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ジガバチ

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5部分:第五章


第五章

「おお、兄ちゃん達ひょっとして」
「そうだよ。あの時ミズカマキリ捕ってたな」
「あの時のガキだよ」
「おじさんずっとここで畑やってんだな」
「あの時から」
「わしは変わらないさ。孫ができた位だよ」
 お百姓さんは笑ってです。二人にこう言ってきました。二人はそのお百姓さんのところ、畑の前に来てです。そのうえで話をするのでした。
「へえ、おじさんもお祖父ちゃんになったんだな」
「そうなったんだな」
「あんた達が大人になったのと同じさ」
 それとだというのです。
「同じさ。それはな」
「そうか。そうだよな」
「俺達も大学生になったしな」
「酒も飲んでるしな」
「車の免許も取ったしな」
「そうだよ。人間歳を取るものだよ」
 お百姓さんはあの時と変わらない日に焼けた皺だらけの顔で述べます。
「絶対にな。ただな」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「確かにここは変わらないさ」
 お百姓さんは辺りを見回しました。自分の畑にそれに泉、その周りの緑に山をです。 
 確かにそういったところは変わりません。あの頃のままです。
 そうしたところを見回してからです。お百姓さんは自分の左手を出してです。そこを右手で指し示しながらです。そのうえで二人にこうも言いました。
「これも変わらないからな」
「ああ、黒子か。思い出したよ」
「そこからジガバチが出るってな」
「あんた達あの頃は本気で怖がってたよな」
「まあな。子供だったからな」
「ついな」
 そう思ってしまったとです。二人も笑って答えます。
「それで怖くて気持ち悪い思いしたけれどな」
「実際にそんなことあったらホラー漫画だよ」
「そうだよ。そんなことあるものか」
 今だからです。お百姓さんも笑って言うのでした。
「あったら怖いさ」
「だよなあ。それでもな」
「あの頃は信じたよ」
「それで悪いことしたらおじさんが手かたジガバチ出してきて刺してくるってな」
「それで悪いことはしなくなったよ」
「そうだろ。子供が怖がるのもな」
 それもだとです。お百姓さんは二人に笑顔で言ってきます。麦わら帽子の下から。
「大事なんだよ。怖がらないと悪いことをするからな」
「だよな。けれどな」
「あれは本当に怖かったぜ」
 二人はその子供の頃を思い出しながらです。 
 そのうえで、です。お百姓さんにさらに言うのでした。
「怖過ぎてそれこそな」
「トラウマになったよ」
「それ位じゃないとな。じゃあ今度は孫にな」
 そのあらたに生まれてきたです。その子にだというのです。
「言おうか。悪いことしたらここからジガバチが出て来て刺すぞってな」
「あんまり怖過ぎてトラウマになるだろ、それは」
「俺達みたいに」
「それでいいんだよ。悪いことはするものじゃないんだよ」
 お百姓さんは二人に屈託のない笑顔で応えます。
「だからな。わしはこの黒子にジガバチを忍ばせておくからな」
「やれやれ。変わらないな」
「こりゃお孫さんが可哀想だよ」
 二人は自分達のことを思い出しながら笑顔で言うのでした。二人は大人になってお百姓さんにもお孫さんができました。けれどそれ以外のことはそのままです。
 それで、です。二人はそのままの泉をあらためて見てです。またお百姓さんに言いました。
「で、お孫さんもか」
「この泉で遊ぶんだよな」
「俺達がそうしたみたいに」
「そうなるよな」
「男の子だからな」
 だからだと。お百姓さんも答えます。
「あんた達みたいになるな」
「そうか。俺達の後もここで遊ぶ子がいるんだな」
「それでおじさんに脅されて」
「そうしてその子も大人になるんだな」
「俺達みたいに」
「だろうな。じゃあまた気が向いたらな」 
 お百姓さんは笑顔のままで二人に告げます。
「ここに来てくれよ」
「ああ、それじゃあな」
「また来るからな」
 健太も竜太もお百姓さんに笑顔で応えました。大人になった二人は今は何も怖がることなくお百姓さんの左手を見ることができました。あの頃はとても怖く感じたその手を。とても自然に、懐かしささえ感じてそのうえで、です。見ることができたのです。


ジガバチ   完


                    2012・3・30
 
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