Fate/zoxasRule
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プロローグ/バーサーカー
──完璧だ。
霊媒の位置から魔方陣の形状、さらに己のコンディションに至るまで、全ての準備が完璧に整ったことを確信し、男は壮絶な笑みを浮かべた。
聖杯。
それが真実に万能の願望器であることを、こと此度の聖杯戦争のマスター達に於て、その男ほど理解している者は居ないだろう。
金髪を乱暴にオールバックにした、神経質そうな白人の男。背の高い、引き締まった肉体を、白とアイボリーのスリーピースに包んでいる。
真面目な顔、ないしは笑顔を浮かべていれば、間違いなく一流の貴族に見えたことだろう。しかし彼は、常に怒り狂ったような表情を崩さなかった。笑うときは、いつも獰猛な笑みだった。
彼の名はヴァルナガンド。ヴァルナガンド・ヴァン・ガルム。北欧の魔術一家、ガルム家の次代当主候補 だ。
歳は今年で27になる。火と風の二属性を持つ正真正銘のエリートであり、さらにはガルムの家が誇る使い魔使役に関しても歴代最高峰と吟われた、真実の天才。その才能と実力は、かつて亜種聖杯戦争で命を落とした『神童』、初代ロード・エルメロイにすら劣るまい。
次代ガルムの当主の座には、間違いなく彼が座ることになるだろう、と噂されていた。それはヴァルナガンドにとっては当然だったし、決定された未来だった。
──10年前、彼の妹が、亜種聖杯戦争に参加するまでは。
属性は風のみ。もちろん才能もガルムと比べて遥かに劣っていた。容姿は良いが、しかしその程度だ。余り世と言うものをよく知らぬ、俗にいう『箱入り娘』という奴だった。それが、ヴァルナガンドが思い出せる妹の全て。
しかし旅先で偶然にも亜種聖杯戦争に参加し、猟犬を司る英雄を召喚した彼女は、本当にその参加が偶然であったのかと疑いたくなるほど順調に勝ち進み──そして、優勝してしまったのだ。
彼女の召喚した槍兵を除く四柱の英霊の尽くを打ち倒し。
幼い頃からの願いを叶えて、『神獣とトモダチ』になって帰還した。
神獣使いになった妹は、一族の中でも圧倒的な武力と権力を持つようになった。
白銀の狼を従えたその姿は、ヴァルナガンドも幼い頃から幾度となくその物語を聞き、憧れた、かつてガルムの家を開いた開祖たる女に良く似ていた。
故に。
ガルムの次代当主は、彼女が引き継ぐだろう、と噂されるようになっていた。
ヴァルナガンドには、もう、誰も見向きはしなかった。
許しがたい。
ガルムの次期当主とは己であるはずだ。天才である己こそが、たかが狼一匹手に入れた程度の小娘ごときに劣るなど有り得ない。
そもそも何だ、奴の召喚したサーヴァントは。ただの猟犬使いの槍兵ではないか。おまけにその関係性は主従とは呼びがたかったと聞く。
──愚かしい。
──自分であれば、より強力な英霊を召喚し、しかも隷属させて見せるだろう。
ヴァルナガンドは、そう自負していた。
だから。
この聖杯戦争に参加するためにわざわざ極東の辺鄙な島国、しかも本島ではなく人工島まで来たとき。己の右手甲に令呪が浮かび上がったそのときでさえ、ヴァルナガンドには『当然だ』という思いしかなかった。
想定通りに手に入れた、サーヴァント召喚の触媒。
──それは、『ナニカの切れ端』だった。
真紅の布。明らかな神気を纏った、何らかのカケラ。
その名を。正体を。そして呼び出されるであろう英霊の正体を。ヴァルナガンドは知っていた。
その布は、『腰帯』の切れ端だ。身につけたものの内から沸き上がる力を何倍にも増幅させる魔道具。
名を、『メギンギョルズ』。北欧に伝わる雷の神が着用したという装備。
そう──ヴァルナガンドが呼び出そうとしていたのは彼の者。北欧の雷神、『トール』であった。
本来聖杯戦争では、神々……神霊は召喚できない。神霊を召喚できるくらいならば、聖杯に頼る必要もないだろう。
しかしその神格を、『神』ではない存在に貶めて召喚することは可能だ。その神が、そもそも完全な神ではないのなら、なおさら。
雷神トールは、半神の巨人族である。父は主神オーディンであるが、母は巨人だ。
神ではなく、巨人としてならば。
彼を召喚することは、可能だった。
しかし元が神霊だ。トール自身、巨人としての側面よりも神としての側面の方が強い。召喚に失敗する可能性も捨てきれなかった。
