ものぐさ上等
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4部分:第四章
第四章
「わしにはそんな力はないしな」
「てっきりそう言うと思ったんだけれどね」
「安心せい、それはないわ」
ぬらりひょんの方でもそれははっきりと言います。
「それはな。それにそんな悪党ならわしが出るどころではないぞ」
「鬼かい」
「左様。とっくに鬼が火の車に乗ってきておるわ」
何とも怖い話です。けれどおみよさんは確かに悪いことをしてはいないのです。だからそんなことは起こる筈もありません。それは安心していいものでした。
「わしどころではないぞ」
「そうだよね。あたしは人様に迷惑はかけてはいないよ」
「かけてはいるがな」
そこには訂正が入ります。
「そもそも。そうしてものぐさをしておると亭主や子供達が」
「そんなに迷惑かね」
「迷惑じゃな」
はっきりと述べます。
「そこは何とかせいよ」
「厳しいねえ」
「それを言う為に来たのじゃ。当然であろう」
「それでどうにしかしたらいいのかい?」
おみよさんはそれを問います。
「と言うてもどうにかする気もないじゃろ」
「わかってるじゃないか」
「じゃあいいわ」
何か匙を投げたような言葉になっています。
「言うだけ無駄じゃな」
「まあそうだね」
殆ど他人事のような言葉です。何ともはやどうしようもないといった感じです。
「そういうことでさ。それじゃあ」
「待て」
けれどぬらりひょんはまだ言います。
「それでいいのか」
「だからいいのさ」
取り付く島もない見事な言葉を返します。
「これで満足しているんだから」
「やれやれ」
そんなおみよさんにまた溜息をつかざるを得ません。
「困ったことじゃ。なおしたら褒美をやろうと思っておったのにな」
「ああ、そんなのいいよ」
元々おみよさんは欲がある方ではありません。むしろかなり無欲な方です。だからものぐさでも別に困らなかったりします。欲があったら今頃必死に働いているでしょう。
「別にさ」
「どんな褒美か知りたくはないのか?」
「言いたいのかい?」
「まあな」
ぬらりひょんの言葉は少し照れ臭そうになります。
「話してもよいか」
「別にいいよ。それで何なんだい?」
「金じゃ」
ぬらりひょんは言いました。
「千両箱を好きなだけやろうと思っていたんじゃがな」
「何だ、そんなものかい」
おみよさんの返事は普通の人にはとても信じられないものでした。
「やっぱりいいよ」
「千両じゃぞ」
ぬらりひょんはそれを強調してきます。
「それも好きなだけ。それでもか」
「お金を持っていてもね」
おみよさんは相も変わらず布団の中に入ったままぬらりひょんに言葉を返します。
「人間何時かは死ぬじゃないか」
「そればかりはどうしようもない」
ぬらりひょんもそれは認めます。
「さだめじゃな。絶対に変えられはせぬ」
「そういうことだよ」
おみよさんの言いたいことはそれでした。
「もっとも不老不死なら不老不死で願い下げだけれどね」
「ずっとぐうたらしていられるのにか?」
「それも嫌なんだよ」
おみよさんの言葉は何だかとても勝手に聞こえます。ぬらりひょんから聞いてもそうでした。
「勝手なことを言う」
「人間は何時か絶対に死ぬからいいんじゃないか」
おみよさんの言葉はこうでした。
「違うかい?何時までも生きていたら嫌になるさ」
「それで死ぬのも怖くないのか」
「そういうことだよ。死んだって地獄に行かないんだったらね。またそこで寝て過ごすさ」
「そのまままた生まれ変わるというのか」
「ああ。わかってきたじゃないか」
「全く」
ぬらりひょんはまたしても溜息をつきます。
「張り合いがないのう。やれやれ」
「で、他に言いたいことはあるのかい?」
おみよさんはぬらりひょんが完全に言う気をなくしたと見て問うてきました。
「まだあるんだったら聞くけれどさ」
「もういいわ」
流石にもう何も言う気にはなれませんでした。呆れてしまったのです。
「しかしじゃ」
「何だよ」
それでも最後に言ってきたぬらりひょんに顔を向けます。
「欲がないのはいいことじゃな」
「そうなのかい」
「うむ。かえってな」
そして言うのです。
「その方がいいかも知れんな」
「人間さ、いいところもあれば悪いところもあるからね」
「御主の場合はな」
ぬらりひょんの言うことは何か想像がつくものでした。
「ものぐさなのは駄目じゃ」
「またそれかい」
「しかしじゃ」
けれどここで言います。
「いいところもある」
「それが欲のないところだっていうんだね」
「左様」
おみよさんの言葉に大きく頷いてきました。
「その通りじゃ。わかっておるではないか」
「まあ今までの話でね。少なくともあたしは欲を持つことはないよ」
「そうか」
「そうさ。そんなの持っても仕方ないしね」
「まあそれはいいじゃろ」
「じゃあ話は終わりだよね」
おみよさんはそこまで聞いてぬらりひょんに言いました。
「それじゃあ」
「本当はな」
ぬらりひょんは最後におみよさんに対して述べました。
「御主のものぐさを叱る為に来たのじゃが」
「残念だったね」
「まあよい」
渋々ながら言うしかありませんでした。
「こうなってはな。じゃが」
「じゃが。何だい?」
「せめて人には迷惑をかけぬようにな」
「わかったよ。じゃあね」
「うむ、また来る」
「来るのかい」
何か意外な言葉でした。それで顔を向けました。
「わしは妖怪じゃぞ」
「それはさっき聞いたよ」
おみよさんは自分で言って何か紋切り型の突込みだと思ったりもしました。けれどそれはそれで話を続けました。
「気が向いたら来るわ」
「気が向いたらかい」
「わしはな、夕暮れに人の家にあがりこむのが好きなのじゃ」
それがぬらりひょんの習性なのです。それだけのことなのですがどういうわけかこの妖怪はそのことに関して妙なこだわりさえ持っているのです。それもまた妖怪故でしょうか。
「それをせずにはいられない」
「そうかい。じゃあまたね」
おみよさんはそれを聞いて言いました。
「またおいでよ。それで話をしようよ」
「そうじゃな」
何か話が完全に砕けたものになっていました。
「それではな」
「ああ、またね」
ぬらりひょんは姿をすうっと消しました。それでおみよさんは一人になりました。
「さてと」
一人になってから目をぱちくりとさせて呟きました。
「また寝ようかね。皆が帰って来るまで」
そう呟いてまた寝はじめました。何かものぐさでいるということに完全に自分で納得しているようでした。これはこれでいいのかも知れません。人それぞれですから。
ものぐさ上等 完
2006・12・13
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