ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode16
とある沖合い。
帆に描かれたノコギリザメと同じ刺青を施した者たちがいた。
近くの島に行っては略奪を行い、彼らが嫌う人間たちを襲撃した。
船長アーロンが率いるアーロン一味は、名の知れた魚人海賊団として人間たちの恐怖となりつつあった。
「アーロン船長! 大変だ、ジンベエ親分の船だ!」
「チッ...! ヤロー共、ずらかるぞ!」
つい先日、王下七武海に加盟したジンベエと縁を切り船を離れたのだが、弟分のアーロンの騒動を耳にすると邪魔をして来るようになった。
偉大なる航路(グランドライン)に、もう逃げ場は無い。
「東の海(イーストブルー)?」
「ああ、そうだ。俺たちはこれから東の海へ向かう」
満月の夜。
甲板には、月を見上げながら酒を酌み交わすアーロンとアンカーの姿があった。見張り番が回ってきたアンカーのもとに、アーロンが酒を持って来たのだ。
見張り番という役割があるためアンカーは少ししか飲まないが、アーロンは構わず酒瓶をどんどん空けていった。
そんな中で、今後の予定に話が移った際に、アーロンの口から出たのが“東の海へ行く”というものだった。
「偉大なる航路で暴れたところで、ジンベエのアニキにすぐ知らせが行きやがる。俺たちに逃げ場は無いのも同然だからな」
「ふーん。それで東の海なのか...」
アンカーは簡単に納得する。
新世界を抜け、偉大なる航路(グランドライン)からも離れた島ならば、そこに住む者も、配属されている海軍も、うろつく海賊も大したことはないだろうと踏んだのだ。
アーロンの考えも似たようなものだった。
「すぐ出発する?」
「いや。長旅になる。近くの島で調達をしてからだ」
「“調達”...ねぇ」
翌日。ーー夜明けと共に近くの島での“調達”が行われた。
調達とは名ばかりの、ただの略奪である。アーロンを筆頭に、抵抗する者、気に入らない者は無差別に殺した。それが、女だろうと子どもだろうと、全く関係無い。それは、アンカーも同じだった。
「この家の食料と、金品を寄越せ。素直に応じれば、命は助けてやる」
アンカーは必ずこう言う。そして、それを守った。
その行為は褒められたものではない。生き残った者を、復讐者としてこの世に遺すのと同じ行為だからだ。「問答無用に殺せ」といくら言っても、アンカーはそれに応じようとはしなかった。
今回も同じ。貧しそうな民家へ踏み入り、同じ問答をする。大抵の人間は、命が助かるのだからと少ない食料と金品を差し出してくる。それが全財産でなくても、アンカーは良しとしていた。
「お前らにやれる物は何も無い!」
「じゃあ、死ね」
首と胴体が二つに分かれ、隠れて見ていたのであろう子どもと女性の悲鳴が響いた。テーブルとイスだけで作られたバリケードを退かし、小さく蹲っている人間に、アンカーは同じ問答をした。
「食料か金品を寄越せ。命は助けてやる」
「あ、あたしは!」
「ん?」
「そのガキが持ってるわよ! あたしは関係無い!」
“ガキ”と言われた少年が持っているのは、お小遣い程度のベリーが数枚と、食べかけのチョコレートだった。海賊にとっては何の価値も無い物だが、アンカーはそれでも良しとする海賊である。
ただ、アンカーにはどうしても許せないものがある。それが、あの母親だ。少年からチョコレートだけを受け取り、去ろうと背を向けたのと同時に、母親は家から飛び出して逃げて行ってしまう。
「殺れ」
アンカーの傍らにいた仲間が、逃げた母親の頭を撃ち抜いた。
動かなくなった死体の衣服からは、安物のアクセサリーが数個出てきた。この元母親は、自分の子どもより金品を選んだのだ。アンカーには、それが許せなかった。
甘い。そう言われるのは重々承知の上である。
「げほっげほっ」
「大丈夫か?」
「ん......平気」
「痩せ我慢すんな、顔色が悪い。...帰るぞ」
胸の痛みを覚えながら、アンカーは船がある方へと踵を返す。後方で子どもがなにやら叫んで怒鳴っているが、内容までは耳に届かない。そんな余裕は無かった。
ぐらり、視界が揺れたかと思うと、アンカーは膝をついていた。胸の痛みが激しくなる。呼吸が、止まりそうになる。アンカー自身も、己に何が起こっているのか理解出来ないでいた。
「ハッ...ハッ...ハッ...!」
「アンカー!? おい、しっかりしろ!」
「......ッハ...ッハ...」
上手く呼吸が出来ない。呼吸の仕方を忘れてしまっているようだった。アンカーも仲間も、混乱を隠せずに慌てふためく。とにかく船に戻らねば!と仲間がアンカーと武器を担ぎ、荒れ果てた村の中を走り抜けて行った。
「お頭!」
金品や食料を袋いっぱいに詰め込んで、意気揚々と船に戻って来たアーロン達を迎えた部下の次の一言に、アーロンは言葉を失った。
「早く、こちらです!」
出迎えた部下の後を追い、アンカーの自室へと向かう。
中には、今の船員の中で数少ない船医と、自身のベッドの上で横たわるアンカーの姿があった。
「アンカー!」
「大丈夫です、船長...。今、落ち着いて眠ったところですよ」
「......そうか」
アンカーが無事であると聞き、力が抜けてその場に座り込んでしまうが、誰も何も言わない。アーロンがアンカーに対して特別な感情を抱いているのは、船員全員が気付いていた。気付いていないのはアンカーだけだ。それも無知だから仕方がない。
「船長......ちょっと、いいですか?」
船医の神妙な面持ちに察し、短い返事の後、アンカーの部屋を後にし船長室へと赴いた。
その場には既にハチやクロオビなど、アーロンと昔からつるんでいる面々が揃っていた。彼らも船医からアンカーの急変を聞き、その容態を説明してもらうために集められていたのである。
「船長、命を落とす覚悟で申します」
「聞いてやる」
「アンカーを船から降ろすべきです!」
空気が張り詰めた。
その発言がどういう意味を持つのか...。分かっているからこそ、船医は“命を落とす覚悟で”と最初に言ったのだ。それがあったからこそ、アーロンは怒りを我慢出来ているのである。
しかし、それが顔に出ていない訳もなく、ブチギレ寸前の表情から目を逸らさない船医の覚悟は本物と見て取れた。
「......理由は」
「理由は、アンカーを殺したくないからです」
「なに....?」
「このまま海賊を続けていれば、アンカーは確実に死にます。
船長はお忘れですか? 彼女は、本人は認めておらずとも半分は人間なのです。いくら体が丈夫でも、人間の心臓では限界値を超えてしまう!」
度重なる戦闘でアンカーの心臓は悲鳴を上げていた。体が丈夫過ぎるが故に、それに気付いた時にはもう手遅れだった。もう、一人で歩くのも出来ない。歩くだけで心拍数が上がり、息切れを起こし、今回のように過呼吸を引き起こす可能性もある。最悪、死ぬ場合も考えられると船医は言い切った。
「......」
「船長! 彼女を死なせたくないのなら、ここで船から降ろすべきです! 船長! 船長!!」
「......ッ」
何も言い出せないでいた。
アンカーを側に置いておきたい己と、アンカーを死なせたくない己とが激しい口論を繰り返す。アーロンは顔を手で覆って、周りに表情を悟られないように隠した。
一人で考えても結論は出せない。そう思ったアーロンは、再びアンカーのもとへと赴くのだった。
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