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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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19話

「やっぱりデカいのがネックだよなぁ」
 ガントリーに蹲る黒の《ガンダムMk-V》には、いつもの峻厳な面持はない。休んでいるようにも見える《ガンダムMk-V》の虚ろな瞳は、獏と惚けているに相違あるまい。
 クレイが眺めるのはその《ガンダムMk-V》本体ではなく、アタッチメントを介して肩にぶら下がっているN-B.R.Dだ。
 New、などという目新しげな名前の割に、その実単なるデカいだけのビームライフルである。新概念の実証武装といえば聞こえはいいが、実際使用してみるとわかる。メガ粒子の弾速・圧縮率を操作することで、貫通力や面破壊力を高める。その理論(エイドス)をこのビームライフル(ヒュレー)は内包しているわけだが、実射した限りでは実感できないといったところだ。サナリィとしても、そもそも未来世代の武装はどんなレイアウトにすべきか? という探索のための案のうちの一つという認識らしい―――。
「まぁあくまで冗長性の確保ってとこなんだけど。実際一般のビームライフルサイズにシステムを落とし込むのがかなりキツそうだからこうしてデカいんだ」
 手元の資料に事細かにサインを入れ、あるいはメモを書き込んでいく。どうやら今は休憩中らしく、手軽な仕事をこなす紗夜は片手間ついでにクレイの雑談に応じていた。
 あ、そうだ。
 不意に顔を上げた紗夜の目がこちらを向く。
「せんせが提案した例のプラン、結構いい感じらしいよ」
 年相応の幼さを感じさせる笑みを浮かべながら、クリアファイルの中の資料を淀みなく抜き取る。
 受け取れば、以前クレイが機体改修に際してのレポートだ。
 サナリィが《ガンダムMk-V》を次期主力機のテストベッドとしてアナハイムから供与してもらっている理由を挙げれば、まずもって第4世代機相当ながらかなり第2世代機を意識した機体設計であるという点がある。それゆえに生じる機体の開発冗長性に目をつけた―――そうして急きょ生産された《ガンダムMk-V》を運用しているのは何も『ゲシュペンスト』だけではない。身近なところではこの『ニューエドワーズ』の他部隊で、重力下では北米のグルームレイク基地や極東のシモキタ駐屯地やギフ駐屯地での試験運用がされているらしい。
 そうして試験された《ガンダムMk-V》のネガを徹底的に洗い、データを得ては改修する。地球で、宇宙で行われているサナリィの一大プロジェクトの環の中にクレイもいる、ということだ。
「背中のサーベル部分に正式配備されるであろうN-B.R.Dを二門つけて、サーベルは別に…か。背中のビーム砲もAMBACの『舵』にして総合的な機動性の向上に繋げるってのはモニカも良いって言ってたよ」
「まぁ結構穴だらけだとは思うけど。最終的にあの玩具が理想のサイズまで落とし込まれたうえでさらに軽量化の上で、機体自体も18m以下にダウンジングしなきゃいけない」
 反省点を滔々と述べながらも、クレイは内心頬が緩む思いだ―――。
こういうところがまだまだ青臭いガキなんだ、と冷静に思う。少し褒められただけで良い気分になるなど―――意図的に、クレイは顔を固くした。
「まぁそこはこれから詰めていけばいいんじゃない? 5年10年―――それこそ20年は先に活きてくるデータなんだし、焦ることはないよ」
 相変わらず謙虚なんだから。
 ばしばしと背中を叩く紗夜にはなんの頓着もない。そうであるが故に、愛想笑いを浮かべながらも己に不釣りあいな称賛に内心居心地の悪いものを感じた。
「スタリオン、ちょっといいか!」
「ほーい! じゃあこれで」
 軽く敬礼を交わすと、無邪気な笑みを浮かべた紗夜が身を翻し駆けていく。ひょこひょこと揺れる健やかな艶のある黒髪をなんともなしに見送る―――視線をそのまま先に延ばしていけば、クレイの視線を受け止める黒い巨躯の姿があった。
 紗夜の言葉―――自然と、クレイは先々日の実機演習を想起していた。
 結果は敗北。
 結果だけを鑑みれば、前に行ったシミュレーターと差異はない。だが結果だけを見て物事を論ずることは浅慮だ。その内容を粒さに精査すれば、むしろ良い結果だと言える。
