ファイヤーエムブレム 疾風の剣士
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序章3 サカでの戦闘
「ゼオン君!」
集落を出て、10分ほど歩いた先にある大きな岩が目印の場所。そこはリオル族が準備した行商人達が休める為の村があった。名をクリスト村と言う。
その場所はリキアのアラフェン領から山を越えた場所にあり、行商人の休憩所の意味を兼ねている。更にリオル族は転々と場所を変える為、その場所は行商人達にとって無くてはならない場所になっていた。
「ルードさん!!」
村に着いた俺達をルードさんがいち早く見つけ駆け寄ってくれた。
少し痩せこけた体型の中年の男性で、優しそうな目をしており、口調も丁寧でとても親しみやすい人物だ。だからこそ行商人としても信頼が厚いのだと思われる。
「リオル族の皆は大丈夫ですか!?何やら遠くから怒声が聞こえてくるのですが………」
「………リオル族の集落では現在ベルンと戦闘が始まっています。恐らくそこまで敵の数は多くないです。親父が皆を指揮して集落からクトラ族の集落へと移らせてます」
「そんな、ベルンは本気でサカを………」
「いいえ、恐らくこのエレブ大陸全土を巻き込む大きな戦いを始める気なんだと親父が言ってました」
「………だから私にフェレまで連れて行ってほしいと言っていたのですね。分かりました、アレスさんには大きな恩がありますし、私も出来る事をしたいです」
そう胸を張って応えてくれるルードさん。これで屈強な体型であれは大いに頼りになるのだが、そのひょろひょろの身体で胸を張られても正直頼りない。
「それで、アレスさんは何時頃戻れるんでしょうね………流石にこの場も何時までもいると危険でしょう。他の行商人達も巻き込まれまいと逃げる準備を着々と進めていますし」
確かにルードさんの言う通りクリスト村はかなり慌ただしかった。この村に住んで商売をしているサカの人間も荷物をまとめて馬を準備している。
「親父は俺達に手紙を託してフェレへ迎えと言いました」
「託して………?まさかアレスさんは………」
「親父なら大丈夫。親父が倒される光景なんて想像出来ないし、親父の速さなら山や森に紛れられれば姿を消す位簡単だろうし心配するだけ無駄です」
「そうですか………まあ私もアレスさんが倒される光景なんて想像出来ないんですけどね………分かりました。でしたら荷物を私の馬車に乗せて下さい。私ももう少し食料等集めてきますので、皆さんは少しお休みを。………どうやら戦闘の後のようですしね」
返り血など浴びていなかった筈だけどルードさんには分かったようで、流石商人だなと思う。
「ありがとうございます、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
俺達はルードのさんのご厚意に甘える事にした………
「じじ!!」
ブルガルが陥落した知らせを受けたクトラ族は直ぐに戦闘に参加しなかった者達をサカの草原に集結させた。兵達の連度ではブルガルに居た精鋭と比べれば劣るが、数ではブルガルに居た兵力と同等の数を集める事が出来た。
そんな中、クトラ族族長の孫娘スーがブルガルから逃げ延びた兵士達を迎え入れた。
成長したその姿はまだ幼さを残すものの、クトラ族一の美女として成長しており、長くしなやかに伸びた薄緑の髪は艶を見せ妖美に見えた。
「ルーか。迎えご苦労………」
そう疲弊した声で答える祖父、ダヤンの様子を見て、ルーは言葉が出なかった。
貫禄のある顔に髭、厳しい口調にそれに違えない実力。頑固一徹と言う言葉がピッタリとあうこの祖父がルーにとって自慢だった。
ダヤンにブルガルに行かせて貰えなかった事を最初は怒っていたが、敗戦したとの報と『灰色の狼』と呼ばれた祖父の今の姿を見て、何も言えなくなってしまった。
