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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第八十四話

 里香とゲームセンターから出て行き、喫茶店で注文が来て落ち着いて。ゲームセンターと違ってこの喫茶店は閑散としており、自分たちの他には客は閑散としか見えない。どちらも注文したコーヒーを一口飲むと、俺は里香へと向き直った。

「ありがとう、里香」

「……突然何よ?」

 コーヒーカップを置きつつ里香に丁重にお礼を言うと、彼女は椅子にかけたコートの皺を取りながら、いきなり何だ――といった様子で聞き返してくる。

「今日呼んだのはさ、遊ぶ為なんかじゃないんだろ?」

「…………」

 明日明後日、里香との約束をすっぽかす程大事なバイトがある、ということが分かっているのに、里香がただの遊び程度に誘うわけもなく。何か、直接顔を合わせて話したいほどの大事なことがあったからこそだ。そう考えて問いかけると、里香は少し躊躇うような表情をした後、諦めたように薄く笑った。

「……うん。いい彼女キャンペーンは終わり!」

 明日奈は凄いわー――などと冗談めかして呟きながら、里香は机の上に置いてあったスマホを操作していくと、お目当ての画面でこちらに渡してきていた。そこには、フルダイブゲーム専門のサイトである《MMOトゥデイ》が映っており、今回紹介されているゲームは……

「GGO……」

 ガンゲイル・オンライン――GGO。今、俺とキリトがバイトという名目で調査している、先日に予選が終わったフルダイブゲーム。もちろん予選の結果は忠実に明記されており、そこには無論『Eブロック準優勝者――Shoki』としっかり刻まれている。

 ゲームには直接関係はないからか、《死銃》のことは載っていないのは幸いだったが……里香はこれを見て連絡してきたのだろう。ただのバイトではない、という虫の知らせに近い確信を得て。

「あたし、やっぱ明日奈みたいに人間出来てないからさ、とっちめてやろうと思ったんだけど……」

 明日奈みたいに、というところは少し冗談のように。もしくは自嘲するかの如く。ただのバイトじゃないのを問い詰めてやろうとした、と。

「あんたが来た時、あんまりに酷い顔してたもんだから。死ぬんじゃないかってくらい」

 里香が暗くそう呟く。反射的に自分の顔を触ってたり、店内の鏡で自分の顔を見てみたりするが、特に普段と変わらない。……もしくは里香と話しているうちに、普段の表情に戻ったのか。

「そんなに……違ってたのか?」

「……うん。一緒にいて笑って欲しかった。いつもみたいに冗談言い合って、さ」

 俺の問いかけに対してコクリと頷きながら、里香はそこまで言って照れたように顔を伏せる。だから喫茶店で問い詰めるのを止めて、半ば無理やりにゲームセンターに連れて行った。そして俺のその表情から彼女は……自身の勘が間違っておらず、俺のバイトが何か危険なことで、いてもたってもいられなくなった……ということらしい。

「……ごめんな」

 まず口から出てきたのは謝罪の言葉だった。それに何の意味があるわけではないが、言わなくてはいけないこととして。顔を伏せたままの里香も、小さく「……ん」と応答し、俺はGGOのことを話し始める。もう隠し事など、出来ないから。

「キリトの都合もあるから、明日奈には言わないでくれると嬉しい」

 そう前置きしてから、俺は里香に訥々と語っていく。菊岡さんから聞いた今回のバイトの話、仮想世界の銃弾で現実世界のプレイヤーを殺した《死銃》の話、アインクラッドのことを知っている灰マントの話……あの踊り子、リーベの話。

「……リーベ?」

 それまで神妙に聞いていた里香だったが、その名前を聞いた時だけ、こちらに聞き返すような声を発した。自身のことを《SAO失敗者》だと語った彼女のことを。

「知ってるのか?」

「……ううん、どっかで聞いた名前だな、ってだけ……ごめん」

 思わず身を乗りだして聞いてしまったが、里香もあの踊り子のことを知っている訳ではないらしく――当然と言えば当然だが――曖昧に首を振るだけでなく、こちらに謝らせてしまう。……咳払いを一つ、その後コーヒーを飲んで落ち着くと、里香には「驚かせてこっちこそすまない」と謝罪する。

