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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第5部 トリスタニアの休日
  第6話 きつね狩り

 
前書き
どうも。お久しぶりです。
長い間お待たせしてしまい、申し訳ありません。
日々の生活が思ったよりも忙しく、書く気力がありませんでした泣
しかし、連載を止めるつもりはありませんのでご安心を! 

 
ルイズは振ってきた雨音で目が覚めた。

辺りを見渡すが、ウルキオラがいない。

「もう、あいつどこいったのよ」

ルイズは唇を尖らせた。

どうやら、私が寝ている間にどこかへ行ってしまったようだ。

それから部屋を出て、宿屋を一周したが見当たらない。

なんだか妙な胸騒ぎがしたルイズは、宿屋から飛び出した。

すると、ルイズの髪の毛に水が落ちた。

「本降りのようね」

雨音にまじって、衛兵たちの怒号が聞こえた。

剣を下げた一人の兵士に近寄り、呼び止めた。

「ねえ、何があったの?」

兵士はキャミソール姿のルイズ一瞥をくれ、うるさそうに言い放つ。

「ええい!うるさい!子供には関係ない!家に帰っておれ!」

「お待ちなさい」

ルイズはなおも呼び止め、懐からアンリエッタのお墨付きを取り出した。

「わたしはこのようななりをしていますが、陛下の女官です」

目を丸くして、兵士はルイズのお墨付きを交互に見つめた後、直立した。

「し、し、失礼いたしましたぁ!」

「いいから話してちょうだい」

兵士は小さな声で、ルイズに説明した。

「……ジャン・ド・マルス練兵場の視察を終え、王宮にお帰りになる際、陛下がお消えになられたのです」

「まさか、またレコン・キスタが?」

「犯人の目星はついておりません。しかし、どのような手を使ったものか……。馬車の中から、まるで霞のように忽然と……」

「その時警護を務めていたのは?」

「新設の銃士隊でございます」

「わかったわ。ありがとう。馬はないの?」

兵士は首を振った。

「しかたないわね!」

ルイズは雨の中、王宮を目指して走り出した。

こんな時にウルキオラがいてくれたら……と舌打ちをする。

まったく、肝心な時に居ないんだから!




