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加虐滅魔のメリアルデ ~The-murderer Merry~

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プロローグ

 目の覚めるような赤。真紅。雪のように白いクリームの生地の上に垂らされた、苺のソース。さらにその上に果肉のしっかりした大きな苺が乗り、フレッシュさを演出している。
 目の前の細い手が動く。さくり、と差し込まれた銀色のキッチンナイフが、残った最後のケーキを両断した。なんと間にまで三層に分かれてクリームが挟まっている。それどころか、それぞれの層に巨大な苺がカットされて入っているではないか。

 ──うわ、甘そうだなぁ。

 そのケーキが消費者の舌にもたらすだろう甘味と酸味は、どうあがいても甘味の方が多そうに感じられる。甘いものは嫌いではないが、あんまりにも甘いと胃が凭れるのだ。そう、例えば、クリームたっぷりのケーキとか。

 ──女の子っていうのは、どーしてこんなのを何個も食べられるんだろう。

 既にそのケーキが、この店にやって来てから三つ目のオーダーであることを知っている僕は、内心で感嘆と呆れとその他もろもろがない交ぜになったよく分からない溜め息をついた。

 切り裂かれたケーキは、横からゆっくりと差し込まれたフォークに貫かれ、形のよい口に向かって持ち上げられていく。
 はむっ、という音と共にケーキを頬張ると、捕食者である茶色の髪をポニーテールにしたその少女は、常に快活な笑みを浮かべているその顔で、幸せそうに破顔した。

「んんんん~~っ! 美味しいです……!」

 蕩けるような笑みと共に、綺麗なソプラノが響く。
 その幸せそうな様子に、なんだか僕まで幸せな気分になってきてしまうのだから、本当に女の子ってズルいと思う。

「光明君もどうですか?」
「え!? う、うーん……」

 少女の差し出すケーキのひと欠片は、まるで金銀財宝の様に光輝いて見えた。でも僕の胃は恐らくこの甘さに耐えられない。すぐ横の席で死ぬほど甘そうな板チョコを丸ごとかじる青年と、その恋人なのか眼鏡の少女の姿を見るだけで既に口のなかは甘さで一杯だ。
 ああでも、ここで貰わないのはあんまり良くないのかな。女性とお付き合いしたことなんて無いから、そう言う礼儀作法は全く分からない。
 ああでも胃が……マナーが……というかここで素直に食べたら間接キス──

「……遠慮しておこうかな」
「えー……美味しいのに」

 結局僕の出した結論は『No』。いや、凄く後ろ髪を引かれる思いはあるけれど、やっぱり自分の健康が大事な気がしてならない。出会って間もない女の子の前でお腹を壊すなんていう恥を晒すわけにも行かないし。

 そう。

 この茶色の髪の愛らしい、リスか何かの様な小動物っぽさを持った少女は、別に僕の恋人とか、家族とか、そんな関係の女の子じゃぁない。

 彼女と僕の出会いはたった三日前。諸事情で外出した帰り道、暗がりで倒れているのを助けたのが切っ掛けだった。
 青ざめてまるで死人の様だったあのときの彼女は、わりと本当に危なかったと思う。放っておけば消えてしまうのでは──そう思って、最寄りの病院に連れていったのだ。

 幸いそこの女医さん…赤毛で眼鏡のスタイルのいい人だった…が『貧血よ』と診断した通り、直ぐに彼女は回復した。
 僕が病院に運んだ、と言うことを聞いたのか、少女は僕に、何かお礼がしたいと言って、三日後…つまり今日…、この大通りの子洒落たカフェを待ち合わせ場所に指定して、焦る僕を完全無視して嵐のように去っていった。

 ──で、お礼というわりには彼女が楽しんでるだけ、という、この状況に行き着くわけ。

「えーっと……あの、次、オレンジソースのも頼んで良いですか!?」
「い、いいけど……倉名さん、よくお腹一杯にならないね」
「女の子のおなかは、甘いものなら幾らでも入るように出来てるんです……っというか光明君、私の事は『悠夏』って呼んでください、って言ったじゃないですか」
「うぇえ!? ご、ごめん……」

 ぷくー、と可愛らしく頬を膨らませる彼女……倉名(くらな)悠夏(ゆうか)は、僕……秋原(あきはら)光明(みつあき)に、何の故にか名前呼びを強制するのだ。何よりも大事なことなのだ、と、今日最初にそう言っていた。

「まぁ、兎に角次のケーキ頼みましょう! 光明君も好きなだけ食べてください! 奢りますよ!」
「ええぇ? わ、悪いよそんなの……」
「もぅ! お礼をしに来たんですよ、私は!」


