境遇じゃなかったら快く引き受けられたんだけど、厄介な身分になっちゃってるからある程度の区切りができないとね。アイズにも言ったけど、自分が周囲にどれほどの影響を与えるのか自覚しないとマズイ。
さておき、もう一方の理由とは即ち、私を監視する輩を見極めるためだ。
オラリオに戻ってきて冒険者として活動し始めたころから懸念していたことだけど、普通に考えて幼い女の子が毎日朝早くから夜遅くまでダンジョンにもぐり続けてたら嫌でも目立つ。しかも二十層くらいの戦利品とか魔石をゴロゴロ持ち帰っては換金してたら、換金所の受付の間で話題になるだろうし、そのままギルドに横流れするなり鼻の利くファミリアが目を付けるのは道理だ。
一番露骨に私を監視していたのはフレイヤ様だ。フレイヤ様も隠すつもりなんてさらさら無いようで四六時中私を見つけては監視してきたし、アイズの特訓中だってバベルの最上階から物見遊山してたし。本当に視線が物理を伴ってるかのような感覚で、監視される経験を積んでいる私でも居心地悪かった。
フレイヤ様は娯楽に飢えた神様たちの一人だ。私を玩具にしようとしているのか、はたまた良からぬ企みに巻き込もうとしているのか不明だけど、なるべく関わりたく無いかな。以前にも言ったけどフレイヤ様とは前世で妙な因縁が付いちゃってるし、フレイヤ様自身セレーネ様を敵対視してる節があるから容疑者の一柱でもある。白だったとしても、どちらにせよ私に抗う力が無い今無闇に接触するのは悪手だ。まあすでに正体は割れちゃってるだろうからあんまり意味のないことだけど。
で、フレイヤ様以外に実はもう二人くらいに見られてるんだよね。こっちが本命。深夜ということもあって住宅区は灯りが点いてる家は少なく、また人通りの無い細い裏道を行ってるため仄暗い。本当の一般人だったらしばらく目を慣らさないと目の前すら見えないくらい濃い闇だ。
そんな帰路を現在進行形で歩いているのに、ご丁寧に視線が纏わり付いてきている。どれほどの追跡能力があるか計るためにある程度煙に撒くような行動をしてみたものの、両者共に難なく付いてくる。
相当隠密行動に身を置いている者に違いない。しかもそういう人員を抱えるファミリアとなると数が絞れてくる。まあ神様たちは他派閥の情報収集に手を抜くことはあんまりない。いつ自分が出し抜かれたりするか解らないし、何より面白そうなネタを逃さないため情報網は最大限に広げているのが体外だから特定することまでは無理だけどね。
問題はこの追跡者二名が私という存在に違和感を覚えているということだ。この二名のうち一方はアイズとの特訓最中から尾行してきたんだけど、もう一方は随分前から私をつけている。たぶん怪物祭の一件あたりからずっと。
中々目をつけてくるのが早いことから警戒していたけれど、一向にやめる気配が無いからいい加減向こうも私の抱える違和感に対して嫌疑から確証に切り替え始めていると思う。
今下手に神様たちに私のことを知られると面倒だ。だから敢えてアイズとの特訓を追跡者に見せることで向こうが食いついてくるのを待ったのだ。いわゆる陽動だね。全部自分ひとりでやってるけど。
【自然治癒】があるとはいえ深い疲労を蓄積した体は今にも寝たいと瞼を重くしてくる。今日だけ一時間ちょっと長く寝ようなどと考えながら足を動かし続けて三十分。
ようやく追跡者が餌に食い付いた。
「───」
曲がり角に身を押し込んだ瞬間に、可能な限り最速最短で上空へ登る。
「っ──!?」
私が躍り出た屋上から夜空を見上げても何も見えない。綺麗な星たちが瞬いてるくらいだ。でも、確かにこの暗闇の中から不自然な息漏れが聞こえた。
屋上に足を着けたと同時に一気に蹴り出し、何も無い空間へ銀槍を突き出した。
ビリリッ、と。暗闇から一枚の布切れが剥がれ落ちた。ただし、私の頭上より少し上の方から。
周りに背の高い家は無く、当然私の上から何かが降ってくるなんてことはありえない。しかし何も無いところから忽然と布が現れるはずも無く、また千切れた音も鳴るはずもない。