「族長、ご無事で何よりです………」
「シンか………準備はどうなっている?」
シンはルーの護衛を兼ねてダヤンから選ばれた腕利きの青年だ。ダヤンの事を誰よりも慕っており、その実力はルーも納得するところ。少々過保護だが、ルーにとってクトラ族でダヤンの次に信用出来る人物だ。
「クトラ族の戦える者殆どを総動員しています。更にブルガルに兵を出す事を渋っていたジュテ族も流石に危険だと思い、かなりの数の兵力を動員してきました」
「くっ………!!あの時、アレスの言葉に耳を傾けていればここまでの事にはならなかったものの………!!」
ブルガルに兵士を集中させる提案をしたのは部族長会議に参加していたアレスであった。
ダヤンもアレスの事は大いに信頼していた。だからこそクトラ族も全面的に協力する事にしたのだ。ダヤンが動けば周辺部族もこぞって動いてくれた。………しかしジュテ族だけは違っていた。
『本当のシンの民では無い者の話など到底信じられぬわ』
それがジュテ族の族長モンケの言葉であり、それに増長した少数の部族は戦力を全くよこさなかった。
その為、その埋め合わせをクトラ族とリオル族で補ったのだが、今回の敗戦でその数を2割まで減らしてしまった。
「………リオル族はどうなっておる?」
「住民達は続々と避難してきています。ベルンの襲撃にあった様で、アレス殿が殿を努めたとテレス殿から報告がありました」
「ブルガルからリオル族の集落は近い。そこを狙われたか………」
そんなシンの報告をスーは唇を噛みしめながら聞いていた。
スーはダヤン達が帰る前にリオル族の元へ向かっていた。幼馴染達の事を確認するためだ。
「アレスの息子はどうした?」
「逃げてきた中にはいませんでした。住民達も知らない様です」
シンの言う通りスーも直接確認したが、誰1人行方を知っている者はいなかった。
恐らく父親と一緒に戦っているのか、それとも………
「スー、そんな顔をするな。あの父親と母親にしてあの息子だ。大事なかろう」
「………はい」
スーの不安を感じてかダヤンがそう優しい言葉を掛けた。
「ともかく部隊を再編制を早急にせねば………何時ベルンがここまで攻めてくるか分からん。直ぐにでも族長を集め………」
「族長!!!」
そんな中、ダヤンも元へ声を荒げながら駆け付けた。
「どうした?」
「ジュテ族が反旗を翻しました!!我等クトラ族とリオル族を中心に襲い掛かってきております!!」
「何だと!?」
急な報告にダヤンも付いて来た兵士達も驚愕の表情で固まった。
『侵略してくるものには団結して戦う』それがサカの掟だった。
「族長これは………」
「ああ、恐らくジュテ族はベルンと繋がっているな。だからこそブルガルに兵力を集める時も賛同しなかった」
「じじ!!」
「分かっている。直ぐに迎撃を始める!!スーとシンは戦えない女子供を避難させろ」
ダヤンの指示にスーとシンは頷き、直ぐに行動を始める。
「………済まないな、逃げ延びて直ぐに戦闘だ。そして今回は前回以上に苦しい戦いとなるであろう」
「いいえ、私等にも家族がいます」
「このまま奴等に好き放題されれば全て根絶やしにされかねません。ここは我等の命をもってしてでも食い止めなければ………せめて逃げ延びる時間を作らなければ………」
「ああ、そうだな………」
こんな絶望的な状況下でも誰も諦める者が居ない事にダヤンは心の中で安堵しつつ、死地に追いやる自分の行動に申し訳なさで一杯になった。
(例えジュテ族に勝っても次はベルン。サカは侵略者負けるだろう………)
諦める訳では無いが、最早状況は覆せない所まで来ていた。
(アレスが居れば………いや、変わらぬか………)
全員で移動しながらダヤンはそんな事を思う。
(せめてスーや次世代のサカを担う若い者達だけでも逃がさなければ………その為にも………!!)
