【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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第百二二幕「すれちがい、宇宙」
前書き
生存報告のお時間です。
クイーン・メアリ号:
全長約10メートル 重量約1トン 乗員数1名
流線型の青いボディに、船端の白いトガリのパーツが特徴的。その姿はどこか一角獣を思わせる。宇宙ステーションを量子格納した高性能PCや余剰バリアエネルギータンク、ソーラー発電機構など、小型ながらもかなりの機能を詰め込んでおり、制御系は大胆なIS技術流用によって従来の宇宙船に必要だったロケットなしでの単独大気圏突入、離脱を可能としている。
技術的には宇宙船とISオートクチュールの中間にあり、運用は操縦者がISを展開した状態で行うことを前提としている。なお、船体の無事を期してか、船底には船首像の代わりのように女神を模した金色のペイントが描かれている。
~連合王国の今年度宇宙計画より一部抜粋~
「……それで?これを狙撃しちゃえばいいの?」
『違う違う!そっちは後後利用するから傷付けちゃダメだって!いいか絶対だぞう!?』
「フリ?」
『違うわ!もう、意地悪なコト言わない!撃つのは――』
「にひひ♪言わなくったって分かってるってばぁ!やーい、心配性!」
『はぁ……まぁったく、ウチのお姫様ときたら。もう一人のお姫様を見習ってほし……いや、あれは見習わなくていいか』
「ダイジョブダイジョブ♪あの子だって感情がないわけじゃないんだから、ね?」
遠距離通信で親しげに女性との会話を終えた少女は、風に揺られながら空を見上げる。
美しい金髪をなびかせる彼女の顔はバイザーに覆われているが、鈴を転がしたような声とボディラインはいかにも可愛らしい少女という印象を受ける。
ただ、その少女を普通の少女と決定的に隔てる要素があるとしたら――二つ。
ひとつ、彼女の全身には装甲のような――『まるでISのようなもの』が展開されている事。
そしてもう一つが、彼女のいる場所が北極圏最高峰を誇る極寒の山、グリーンランドはワトキンス山脈、ギュンビョルン山の頂上に近い位置で鼻歌を歌っているという点だ。
周囲は絶え間なく吹き荒れる氷雪は生命の息吹を存在させることを許さず、この国の居住区からも遙か60km離れた地にあるギュンビョルン山。標高約3000m代の山々が連なるワトキンス山脈の中でも約3700mという高みにあるこの山は、例え昼が長くなる現在――7,8月でさえ氷に覆い尽くされている過酷な山だ。並の登山家では登山さえ躊躇うこの場所に、ハイテクを身に纏った少女は余りに不釣り合いだった。
通信を終えた少女は何をするでもなく、空を見上げる。
彼女を守る衣であり武器である存在が、この荒れた天候があと1分ほどで安定するであろうことを告げた。覆いかぶさる雲が晴れた時、彼女の果たすべき任が始まる。
「はぁぁ~~………ここは寒いけど、気持ちいい場所だよね~~……無駄な雑音が何一つなく、静かで……ただただ、在るがままに刻が流れていく。まるで世界が止まってるみたい」
ごろりと氷雪の上に寝転がった少女は、雲に覆われた空の下でぽつりと呟いた。
「このまま、世界から置いてけぼりにされれば………それも幸せなのかな」
連合王国が宇宙船を発射するまで、もう少しだけ時間がある。
その僅かな時間だけ――ここで世界から取り残されていたい。
= =
『Three』
今、この瞬間に世界そのものが注目するイベント。
『Two』
その、最後のカウントダウン。
『One』
この瞬間を、一体何人の人間が待ち望んだだろうか。
セシリアにとってはこの僅かな時間が無限の長さにも感じるほどだった。
管制から届く言葉に全神経を注いでいたセシリアは、ゆっくりと、しかし確実にコックピット内の発進プログラムに従ってレバーを押し込んだ。
「……イグニションシークエンス、スタート!『クイーン・メアリ号』、リフト・オフッ!!!」
瞬間、『クイーン・メアリ号』のエンジンが爆発的な推進力を噴出し、船体に大きなGが圧し掛かり、ISの対G機能とPICでも殺しきれない重量が圧し掛かる。これがIS由来でないない宇宙船ならばかかるGもこの程度では済まなかった筈だ。だからこそ、この宇宙船ならばセシリアの身体でも宇宙へ昇れるのだ。
今になって気付いたが、IS技術による加速ということは原理的には瞬時加速と似た系統で持続力のある加速方を使うのは当たり前だ。つまり、風花の噴射加速の技術もロケットに流用されていたのかもしれない。セシリアも設計図くらいは見たことがあったが、あの頃はまだ男性IS操縦者の話も出てい無い頃だったから忘れていたのかもしれない。
つららの言っていた技術提供とはそれか?と、場違いながら推測したセシリアは、地球に戻ったら聞いてみようと決めた。
「く、うううう……!時速15000km……18500km……23000km……!!」
速度計の数字が日常生活ではまず見ない速度に跳ね上がっていき、地上が、雲が、目まぐるしい速度で遠ざかっていく。通常のロケットが人工衛星を軌道に乗せるには時速28,440kmの速度が必要とされる。地球の引力を完全に脱するには更なる速度が必要になるが、この宇宙船はあくまで新型宇宙ステーションを設置するためのものであることと、宇宙空間に出た後の減速を計算に入れ、尚且つ性能パフォーマンスの為にある程度は不要な加速を行う。
宇宙空間では重力の縛りがないため、速度をつけすぎれば二度と地球へ戻れなくなる。だが、ISのPICで慣性制御を行えば速度調整も加減速も思いのままだ。地球では単に空が飛べる程度の機能でしかなかったこれが、如何に宇宙空間で革新的な技術であるかが理解できる。
「大気圏突破準備………BT連動、耐熱バリア展開!!」
『クイーン・メアリ号』先端の白い突起の根元から、ビームのような耐熱バリアが展開されて船体を覆う。これもまた宇宙船に搭載された負担軽減機能だ。これには別の使い方もある、と技術者たちは苦笑いしていたが………まぁ、使う事はないだろう。
(もうすぐ……もうすぐ、地球の重力を越えられる!)