しかしヴァルナガンドは迷わない。自分には可能であるという確固たる自信と、三日かけて完成させた完璧な 召喚環境がそれを裏付けているからだ。
故に。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師××××・ヴァン・ガルム」
今、迷いなく召喚の詠唱を紡ぎ上げる。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王国へと至る三叉路は循環せよ──」
それからヴァルナガンドは、彼の持つ全力でもって英霊召喚の呪文を続けた。いくら彼でも、まさか手を抜いて目当ての英霊を呼び当てる事が出来るとは思っていない。慢心は敵だ。支配者の身を滅ぼすのは油断である。過去の亜種聖杯戦争でも、油断したために自らのサーヴァントに裏切られた例もあると聞く。
だがヴァルナガンドには秘策があった。召喚した英霊は圧倒的な強さを持つ故に、もし裏切られた場合はいくら天才といえども成す術もない。英霊と人間の間にある隔絶は絶対的だ。余程サーヴァントが弱い場合を除いて、人間の身ではサーヴァントに勝てない。
所で、聖杯戦争においてマスターが召喚する英霊は、全部で七つのクラスと、一位から七位までのサーヴァント位階に分けられる。
サーヴァント位階第一位、剣の英霊『セイバー』。
サーヴァント位階第三位、弓の英霊『アーチャー』。
サーヴァント位階第四位、槍の英霊『ランサー』。
サーヴァント位階第五位、騎の英霊『ライダー』。
サーヴァント位階第六位、術の英霊『キャスター』。
サーヴァント位階第七位、影の英霊『アサシン』。
そのうち剣、弓、槍の三柱は『三騎士』と呼ばれ、特に強力なサーヴァントであることが多い。
では、その三騎士のうち、『最優』とされるセイバーを除く二騎を超える、サーヴァント位階第二位とは、なんなのか。
その階悌名を、狂の英霊──『バーサーカー』という。
サーヴァントには、そのクラスごとにクラス別スキルと言うものが付与される。例えばセイバーであれば対魔力と騎乗、キャスターであれば陣地作成と道具作成、というように。
バーサーカーのクラス別スキルはたった一つだ。しかしそのスキルこそが、バーサーカーをバーサーカー足らしめている能力。
【狂化】──サーヴァントの理性を奪い取り、維持魔力を増大させる代わりに、サーヴァントのパラメーターを強化する。これによってバーサーカーは、他のクラスよりも身体性能的に上位に立てるのだ。強化の幅は狂化スキルのランクに左右されるが、どんなに弱いサーヴァントでも一応は前線戦が出来るようになるわけだから、その力は計り知れない。
ヴァルナガンドは、トールをバーサーカーのクラスで召喚しようと考えていた。理性を奪われた戦闘機械ならば、マスターを裏切ることはほぼ有り得ない(もちろん、狂化スキルのデメリット側面である『暴走』の可能性はあるのだが)。
その分魔力は余計にかかるが、ヴァルナガンドの豊富な魔力量ならばなんの問題もあるまい。
サーヴァントのクラスは半ばランダムに振り分けられるのだが、このバーサーカーと、そしてアサシンに限っては、そのクラスを確定させて呼ぶことが可能だった。そのための詠唱があるのだ。
「──されど汝はその眼、混沌に曇らせ侍るべし。
汝は狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──」
高貴なる英霊を、狂乱の奈落に貶める一節が朗々と響き渡り。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」
溢れ出す。
眩いばかりの輝きと、猛々しい雷電が、完璧に刻まれた魔方陣の悉くを吹き飛ばして──顕現する。
光の中に、人影が見える。その『なにか』と自分の間に、確かに魔力的な経路が繋がったのを感じて──
ヴァルナガンドは、恐らく生涯初めて、満面の笑みを浮かべた。
「やった……やったぞ!」
ついに!
ついに北欧の神を召喚した!
この自分の、使い魔として!
興奮冷めやらぬヴァルナガンドは、子供のように目を輝かせて魔方陣の中のサーヴァントに近づき──
違和感を感じて、はたと立ち止まった。
──巨人にしては、小柄過ぎはしないか?