騎乗したアニエスは、とある大きな屋敷の前で馬を止めた。

そこは昼間……、女王アンリエッタと会談していたリッシュモンの屋敷であった。

そうそうたる殿様方の屋敷が並ぶ高級住宅街の一角、二階建ての広く巨大な屋敷を見つめ、アニエスは唇を歪ませた。

彼女はリッシュモンが二十年ほど前、どのような方法でこんな屋敷を建てたのかを知っていた。

アニエスは門をたたき、大声で来訪を告げる。

門についた窓があき、カンテラを持った小姓が顔を出した。

「どなたでしょう?」

「女王陛下の銃士隊、アニエスが参ったとお伝えください」

「こんな時間ですよ?」

怪訝な声で小姓が言う。

なるほど深夜の零時をまわろうかという時間だ。

「急報です。ぜひともお取次ぎ願いたい」

小姓は首を捻りながら奥へと消え、しばらくすると戻ってきて門の閂を外した。

アニエスは手綱を小姓に預け、つかつかと屋敷の中へと向かった。

暖炉のある居間に通されて暫くすると、寝巻き姿のリッシュモンが現れた。

「急報とな?高等法院長を叩き起こすからには、よほどの事件なのだろうな」

剣を下げたアニエスを見下した態度も隠さずに、リッシュモンは呟いた。

「女王陛下が、お消えになりました」

リッシュモンの眉がぴくん!と跳ねた。

「かどわかされたのか?」

「調査中です」

リッシュモンは首を傾げた。

「なるほど大事件だ。しかし、この前も似たような誘拐騒ぎがあったばかりではないか。またぞろアルビオンの陰謀かね?」

「調査中です」

「君たち軍人や警察は、その言葉が大好きだな。調査中!調査中!!しかし何も解決できん。揉め事はいつも法院に持ち込むのだから。当直の護衛は、どこの隊だね?」

「我ら、銃士隊でございます」

苦々しげに、リッシュモンはアニエスを睨んだ。

「君たちは無能を証明するために、新設されたのかね?」

皮肉たっぷりにリッシュモンは言い放った。

「汚名をすすぐべく、目下全力を挙げての捜査の最中であります」

「だから申し上げたのだ。剣や銃など、杖の前では子供のおもちゃに過ぎぬと!平民ばかり数だけ揃えても、一人のメイジの代わりにもならん!」

アニエスはじっと、リッシュモンを見つめた。

「戒厳令の許可を……、街道と港の封鎖許可をいただきたく存じます」

リッシュモンは杖を振る。

手元に飛んできたペンをとり、羊皮紙に何事か書き留めるとアニエスに手渡す。

「全力をあげて陛下を探し出せ!見つからぬ場合は、貴様ら銃士隊全員、法院の名にかけて縛り首だ!そう思え」

アニエスは退出しようとして、ドアの前で立ち止まる。

「なんだ?まだ何か用があるのか?」

「閣下は……」

低い、怒りを押し殺すような声でアニエスは言葉を絞り出す。

「なんだ?」

「二十年前の、あの事件に関わっておいでと仄聞いたしました」

記憶の糸を辿るように、リッシュモンは目を細める。

二十年前……、国を騒がせた『反乱』とその『弾圧』に思い当たる。

「ああ、それがどうした?」

「ダングルテールの虐殺は閣下が立件なさったとか」

「虐殺?人聞きの悪いことを言うな。アングル地方の平民どもは国家を転覆させる企てを行っていたのだぞ?あれは正当な鎮圧に任務だ。ともかく、昔話など後にしろ」

アニエスは退出していった。

リッシュモンはしばらく、閉まった扉を見つめていたが……。

それから羊皮紙とペンを再び取ると、目の色を変え、猛烈な勢いで何かをしたため始めた。




屋敷の外に出たアニエスは、小姓から馬を受け取った。

鞍嚢の中を探り、中から黒いローブを取り出すと、鎖帷子の上に羽織り、フードを頭からかぶった。

それから拳銃を二丁取り出し、改める。

雨で火薬が濡れないように注意しながら、拳銃に火薬と弾を詰めた。

火皿の上の火蓋と、撃鉄の動きを確認し、火蓋を閉じてベルトにたばさむ。

火打石式の新型拳銃である。

剣の鯉口を切り、戦支度が完全に整うと馬にまたがった。

そのとき……、雨の中から誰かが駆けてきた。

チクトンネ街の方から現れたその少女は、馬にまたがったアニエスに気づくと、駆け寄ってきた。

雨の中を駆けてきたので、酷いなりであった。

もとは白いキャミソールは泥と雨で汚れ、走りにくい靴を脱ぎ捨ててきたのか裸足であった。

「待って!待った!お待ちなさい!」

何事?と思い、アニエスは振り向く。

「馬を貸してちょうだい!急ぐのよ!」

「断る」

そう言って駆けだそうとしたアニエスの馬前に、少女は立ちふさがる。

「どけ」

言ったが、少女は聞かない。

なにやら一枚の羊皮紙を取り出すと、アニエスの前に突き付けた。