不思議だ。高く昇れば昇るほど、自分の意識が広く、そして深く拡散していくような感覚がある。
感覚が研ぎ澄まされ、はるか彼方になった地上から暖かな光が自分を押し上げているような感覚さえある。アドレナリンの過剰な分泌による高揚のせいなのか、それとも本当になにかスピリチュアルな物に目覚めつつあるのか。
昔、誰かがこんな説を提唱したそうだ。
人が宇宙に登れば、いずれ宇宙環境に適応する能力を身につけられる。
とっくの昔に廃れた――そう、たしか『ニュータイプ理論』だったか。
(それも面白いかもしれない。きっとそうなれば、お母様やお父様との諍いも小さなことと思えるかもしれない――)
大気圏の摩擦熱で視界が赤く染まる中、セシリアは自分でも驚くほどに安らかな心で、宇宙へ昇った。
= =
重力から解放された瞬間セシリアの視界に広がっていたのは、暗黒の空間にぼやけるように浮かぶ巨大な球体だった。大地の広がる球と書いて「地球」と読む、母の星。
本当に地球を離れたのだ、と思った。まだ地球の引力を完全に抜け出してはいないが、既に周囲はクイーン・メアリ号と連動したブルー・ティアーズの生命保護が機能していなければ死んでしまう過酷な環境下にある。
しかし、セシリアは不思議と「この環境でも人間は生きていける」と思った。
こんな何もない、下に地球がなければ居場所も分からなくなるような空間で、それでも人類はいつかここで暮らせるのだと根拠もない確信を得た。
だって、こんな小娘の自分が宇宙服なしに宇宙へ昇って来れたのだから、それは間違いない筈だ。
『こちら管制塔。クイーン・メアリ号、状況どうぞ』
『こちらクイーン・メアリ号。無事大気圏を突破し、安定軌道に入りました。システムに異常なし。間もなくPICによる一零停止を実行します』
『………とうとうここまで来たな。宇宙から見た地球はどうだ?本当なら360°カメラでも作りたかったって開発の連中がぼやいていたが、ハイパーセンサーなら見えるんだろう?』
『ええ、鮮明に見えますわ。あそこにわたくし達の大地があると思うと、地平線の向こうが見えない世界が本当に大きなものだと実感できますわね』
ひょっとしたら、その感覚が『重力に縛られている』という感覚なのかもしれない。
いずれ人類が宇宙に進出して外へと希望を求めていくときに、果たして地球は心の拠り所たりうるのだろうか。人類が人類たるメンタリティは、宇宙という環境への適応によって変化するのかもしれない。
――もっとも、それが明らかになるのはずっと先の出来事になるだろうが。
そう、そのような未来を齎すための宇宙開発であり、今の自分だ。いつか人類が宇宙へと続く為の先駆けとして、新たな歴史に「セシリア」の名を刻んでおこう。
『そろそろ予定宙域なので、集中します。お喋りの時間は終わりにしましょう?』
『了解した。コースを外れないように注意せよ。宇宙塵にでもぶつかったら大変だ』
『分かっています。あんなものにぶつかればさしものISも無事では済まないでしょうしね』
ここでいう宇宙塵とは壊れた人工衛星やシャトルの残骸が地球の衛星軌道上に乗った物だ。その速度は秒速7~8キロと言われており、時速に直すと三万キロオーバーという恐ろしい速度で地球周辺を飛び回っている。
なお、参考までに述べるとピストルやライフルの弾丸は時速3ケタ止まり、弾道ミサイルでも時速2万数千キロ止まりである。つまり宇宙塵が命中するというのは、弾道ミサイル以上の速度で迫る弾丸が体に命中するようなものなのだ。
一応ながら白騎士事件での白騎士は弾道ミサイルの撃墜という滅茶苦茶な真似をやってのけたが、あれは本来無理なのだ。実行するには弾道が全て予測できる状態で綿密な計画を立てて万全のバックアップを受け、尚且つ荷電粒子砲の射程を大気圏外ピンポイント狙撃が可能なエネルギーと射程を兼ね備えて――それでやっと「限りなく不可能に近い可能」まで持ってこられる段階なのだ。
時々弾道ミサイルも斬ったと勘違いしている人がいるが、そんなことをしたら白騎士は時速3万キロの速度で様々な高度から飛来するミサイルを斬るために猛烈な勢いで上下を飛び回っていたことになる。