そしてジュテ族の部隊と相対する。戦力差は実に10倍ほど。サカの中で1番人口が多い上、ブルガルでの敗戦が響いていた。
ジュテ族の動きでこの場から逃げ出したり、状況を静観する部族も少なく無かった。
「聞け!サカの勇者達よ!!ジュテ族はサカの掟に反し、侵略者に汲みし、我等を襲撃した!!これは全部族に対しての裏切りである!!サカの勇者よ!!父なる天、母なる大地にかけて私々は勝つ!!!」
ダヤンの口上に疲労や沈んでいた兵士達の士気が上がる。
加えてジュテ族を裏切り者と称し、静観している部族を奮い立たせようとしたがあまり効果は無かった。
「行くぞ!!」
ダヤンは部族の戦闘に立ち、一番最初にジュテ族へと向かっていくのだった………
「殺せ殺せ!!ジュテ族とリオル族は皆殺しだ!!!」
「ここで抑えるわよ!!出なければ戦えない皆が犠牲になるわ!!」
クトラ・リオル残党軍とジュテ族との戦いが始まった頃、戦えない女子供を狙ったジュテ族の軍がスー達の元へとやって来ていた。
流石に数はダヤン達が戦っているジュテ族と比べても遠く及ばないが、護衛をしているスー達は10騎の騎馬とリオル族の剣士が15人程いるだけである。
懸命に相手の進軍を抑えていたが、何時突破されてもおかしくない状況だった。
「スー様、危険です!少しお下がりください!!」
「駄目!!私を囮にしてでもみんなを守らないと!!」
身を呈してスーは矢を射る。
「ダヤンの孫娘だ!!」
「奴を殺せ!!」
「ふっ!!」
スーに向かって矢を放とうとした敵よりも速く、シンが矢を射て、敵を仕留める。
「ここでスー様が討たれることこそ、クトラ族の終わりを意味します!!どうかご自重して下さい」
「だけど………」
スーが反論しようとしたが、鬼気迫る表情のシンに何も言えなくなってしまった。
「………分かったわ。だけど戦闘からは逃げないわ」
「分かりました、だけど絶対に無理はなさらないでください!」
再度念を押されてスーはシンよりも後方へ下がる。
避難は難航気味だが、それでもまだ被害は最小限に抑えられている。
(これなら多少被害はでるけど何とか………)
そう安心した時だった。
「前方にジュテ族の待ち伏せが!!!」
前方を守るリオル族の報告だった。
確かに前方から悲鳴が聞こえてくる。
「そんな!!」
「くっ、この事態も想定済みと言う事が………!!モンケめ、ここでクトラ族とリオル族を根絶やしにするつもりか!!!」
怒りを込めた怒声を上げるシン。彼がこんな声を上げる事事態珍しいのだが、それに驚く余裕はスーに無かった。
(このままじゃ………)
前方を守るリオル族の人数ではとても守りきる事は難しい。かといって後方から迫る敵を無視する事も出来ない。
(どうすれば………)
族長の孫娘として、この絶望的な状況を打破、もしくは味方を鼓舞するような事が言えれば良かったのだが、スーには荷が重かった。
「!?スー様!!」
「えっ!?きゃ!!」
考えにふけっていた時だった。矢が馬に刺さり、馬が暴れ、隊列から離れてしまう。
「スー様!!くっ!!」
直ぐに追いかけようとしたがそれを阻むようにシンの前に敵が集中する。
「どけ!!」
何としても突破しようと試みるが、敵は強固でどうしても抜け出せなかった。
「スー様!!」
シンが叫ぶ中、スーは道から外れ、1人南へと外れて行くのだった………
「何という………」
「………」
クトラ族が集落を離れ、ジュテ族が反旗を翻した頃、リオル族の集落ではあらかた戦闘は終わり、ゼオン達が逃げた西側も含めほぼ制圧が終わっていた。
しかし東側ではまだ戦いは終わっていなかった。
「まさかこれを1人で………?」
指揮官の男が青い顔でそう呟く。
男は近くの岩場に腰を下ろしてそのまま死んでいるかの様に剣を支えに俯いていた。
服は返り血や自分の傷により所々赤く染まっていて、剣も既にボロボロだ。
「これが疾風の剣士………」
この指揮官は後方で、吉報を届くのを待っていたが、一向にその方は無く、届いた報には「先遣部隊300人全滅」との報。