「私は陛下の女官よ!警察権を行使する権利を与えられているわ!あなたの馬を陛下の名において接収します!ただちに下馬しなさい!」

「陛下の女官?」

アニエスは首を傾げた。

見たところ、酒場の女のようななりだ。

しかし、雨に汚れてはいたが、その顔立ちは高貴さが見て取れる。

アニエスはどうしたものか、と一瞬迷った。

ルイズはアニエスが馬から降りないので、業を煮やしたらしい。

ついに杖を引き抜いた。

ルイズのその仕草で、アニエスもとっさに拳銃を抜いた。

二人は杖と拳銃を突き付けあったまま、固まった。

ルイズは低い震える声で言った。

「……私に魔法を使わせないで。まだ、慣れてないのよ。加減ができないかも」

拳銃の撃鉄に指をかけ、アニエスも告げた。

「……この距離なら、銃のほうが正確ですぞ」

沈黙が流れる。

「名乗られい。杖は持たぬが、こちらも貴族だ」

アニエスが言った。

「陛下直属の女官、ド・ラ・ヴァリエール」

ラ・ヴァリエール?その名には聞き覚えがあった。

アンリエッタとの会話の中で、幾度となく聞いた名だ。

「では、あなたが……」

アニエスは拳銃を引っ込めた。

目の前でつ杖を構えて震えるこの少女が……、噂の陛下の親友というわけだ。

桃色がかった髪をした、こんな年端もいかぬ少女が……。

「私を知っているの?」

ルイズも杖を降ろし、キョトンとした顔になった。

「お噂はかねがね。お会いできて光栄至極。馬を貸すわけには参らぬが、事情は説明いたそう。あなたを撃ったら陛下やあなたの使い魔殿に恨まれるからな」

アニエスはルイズに手を差し伸べた。

軽々と、華奢な女とは思えぬ鍛えきった力でアニエスはルイズを馬の後ろに引き上げる。

「あなたは何者?ウルキオラを知ってるの?」

アニエスの後ろにまたがったルイズは尋ねた。

「ほう。貴殿の使い魔殿はウルキオラというのか。私は陛下の銃士隊隊長のアニエスだ」

ルイズはさっき兵隊から聞いた『銃士隊』が飛び出たので、激昂した。

「あなたたちはいったい何をしていたの!護衛を忘れて、寝てたんじゃないの!おめおめと陛下をさらわれて!」

「だから事情を説明するといっている。とにかく陛下は無事だ」

「なんですって!」

アニエスは馬に拍車を入れた。

駆けだす。

降りしきる雨の中、二人は闇へと消えていった。




木賃宿のベッドの上に腰かけたアンリエッタは、ウルキオラの腕の中で目をつむり、震え続けていた。

ウルキオラはどうすればよいのかわからず、ただアンリエッタの肩を抱くばかり。

雨が小雨に変わる頃、アンリエッタはやっと落ち着いたらしく、無理に笑顔を作った。

「申し訳ありません」

「気にするな」

「不甲斐ないところを、見せてしまいましたね。でも、またあなたに助けられた」

「また?」

「そうです。あの夜私が……、自分を抑えられずに、操られていたウェールズ様と行こうとしたとき……、あなたは止めてくださいましたね」

「ああ」

「あなたはあの時おっしゃってくださった。殺すと。それは違うと。愛に狂った私に、冷静になれと」

「言ったな」

今になって、なぜあそこまでアンリエッタを制止したのか疑問に感じた。

「それでも愚かな私は目が覚めませんでした。あなた方を殺そうとした。でも、あなたはその私が放った愚かな竜巻をも止めてくださいました」

アンリエッタは目をつむった。

「あのとき、実はほっとしたんです」

「どういう意味だ」

「自分でも気づいていました。あれは私の愛したウェールズ様ではないと。本当は違うと。私はきっと……、心の底で、誰かにそれを言ってほしかった。そして、そんな愚かな私を誰かに止めてほしかったに違いありません」

切ない息を漏らすと、アンリエッタは言葉をつづけた。

諦めきったような、そんな声であった。

「だからお願いしますわ。ウルキオラさん。私が……、何か愚かな行いをしそうになったら……、あなたの剣で止めてくださいますか?」

「なんだと?」

「そのときは私を遠慮なく斬ってくださいまし。ルイズに頼もうかと思いましたが、あの子は優しいから、そんなことはできないでしょう。ですから……」

ウルキオラはため息をついた。

「お前は女王だ。上に立つものは自分の意思で行動しなければならん」

アンリエッタは俯いた。

ウルキオラはふっと不敵に笑みを浮かべた。

「だが、もしお前が誤った行動ををしたならば斬るとしよう。ウェールズとの約束もあるしな」

アンリエッタは顔を上げ、ウルキオラを見つめた。

そのとき……。

ドンドンドン!