そうするとどう考えても人体の反応速度と対G限界を超えているし、そんなことをしたら仮にミサイルを全部撃墜できたとしても人類史上かつてない衝撃波の絨毯爆撃で首都直下のガラスと都民の鼓膜は壊滅である。ついでにミサイルの破片が降り注いで阿鼻叫喚だ。
(そういえば、白騎士事件の概要はあくまで日本政府の見解と篠ノ之博士の自己申告、後は現場映像の一部しか情報がない………果たしてこうなると、『白騎士事件は本当にあったのか』が疑わしくなって来たわね)
……随分思考が逸れてしまったが、今はそれよりもやるべきことがある。
現在のセシリアはお気楽な学生ではなく連合王国を代表する宇宙飛行士であり、やるべき大義がある。これ以上余分に思考を裂く贅沢は許されない。
『そろそろ目的地点に到達する。一零停止準備。機内減圧を開始せよ』
『了解。一零停止、カウント10秒前。8……7……6……』
予定では一零停止でとどまった後、セシリアはクイーン・メアリ号内部に搭載された量子化機能によって有人飛行可能な宇宙ステーション『カリバーン』を設置し、異常がなければ衛星軌道の安定速度に乗せて撤退する。
以降、これから続く宇宙飛行士が上がる度に同行しては手伝いをすることになる。
(宇宙の滞在期間は長くてあと数時間といった所ね。今回の宇宙活動データを持ち帰って計画をより完全にしなければならないし……)
まだ上がって数分だというのにもう帰ろうとしている自分に苦笑する。
まだまだ自分は地球の引力に縛られて――
――墜ちろ――
「ッ!?」
瞬間、セシリアは直感的にメアリ号を緊急機動でその場から退避させた。
直後――ガゴォンッ!!とメアリ号の船体に『何か』が命中して視界に警告や警報が躍る。
『何だ!?セシリア、何があった!!』
『言葉が、奔った……?』
『セシリア?………おい、セシリア!!』
今、セシリアは確かにこの漆黒の真空空間を意識のようなものが駆け回るのを感じた。
無機質で作業的な、非人間的な気配がこの宇宙のどこかからこちらを見ている。
『セシリア!!状況を報告しろ!!』
『………船体に何かが接触しました』
『何だと……?計算ではそこに宇宙塵はない筈だ。隕石か?』
『いいえ、敵です』
『敵だと?馬鹿を言うな、そこは宇宙だぞ!エイリアンかインベーダーでもいるというのか!第一、メアリ号との連動レーダーは何も――』
『――来るっ!!』
再び、破壊の意識が宇宙を奔る。セシリアは、今度は完全にメアリ号をPIC操作で回避。
明確な敵意を持って放たれた『何か』を回避して、全神経を『戦い』へと注ぎ込んだ。
『………狙いすましたような動体反応、まさか本当に敵がいると言うのか!?この宇宙にッ!?』
『――お姉さま!!何が起きたのですか!?つららは心配すぎて勝手に回線に割り込んでしまいました!独断です!ドグマです!!』
『静かになさい、つらら!!』
地上ならば貴重な情報足りうる集音センサも、音が伝播する空気がないのでは役に立たない。
それどころか人間の足元にあって当たり前の地上がない宇宙空間では距離感が狂い、平衡感覚などもはや役にも立たない。そんな環境下でセシリアが敵の攻撃を正確に回避できたのは、僥倖としか言いようがない。
『……せっかく人類がここまで来たというのに何故邪魔をするの、アニマス!!』
未知と危険に満ちた宇宙空間からこちらを狙う所在不明の敵を睨んで、セシリアは咆哮した。
自分が何故、未知の相手を『アニマス』と――セシリア自身、その名前を聞いたことがない筈の名前を叫んだのかを不思議に思いながら。
ここは宇宙。極寒と真空、そして宇宙放射線と宇宙塵が人間というちっぽけな存在の生存を許さない人類史上最も過酷で恐ろしい場所。
今、人類史上初の「宇宙戦闘」の火蓋が切って落とされようとしていた。
後書き
クイーン・メアリ号のデザインモチーフは、書いてるうちにある船になっていきました。
第二次αやってた人、Gジェネのファン、某ガンダム漫画を読んだ人なら心当たりがあるかも。
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