男は信じられず補充兵を率いてやって来たのだ。
「まさに剣聖に劣らぬ強さよ………」
その横にいる屈強そうな大柄な男。強固そうな甲冑を纏い、巨大で異様な雰囲気を匂わせる槍を持つ男がこの部隊の大将だ。
「ふう………やっと大将のお出ましか………」
「!?」
全く動かなかった男が立ち上がり指揮官の男が後ずさる。
ニヤリと笑みを溢しながら支えにしていた剣を掴み、後ろへ捨て、近くに落ちている鉄の剣を持った。
「よくもまあ、こんなちっぽけな集落に200人ほどの兵を連れて来たな………お蔭で流石の俺も満身創痍だ」
「………その顔には見覚えがある」
「俺には覚えが無いな。その威圧感、1度会っていれば忘れるとは思えないんだがなぁ………」
軽い口調で話しながら、アレスはどうやってこの場を凌ごうか考えていた。
(長居しすぎた………)
リオル族の皆が離脱しきった後、アレスも同様に逃げようと最初は考えていた。しかし逃げようとするアレスを敵は追ってこなかった。
直ぐに離れていったリオル族の皆を追おうと準備を始める兵士達。アレスは逃げるわけにはいかなかった。
「さて覚悟は良いか?」
「ゼハード様!?」
「誰も手を出させるな。この男とは私が戦う」
巨大な槍をアレスに向かって構える。距離がある為、アレスは鉄の剣を構えて敵の動きを待った。
「先ずは様子見か?………ならば遠慮なく行かせてもらう!!」
「!!」
ゼハードは叫ぶのと同時に勢いよく踏み出した。
(やはり鎧を着込んでいるせいか遅い、これなら………)
そう考えながら相手の動きを見極める。
あの強固な装甲に何処まで攻撃が通じるか分からないが、それでも全く効かないことは無いだろうと手数で押すことを考えていた。
(さあ来…!?)
その反応は今までの感覚で得た直感なのか、アレスには分からない。アレスは無意識に横に思いっきりステップしていた。
「なっ!?」
そしてステップしたと同時にその場所に槍があった。その威力は凄まじく、地面は抉れ、衝撃波で着地に失敗した。
「くっ!!」
体勢を立て直したアレスは直ぐに相手に向かって駆け出した。
(あり得ない!!まだ間合いの外だったぞ!?)
咄嗟の判断だった。偶然にも避けられた事で先ほどの攻撃の危険性が嫌という程分かってしまった。
「そうくるしかないだろうな。だが近づいても安息など無い!!」
槍をアレスに向け、乱れ突きの様に突いてアレスを迎え入れる。
「………」
しかしアレスは無数に放たれる突きの雨を最小限の動きで避ける。
「なっ!?」
「幾ら無数に見えても繰り出しているのは一点のみ。だったら避ける位容易い!!」
そう叫び、懐まで来たアレスはそのまま袈裟斬りで斬りかかった。
「ちっ!?」
鈍い音と共に思わず下がってしまうアレス。
「………正直驚いたぞ。まさか私が槍を見切られるとはな………だが貴様の力ではどう足掻いても私を倒すことは出来ん!!」
横薙ぎに振るわれた槍をしゃがんで避け、それと同時に足を斬りつけるが、鎧の前に鉄の剣は跳ね返されてしまう。
「ちょこまかと動き回る……!!」
ゼハードは攻撃方法を変え、槍を突くのでは無く、薙ぎ払うように振り回し始める。
「くっ………!!」
まるで嵐のように暴れ回る槍に無闇に近づけなくなったアレス。がむしゃらに振っているように見えて、しっかりとアレスを狙って振り回している。
「どうした!逃げるだけか!!」
所々自分に向かってくる槍を凌ぎ、相手が疲労するか、障害物で勢いが落ちるのを待っていたが、その兆しが全然見えない。
(むしろ回転が速くなってきている……!?)
段々避けづらくなっている事にアレスは焦りを感じた。
(いや、違う!!俺が遅くなっているんだ!!確かに連戦続きだがまだスピードが落ちるほどでは………)
そう考えていると一瞬自分の身体に目が行った。
(傷……?)
多少切り傷はあるだろうがその数はアレスが把握している数よりもずっと多かった。
(直撃はしていない筈………一体これほどの傷を何時………?)