と、扉を激しく叩かれた。

「開けろ!ドアを開けるんだ!王軍の巡邏のものだ!犯罪者が逃げて、順操りに全ての宿を当たっている!ここを開けろ!」

ウルキオラとアンリエッタは顔を見合わせた。

「私を捜しているに違いありません」

「やり過ごす。黙れ」

こくりと、アンリエッタは頷いたが……。

そのうちに、ノブが回され始めた。

しかし……、鍵が掛かっているので開けられない。

がちゃがちゃ!とノブが激しく揺れた。

「ここを開けろ!非常時故、無理やりにでもこじ開けるぞ!」

バキッ!と剣の柄か何かで、ドアノブを壊そうとする音が聞こえてくる。

「いけませんわね」

アンリエッタは決心したような顔で、シャツのボタンをはだけた。

「どうするつもりだ?」

驚く声もあらばこそ、アンリエッタはウルキオラの唇に自分のそれを押し付けた。

いきなりの激しいキスである。

なにがなにやら動揺しきったウルキオラの首に腕を絡ませると、アンリエッタはそのままベッドへと押し倒した。

続いてアンリエッタは目をつむると、熱い吐息と舌を、ウルキオラの口に押し込んできた。

アンリエッタがウルキオラをベッドに押し倒すのと、兵士がドアノブを叩き壊し、ドアを蹴破ったのが同時であった。

二人組の兵士が見たものは……、男の体にのしかかり、激しく唇を吸っている女の姿であった。

女は兵士が入ってきたことにも注意を払わず夢中になっている。

情愛の吐息が、二つの唇の隙間から漏れ続けている。

兵士たちはじっとそんな様子を見ていたが……、そのうちに一人が呟いた。

「……ったく、こっちは雨の中捕り物だってのに。お楽しみかよ」

「ぼやくなピエール、終わったら一杯やろうぜ」

そして、バタン!とドアを閉め、階下へと消えていった。

ドアノブの壊されたドアが、軋んでわずかに開く。

アンリエッタは唇を離したが……、兵士たちが宿の外に出て行っても、じっと潤んだ目でウルキオラを見つめ続けた。

咄嗟のアンリエッタの行動にウルキオラはすっかり驚いていた。

今夜の行動はいざとなれば己の身体を犠牲にできるような、そんな強い思いがあることを感じた。

上気した頬で、アンリエッタはじっとウルキオラを見つめ続ける。

「……アンリエッタ」

アンリエッタは苦しそうな声で言った。

「アンとお呼びください」

「何故?」

と言ったら、再び唇が押し付けられる。

今度は、優しく……、情がこもった口づけであった。
ランプの明かりの中……、アンリエッタのはだけた白い肩が目に飛び込んでくる。

ウルキオラは激しく混乱していたが、アンリエッタの唇に身を任せることにした。

「恋人は……、いらっしゃるの?」

熱い声で、アンリエッタはが耳元で囁く。

とろけてしまいそうな、そんな響きであった。

「いるわけがないだろう」

ウルキオラは冷静にアンリエッタの問いに答える。

アンリエッタはウルキオラの耳たぶをかんだ。

「ならば、恋人のように扱ってくださいまし」

「なんだと?」

「今宵だけでよいのです。恋人になれと申しているわけではありません。ただ、抱きしめて……、口づけをくださいまし……」

ウルキオラはアンリエッタの言葉が理解できなかった。

なので、なぜこのような発言をしているのか疑問に思った。

一つの答えにたどり着く。

アンリエッタは、寂しいだけなのではないだろうか。

ならば、慰めてやる方法など他にいくらでもある。

散々ルイズで学んだことだ。

そうして、ウルキオラはアンリエッタの淡い栗色の髪を撫でた。

「悪いが、俺はウェールズではない」

「誰もそのようなことは、申しておりませんわ」

「知っているはずだ。俺は人間でもなければ、この世界のモノでもない。そんな俺が誰かの代わりになることなど不可能だ」

アンリエッタは目を瞑ると、ウルキオラの胸に頬を寄せた。

そうしていると……、徐々に熱が引いていったらしく……、アンリエッタは恥ずかしそうに呟いた。

「……はしたない女だと、お思いにならないでね。女王などと呼ばれても……、女でございます。誰かのぬくもりが恋しい夜もありますわ」

しばらく……、アンリエッタはそうやって頬をウルキオラの胸に押し付けた。

アンリエッタのそんな姿を見て、ルイズの顔が思い浮かぶ。

同じように見えたことにウルキオラは苦笑する。

そして……、気になった。

「アンリエッタ」

「何でしょう」

「そろそろ任務の詳細を教えろ。お前を守り、アニエスとかいうやつを援護する…だけでは情報が不十分だ」

「……そうね。きちんとお話ししなければなりませんね」

「キツネ狩りをしようと考えていますの」

「キツネ狩り?」

