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White Clover

作者:フィオ
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放浪剣士
  魔女の血を継ぐものⅢ

風と微かな雨の音。

古びた家の壁は薄く、外の音を鮮明に伝える。

とても休めたものではなかった。
この家のなかでは私ただ一人が人間。

獣の群れの中で寝ているようなものだ。

床についてからどれくらいの時間が経っただろう。
アリスのほうを見ると、すやすやと寝息をたて魔女と言うことを忘れてしまいそうな穏やかで愛くるしい寝顔をしていた。

少しではあるが同情してしまう自分がいる。

魔女の子供でなければ普通に生きられたであろう。
アリスのこの先などとても明るいとは言い難い。

いずれは発覚する。

魔女であると―――。

どういう形であれ、この少女は天命を全うすることなく死を迎えてしまうのだろう。

考えてはいけない―――。

いたたまれない気持ちに背を向けるように私は寝返りをうった。

その時だ。

暗闇の中、むくりと起き上がる二つの影。

彼女と母親だ。

剣を握る手に力が入る。

しかし、私が眠りについていることに気が付いていないのか、二人は静かに立ち上がると外へと出ていった。

何処へ行くのだろう―――。

幼い少女を一人残すという不安を抱きながらも、私は剣を腰に付けあとを追うことにした。

扉を開くと、それまで壁に遮断されていた風と雨に身体を濡らされた。
それ以外に音のない世界。

周囲を見るが二人の姿はない。

いったい何処へ―――。

ちょうどその時だった。
先程の見回り兵士二人が歩いていた。

女性二人を見なかっただろうか―――?

