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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  再決意、再決心

仮想の身体に五感全てがしっかりアジャストするのを待って、ミナは目蓋を開けた。

真っ先に目に入ったのは、星のない夜空に尾を引いて流れていく、巨大なホロネオンだった。【Bullet of Bullets 3】という真紅の文字列が、ビルの谷間を煌々と照らし出している。

グロッケン市街を中央に貫く大通りの北端、総督府タワー前の広場に少女は出現していた。

いつもはあまり人影のないエリアなのだが、今日に限っては無数のプレイヤー達が詰めかけて、飲み物食べ物を手に大騒ぎしている。それも当然、もうすぐ始まるBoB本大会を対象にしたトトカルチョのせいで、今この広場ではGGO内に存在する通貨の半分以上が飛び交っているのだ。

倍率が表示されたホロウインドウを掲げた、派手派手しいナリの胸元―――恐ろしいことにプレイヤーではなく、運営側の用意した《公式ブックメーカーNPC》だ―――や、怪しげな情報を売る予想屋の周りはこの時間から沢山の人だかりだ。

ふと肝心要の姉の姿を捜し、しかし結局見つけられずに終わった。

部屋の外で別れたのだからあちらもすぐにログインしてくるとは思うが、どうせ入る前になってあーだこーだ唸っているに違いない。

どうせやるんだったら中でやればいいのに、とは思うが、それは気質の問題だろう。

ふぅ、と息を吐いた少女は、ふと気になって胴元NPCに近づき、ウインドウを見上げると、ミナとリラのオッズは結構な高倍率だった。誰もが二人の敗北を予想しているのではない。それらが霞む存在が今大会から唸りを上げているのだ。

そう思いながら探すと、いや探すまでもなくユウキの名が眼に飛び込んできた。前大会二位だった闇風と並んでトップに躍り出ている。新星としては前代未聞もいいところだ。

それもこれも、彼女が予選で見せた光剣の桁外れな可能性ゆえである。噂ではもう一人光剣使いがいたらしいが、それを喰う勢いで烈火のごとく勝ち上がったユウキは今や注目の的だ。

ならばと思いレンの名前を探すと、意外や意外。こちらは相当な大穴っぷりだ。やはり、昨日の予選決勝で敗退したのが原因だろう。

いい勝負だったのに、と。

ある意味本人よりも純粋に肩を落とす少女が、そこまで彼に肩入れするのには訳がある。

GGOアバターとしての《ミナ》は、純然な前衛攻撃職(アタッカー)だ。だが、そのスキル構成はいささか特殊な部類に入るだろう。

ミナの取っているスキル群は、《聞き耳》や《追跡》といった基本的なものから、《懸垂下降(ラペリング)》《障害走破(パルクール)》《遠泳》といった滅多にお目にかからないものまで、そのどれもが踏破系スキルで埋まっている。

そして能力値構成は、最低限の銃器を扱えるだけの筋力値(STR)だけ上げ、あとは敏捷値(AGI)に振ってきた。そのビルドはレンに限りなく似ているのだ。

無論、レンはこんなに踏破系スキルなど取ってはいない。ミナが彼に憧れに近い感情を持つのは、自分がシステム(スキル)に頼ってできることを、彼は自身の技術と力のみでやり遂げることである。

あの少年は何というか、身のこなしが全然違うのだ。

当然ながらシステム上で記載されたプログラムでしかないスキルは、『これこれこういうこと』をあくまでもシステム的に、強制的にスキルを行使した仮想体(アバター)にさせるのみである。それそのものの応用法や対処法、対応法などは、プレイヤー本人のおつむにかかっているのだ。

例えば、レンはどんなに足場の悪いフィールドでも、どんな高速運動中でも、欠片も体勢を崩さなかった。これは予選の映像を撮って売っていたプレイヤーから買い取ったため、間違いない。

