鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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35.それは違うぞ!
前書き
ノルエンデ復興計画報告書
新しい復興参加者が『2人』加わり、参加者人数が『80人』に増えました!
リングアベルは黙って話を聞いていた。
それは勿論アニエスの意思を尊重して、最後まで聞こうと決めていたからだ。
だが同時に、リングアベルは彼女の意見に理解を示すと同時に、反論意見も抱いていた。
女性を口説くとき、大抵の場合はイエスマンになりがちだ。何故ならば話や意見に反論する事を女性は求めていないし、むしろ口では問題提起をしていながらも自分の意見は最初から決めている場合があるからだ。故にリングアベルも抱いた反論意見は顔にも出さず、相手がもっといい気分になれるような話は何かを考える。
だが、リングアベルは彼女の間違いを正さなければいけないと感じた。
それは自分の為ではなく――彼女たちの未来の為に必要だと感じたからだ
「アニエス。君の話は分かったが……敢えてハッキリ言おう!!ワガママな女性は嫌いではないが、それは少々独り善がりが過ぎるぞ!!」
こうして、一番話を聞いていなさそうで実は誰より聞いている男の反撃が始まった。
「ど……どうしてですか!相手に死んでほしくないと思う事が、そんなにも傲慢な事ですか!?」
「傲慢ではないさ!その優しさは正しい物だと保障しよう!だが……その価値観を理由にティズを遠ざけるのは独り善がりだと言わざるを得ない!」
確かに、彼女の優しさを責めることなど出来はしない。赤の他人であるティズをここまで思いやることのできる彼女は、間違いなく慈愛に満ち溢れた人間だ。だが、それも行き過ぎれば押しつけとなってしまうものだ。
彼女は一つの見落としをしているのだ。しかも、かなり致命的な。
「いいかアニエス!君は家族を失った苦しみをティズにも味あわせたくないと主張している!しかし……ではティズの苦しみはどうする?」
「………っ!?」
リングアベルの声に不思議と力が籠る。
まだほんの短い間しか共に過ごしていないが、何故か確信に近い思いがリングアベルの胸中に渦巻いていた。ティズ・オーリアという男は信頼に足る男であり、そして他人の為に誰よりも真剣になれる男なのだと。
――ひょっとしたら、これも失った記憶と関係があるのかもしれない。きっと記憶を失う前の自分はティズの事を高く買っていたのかもしれないな、と思いながら、リングアベルは話を続けた。
「ティズだって君に死んでほしくないと願っているのではないか?傷ついて欲しくないと考えているのではないか?また家族のように何も出来ずに失ってしまうのは嫌だと……思っていないと言えるか?――そして何より!彼にそんな心配をさせていることを棚に上げる君の言葉は、あまりにもアンフェアだ……」
「し、しかし私には使命が!!」
「使命には二つの種類がある。生まれつき課された使命と、自分の心が決める使命だ。そして……男が女性を護ろうとする使命感は何よりも重い。どうかな?君もティズも、立たされている立場は同じように俺には思える」
「だったら!!……どうすればいいと言うのですか」
縋るようで、消え入りそうな声だった。
人を傷付けるであろう決断と、自分が傷つく決断。その二つのどちらを選んでもどちらかの望む結果は得られない。究極の二者択一を前に、アニエスはとうとうリングアベルの「独り善がり」の意味を理解した。
それは、自分の葛藤を他人も抱いてる可能性から目を背けていたこと。
アニエスは、自分が最も嫌がっていた光景を知らず知らずのうちにティズに押し付けようとしていたのだ。確かにそこに善意や思いやりはあったのかもしれないが、その結果ティズがどう思うのかが抜け落ちたその理論は、確かに独り善がりと言われても仕方のない物だった。
そして、リングアベルは迷える巫女に道を提示することが出来る。
どうすればいいかって?そんなの決まっている。つまり、答えはこうだ!