***


「ふーん」
「……どうしたんですか、先輩?」
「……なるほど、『そう言う手』のタイプか……亡霊(ゴースト)、というよりかは幽霊(レイス)……いや、星霊(アストラル)か?」
「……?」
「いや、変な気配を感じたからね」
「……変なのは貴方の頭の中です、先輩」
「おぅふ」


***


 ──目の覚めるような赤。真紅。まるで、雪のように白いクリームの生地の上に垂らされた、苺のソース。

 様な、という表現になるのは、ここにそんなものは存在しないから。クリームとスポンジの代わりに、コンクリートの地面。その上に垂らされた苺のソースの代わりに、大地にぶちまけられた毒々しい鮮血。そして苺の代わりに見るも無惨、まるで挽き肉のようにバラバラにされた、肉体。
 ケーキの代わりに解体されて、そこに転がっているのは──半透明に透き通った、ドレスを纏った化け物達。一瞬ただの女に見えるが、よくよく見れば複雑に絡んだ骨や、脈打つ内臓が透けている。

 さくり、と差し込まれた銀色のサバイバルナイフが、残った最後の化け物(ケーキ)を両断した。なんと間にまで三層に分かれて内臓(クリーム)が挟まっている。それどころか、それぞれの層に霊核()がカットされて入っているではないか。

 ──あぁ、甘そう……。

 あの血を啜ったら、どんな味がするのかしら。きっと、吸血種である『彼女』ならそう言うだろう。

 でも私は違った。化け物、なんて呼ばれることも良く在るけれど、私はれっきとしたただの人間。
 赤い髪と金色の目、他の人より『ちょっと』強靭に動く肉体を包む黒い着物とプロテクター。そして手に持ったサバイバルナイフを除けば、いたって普通の、どこにでもいる女の子。
 お洒落に気を使い、美味しいものを欲し、そして恋に悩む──そんな普通の女の子。

 そう、恋。恋愛。like。love。ああ、なんて甘美な響き。きっと濃厚なチョコレートよりもずっと甘い。

 今だって、そう。私は大好きな『彼』の為にここにいる。
 私の『彼』はすっごく弱くて脆いから、ちょっと強い私が守ってあげなくちゃ。私はこの事に関してほど、自分の力を喜んだことはない。
 私の『彼』は、今目の前で悶え苦しむ霊体みたいな《人外》にすぐ気に入られちゃうから、誰にも渡さないように守ってあげなくちゃ。私はこの事に関してほど、自分の環境に感謝したことはない。

 私は普通の人より、『ちょっと』強い。
 私の知り合いは普通の人達より、『ちょっと』ズレた場所にいる。

 例えばほら、見えないものが見えるとか。ナイフで石が切れるとか。車に跳ねられても無傷とか。
 例えばほら、幻獣使いの女性とか。悪魔と契約した伏魔師(エクソシスト)とか。吸血鬼のお姫様とか。

 でもこのくらい、もっと凄い人から比べたら、なーんてことない常識だと思う。だって私はそれ以外、何の変鉄もない女の子だもの。


 ああ、最後の霊核を砕かれて、目の前の霊体が消えていくわ。しゅわしゅわしゅわしゅわ、ラムネみたい。泡になって消えていく。まるで大気という海に溶けて消える、人魚姫の様。

 でもね、そんなきれいな役割は、あの子達には相応しくないわ。だって『彼』を狙う、悪い悪い化け物だもの。


 ナイフの血糊が消えたなら、今日の仕事は一旦終わり。後は『彼』がお家に帰って、私もお家に帰るだけ。
 いつか一緒の家に住んで、一日中ずーっと守っていてあげたいけれど、残念だけど今は無理。

 だからせめて、家中の至るところに施したカウンターで、『彼』の事を守ってあげるの。風水術にのっとって、あらゆる鬼門に伏魔の護符。それだけじゃなくて、霊的存在が悪意をもって接したら、すぐにそれを殺す術。

 もちろん、悪意をもって『彼』に近づいているかなんて、単純な術じゃ分からないわ。だからそれは、()()()()()()()

 あ、『彼』が見えた。黒い髪に、シンプルな服。ああ素敵、とっても良く似合ってるわ。
お出掛けだったのかしら。大通りのケーキ屋さんから、()()()()で出てきたわ。凄く楽しそうにお喋りしてるみたいに見えるけど──誰もいないから、気のせいかしら?

 まぁ、関係ないか。とにかく『彼』を守らなきゃ。

 ああ、まだ紹介してなかったかしら──私の……(かえで)芽理衣(めりい)の『彼』の名前はね。

 秋原(あきはら)光明(みつあき)、っていうのよ。 
 

 
後書き
 『分かりやすいくらいにヤンデレ』を目指してみたのですが、やっぱりメンヘラ感が否めない。
 作者自身がどっちかっつーとヤンデレよりメンヘラだからでしょうかね。

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