こんな不可思議な現象を起こせるのは、魔法だけだ。
槍が引き裂いた布の面積はかなり大きく、私の顔をすっぽり隠せるくらいだ。その損傷は大きかったのか、何も無いはずの暗闇の一部が不自然に屈折し始め、とうとうその姿を現した。
「くッ、私としたことが!?」
青空のように澄んだ水色の短髪に、同じ色の瞳。冒険者に似つかわしくないくらい清純な顔立ちをした眼鏡の少女だった。眼鏡を掛けているせいか理知的な雰囲気が出ている。
そして布だと思っていたのは違ったようで、どうやら彼女の頭に付けられている帽子のような防具の一部だったらしい。ツバ状の形を取っていたであろう前部が不自然に欠けていた。
同じく特徴的な靴。くるぶし辺りから小さな羽根が生えており両足合わせて四本、まるでその靴が鳥であるかのようなデザインであり、事実、その靴は少女を空中に浮かせていた。つまり魔道具だったのだ。
追跡がばれたことによる動揺なのか、はたまた魔道具へ寄せていた信用を裏切られたことによる驚愕なのか、レンズ越しの瞳は限界まで開かれており、表情は苦虫を噛み潰したようである。
「身を透明にする帽子に空を飛ぶ靴ねぇ……。そんな稀代な魔道具、そう簡単に作れるような代物じゃないはずなんだけど」
もうこちらの素性がばれたに等しい。
ちなみに彼女の追跡能力は非常に高い。超が付くほどレアで実用性最高の魔道具も併用していれば、まず気取られることはないくらいだ。ただ生憎と視線に晒される人生を送ってきた私にとって、君の凝視は痒くなるくらい解りやすいものだったよ。ま、逆にそれくらい上手い尾行を簡単に見破れる時点で、私の素性が露見してしまうというわけだ。
ただ相手から見れば私は限り無くきな臭い奴くらいにしか見えないはずだ。少なくともこれだけの判断材料でクレア・パールスだと断定できないはずだ。専用魔法は誰も見てないときに使っていたし、念のため体術も控えていたし。
だから私はさしずめ「やれやれ正体が割れてしまっては仕方ない。消えてもらう」的な態度を取ることにする。
私の独り言とも取れる言葉に少女は表情をきつく引き締めた。
「これは帽子ではなく、兜です」
「あ、そうなの? ちなみにそれは君が作ったの?」
少女は今度こそ沈黙し、すっと腰から短剣を取り出し構える。表情的に図星だから、きっと彼女が作ったのだろう。そうだとしたら彼女はかなり高名な魔術師か、発展アビリティに【神秘】を持つ冒険者のはずだ。
ただでさえ魔道具の製作の難易度は高いのに、身を透明にしたり空を飛べたりする魔道具となると魔法大国が抱える優秀な魔術師でも片手ほどしか作れないレベルだ。もしくはかつて賢者の石と呼ばれた永遠の命をその手で作り出した賢者が発現していたと言われる、魔法やスキルと並ぶかそれ以上の猛威を振るう【神秘】を備えているはずだ。【神秘】は簡単に言ってしまえば魔道具製作に特化した発展アビリティで、製作した魔道具の質を格段に上昇させる他にでたらめな効果を付与できるというものだ。まあ極めれば永遠の命すら生み出せるんだから、透明人間になれようが空を飛べようが納得してしまえる。
当然だが【神秘】なんて発展アビリティは神様たちで言うスーパー超絶レアだ。ギルドにステイタス情報を公開しなくてはならない以上、彼女の名は嫌がおうにもオラリオ全土に広まっているはずだ。少し調べれば彼女の所属ファミリアも解るはずだ。
そのことを重々承知のようで、ここで私を拘束して本拠地へ拉致する気らしい少女はナイフを構え、油断無く私を敵視する。
私的には疲れてるし、やられたふりして本拠地に潜入するのも良いけど、それはさすがに周りへ情報を拡散させるだけだからダメだよね。
はぁ……アイズと訓練した後だからあんまり戦いたくないんだけどなぁ……。
全身全霊で「私戦いたくないよ! 察してね!」みたいな雰囲気を醸し出すけど、少女は完全無視。それどころかこれを罠とみなしてるらしく、いかに安全に私を捕らえるか策を練っていそうですらある。
戦うしかないか……と思ったけど、待てよ? もしかしてこれ穏便に話を付けられるかもしれないぞ?