ただでさえ不利な状況の中、不明な点が次々と出てくる。
「ちっ!!」
考え事をしていたせいか、タイミングが遅れてしまったアレスは、槍の暴風雨から逃れるために思わず更に距離を取ってしまった。
(!?)
先程と同じような感覚。威圧感と悪寒の様な寒気さからか、再び無意識にステップしていた。
「!?」
しかし2度目は上手くいかず、左腕がかすってしまった。
「くぅ………!!」
「ほう、声を荒げぬか………焼けるような痛みだろうに」
ゼハードが言うようにアレスの左腕は何かに焼かれたような痛みが襲い、動かすことが出来ないほどである。
(やはりあの槍………!!)
先ほど気づかない内に増えた傷の謎と左腕の傷の謎に気がついた。
「その様子だと流石に気がついたか。この槍は振るえばその度に空気の刃を作り出す。それは勢いが強ければ強いほど強力な刃を作り出す。それは身に染みて感じた筈だ」
「空気の刃…!!」
(もっと早く気がついていればこうはならなかったかもしれないな………)
そうアレスは思いながら右手の鉄の剣を握り直す。
逃げれば再びあの槍の一撃が、向かって行ってもダメージを与えられない。
まさに八方塞がりだった。
(初めてだな、ここまで追い込まれたのは………)
ふと今までの自分の人生が走馬灯のように蘇った。
(と言うより自分よりも実力が上で実際に手合わせしたのはリン位か………)
元々剣を扱い始めたのが遅かったのもあるが、自分よりも速く、華麗で、美しい妻の姿が思い浮かんだ。
(勝手に死んだらリン悲しむだろうなぁ………)
リンの涙を流す姿が思い浮かんで心が痛くなる。
(いや、怒って仇討ちに来そうだな………リンは気が強いし………)
鬼の形相で怒るリンの姿、そしてそれを落ち着かせようと土下座して謝る自分とゼオンの姿を思い出し、この状況下で笑みが零れた。
(何を弱気になってるんだか俺は……………)
不思議と気が楽になっていく。
そしてある事を思い出した。
(そうだよ、俺はリンと約束があるんだ。ここで死んでなんていられない!!)
リンとの約束………
それがアレスの絶望的だった気持ちが生き抜こうとする強い気持ちに変わっていく。
「はあっ!!」
「ふん諦めの悪い………」
左腕を庇いながらの攻撃。
スピードこそ落ちていないものの威力は落ちていた。
しかし………
「ぬぅ!?」
痛みを感じ、思わず男は後ずさった。
「やはり幾ら強固な鎧でも守りきれない部分はあるよな………」
「貴様………」
鎧と鎧の繋ぎ目、僅かな隙間ではあるが、そこをアレスは突いた。
鉄の剣の剣先が掠った程度だが、それでも初めて相手に傷をつけれたのだ。
「さあどんどん行くぞ!!」
「何度もそ上手くいくと思うな!!」
ここから再び近距離での戦闘となった。
槍の雨をかいくぐりながらピンポイントを狙って攻撃する。ダメージが殆ど通らないアレスの方が明らかに不利だが、それでもアレスの勢いは止まらない。
「はああああ!!」
最早死力を尽くしている。空気の刃により槍を避けてもダメージが蓄積されていく。アレスの体力が先に尽きるか、相手の男が先に尽きるかの私慢比べのようになっていた。
そしてその近距離の戦いはしばらく続いた……
(このままであれば私の勝ちだ。奴は連戦の上、傷を負っている。………しかし奴は普通の相手とは違う。………一体何を仕掛けてくるつもりだ?)
暫く戦っている内に不気味な感覚を感じた男は、そう警戒しながら槍を振るう。次第に相手を倒すことよりも相手の出方が警戒し、無意識に攻撃の勢いが落ちていた。
(好機!!)
それをアレスは勘づいていた。
継ぎ目のある箇所をしつこく狙い続けていたアレス。ダメージが殆ど無いことはある意味幸運だった。
(今!!)