「《死銃》だとか《SAO失敗者》だとか、何言ってるかも分からない。だけど、あの浮遊城にまだ囚われてる奴がいるなら、それは終わらせた俺たちの責任だ、ってな」

 これはキリトと話し合って決めたことでもある。浮遊城に囚われた二年間、その後の須郷の計画を止めた俺たちは、いつまでもあのデスゲームがまとわりつく――というのはキリトの弁。……迷惑な話だ、というのが俺の心からの本音だった。

 それでも、恐らくキリトの言う通りなのだろう。

「……うん」

 全ての話を聞き終えた里香は、小さくそう呟いた。その表情から何を考えているかは読み取れないが、そんな彼女の表情を俺は一度だけ見たことがあった。ALO事件の際、里香が自らの力不足を吐露した際の表情だ。

「それに……」

 そんな表情をした彼女に言うべき話ではない。そう分かってはいたが、口から勝手に言葉が吐き出されていた。《死銃》が語ったあの言葉――『it's show time』。あの殺人ギルドが言っていた台詞に、リーベがこちらに問いかけた『始めて人を殺した時のことでも思いだした?』という言葉。

「……あの浮遊城からは、逃げられないみたいだな」

 力なく笑う。でも逃げられないなら……立ち向かうしかないじゃないか。そういう風に考えられるくらいには、俺も里香のように強くなっていたらしい。

「だから、今度こそ引導を渡してきてやるんだ。あの浮遊城にまだ囚われてる連中に」

 あの浮遊城は、もはや世間からも忘れられるほどになった。今更、まだあのデスゲームに囚われている者がいるなら、叩きのめして言ってやる――『SAOはもう終わったんだ』、と。そんな決意が伝わったのか、里香の表情が和らぎ小さく笑い、いつもの調子が彼女に戻る。

「ありがと、正直に言ってくれて。あんたらのことだから心配なんてしてないけど、まあ無理はしないように。……分かった?」

「ああ」

 明るく振る舞う彼女に、こうして何度送り出されてきたことだろう。そんなことを考えていると、頼んでいたコーヒーがなくなっていたことに気がつく。

「色々準備もあるでしょ? ごめんね、呼びだしちゃって」

 里香の方も飲みきっていたようで、そう言って彼女は席を立つ。会計を済ませようとする彼女を足早に追いつくと、こちらが先にレジへと到着し、コーヒー二つ分の値段をレジを担当していた店員へと払う。

「別にこれくらいいいのよ?」

「こういうのは見栄なんだ、見栄。やらせてくれって」

「……見栄っ張り」

 里香とそんな会話をしながら喫茶店を出ると、肌寒い感覚が肌を支配していく。里香は一瞬だけ強く俺の手を握ると、偶然か、俺の目的地である病院とは逆方向に歩いていく。コートのポケットに手を突っ込み、手の温もりを維持するかのようにしながら。

「それじゃ翔希、負けたら承知しないからね!」

「もちろん」

 送っていこうか――と言おうかとも思ったが、里香は恐らくその申し出を拒否することだろう。彼女の気遣いに感謝しながら、俺は病院に向かうことにした……もちろん、あの銃と硝煙の世界に行くために。

「……転ぶなよ、里香!」

 ……最後に。ポケットに手を入れたままの里香に振り向くと、白い息を吐きながらそうして声をかける。突然声をかけられた里香は驚いたようにこちらを見ており、その驚いた様子を目に焼き付けながら、俺は病院へと向かっていった。


 所沢総合病院。あの浮遊城に行く前は、明日奈のことや今回のことなどで、何度も足を運ぶことになるとは夢にも思わず。里香や友人たちと会えただけでなく、これもあの浮遊城がもたらしてくれたものなのだろうか――などと、至極くだらないことを考えながら、病院のドアをくぐっていく。

 さらにGGOへログインする為の機材が置いてある部屋へと歩いていくと、その部屋から二人の男女の話し声が聞こえてきていた。どちらも見知った声ではあったものの、少々入りづらいことは確かなので、自動ドアを開ける前にノックすると――上擦った男の声で、「ど、どうぞ!」という声が聞こえてきたので、遠慮なく自動ドアを開ける。

「な、なんだ……翔希かよ。驚かせるなって」

 室内にいたのは予想通りの二人組。上擦った声を出していた男、ことキリトに、この病院に勤務しているナースである安岐さん。キリトはこちらを心底驚いたように見ていたが、安岐さんはニコニコと笑いながら手を振っていた。