北欧神話に登場する巨人とは、俗に言う『ジャイアント』ではなく『旧人類』とでも言うべき存在だ。そのため、身の丈自体はせいぜい大柄な人間とたいして変わらない。さらに今回はそれを、さらに人間の枷に嵌めて召喚しているのだ。当然、小柄にはなっているだろう。
しかし、それにしても召喚されたサーヴァントは小柄すぎた。まるで──そう。
「問うわ。貴方がマスター?」
女。
そう、召喚されて来たのは、燃えるような真紅の髪の、グラマラスな白人美女だったのだ。
「なっ──」
その余りの美貌と、そして予想外の存在であることに押された。ヴァルナガンドの反応が遅れる。
すると女は不機嫌そうに表情を歪め、再度問う。
「聞いてるんだけれど」
「あ──ああ。そうだ。私がマスターだ」
「そ。じゃぁ契約完了ね」
おかしい。
ヴァルナガンドは内心でそう確信する。
トールは確かに赤毛だが、がっしりした大男の筈だ。そもそも召喚したのは確かにバーサーカーなのに、何故普通に喋っているのか。
その疑問は、無意識のうちに口をついて出た。
「貴様……何者だ? トールではないのか?」
「トールよ」
「馬鹿な!」
回答は迅速。そして驚愕するべき内容だった。思わずヴァルナガンドは叫んでいた。
誰が想像できようか。まさか、巨人の男として伝えられていたトールが、美女であるだなどと。
するとトールを名乗る女は、気だるげな表情で答えた。
「貴方が『ヒトとしてのトール』を召喚したからこんな事になったのよ。
ま、安心しなさい。ちゃんと強いから」
確かに、マスターの特権として、脳裏に表示されるサーヴァントのマテリアルは、彼女がバーサーカーであること、そして非常に強力な英霊である事を伝えていた。
それでも何とも言えない感情にヴァルナガンドが悶々としていると、バーサーカーが突如として問うた。
「で、酒は?」
「……は?」
「『は?』じゃ無いわよ。酒よ酒。ここニホンとかいう場所でしょ? 日本酒とかいっぺん呑んでみたかったのよね」
わりと無口、というか面倒そうな話し方をする女だと思っていたのだが、酒の事になると大層饒舌になるのだろうか。ペラペラと捲し立てるトール。
「待て。そんなものはない」
ヴァルナガンドは酒をあまり呑まない。いや、嗜好品としてワインなどは好むが、それもあくまで『嗜好品』。貴族としてのたしなみだ。
それにここは魔術工房。液体を媒体にする魔術を使うわけではないヴァルナガンドの工房には、当然ワインセラーなどあるわけがない。
その事を告げると、トールは仰け反りながら絶叫した。
「嘘ッ!? 嘘でしょなんでこんなマスターに召喚されちゃったのよ私!
もう最悪! お酒がない生活なんて耐えられないッ!」
──た、ただのアルコール中毒者か!?
ヴァルナガンドがそう当惑していると、叫び終わったトールは、暗い目で工房の天井を睨み付けた。
「もうダメ。こんなところには居られないわ」
そして彼女は、その手を掲げる。開いた手に雷電が集い、一つの形をとっていく。
──それは白い槌だった。巨大な両手槌。うちに秘めた圧倒的な神気で、周囲のマナが歪んでいるではないか。
宝具。サーヴァントの伝説の象徴たる、神威の顕現。
そしてトールの持つ大槌とは、一つしか有り得ない。
「『悉く打ち砕く──」
「やめ……」
ヴァルナガンドが、その右手の令呪の存在を思い出すのより早く。
「──雷神の槌』!!!」
閃光が、爆発した。
大気を引き裂いて、雷が広がる音がする。ドガァァァンッ!! というその轟音は、音圧だけでヴァルナガンドの工房内をメチャクチャにした。
それだけではない。『悉く打ち砕く雷神の槌』の一撃を受けた工房の壁は、粉微塵に爆算、工房自体が瓦解を始める。
「くっ……ま、待てッ!」
吹き荒ぶ粉塵で遮られた視界の中、ヴァルナガンドはバーサーカーの姿を探す。
しかし、視界がクリアになったときには──既に、赤毛の酒豪は、どこにもいなかった。
後には呆然と立ち竦むヴァルナガンドと、瓦礫の山と化した工房と、夜空だけが広がっていた。
後書き
第一回はバーサーカー召喚。優遇キャラの筈なのに早速不穏な気配。
トールさん、無口系アル中だった筈なのに、何時のまにやら唯のアル中になっていた。すみません。
さて、次回はアーチャー召喚の予定です。執筆途中なので投下は遅くなりますが、気長にお待ちくださると嬉しいです。
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