しかし、兵士は二人とも顔を見合せ首を横にふる。

「こんな遅くに女性二人?」

「見かけたらさすがに連行している」

それもそうだ、とあまりに馬鹿馬鹿しい質問に我ながら笑ってしまいそうになる。
こんな夜更けに女性二人で出歩くなど怪しさ極まりない。

二人とも魔女なのだ。
どうせ、あの時の魔術で姿を隠しているのだろう。

すまなかった、自分で探すことにする―――。

その言葉に、兵士は顔をしかめた。

「こんな時間に女性二人出歩くなど普通じゃない。俺たちが探そう」

当然そうなる。

私はため息をつき、懐から一枚の紙を取りだし兵士へと見せた。

その紙を見たとたんに目を見開き驚きを隠せないまま敬礼をしてくる兵士。

「し、失礼いたしました。では、この件はお任せいたします」

まったく、面倒なことだ。
私は兵士を尻目に二人を探すために郊外へと足を伸ばす。

あれからそれなりに時間がたっている。
何かをするつもりであるなら、もうそれは終わっていてもおかしくはない。

なかば諦め探していると、左側…少し小高い丘に二つの人影を見つけた。

もしや、と私の足取りが早くなる。
近くまで行くと、二人は向かい合い何かを話しているようだった。

残念ながら、雨音でなにを話しているかまでは聞き取れない。

もう少し近付いてみよう。

一歩を踏み出したその時だった。

激しい雷鳴が鳴り響いたかと思うと、そこにいた人影は一つになっていた。

そう…人影は。

みるみる筋肉の膨張を始める片方の人影。
その影は人らしさを脱ぎ去り、異形へと姿を変える。

雷光に刹那写し出されるその姿。

鋭い爪と牙。
体格は人影と比べふたまわりは巨大化し、だらりとその両の腕をたらす。

人狼。

始めて見た。
文献や噂でしか見たことがない希少な生き物だった。

本当に実在していたとは―――。

ある種の感動を覚えたのも束の間。
私はすぐに我にかえり確認する。

まさか―――。

どちらだ―――。

それは、次の雷光で明らかになった。

あの母親だ。

対面する人影は彼女。
だとすれば、あの人狼はほぼ間違いなかった。

私は考えるよりも先に剣を引き抜き彼女の横へと立っていた。

「ついてくるだけじゃなく、首まで突っ込んでくるのね」

私のほうを見もせず彼女は言う。

しかしそれは私も同じだった。
目の前には化物。
視線をそらすわけにはいかない。

「退いてなさい。人間のあなたが相手をして良い存在ではないわ」

と、彼女がゆるりと人狼へと掌をかざすと、あのときと同じまばゆい閃光と熱風が私を襲う。

だが、あの時とは違う。
私はその正体をはっきりとこの目で確認した。

彼女の掌から人狼へと、真っ直ぐに放たれる炎の渦。
この雨のなかでも衰えはしない…いや、むしろ降り注ぐ雨をも蒸発させてしまうほどの高熱だった。

しかし、それでも人狼を焼くにはいたらず。
身にまとわりつく炎を腕で一払いし消し去ると、咆哮をあげ鋭い爪で私たちへと襲いかかってきた。

咄嗟に剣で受け止めようと身構える。

が、しかし―――。

脇腹に鉄球がぶつかったかのような重い衝撃を受け、私の体は吹き飛び地面を転がっていた。

彼女だ。

足で私を吹き飛ばし、自らは人狼の一撃をひらりとかわしていたのだ。

「本当に馬鹿な奴ね。ただの人間ごときが受け止められると思っているの?」

庇ってくれたのか―――?

剣を支えに身体を起こし、再び人狼に向かって剣を構え直す。

「残念だけど、今ここであなたに死なれては困るのよ」

どういう意味だろうか?
いや、今はそんな事はどうでも良い。

奴をどう倒すか、それが最優先だ。

作戦を整える暇もなく、人狼は二撃目、三撃目と攻撃を繰り出してくる。

受け止めることはできない。
しかし、避け続ける事も難しい。

ならば―――。

私は踏み込み、横凪ぎに人狼へと剣を振るう。

が、その一撃は避けられ虚しく空を斬るのみ。

うまく呼吸をあわせ、人狼が避けた先で彼女が炎を繰り出すも、奴はいともたやすく払い消してしまう。

どれくらいの攻防だろうか。
それほどの時間はたっていないだろう。

長期戦は好ましくない。
体力的にも精神的にもだ。

だが、私と彼女を相手に人狼は巧みに攻撃をかわし続ける。

らちがあかない。

このままでは殺られるのは私達。

いや、私か―――。

「困ったわね」

身軽に人狼の反撃をかわすと、困っているようには見えないが彼女はそう呟き、ため息をつく。

一瞬の隙。
しかし奴はそれを見逃さない。

目にもとまらぬ速さで彼女との距離を詰めると、人狼はその鋭利な爪で彼女を切り裂いた。

赤い血飛沫。
彼女の胴体と下半身が切り離され宙を舞う。

飛び散る臓物。

私は目を疑った。
こうもあっさりと決着はついてしまった。

この感覚は絶望なのだろうか―――。

いや、違う―――。

そうじゃない―――。

私が目を疑ったのは―――。

この感覚は―――。

私は見た。
胴体が切り離された瞬間、彼女は笑っていた。

私が感じたこの感覚は…恐怖。

胴体がぐしゃりと地面へ落ちる。

それと同時にだった。
場の雰囲気ががらりと変わる。

重く、重圧がのし掛かったかのような感覚。
足が思うように動かず、息をすることもままならない。

だが、それは奴も同じのようだ。

と、するならば。

「すぐに片付く予定だったのだけれど…余計な邪魔が入ったおかげで……」

これは、彼女の空間。

「ごめんなさいね。楽には殺せなくなってしまったわ…」

眩い閃光。

そして熱。

信じられない光景だった。

彼女は巨大な炎の翼に身を包まれ空中へ昇ってゆく。

上昇をピタリと止めると、ゆっくりと開かれていく翼。

私も、人狼も…ただそれを見ているだけしかできない。

悪魔―――。

いや、天使―――。

魔女だというのに、その姿は神々しくすら見えた。
やがて翼が開ききると、そこには切り離された下半身が何事もなかったかのように元通りになった彼女の身体があった。

「この力は…まだうまく使いこなせないから………」

彼女が言い終わると、人狼の周囲から赤い光のオーブが舞い上がり始める。

徐々に増す光の密度。

それはやがて一本の光の柱と形を変えてゆく。

助けを求めるように人狼は手を伸ばすが、無情にもそれは止まらない。

人狼は抵抗もできぬまま光の中へと飲み込まれていった。 
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