ああ、これがどれだけ凄いことか、大勢の人間は分かっていないだろう。

当たり前だが、人間という生き物はたとえ仮想世界下であっても現実世界から完全に脱せられていない。

その最たる例が反応速度や動体視力だ。個人差はあるかもしれないが、それでも人間としての、種としての限界地点は存在する。

つまり、敏捷値を上げて、速く走れるようになったとしよう。だがその変化に身体が――――反応速度がついて来なかった場合、どうなるだろうか。

答えは簡単。

大した距離も走れないうちに、(トラップ)ですらない小石にけっつまずくのが関の山。苦心して上げたであろう能力も、鍛え上げたであろうアバターも、その時点で能力的欠陥品(ビルドエラー)のレッテルを貼られてしまう。

だが、あの少年は《そこ》を容易く踏みつけ、突破する。

どんな悪辣な地形でも、レンの体幹がブレることはなかった。どんな障害物でも、まるで事前に見ていたかのようにひょいひょいと越えていく。しかも、それでもまだ全速という感じはしない。せいぜい七、八割ほどだろう。

あの少年は、ミナが渇望する『限界を超える』ということを全て分かっている。否、分かっているというより、それを大きく飛び越えて感覚的に、もっと言うと本能的に識っているのであろう。

端的に、そして少々おおげさに言おう。

少女は、あの少年に人類の可能性を見させられたのだ。

そして憧れた。

あそこへ行きたい。手を伸ばしたい、と。

憧憬。

分不相応かもしれない。

不釣り合いかもしれない。

でも、だけど。

―――私も、挑戦したい。

背後からやっと響いたプレイヤー出現のサウンドエフェクトに耳を澄ませながら、ちっぽけな少女は静かに決心する。









紺野木綿季は横浜市保土ヶ谷区にある自宅のリビングに据えてあるソファに仰向けで寝転がっていた。

天井を見つめる夜色の瞳は、どこまでも心ここにあらずと言ったように泳いでいる。

あれからテオドラが去ってからも柔法の特訓はしたのだが、イマイチ会得できるようなとっかかりは掴めなかった。

それも当然か。

自分は《絶剣》なのだから。剣以外を極められるわけがない。そういう意味でも、テオドラのあの一言は的を得ていたのだ。

自然と重い吐息が漏れ出る。

考えるなと言われても、それでも考えてしまう。

レンは、誰を見ているのか。

少なくとも、自分は見ていないのだろう。彼の視界に収まるには、自分はあまりにも非力すぎる。神装さえもまだ現出できていないのだから。

マイは自分より非力だが、それを補ってありあまるほどの《強さ》を持っている。アスナから伝え聞いた話だと、彼女があの世界樹の上に閉じ込められていた時に守り、そして心を支えたのはマイだったという。

あの少女は、今のレンにはなくてはならない人だ。実力うんぬん以前の問題として、彼女の《強さ》は木綿季の《強さ》とは違うテーブルに着いているのである。

―――ズルいな。

ぽつり、と。

その単語が胸中で響いた。

何で自分じゃないのだろうか。マイやカグラではない。それこそ小日向蓮が生まれた頃からずっと過ごしてきたのに、それなのに。

なんで。

なんで、ボクじゃない……?

笑った。怒った。泣いた。遊んだ。

あの少年とはずっと、ずっと実の姉弟のようにともに育ってきた。姉の藍子が亡くなった際も、彼は誰よりも自分の傍にいてくれて、慰めてくれた。

SAOの中でもだ。右も左も分からなかった自分をあの少年は引っ張り、今まで欠片も自覚していなかった己の力を理解させてくれた。否、させられた。

歴然とした事実のはずなのに、現実はいつも裏切る。

―――姉ちゃんも、ボクを置いていった。

鈍い痛みを伴って、普段は掘り起こさない過去が曝け出されていく。封じたはずの、嫌な自分が弾ける。

アミュスフィアをギュッと握りしめた二の腕がズキズキと痛みを発した。










「人間の中でもっとも恐ろしいものは何だと思う?」

その疑問を聞いた桑原史羽は思わず眉を顰めずにはいられなかった。

薄暗い、しかし床には細いケーブルが幾重にも重なり、連なっていて気を許すとすぐに転びそうな最新鋭の研究室の奥には、四方が二十メートルほどもある馬鹿デカい研究室の実に半分を席巻する馬鹿デカい機械が据えられていた。時折、ヴーン、ヴーン、という羽虫のさざめきのような音を発するそれは、一種心臓の鼓動めいた、生々しい生物的な蠢きを聴く者に覚えさせ、不快感を及ぼしている。

