White Clover
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放浪剣士
異端審問官Ⅱ
街の片隅にある小さな酒場。
私とベルモンドは向かい合い座っていた。
教会には異端者に関する掟の他にも私生活における掟もある。
その一つが禁酒だ。
酒というものは意識を混濁させ時に人の道を踏み外させる。
大方そんなところだろう。
しかし、酒場で酒を頼まずただ座っている私達は、周りから見たらさぞ奇妙なことだろう。
「元気にやっているのか?」
奴の笑いは何度見ても気分が悪くなる。
「あの日からお前の功績が耳に入ってこないが、ちゃんと異端審問官として責務は全うしているんだろうな?」
つまらない話―――。
ましてやあの日の話しをするつもりなどもうとう無い。
何の用事だ―――。
つれないな、とベルモンドは懐から紙を取り出す。
これは―――。
その紙はいわば指名手配書のようなものだった。
この街に、教会が討伐対象とした異端者が身を隠しているという。
ロベール=アルベルト
六名もの異端審問官を殺害。
人間の殺害数はその何倍もの人数だった。
「お前に討伐してほしい」
なぜ私が―――?
瞬間、私は自分の言葉に後悔する。
言葉の選択を誤ってしまった。
ベルモンドの表情は、その言葉を待っていたといわんばかり。
「お前、魔女と旅をしているだろう」
やはりか―――。
「異端審問官としてあるまじき行為だ。だが、まだこれだけならば拘束と更正で済むのだがな」
奴は全てを知った上で私と接触してきた。
「しかも、その魔女はただの魔女ではない」
ベルモンドの懐から取り出されるもう一枚の紙。
そこには、彼女の…アーシェの名前と顔が載っていた。
最優先討伐対象。
それは、討伐対象のうちで私の知りうるかぎり最高峰のものだった。
詳細は書かれていないものの、そう教会に認定された時点で彼女の危険性は他の異端者とは比べ物にならなかった。
あの力が関係しての事だろうか?
確かに、あれほどの力を有していればその認定にも納得がゆく。
なにせ、化物を一瞬で葬り去る魔術。
彼女は今までの出会ってきた異端者とは格が違う。
「教会に知られれば、間違いなくお前は粛清対象となるだろうな」
あの日から、お前は何も変わらないな―――。
相変わらずの汚い手口だった。
目の前のベルモンドとはそういう男だ。
実力もさることながら、奴の恐ろしさはその情報収集能力と他者を利用する才能。
「断れば…分かるだろう?」
ぞわりと全身を駆け抜ける悪寒。
ベルモンドの顔は笑っているものの、その眼光は獲物を刈るそれへと変わっていた。
「私に剣を抜かせるなよ。…友を斬るのは流石に良い心地はしないからな」
従わざるおえなかった。
どう言い訳したところで、状況証拠は私が粛清対象だということは明白。
私は不本意ながら首を縦にふると、ベルモンドは満足げに笑う。
「物分かりが良くて助かる」
ベルモンドは席をたち、私に背を向ける。
「なんなら、その女も利用すれば良い。二人とも殺せれば、お前の株も上がるだろう」
俺はお前とは違う―――。
私は、何者も利用したりはしない―――。
私の言葉に、初めてベルモンドの表情が不愉快だと歪む。
「くれぐれも、あの愚か者とは違う道を歩むことを願う」
それ以上は何もなく、ベルモンドは酒場を去る。
利用―――。
私は、ベルモンドの言葉で悪しき考えが頭をよぎった。
彼女とベルモンドを闘わせればどうなる―――?
お互いに只では済まないだろう。
ベルモンドが生き残るにせよ、疲弊したところを襲い、殺してしまえば―――。
奴はアーシェとの闘いで命を落とした事にすれば―――。
そこまで考えたところで、私は自分のそんな思考に恐怖を感じた。
恐ろしい考えを振り払うように私は頭を振る。
とんでもない。
私はこの世で一番嫌悪するあの男と同じ思考になりかけていた。
私は…奴とは違うのだ―――。
そう、自分を叱咤すると席を立ち、日も落ちかけた街へと出る。
いまは、とにかくあの魔術師を殺す。
ベルモンドとはいずれ、必ず決着をつける。
それは、あの時に立てた私の誓いなのだから。
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