異界の王女と人狼の騎士
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第三十六話
刹那!
背後のドアのほうでガチャリと音がして扉が閉められ、と同時に前方の部屋の奥から強烈な光が放たれてきた。それがいくつかのライトの投光だとすぐに分かった。しかし、今まで暗闇になれていたため、その光に思わず目が眩む。
俺は慌てて外していた眼帯をつけ直す。
ほんの一瞬の時間だったと思う。
俺が背後を振り返ると、ドアの前には二人の男が立ちはだかっていた。顔を見ても、そいつらには見覚えがない。
「うぉへぇやらぁぁららぃ」
下卑た笑いが聞こえてきた。そして、その声には聞き覚えがあった。
「蛭町……か」
胸くそ悪い嗤いを顔に貼り付けたまま、奴はライトの向こう側から歩き出てきた。
一人の男を引っ立てて……。
それが漆多であることはすぐに分かった。
全裸で後ろ手に手錠をされ、足首もロープで縛られている。全身には殴られた跡があり、引っ立てられながらも痛みをこらえているのか時折顔を歪める。
むき出しになった局部を隠そうとしているのか腰を屈め、足を内股にしながら歩く。しかし恐怖のせいだろう、そんなことをしなくても彼の局部は極端に縮こまり、陰毛の中に隠れてしまっていた。
よく見ると彼の足を伝って白と赤、そして茶色の混じった液体がヌルリとたれ落ちていくのが見えた。……あれは、なんだ?
蛭町と一緒に4人の男が歩み出てきている。
蛭町とドアのところにいる男を入れて計7人。蛭町以外は学校で見たこともない連中だ。
リーダー格の男は見た目からして大学生くらいじゃないだろうか。あとの3人は俺とそう年代は変わらない感じ。残りの2人はまだ中学校に入ったばかりのようで顔に幼さが残っている。。
こいつらみんな一見、普通っぽい格好をしているから威圧感は感じない。どちらかと言えばまじめそうな奴らばかりだと思ってしまうだろう。でもよくよく見ると、どいつもまともじゃない眼の色をしていることが分かる。
第一印象は危険を感じさせないが、その笑顔に見えるその瞳の奥底には例えようのない獰猛さ凶暴さを隠しているんだ。
コンビニでたむろしている連中のほうが可愛げがある。
「月人……すまない」
折れ曲がった鼻が痛々しい漆多が泣きそうなうめくような声で喋った。「ぐめんよ、仕方なかったんら。お前を呼ばないと俺、俺、こいつ……蛭町君達にメチャクチャにされれ、いや、されそうになったんら」
あまりに惨めな顔をして俺を見る漆多。きちんと言葉を話せなくなるくらいまで殴られたりしたのか?
俺はどういえば良いか分からない。友人を哀れに思うと同時に、性懲りもなく同じ事をした蛭町達を許すわけにはいかないと思っていた。
「お前ら……なんて事しやがるんだ……。お前らが漆多を脅して俺を呼び出したのか? 早く漆多を解放してやるんだ。あれほど念押ししたっていうのにお前らは分かってないようだな」
少し凄みをきかせて奴らを睨んでやる。
しかし、蛭町達はニヤニヤと薄気味悪笑いを浮かべるだけで何もしようとしない。
どういう事なんだ? 外の連中は知らない奴らばかりだから仕方ないとしても、蛭町には俺の強さを嫌というほど分からせてやってるはずなんだけど。馬鹿だからすぐに忘れちゃったのか? んなことは無いよな。
「ウン、相変わらず良い感じだね、月人君。きちんと言っておくよ。俺たちが漆多を脅して電話させたワケじゃない。……すべて彼の意志なんだよ。彼が君を呼びたいっていったから、俺たちにも異存がないから従っただけだよ」
「ふざけるな、そんな訳ないだろう。お前ら寄って集って漆多にこんな目に遭わせて……。そうだろう? 」
俺は漆多を見る。しかし即座には反応が返ってこない。どういう訳か俺から眼を逸らす。そうして呟くように喋ったんだ。
「……蛭町君が言っているのは本当だよ。お前を呼んだのは俺の意志だ。殴られたりして無理矢理電話させられたんじゃあない」
「どうしてなんだ? 」
「それは、……それは」
何かを言おうとして躊躇するかのように彼は口籠もる。本当は聞きたいのにそれを口に出すことを憚っているような沈黙。黙り込んでしまった。
「仕方ないなあ」
そういって蛭町が割ってはいる。「漆多君はお前に聞きたい事があるんだよ。でも、お前とは親友らしいからな、なかなか面と向かって言えないみたいだ。だから、聞いてやる。月人、日向と如月が火災に巻き込まれて死んだあの時、お前はどこにいたんだ? 火災は夜に発生したみたいだけど、お前はその時どこにいて何をしていた? 」
いきなりそんなことを聞かれて動揺を隠すのに必死になった。漆多もそばにいるんだ。うかつなことは言えない。
「……その日は放課後、さっさと帰った」
「学校は何時くらいに出たんだ? 」
「時計なんか見てないから何時に学校を出たかは、あまり覚えてないよ」
「まあそうだろうな、じゃあその時はまだ明るかったんだろうな」
「ああ、部活もやってないから暗くなるまでいる理由もない」
「ふふん。すぐに家に帰ったのか? 」
「いや、……コンビニで晩飯買ってからだから、すぐじゃない」
「じゃあ家には何時頃に帰り着いたか覚えているか」
「さあ、はっきりとは覚えてないけど、……たぶん8時には帰っていたと思う」
嘘を言っている事がばれないように曖昧な調子で答える。本来なら蛭町なんてぶちのめしてそれで終わりなんだけど、漆多がいるからいきなりの行動はとれない……。
「つまり、月人。今までの証言からすると、お前は放課後少しぶらついてから日が暮れる前には学校を出て、途中コンビニで買い物をし、家に着いたのは8時頃ということでいいな。じゃあ次の質問だ。その日の放課後、日向寧々と逢ったか? 」
「……いや、逢っていない。彼女は授業が終わったらすぐにどこかに行ったんじゃないか。俺が帰る時には教室にはいなかった」
「間違いないな。……放課後、彼女には逢っていないと断言できるな、天地神明に誓って」
それは明らかに嘘だ。でも俺は、
「ああ、逢っていない」と断言した。漆多が疑いの目で俺を見ているからだ。
「よっし。これではっきりしただろう? 漆多。フフン、お前の親友は大嘘つきだってことがな! 」
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