 エレアがどれほどの腕なのかは実体験でよくわかる。士官学校時代にやり合った『ロンド・ベル』の連中ですら相手にもなるまい。そんな無双の勇を相手に回し、今回の戦闘継続時間は7分強。敗北について思うところは夥しいほどにあるが、5分と持たずに大破判定を貰った時に比べれば随分な進展ではないか―――何がそうさせたのかがわからないのはもどかしいが。単にエレアの調子が悪かった、というだけなら手放しでは喜べないのである。
「―――ハイデガー?」
 思案の海の埋没からクレイを掬ったのは、不意に肩を叩いた声だった。
 思わず顔を挙げれば、普段は見せない柔和な笑みを浮かべたフェニクスの顔があった。
「なんだ、また考えごとか」
 逡巡―――不意に眼前に上官がいる、というその事実に身を竦ませるや否や、傍目でもわかるほどに急いで右手を額に添えた。
「し、失礼しました!」
「今度から気をつけろ」
 クレイの敬礼への返礼をしながら言うフェニクスは嫣然とした笑みを浮かべるばかりだ。
「了解!―――しかし大尉自ら、どうしたんですか?」
「あぁいや、ちょっとな」
 敬礼を解いたフェニクスはどこか気まり悪そうな顔で、なんとも歯切れの悪い言葉を残した。
 珍しい―――二重の意味で。フェニクスと会ってからまだ2月ほどだが、おおよその人となりは把握している。クレイの知るフェニクスと照応してみると、こうして歯切れ悪く言葉を濁して困ったような顔をする彼女はどうにも不自然―――変だ。
 そしてわざわざ中隊長が出向いて何か言伝るというのもおかしな話である。本来なら基地内放送ででも執務室に呼び出せばいいだけの話なのに、こうして件のフェニクスはクレイの前にいる。
 何か嫌な予感がする。凄い嫌な予感がする。もの凄ーい嫌な予感が……。
 訳もなく感じた妙な不安に、クレイ・ハイデガーは顔をひきつらせた。
 ※
「あ~キッツ……」
 全身に重くのしかかる気怠さ―――オーバーGの殴打に打ちのめされたエイリィにとっては、こうして歓楽街を歩くのも億劫だった。
「そんなに辛いなら休んでた方が良かったんじゃない?」
 淀んだ顔つきを伺ったテルスが眉宇を顰める。まぁ約束ですし、と無理に笑みを作ったが、不安そうな彼女の顔つきは変わらなかった。
「エイリィがそんなになるなんてね~。大佐の《シナンジュ》は?」
 ぼんやりと閉鎖的な空を眺めてぽつり。一言言ってから、テルスは苦笑いを浮かべた。
「機密だったね。ごめんなさい」
 苦笑い、というより照れ笑いのように見えた。26歳のエイリィよりも年上のテルスは童顔なことや編み込みをしているとはいえ少年的なショートヘアであることもあいまって、かなり幼げに見える。そしてそれに輪をかけて天然なところもある―――。
「機密に触れない限りで言えば、ですけど。全うな目で見ればあれは欠陥兵器の出来損ないですよ。あのパツキンのおぢさんだけが乗る機体だから許されてるものです」
「そんなに?」
「あれを作った人はMSが何たるかをまるで知らないか、逆にMSの何たるかを知り尽くしている人ですよ」
 十中八九、後者なのだろうなとは思うが。あそこまで突き詰めて無駄をそぎ落としたMSはMS史を概観しても存在しないだろう。多少なりともテストパイロットとして腕に覚えのあるエイリィとして、興味深い機体ではある―――そうして、エイリィの立場上単に興味深い、で済ませられないのがつらいところだ。何せ過剰なまでの即応性に加えて、何かよくわからない機体操縦があるというのだから機体の調整を行う身としては災厄である。その上、先任のテストパイロットは試験中にフレンドリー・ファイアをかましてしまうという事態を引き起こした怪。《シナンジュ》のコクピットを思い出すだけで、顔を顰めてしまいそうになるのも仕方のない話だ。HAHAHA、と鷹揚に笑うあの仮面のおぢさんのことを思い出すだけで、胸やけを覚えるようになってしまっていた。
「よーし、今日はエイリィのためにも頑張っちゃうんだから」
 腰に手を当て、えっへんと胸を張って見せるテルス。腰に当てた彼女の手にはぎゅうぎゅうに膨れたビニール袋が2つ。調理されるのを今か今かと控える食料品がみっちりと詰め込まれていた。
 今日はパラオのとある家庭でパーティーをするらしい―――言葉だけを捉えるなら、どこか子どもっぽい質のエイリィは嬉々とした笑みを浮かべるのだが……。
「あ、あははは……」
 やる気は十分と張り切るテルスの顔を見て、エイリィは乾いた笑みを零すほかなかった。
 人を悪く言うのはあまり好きではない。だが、そんなエイリィをして、テルスの料理を評するなら「殺人的な味」だ。無論これでも幾分好意的に解釈して、である。毎日テルスの料理を口にしている彼女の旦那―――ジェトロの胃は何でできているんだろうと、不安のあまりに夜しか眠れなくなるときがある。なんだ、剣ででもできているのか。