「今日もよろしくお願いします、安岐さん。……驚かされるようなことしてたのか、キリト」

「うん、真面目な挨拶大変結構!」

 GGOにログインしている間に、現実世界の俺たちの身体のメディカルチェックをしてくれる安岐さんに挨拶しつつ――「なっ……!」とか「違っ……!」とか言い訳がましいキリトを無視しつつ、俺は自身が寝ることになるベッドに荷物を置く。

「和人少年は美人カウンセラーにカウンセリングを受けてたとこだけど、君もどう? 今ならタダだよ?」

「タダより高いものはないんで遠慮しときます」

 受けるつもりはなかったので適当に断ると、安岐さんは残念そうに肩をすくめていた。……里香に会わずにここに来ていたら、もしかしたらカウンセリングを受けることになっていたかもしれないが、とにかく今回は遠慮しておく。安岐さんはSAO生還者の身体のリハビリを担当していたため、当然俺やキリトのリハビリ中の醜態もしっかり晒してしまっている訳で……これ以上、心の部分まで弱みを見せたくない、というのが本音だが。

「残念。それじゃ機材の使用許可取ってくるから、ちょっと待っててね」

 そんな無意味な見栄を張っている俺の心中を見破っているかのように、安岐さんは笑顔で病室を出ていった。最後までヒラヒラ手を振っているのを横目に一息つきつつ、先にこの病室まで来ていたキリトへと視線を向ける。

「随分早いな。安岐さんと何話してたんだ?」

「まあ、ちょっと……な」

 言いにくそうにキリトは――和人は顔を伏せる。あの灰マントはGGOの世界にてキリトの前にも現れたらしく、『お前は本物か?』という意味深な問いをして去っていったとのことで。……十中八九、あの浮遊城の関係者でしかありえない。

「翔希は……」

「ん?」

 ベッドに座って顔を伏せていた和人が、意を決したようにこちらを振り向いた。

「……人を殺した時のこと、覚えてるか?」

「――――」

 予想だにしていなかった――いや、心のどこかでは、聞かれることを覚悟していたかもしれない――和人からの質問。それに答えようとする暇もなく、和人の独白は続いていく。

「俺はラフコフの連中を二人殺した。……でも、その殺した二人の、名前も、顔も覚えちゃいないんだ……」

 ラフィン・コフィン討伐戦。レベルの劣る攻略組に対して、罠や不意打ちで死ぬ気で立ち向かったレッドプレイヤーたちは、攻略組のメンバーによって多数の死者を出した。その際俺は横道へと弾き出されてしまい、本隊からはぐれてPoHと戦っていたが……本隊がいた場所は、戦死者が出た酷い乱戦だったと聞いている。

 ……その内の二人を殺したのがキリトだった、というのは初耳だったが。

「……悪いな、いきなりこんな話して。さっきも安岐さんに同じ話して、困らせたばっかりなのに」

「……俺は」

 苦笑して今の話を無かったことにする和人に、俺も同様にベッドに座りながら口を開いた。……和人が求めている答えを出すことは出来ないが。

「……何も覚えてない」

「え?」

 言葉の通り。俺はあの浮遊城で、プレイヤーを殺したことを覚えていない。だが、確実に……この手に掛けたという感触だけは覚えている。思い出したくないと脳か心が拒否しているかのように、トラウマにすらならないほどに記憶にない。

「それでも……思い出したいないなんて考えたこともない。キリトみたいにそうやって覚えてて、苦しんだりなんかしたくない、って逃げてるんだ」

「俺も覚えてなんて……」

「俺より覚えてるさ」

 わざと冗談めかした言い方をして肩をすくめるが、どうしようもないほどに心底思っていることでもある。キリトのように、あの浮遊城で殺したプレイヤーを背負っていくことは、今の俺には出来そうもない。故に殺したプレイヤーのことは思い出せないし、思い出したくもない。

「だから俺はGGOに行こうと思う。あの浮遊城に関することに、最後まで決着をつけるために。……お前もそうだろ?」

 ――ちょっと過程が違うけどな、という言葉の続きは飲み込んだまま、発することはなく。俺はあの浮遊城に関することから解放されるため、和人はデスゲームのことを思い出し、背負っていくため――過程が違うどころか、まるで方向性が逆だと自嘲してしまう。

