真田十勇士
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巻ノ十一 猿飛佐助その一
巻ノ十一 猿飛佐助
自分を化物と言った男にだ、幸村は問うた。
「それが御主の名か」
「そうお呼び下さい」
「そんな名前があるのか」
「ですから今決めたので」
「ではこれまでの名は」
「ははは、それは何といったのか」
笑って誤魔化す感じの言葉だった。
「それがしも忘れました」
「自分の名を忘れるとなれば記憶を失っておるしかないぞ」
霧隠がいぶかしみつつ言った。
「それでは」
「まあ幾つか名があるので、芸人故に」
「それでか」
「今は化物とでもお呼び下さい」
「人を食ったことを言う」
「人を食う化物ではござらぬが」
おどけているが決して礼を失ってはいない言葉だった。
「少なくとも人の父と母を持っております」
「本朝のじゃな」
「左様」
その通りという返事だった。
「このことは確かです」
「それで芸人をしておるのか」
「元々旅をする者達の生まれでして」
「それでか」
「それがしもそうして生きております、家はありますが」
それでもというのだ。
「いつも家を空けておりまする」
「それで旅の芸人をしておるのじゃな」
「左様であります」
「して今からか」
今度は幸村が男に尋ねた。
「貴殿は比叡山の方に行かれて」
「そこで遊ぶついでに芸で銭を稼ぎまする」
「その芸も南蛮の芸か」
「はい、堺で見たものをしております」
「ふむ、南蛮の」
「何ならここでしてみせまするが」
「いや、それはいい」
幸村は微笑んで言葉を返した。
「別にな」
「左様ですか」
「気持ちだけ受け取っておく」
「それでは」
「そういうことでな、しかし」
ここでだ、幸村はあらためて男を見てそうして言った。
「御主の様な格好の者が南蛮にはおるのか」
「そして堺にも」
「奇妙な出で立ちだのう」
つくづくといった口調での言葉だった。
「見れば見る程な」
「それがしもまさか」
筧も首を捻るばかりだ。
「ここまでの格好の者は」
「御覧になられなかったと」
「これまでな」
「しかし堺にはいまして」
「いたのか」
「それが一目見てこれだと思い」
それでというのだ。
「この格好になってみました」
「そうであったのか」
「では機会があればまた」
男から幸村主従に声をかけた。
「お会いしましょう」
「達者でな」
幸村が声をかけてだ、そしてだった。
男は比叡山の方に向かった、そうして主従と別れた。そうして後に残った主従はというと。
幸村はあらためてだ、家臣達に言った。
「ではな」
「はい、あらためて」
「都にですな」
「向かいましょう」
「あらためて」
「朽木家の領地に入ることになる」
ここでこうも言った幸村だった。
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