「戦うのは別に良いけど、その前に君、今この場がいったい何人に見られてるか自覚してるかい?」
「……っ? 何を……?」
「あぁ、やっぱり気づいてなかったんだねぇ」
私がもったいぶるように言葉を渋らせながら体を捻る。イメージ的には「それは困ったなぁ本当に困ったよぉうんうん(棒読み」という態度だ。
さすがにイラっとしたらしく口元を一瞬引きつらせた少女は、なお冷静であろうと努めた口調で問いただす。
「下らない御託なら後で聞きます」
「私が知ってるだけで二人は見てるよ。その内一人はバベルの屋上で葡萄酒でも飲んでそうだし」
バベル、という単語で合点がいったのだろう。さっと背後に聳え立つ摩天楼に一瞥をくれてやった少女は露骨に舌打ちをし短剣を腰に戻す。
そりゃそうだよねぇ。ゼウス様もヘラ様もいない今の時代で言う最大派閥なんてロキ様かフレイヤ様くらいだし、ここ一ヶ月で調べて解ったことだけどロキ様の本拠地は一等地にあるから、バベルの最上階を使えるのはフレイヤ様のみ。あの神様が目を付けている人に手を出したらどうなるか、冒険者ならば誰もが容易に想像できるはずだ。
私のハッタリという可能性もあるが、それは彼女の高等技術をあっさり破ったことで私の感知能力を解らせている。信憑性は高い。
加えもう一人、与り知らぬ謎の追跡者もいるとなればここで荒事を起こしても百害あって一利なし。
今彼女の目には私の姿が地雷原にしか見えないだろう。歯噛みしながら靴の出力を変動させ闇夜へ舞い上がる。
「理解が早くて助かるよ」
「くッ……この屈辱はいつか必ず果たします……ッ!!」
そんな捨て台詞と共に名も知らぬ高名な魔道具製作者は闇夜へ溶け込んだ。
ふぅ……危なかった。あの子、さらっと抜き放ったの魔剣だったじゃん。しかもベルトに爆弾の形状を取った魔道具も装備してたし、もし戦闘になってたら【ファンファルレーゼ】を使わないといけなかったかもしれない。そこから正体がばれればかなりマズかった。彼女が賢くて本当に助かったよ……。
まあ、話をしてる感じだと悪党とは思えなかったし、大方神様の余興に振り回されてる苦労人ってところかな。ご愁傷様。私はセレーネ様という最高の女神様の元につけて良かったよ。
さて、そんな戯言は置いておくとして、今の私の発言を聞いたのかもう一方の謎の追跡者の視線はもう感じなくなった。追跡者がいるよって発現は少女への牽制でもあったし、謎の追跡者への鎌掛けでもあったから成功した感じだ。
と言っても、先ほどの少女は間違いないく私のことを最大警戒で対処することだと主神に伝えるだろうし、神様によっては面白半分に他の神様へ吹聴するかもだからおいしくない展開に繋がりそうだ。
そして結局も一方の追跡者の手がかりを得られなかったのも痛手だ。せめて何かしらの片鱗さえ零してくれれば良かったんだけど、めちゃくちゃ慎重な奴だ。いや、どちらかというと私の考えを見透かしたような対応だったかな。事実、今までも何度も鎌掛けしてきたのに重要な時だけあっさり引いていったし。今回は追跡がばれていても問題ないのは明白だから鎌掛けに乗ったかもしれない。
思考すればするほど坩堝にはまりそうだ。これも策略の内だったら完全に私の負けだ。やりおる。
「困ったなぁ……」
いい加減潮時なのかもしれないと、薄くため息を付きながら宿舎の戸を開いた。
◆
オラリオは夜が本番と言われるくらい、夜の稼業に偏っている。なのでメインストリートやそれに繋がる端々では喧騒や眩い光が、辺りの暗闇へ漏れる。
その暗闇の一端に含まれる無残な廃墟を一羽の梟が見下ろしていた。白い羽根に縦縞模様。建物の鉄柵に足指を絡めている。梟は片目を青く光らせていたかと思うとやがてその翼を広げ、建物の上から飛び立った。
都市をやさしく照らす数多の星が散りばめられている上空を横断し、白い羽根を一枚どこかへ落としながら、伸ばされた片腕───主の腕へ舞い降りる。