空気までもクリアに保たれている準無菌室状態の中、その男はヨレヨレの真っ黒な白衣を着用し、その奥に襟元を適当にはだけさせたワイシャツを押し込んでいる。

うっすらとだが無精ヒゲが浮かんでいるが、まだずいぶん幼さが残る顔からはそこまで老けこんだ印象を与えない。だがその代わりに、どんな場所どんな状況であっても拭いがたい異物感というべきものを男は常に発していた。

《鬼才》と度々呼ばれる男は、自分で組んだスーパーコンピューターのとっかかりに足を乗っけながら、椅子の背もたれを倒す。

今の今まで向かっていたスチールデスクに背もたれが激突し、その上から長々と連なった外国語が記されたレポートや資料、論文といった紙類やら、携行性能に特化した小さなマウスやら、今頃はだんだんと見かけなくなってきた鉛筆といった懐かしき文房具なんかが零れ落ちるが、男がそれに頓着した様子はない。

流し目でこちらを見る視線にこたえ、こちらはごくごく普通の女子大生にも見える女性が簡潔に答えた。

「……ひょっとして、ヒマになったか?」

「質問に答えろよ」

子供のように頬を膨らませる男の後ろでは、ポツンと据えられた小さな画面上で、今の今まで彼がやっていた米軍主体の研究プロジェクトの最終結果が表示されていた。

はぁ、と溜め息を吐き出しながら史羽は眼鏡のブリッジを上げながら口を開く。

「さぁな、数えきれないぐらいあるだろう。それに順序をつけてもな」

「いーやいや、違う違う」

首を振る代わりに乗っていた椅子を自分ごとクルクル回す男は、ノドの奥で笑い声を漏らした。

「お前の思ってるようなヤツじゃ、確かにそうだ。順序がつけられない。どれもが等しく醜く、悪しく、汚い。だが最悪じゃない」

「どういう意味だ?」

イージス艦に積む次世代型火器管制システムは完成した。敵国首脳陣の思考パターン予測すらもやってのけるこの《戦闘暗算(ドクトリン)》システムのおかげでアメリカの国防力は計算上、二十三.五パーセントほど向上したはずだ。……まぁ、『既存の世界』なら、という前提条件が付くが。

これで世界の警察サマも少しは黙るだろう、と思索を掘り下げながらどうでもよさそうに生返事する史羽に対し、つまりな、と長くほったらかしにして伸びっぱなしになっている髪をぼりぼり掻きながら、しかし回転するのは止めずに彼は口を開く。

「人の持つ最悪で、最恐で、最凶なものは、そういったものから切り離されたものなんだよ」

飄々とした言葉に、しかしなおさら史羽は首を傾げた。

彼女にとって人間の最も怖いところは、どこまでも果て無い欲望しかない。そもそも人間という種の歴史からそうではなかろうか。自分より大きく、力も強い相手を狩るため、人類は火を起こした。武器を作った。連携を取るために言葉も覚えた。

物欲、食欲、性欲……挙げればキリがない。そういったドロドロしたものが凝り固まり、好き放題に暴れているような中で幼少時代を過ごした彼女からしてみれば、それが最悪ではないという男の言葉は疑念しか湧き起こさなかった。

端的に。

単純に。

彼女は思う。

あれより恐ろしく、そして禍々しいものとはいったい何なのか。そもそも存在するのか。

頭上にクエスチョンマークでも浮かびそうな史羽を見、ぷっと軽く噴き出した男は、次いで大胆不敵に、鷹揚自若に、厚顔無恥に、笑った。

答えはな、と人差し指が伸びる。

「――――無邪気だ」

タン、とエンターキーが押し込まれた。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「ひっさびさだね。兄ちゃん」
なべさん「うん、作者も半ば忘れてたよコイツ」
レン「オイ」
なべさん「ザ・暗躍って感じになってるけど、もうハイ。うん…」
レン「いつからこんな兄になったんだろう……」
なべさん「それはおいおい」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued―― 
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