「うおっ!?」
槍をかいくぐり、上から振り下ろした剣は今までの攻撃とは威力が違った。
鎧を斬り裂く事は出来ないもののその衝撃は相手を震わせた。
「まだそんな力を……!?」
そこで男は異変に気がついた。
「まさか………!!」
鎧の継ぎ目の部分がボロボロになっていたのだ。先程の衝撃も最初ならば気にすることなく戦いを継続できたであろうが、今は違う。
「まさかこれを狙ってしつこく攻撃してきたのか………」
アレスは継ぎ目から攻撃するのではなく、鎧の装甲を繋げている継ぎ目を狙って攻撃していたのだ。最早鎧は辛うじてその役割を果たしているに過ぎなかった。後数回攻撃を受ければバラバラになるだろう。
「流石だなアレス、噂に違わぬ頭脳よ」
ゼハードはアレスを賞賛する言葉をかける。その言い方からも余裕のある声だった。
そしてアレスはまだ気がついていなかった。
この作戦には欠点があった事を。
「これで!!」
アレスは最後の攻撃を与えようと剣を横薙ぎに振った。あと1撃が入れば鎧は崩れる。
「本当に残念だ」
「!?」
アレスの剣は鎧に当たった。その衝撃と共に、鎧は男から外れていく。
しかしそれと同時に………
「限界が来たようだな。幾ら鉄の剣だろうとあれだけ酷使すれば使えなくなる」
鉄の剣は相手の鎧の繋ぎ目を斬り、鎧をバラバラにする事に成功した。……だがそれと同時に鉄の剣は負荷に耐え切れず折れてしまった。
「ここでか………!!」
アレスも普段であれば武器の耐久力をきちんと考えて戦っている。
しかし相手が相手なのと、自分の武器でないことがアレスに計算違いを起こさせた。
「そしてもう一つ、お前にはミスがある。それは………」
そう話しながら槍をアレスに向け、構える。
「鎧を外した事で私も本来の速さで戦う事がるようになってしまった事だ!!!」
そう言って一気にアレスの目の前に迫る男。
「なっ!?」
速さでは鎧を外した後でもアレスの方が優っている。しかし鎧を着た時とのスピードの違いに、アレスは戸惑ってしまった。
「終わりだ」
自分に迫る槍に避けることはできないと判断したアレスは折れた鉄の剣を構え対する。
「無駄だ!!」
槍は折れた剣を弾き返し、ずれた槍の軌道はアレスの右肩へと吸い込まれるように突き刺した。
「あぐっ!?」
それでも咄嗟にバックステップしたアレスは突き刺さった槍から逃れ、そのまま地面に倒れる。
深々と刺さる前に逃げる事が出来た為、致命傷にはならなかった。
………しかし最早戦える状態ではなかった。
「楽しかったぞアレス」
男はそう言って槍を振り下ろした………
「………これで大丈夫。深く刺さっていなかったから暫くすればいつも通り走れるようになるわ」
そう言い聞かせて自分の愛馬を撫でる。まだ痛みで荒ぶっているが大分落ち着いたみたいだ。
「皆はどうなったかしら………」
幸運にも戦線から1人離れていくスーを追う者はいなかった。暫く馬を落ち着かせる事で手一杯だった為随分と時間が過ぎてしまった。
リキアのアラフェン領近くまで南下してしまったスーは取り敢えず近くの山の森で身を潜める事にしたのだ。
「歩ける?辛いと思うけど付いてきてね」
走ることは無理でも歩ける様なので、スーは敵に見つからないように、警戒しながら馬をひき連れた。
「静かだ………」
一刻は歩いただろうか。
そろそろ戦闘の音も聞こえてきてもおかしくない筈なのだが聞こえてこない。
「もう皆遠くへ逃げたのかしら………?」
風も何故かいつもとは違う。吸うと気分が悪くなる。
「大地の声が聞こえない………」
何時もならスーに風が色んな事を伝えてくれる。スーは小さい頃から共にあったサカの風が大好きだった。
「うっ………」
余りも気持ち悪さに思わず吐いてしまいそうになる。
スピードは遅くなったがそれでも皆を探す為歩き続けた。
「あっ………!」
そして等々人影を見つけたスーは自然と足が早まる。
「皆……!!」
しかし途中まで進んで足を止めてしまった。
視界に広がったのは自分と同じクトラ族と親しかったリオル族の人達。