 彼女の歩みが自然と早まる―――この一歩一歩がアプスーへの歩みだと思うと沈鬱だが、エイリィにとってはウルクへの闊歩でもある。
 太陽光も幽かな曂劫のアステロイド・ベルトより地球圏に運ばれてきた岩塊と小惑星から成るパラオは、26歳のエイリィにはあまりにも悦楽の手段があまりにも乏しい。テルスが買い込んだ食品も、生鮮食品がごく僅かにしかないありさまである。
 寂れた歓楽街の一画に伸びる通りにさしかかったところで、エイリィの歩みも自然と弾む。この通りの先にはエイリィの数少ない楽しみのうちの一つがあるからだ。ほら、この通りをずうっと言ったところに―――。
「あら?」
 はたとテルスが足を止めるのにつられ、エイリィも足を止めた。
 テルスの瞳が向かう先をエイリィもなぞる―――。
 特に目立つなにがしかがあったわけでもない。いつもこの通りに店を構えるアイスクリームの屋台の付近には机と椅子のセットがいくつか並べられているだけで、代わり映えのする光景はない。ぽつねんと、屋台を遠目に眺める少女が一人。
 肩甲骨にかかるくらいのセミロングの栗色の髪の毛を無造作に束ねた彼女は、どこか少女然とした様子でありながら、神錆びた雰囲気を感じさせた。
 テルスの瞳は、あの女性を捉えているようだ。
「えぇと、名前はなんだったかなぁ」
 推理小説の主人公よろしく、空いたほうの手で顎を撫でる。無論、テルスにそんな素振りは一向に似合わない。思わず吹き出しそうになるのを我慢していると、すぐに得心がいったようにぽん、と手を叩く素振りをしてみせた。
「えーと……?」
「いやなんであたしを見るんですか……」
「まぁ、いっか」
 得心したように頷く―――何に得心したかはわからないが―――と、テルスは悪戯っぽい笑みをウィンクとともに浮かべると、手荷物をエイリィに手渡す。
 天真爛漫、無邪気を30代になっても地で行くテルスのその笑みですぐに察した。どちらかと言えば、テルスに近い気質のエイリィである。あの健やかな栗色の髪の少女と知り合いであったなら、似たようなことはしていたと思う。
 しーっ、と大仰に口の前で小指を立てたテルスがそろそろと足を忍ばせ、少女の背後に回る。今の仕草は明らかに不要なのだが―――ハイネックのニットの服にロングスカートという大人びた格好の彼女が、嫌に子ども染みたことをしている。間の抜けた光景に道行く一般人が奇異の視線を投じるのは、無理からぬことである。
 これでネオ・ジオン軍のベテランパイロットというのだから世の中よくわからないなぁ。そんなことを思うエイリィなのであるが、エイリィとて他人のことは言えない―――無論、エイリィはその事実に気づいていない。
 抜き足差し足。極東の忍者かイスラームのアサシンもかくやといった素振りでにじり寄り、少女の首筋へ今や躍りかからんとした、その刹那。
 軍人としてのスキルを無駄に使用してまでのテルスの背後からの接近を即座に察知した彼女は、半身だけ翻し、テルスの右手首を左手で握りこむ。と、そこからはまさに鮮やかな手際だった。ぐいとテルスの身体を引き寄せながら、右ひじを鳩尾に撃ち込む。ぐぇ、と年若い美人にはあんまりな悲鳴を上げたテルスにはお構いなく、自分より小柄な女性の身体の下に潜り込むようにして身体をすぼめるや、あとは背負い投げで地面に叩き付ける―――ものの2秒で制圧された暴漢(テルス)がむきゅー、と断末魔を上げた。
「あちゃー……」
 顔を手で覆いたくなった。悪戯をしようとしたら本気で対応される、というのはよくあることだが、眼前で繰り広げられたのはまさにそれだ。もちろん、悪戯を仕掛けようとしたテルスに全面的に非があるから、あの少女に対して文句を言える筈もない。
「あいたたた」
 流石に咄嗟に受け身をとっただけあって、テルスの意識は明瞭そうだが、鳩尾へのエルボー直撃に背負い投げを食らって伸びていた。
「あ、貴女は―――」
「こんにちは」
 自分が制圧した相手が知り合いと知り、瞠目する彼女―――しっかり手入れのされた艶やかな栗色の髪に、見開かれた瞳の色は蒼。緩やかな時間の到来に身を沈めた深海の蒼を想起させる美しいサファイアの瞳が、つとこちらを向いた。
 綺麗だ女の子だなぁ―――マリーダ・クルスという名の少女に、エイリィが初めて抱いた感情はそんな素朴なものだった。 
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