「ああ!」

 そんな俺の内心の嫉妬に近い感情を知ってか知らずか、和人は俺の言葉に力強く頷いた。そんな姿を少し羨ましいと思いつつも、激励の意味を込めてお互いの拳を交わすと、俺は少し気になっていたことを和人に聞いた。

「リーベは、和人には接触してないんだよな?」

「あの踊り子だろ? そう……だな。ブロックも違うし、話す機会もなかったし」

 どうしてかは分からないが、あの踊り子はキリトには接触していなかった。武器の提供も嫌がらせも対戦も俺に対してのみ……爆弾と《死銃》の証たる黒星を持つ踊り子、リーベと決着をつける、という理由もあった。

「あいつは何者なんだ……」

 そんな呟きをかき消すように病室の扉が開き、先程出ていった安岐さんが再び病室に入ってくる。俺たちの心肺などをチェックする機材の準備が整ったそうで、ようやくGGOにログインすることが可能となったらしい。《死銃》がどのような作用をもたらすか分からない以上、様々な備えは必要なのだろうが……少し大仰すぎやしないか、とは思ってしまう。

 安岐さんが心音等のチェックの為に椅子に座り、俺とキリトは銃と硝煙の世界に意識を移行させていく……


 ……そしてログインした際の不快な感覚に顔をしかめながらも、前回ログアウトした総督府へと再び帰還する。一大イベントの決勝ということか、GGOの中もかなりの大盛況を見せており、中には参加者である自分に応援の声をかけてくる者もいた。

 それらを適当にあしらいながら、同じ建物にログインしたキリトのことを探していると、見覚えのある水色の髪型の方を先に見つけていた。

「シノン!」

「…………」

 Eブロックでキリトに敗れて準優勝となった彼女だったが、俺と同じくBoB本戦へと出場することが出来ていた。二回戦でピースと戦う直前に、ただ棒立ちで勝てるわけがない――という旨のアドバイスを受けた返礼をしようと話しかけていくと、相変わらず冷静な視線が俺に向けられた。

「まずは本戦出場おめでとう、って言っておくわ。まさか勝ち上がってくるとは思わなかったけど」

「おかげさまで。そっちこそ――」

 ――おめでとう、と言おうとして慌てて口を閉ざす。キリトに予選で負けたのを気にしているのか、冷めた視線がさらに鋭く研ぎすまされたため、やぶ蛇を踏んだと顔を逸らす。睨まれていることを自覚しながら髪をいじくっていると、シノンが溜め息混じりで声をかけていた。

「……あなたも準優勝だったらしいわね。あの踊り子に負けて」

「まあ……な」

 仕返しのつもりか。現実ではどれくらいの年齢か知らないが、案外子供っぽいことをする……と心中で考えながら、どう言い返してやるか、キリトから聞いた話を元に思索を巡らしていると――あまり人のことは言えない――その前にシノンが話しかけてきた。

「あいつは一緒じゃないの?」

「あいつ……ああ、キリトか。一緒に来てたんだが」

 同じく総督府にログインしているため、あまり離れてはいないはずなのだが。改めて辺りを見渡してみるものの、賭けをしているプレイヤーや見物客などが大多数で、背丈が小さい少女となっているキリトは見つけられない。幸か不幸か、俺のような芸者のようなアバターは背丈があるので、あちらから見つけてくれるとありがたいのだが。そう思っていると、男性プレイヤーの一団がいた場所から突如として歓声がわき、そこから滝を割るように人が別れると、黒髪の少女――キリトがニコニコと、男性プレイヤーに笑顔を振りまきながら歩いてきた。

「ショウキ! ……あ、シノンも一緒だったのか?」

 予想以上に悪目立ちしながら登場するキリトに頭を抱えながら、とりあえずシノンとともにキリトの手を引っ張ると、他のプレイヤーがいない場所へ向かう。ああも囲まれていては、静かに話もできやしない……シノンに小さく謝っておくと、ふん、という鼻息で返される。

「もしかしてネカマ慣れしてるの? アンタ」

「い、いやいや、まさか……はは」

 シノンの冷たい追求からキリトは苦笑いで逃れながら、とりあえず俺たちは他のプレイヤーがいない一角へと落ち着いた。……悪目立ちしていた流れからそのまま来てしまったが、特にシノンがついてきた理由はないのだけれど。シノン本人もそう気づいたのか、表情が苦々しげなものとなっていく。