「今回も駄目だったか……」
使い魔である梟の背を一撫でし魔力へ返す。残滓が淡い光となって落ちていくのを黒衣の人物は、フードの奥で見つめていた。
紋様が刻まれた漆黒の手袋の中には、梟の片目に埋め込まれた義眼と同じ光を放つ青水晶が握られている。
全身あますところなく包んだ黒一色のローブがため息するように揺れた。
「私なりに試行錯誤しているんだが……。やはり彼女は一筋縄ではいかない」
すぅっとローブの袖が夜風に煽られ、わずかに主人の肌の露出を許す。
尤も、主人に肌があればの話だが。
その黒衣を剥ぎ取ってしまえば、その下にあるのは綺麗な白い骨格が露になる。
あるべき瞳はなく、がらんどうな眼窩が空いており。あるべき皮はなく、生え揃った歯やしっかりとした骨格が剥き出し。目も鼻も耳も髪も存在しない、まさしく死の象徴である全てが人ならざる者の証だった。
知識がある者は彼の姿を見ればスパルトイというモンスターの名を挙げて打ち震えるに違いない。
完璧な骸骨なのに、人間のように滑らかに動き、喋る。超現象である。
しかし、彼自身はその容姿に恐怖を覚えている様子は無く、むしろそうであるべきだと許容しているように見えるほど自然体だ。
彼はかつて賢者と呼ばれた男だった。永遠の命を発現させる魔道具、賢者の石を生成した唯一の人物であり、有史以来【神秘】のアビリティを最も極めたとされている最高位の魔術師だ。
賢者の石にまつわる話は皮肉なもので、神がその場の気まぐれというだけで賢者の石を床に叩きつけて壊してしまうというオチがある。尤もこれは下界の人間に対して「永遠の命は神にしか許されない。その掟を破った罰である」という教訓じみた御伽噺である。
一般にはその後賢者は絶望のまま死んでしまったと語り継がれているが、実は賢者は逆に永遠の命に執着してしまい、極秘裏に不死の秘法を編み出していたのだ。だがその反動で全身の肉と皮は腐り落ち、空腹も喉の乾きすら感じることのできない人ではない人に成り果てたのだった。
そんな伝説の賢者はかつての名を捨て愚者と名乗っている。
もちろん彼のその姿は一目見られてはならないものだし、何よりかつて賢者と呼ばれた男が生きていたと発覚すればとんでもないことになる。それはオラリオどころか世界の均衡すら破壊できてしまうくらいの騒動になるだろう。不死の秘法という禁忌を実現できるのだから。
全てを滅亡させられる爆弾に等しいフェルズがなぜ世界で最も熱い都市に身を置けているのかというと、ギルド創設神であるウラノスの腹心として動いているからだ。
行く当てもないフェルズはウラノスにその頭脳を貸す代わりに、時代の趨勢の観察をしているのだ。
数百年以上この都市を見守り続けていたフェルズだが、ここ一ヶ月で妙な者がまぎれたことに気づいた。
何やら例の怪物祭で逃げ出したトロールを、住民に害が出る前に無傷で葬った一般人の少女がいたんだとか。
それ以来から毎日深夜に一人で換金所にやってきては最上質の魔石や戦利品を持って来て帰る不思議な少女が見かけられるようになったとか。
提示される証明書には無所属とありながら街を一人で出入りする美少女がいるんだとか。
集めれば集めるほど不可解な噂ばかりだが、その共通項はどれも背まで伸ばした黒髪の美少女で片手に長柄武器を携えていること。
フェルズは怪物祭の一件を聞いたときその歪さに引っかかり、その少女を特定し監視し続けたがやはりその少女が噂の主らしかった。
レイナ・シュワルツ。十三歳。無所属。オラリオ周辺を取り囲む地区の一部の地主の一人娘。ギルド加入はおよそ一ヶ月前。
洗いざらいレイナの身元をあらってみたものの、歪になりえる要素は全く無く。かと言って突飛な行動ばかりし続けて。自然にいるのが不自然な存在。
フェルズはこの少女を裁断しようとしていたのだ。自分たちの目的の敵になるのか、それとも有望な味方になるのか。