だが誰も生きてはいなかった。
「っ!?!!!」
不意に胃からこみ上げてきたものを吐き出しうずくまる。
自分の見間違いだとそう言い聞かせてもう一度確認するが変わらない。
兵士たちだけではない、女子供関係なく殺されてサカの草原に放置されていた。
「ぐうっ、うっ………」
嗚咽に近い声を上げながら草原の草を握りしめる。
「許さない………!!絶対に、許さない………!!!」
何度も何度もそう呟きながら暫くそうして呻いていた………
どの位経っただろうか。
辺りも日が落ちて来て徐々に暗くなってきた。
「………」
スーは地獄絵図の光景を前に生きた屍の様に無表情でそこに居た。涙は涸れ、全てを出し尽くした様に枯れていた。
敵がまたここへやって来るかもしれない、屍を埋葬する時間も無い。
「まだ死ぬわけにはいかない………」
何とか気力を振り絞って立ち上がる。スーの愛馬が助ける様にスーに寄り添い、スーも手を掛けながら立ち上がった。
「この光景を絶対に忘れない………」
去り際にスーが呟く。
「一族の仇………灰色の狼の孫娘、スーが必ず果たす」
それは弱々しいが、それでもスーはハッキリと宣言するように呟いたのだった………
サカでの戦闘はベルンを介することなくジュテ族が鎮圧し、サカはベルンによって制圧された。
指揮を取っていた三竜将のブルーニャはそのまま自分の軍を率いてアラフェンへと向かい、サカの事は副将のゼハードとジュテ族の族長モンケにサカの事は任せた。
「ゼハード様、お疲れの様ですね」
「………ルクエか、どうした?」
リオル族の集落跡地。跡地といっても天幕や家はある程度荒らされてはいるものの、生活感をまだ感じるこの地にベルン軍のある一軍が駐留していた。
その中の大きな天幕にゼハードは居た。
椅子に座り、槍を支えに少し眠っていた。怪私等は無かったもののかなり疲労していたのだ。
そのゼハードに長髪の眼鏡の女性、副官のルクエが声をかけた。
「今し方ブルーニャ将軍から書状が届きました。内容は『ゼハード軍はジュテ族と共にサカへ留まり、未だ抵抗を続けるレジスタンスを殲滅せよ』だそうです」
「ブルーニャ将軍は?」
「ベルンに対抗するために集まっているリキア同盟軍との戦いに参加させるようでその準備を始めているようです」
「そうか………好機だな」
そう呟き、ゼハードはニヤリと笑った。
「ルクエ」
「はい」
「クルセトルにあの娘の捜索を命じろ。恐らくリキアに向かったと思われる」
「分かりました。………ですが何故リキアだと?」
「ここの集落の反対側で警備させていた兵士達がやられていた。恐らく戦いから逃れるためにそちらから逃げたのだろう」
「兵士の配置が間に合わなかった西側ですね。………ですが逃げた先が何故リキアだと思われるのです?遠いとは言えエルトリアの方がより安全かと思いますが………」
「いいや、間違いない。リキアはまだ戦火に巻き込まれていない国であり、人の足でも山さえ越えれば直ぐにリキアに入れる。軍も勇将ヘクトルを始め、重騎士団、騎馬隊等ベルンに負けない位優秀だ」
「確かにそうですね」
ゼハードの言う通り、オスティアのヘクトルとフェレのエリウッドはリキアを代表する将軍として他の国でも名の知られている人物だ。
そして国としてもその土地としてもリキアは過ごしやすく、欠点を上げるとしたら各領主によって政策が違っている為、貧富の差が多少あるくらいか。
それでも顕著に表れている訳では無いので問題視するほどでもない。
「分かりました。兵はどうします?」
「必要最低限に抑えろ。多すぎると目立つ。あくまで隠密に事を進めろ。後の人事は任せる」
「かしこまりました。ではその様に準備を進めます」
そう言ってルクエはお辞儀をして出て行った。
「さて、世界はどう動くかな………」
ゼハードはまるで他人事のように笑って呟いたのだった………
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