「……それじゃ。本戦で会ったら敵だから」

「あっ……待ってくれ、シノン!」

 ツカツカとその場を離れようとするシノンをキリトが前に立って妨害すると、彼女の前に何かリストのようなものを見せた。それだけ聞くと何か危ない図のようだが――幸いにもキリトの姿も女性のようなので問題ないか――そのリストを自分も覗き見ると、現実でリズにも見せられた、今回の本戦に出場するプレイヤーのリスト。

「この中で前回の戦いに出てない、シノンが知らないプレイヤーの名前はないか?」

「…………」

 俺はそこで、ようやくキリトの意図を悟る。前回優勝者のゼクシードを射殺したプレイヤーは、名前や姿がこの世界に広く知られていない。つまり、前回の大会には出場していない、無名のプレイヤーである可能性が高いということだ。シノンはその彼女にとっては意図が分からない質問に、不満げな表情をしながらも考える所作をする。

「そうね、目の前のムカつく剣士とその取り巻きを除けば――」

「待て。取り巻きって何だ。訂正を頼む」

「――踊り子のお付きを除けば、ね」

 ――取り巻きとかいう不名誉な称号に訂正を求めたが、訂正後もキリトからリーベに変わったのみと、どうやら自分は、徹頭徹尾取り巻きから離れられないらしい。下らないことで口を挟まれたことを気にすることはなく、シノンはキリトが持っていたリストに印を描いていく。《ペイルライダー》、《Sterben》、《銃士X》――と、意外と多数のプレイヤーの名前にサインが描かれていく中、シノンの動きがピクリと止まる。

「……あとはコイツも、ね」

 シノンは一息つくと、嫌そうに最後のサインをEブロック優勝者――リーベへと描く。《死銃》のアバターとは似ても似つかないが、《黒星》を持った彼女も、前回の大会には出場していなかったらしい。

 ――この中に《死銃》がいる。これ以上の手がかりがない中、本戦へのカウントダウンは刻一刻と続いていく……


 ベルの音が響く。何の変哲もない目覚まし時計の音だ。その部屋の主である少女は、ノロノロとした動きで目覚まし時計を止めると、うーん、と声を上げて体を伸ばす。

 彼女が寝床から覚めると決まって見えるものは、今や伝説となったあの浮遊城のポスターだ。当然、巷では回収されている品だったが、彼女はどのようにしてか天井に張り付けていた。

 そのポスターと同じように、本棚や寝床の近くには乱雑に浮遊城に関する雑誌が置かれており――どうやら、βテストに関しての記事を読んでいる時に、彼女は寝落ちしてしまったらしい――一目であの浮遊城に偏執的な感情を持っている、と分かる。

 ひとしきり体を伸ばして満足したのか、少女は広いとは言えないアパートの一室を歩き回る。浮遊城に関しての物以外で目を引くのは、よく手入れされた仏壇――少女はそこに手を合わせてから、冷蔵庫の中から適当な飲み物を選択し、立ち上げたままだったパソコンの前に座り込む。

 少女が待ち望んでいるのはメール。今の少女の行動原理そのものとなっている、とある人物からのメールだった。

「…………♪」

 そのメールが来ていることを上機嫌に眺めながら、彼女は今日のメインイベントに関して想像を膨らませる。この人物は約束してくれた。彼女を楽しませながら、こちらも約束を守れば連れていってくれると――あの浮遊城へ。

「あーっ……行きたいなぁ、アインクラッド……♪」

 ひとしきりその人物からのメールを確認した後、歌うように口ずさむながら、再び彼女は寝床天井の浮遊城――アインクラッドのポスターが見えるように寝転ぶ。そして近くにある《ナーヴギア》を被ると、彼女はあるVRMMORPGの世界へと入っていく。

「今日はショウキくんと……どうやって遊ぼうかなぁ……」

 彼女がこれから入ろうとする世界――ガンゲイル・オンラインの世界での名前は、銃と硝煙の世界だろうと『愛』を意味する《リーベ》。ショウキが最も《死銃》ではないか、と疑っている『踊り子』であり――『SAO失敗者』である。

 
 

 
後書き
ガンアクション(次回)

初めてのオリキャラことリーベさんはどうなのだろう。成功しているかちょっと自信がないぞよ。ちなみに、SAO失敗者って言ってもイカジャムのあの方と同じ理由、境遇、精神ではないのであしからず。
 
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