そして今に至るのだが、使い魔による監視は悉く感知されてしまっているのだ。細心の注意を払って時には遥か上空から、時には壁画の装飾の水晶から、時には安全地帯に仕込んだ魔道具から。
あらゆる手を使って媒体を通しての監視を行っても、そのどれもが感知されてしまう。今日の梟も、空を飛ぶ靴を持つ少女より更に上空から、しかも【神秘】所持者として手がけた隠密特化の魔道具を持たせていても、やはり感付かれてしまう。とんでもない感知能力だ。尤もレイナ本人に言わせれば視線を感じるのであって、決してその媒体の存在自体に気づいているわけではないのだが。どちらにせよ超人的な感知能力である。
フェルズとしては魔道具製作者としての矜持が傷つくものの、監視がばれても警戒してくるだけで特定まで踏み込んでこない現状を維持しようとしている。もちろん気づかれない状態での監視が一番良いのだが、さすがに魔道具の手札も減り始めてきており不可能に近いと判断している。
「しかし、真に恐ろしいことは、どの神と契約しているのか一切不明なことだ」
開錠薬という道具がある。名の通り誰かのステイタスを盗み見ることのできる薬で、相当厳しい条件の上に正確な手順を踏まなければならないものだが、それでも誰かのステイタスの詳細を知れるというのは千金に値するものだ。原材料が神血であることもあり余裕の非合法の代物。
その完全上位互換をフェルズはその腕で持って編み出し、レイナに仕掛けたのだ。外道を極めた道具なので名前なぞ付けなかったが、簡単に説明すると何でも良いから対象の姿を視界に置き、対象の名前と共に特殊な印を切ればそれだけで対象のステイタスを暴くことができる。原材料はどれも市場で売っているようなものなので、この存在が知れ渡れば完全なる横暴が起こる。
矜持が刺激される中必要悪だと無理やり納得させながら使用してみた結果、神と契約を結んでいることだけは判明した。逆に言えば、それ以外は何一つ解らなかった。
賢者が作り出した最強のマスターキーすら受け付けない三重の防御壁があったからだ。あまりに複雑怪奇な神聖文字によるパスワードが張り巡らされており突破できなかったのだ。
その事実から神と契約しているはずだと断定しただけで、実際のところ全く成果無しである。無所属と言いながら街にソロで何度も行けるなんて神の恩恵を受けていない限り物理的に不可能だからだ。
ステイタスも、どの神と契約しているのかも、どうやって感知しているかも解らない。完全に未曾有な事態。さしもの賢者も攻めあぐねているのだった。
しかし賢者と呼ばれた愚者はそれで終わる男ではない。レイナを常に監視し、分析し、仮説し、永遠の命の中で培った無限に等しい知識と哲学を以ってレイナという闇に対抗する。
戦略を立てる上で最も避けなければならないことは、敵の素性が不明であることである。しかしこの盤上ではそれが大前提であり、あらゆる手を使っても解決できない問題でもあった。
現状だけだとフェルズの意見は希望になりうる不穏分子である。が、不穏である以上油断ならず、またその左右は自分の行動次第でどうとでも転んでしまえる。
賢者は考える。この少女とオラリオの行く末を。
愚者は悩める。これから取る行動とその結末を。
笑うことも泣くことも許されなくなったフェルズ。しかしその口骨はにやりと釣りあがったように見える。
「ふふふ、ここまで悩まされたのはクレア・パールス以来か。結局彼女は私たちの味方になったが、果たしてレイナ・シュワルツはどちらに転ぶだろうか……。ウラノス、私は必ず希望の光を灯してみせる」
神の掟を破った自分を赦し使わす神へ覚悟のつぶやきを落とした。
後書き
書いてて思ったんですけど、フェルズの図ってロリコンっぽくてかなりやばそうじゃないですか?
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