「ティズがアニエスを護るために傷つくのなら、ティズを助ける冒険者がいればいい!!あるいは、君自身がティズを護ることだって出来るし、その場合冒険者はアニエスを助ければいい!!何の事はない――俺が二人に同行すれば万事解決だ!!」
すなわち、それは助け合い。人間の最も基本的で、他に比類なき運命への対抗手段である。
アニエスはポカンと口を開けて堂々と胸を張るリングアベルをぼうっと見つめ、エアリーは既にリングアベルをメンバーに入れるべきかどうかの打算を始め、ヘスティアとベルはというと――
「コラッ、リングアベル!!仮にもファミリアの主神であるボクを協力者のカウントに入れないとは一体どういう了見だい!?ああっ、ボクは悲しい!いくらダンジョンまで付いていけないとはいえ自分のファミリアに頼りにされないなんて、胸が潰れて死んでしまいそうな位に悲しい!!」
「せ、先輩!!何で僕が同行者にカウントされてないんですか!?確かに僕はまだ未熟かもしれませんけど、それでも女の人を見捨てて知らんぷりなんて出来ませんよ!!」
――そう、この二人もまた同じ結論に達していた。
これがヘスティア・ファミリア。炉の神と呼ばれ人々の生活にぬくもりを与えてきた優しき女神が率いる、どこまでもお人よしなファミリアの在るべき姿だ。
「み、皆さん………!」
「ほら、アニエス。全部一人で抱え込むのは悪い癖だよ?」
「エアリーの言うとおりだ!……明日、改めてティズと話し合ってくれ。俺達は話が着くまで待つし、どんな結論に至っても君たちを護る所存だ。なぁ、二人とも?」
白い歯を見せてサムズアップするヘスティアと、両手を握りしめてやる気満々のベル。そして、その二人の前でニヒルな笑みを浮かべるリングアベル。みんなどうしようもなくイロモノで……それでも、アニエスから見た3人は確かに眩しかった。
= =
「はぁぁぁぁ~~~………よ、よかった……アニエスは無事なんだね……」
日の沈んだ街中の一角を歩くその少年は、ねこから受け取った手紙の内容を確認して深い安堵のため息をついた。
ティズがアニエスの姿が見えない事に気付いたのが夕食直前。
宿中を探しても見つからず、宿の人も彼女の姿を見ていないと知ってたのがそのすぐ後。
それから、ティズは「今度こそ何かのトラブルに巻き込まれたのでは!?」との思いに駆られて食事もとらずにずっとアニエスと、同時に姿を消したエアリーを探し回っていたのだ。ねこが届けてくれた手紙を見るまで、ティズは全く生きた心地がしなかった。
詳しい事は書かれていないが、急を要する雰囲気でないことから、大事には至らなかったのだろう。
ティズにとって、世界を救う手がかりを持つエアリーは勿論、アニエスもまた世界を救う希望だ。
でもそれ以上に、気丈な彼女の華奢な体がその希望の重さに耐えられるのかをティズは気にしている。とてもではないか彼女が戦い向きには思えないし、しかもその意志の強さから放っておけば無茶をする事が目に見えている。
(僕はエアリーと約束したんだ。この悲劇を、エアリーと一緒に止める。アニエスだってそうだ。目的は同じ筈だ……今は喧嘩ばかりだけど、いつか分かってくれる日が来る)
彼女も大切な人を失ったと聞いている。ならば、彼女にだって少しは分かるはずだ。
大切な人を失った時の、胸を突き刺されるような痛み。終わりの見えない悲しみ、虚無感、絶望、失望……自分はなんて無力なんだと思い知らされる瞬間が。
確かにティズにはあの大穴を取り除く使命に関わる宿命などない。しかし、ティズは思う。きっとエアリーに出会わなかったとしても、自分はアニエスを護ろうとしただろう、と。なぜなら、絶望に立ち向かう彼女の姿は輝かしくて、綺麗で……憧れるほどに強い意志を持っていたから。
だから、ティズはアニエスのことを放っておけない。
彼女が傷つくと知っていて素知らぬ顔など出来ない。
エアリーがティズの中に何かを見出したように、ティズもまたアニエスの中にある何かを、守らなければいけないと感じた。
難しい事は分からない。だから、希望だと思ったものは全て守りたい。
(我ながら単純な動機だなぁ……でも、僕はそれしか思いつかないんだ)
明日はアニエスに分かってもらえるだろうか――そう思いつつ、ティズは身を翻して宿へ向かった。
しかし、彼らを取り巻く環境にも大きな動きがあった。
「あのナイフ……間違いない。ヘファイストス・ファミリア製の最高級品だ……リリなら出来る。リリならあんな冒険者、簡単に騙せる………あれがあれば、自由が買えるんだ……!」
例えば、とある町の往来で――少女は未来を求め、また一つ罪を重ねる決意をした。
「……で、この似顔絵の小娘を攫ってくればいいってか?」
「そういうことだ。方法に関してもいいのがある。……あの小人族のコソドロを利用すればいい」
例えば、とあるファミリアの隅で――男達は、下卑た笑みを浮かべて狸の皮算用をしていた。
「嘘ついてねぇだろうなぁ……舐めた真似するとぶっ殺すぞ!!」
「ひぃぃぃぃッ!?し、知らない!!巫女なんか知らないんだ!本当だッ!!」
「クソがッ!もういい、失せろ!!………あぁ、イライラするぜ!!」
例えば、とある路地の片隅で――山狗は忌々しげに月を睨みつけた。
「どうしたの、お姉ちゃん?どこか痛いの?」
「いいえ……ただ、少し友達の事を思い出しただけです。大丈夫………」
「おおい、坊主に嬢ちゃん!向こうで炊き出しがあるらしいぞ!!」
「わざわざ知らせてくれてありがとうございます。さ……行きましょ?」
例えば、とある貧民街の片隅で――美しい少女は、貧民に混ざりながら友を想った。
バラバラの物語は混ざり合い、想いは交錯する。
紡ぎだされるのは再会の喜びか、別れの悲しみか、或いは新たな戦いへの戦鐘なのか。
鍵を握り、全てを繋げるのは――『ヘスティア・ファミリア』と『巫女』。
後書き
今回はちょっと短くなってしまいました。
進みが遅い本シリーズですが、生暖かい目で見守ってもらえると嬉しいです。
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