「ええ、キツネは利口な動物というのはご存じ?犬をけしかけても、勢子が追い立てても、容易には尻尾をつかませません。ですから……、罠をしかけましたの」

「罠?……なるほど、それでエサはお前と言う訳か」

「ええ、明日になれば……、きつねは巣穴から出てきますわ」

ウルキオラは尋ねた。

「キツネというのはアルビオン関係者か?」

「ええ、アルビオンへの内通者です」




アニエスとルイズは、馬にまたがったまま、リッシュモンの家のそばの路地で息を潜めていた。

雨は小雨に変わったが……、体が冷える。

アニエスはルイズに自分が着ていたマントを羽織らせた。

「で、事情って何よ」

「ネズミ捕りだ」

「ネズミ捕り?」

「ああ、王国の殼倉を荒らすばかりか……、主人の喉笛を噛み切ろうとする不遜なネズミを狩っている最中なのだ」

わけがわからずに、ルイズは尋ねる。

「もっと詳しく説明して」

「今はこれ以上説明する暇がない。しっ!……来たぞ」

リッシュモンの屋敷の扉が開き、先ほどアニエスの馬の轡をとった若い小姓が姿を見せた。

十二、三歳ほどの赤いほっぺの少年である。

カンテラを掲げ、きょろきょろと辺りを心配そうに見まわした後、再び引っ込み馬を引いて現れた。

小姓は緊張した顔でそれに飛び乗ると、カンテラを持ったまま走り出した。

アニエスは薄い笑みを浮かべると、カンテラの明かりを目印にその馬を追い始めた。

「……何事?」

「始まった」

アニエスは短く答える。

夜気の中を、小姓を乗せた馬は早駆けで抜ける。

主人に言い含められたのか、よほど急いでいるようだ。

少年は辺りを見回す余裕さえなく、必死に馬の背にしがみついている。

アニエスはつかず離れずの距離を取りながら、後をつけた。

小姓の馬は高級住宅街を抜け、いかがわしい繁華街へと馬を進めていく。

辺りは未だ女王捜索隊と、夜を楽しむ酔っ払いであふれている。

チクトンネ街を抜け、さらに奥まった路地へと馬は消えた。

路地の入口に消えると、アニエスは馬を降り、路地をのぞき込む。

厩に馬を預け、小姓が宿に入ったことを確認すると、アニエスも宿へと向かった。

馬を放り出し、追いかけながらルイズが問う。

「いったい、なにが起こってるのよ」

アニエスは答えない。

宿に入り、一階の酒場の人込みをかき分け、二階へと続く階段を上る小姓の姿を見つけた。

後を追う。

階段の踊り場から、アニエスはルイズに耳打ちをする。

「マントを脱げ。酒場女のように、私になだれ掛かれ」

わけがわからぬままに、ルイズはマントを脱ぎ捨てると、アニエスの言うとおりにした。

そうすると、情人といちゃつく騎士の姿が出来上がる。

酒場の喧騒に、その姿はよく溶け込んだ。

「似合うぞ」

アニエスは視線を二階からそらさずにルイズに言った。

声はやはり女だが、黙っていると短い髪のせいか凛々しい騎士のいでたちを見せる。

ルイズはつい、頬を染めた。

小姓はすぐに部屋から出てきた。

するとアニエスはルイズを引き寄せた。

あ、という間もなく、唇を奪われる。

じたばたと暴れようとしたが、アニエスは強い力でルイズを押さえつけているので、身動きが取れない。

小姓は唇を合わせるアニエスとルイズにちらっと一瞥をくれたが、すぐに目をそらす。

騎士と愛人の酒場女との接吻。

屋敷の壁にかかった絵画のように、ありふれた光景だ。

小姓は出口から出ていくと、来た時と同じように馬にまたがり、夜の街へと消えていく。

やっとそこでアニエスはルイズを解放した。

「な、なにすんのよ!」

顔を真っ赤にしてルイズが怒鳴る。

相手が男だったら今頃杖を引き抜いて吹き飛ばしているところだ。

「安心しろ。私にそのような趣味はない。これも任務だ」

「私だってそうよ!」

それからルイズは去っていった小姓を思い出した。

「後をつけなくていいの?」

「もう用はない。あの少年は何も知らぬ。ただ手紙を運ぶだけの役割だ」

アニエスは、小姓が入っていった客室のドアの前に、足音を立てぬよう注意しながら近づく。

そして、小さな声でルイズに問うた。

「……お前はメイジだろ?この扉を吹き飛ばせぬか」

「……ずいぶん荒っぽいことするのね」

「……鍵が掛かっているはずだ。やむを得ん。ガチャガチャやってる間に逃げられてしまうからな」
ルイズは太もものベルトに差した杖を引き抜くと、呼吸を整え、短く一言『虚無』のルーンを口ずさみ、杖をドアへ振り下ろした。

エクスプロージョン……、ドアが爆発し、部屋の中へと吹き飛ぶ。

間髪入れず、剣を引き抜いたアニエスは中へ飛び込んだ。

中では商人風の男が、驚いた顔でベッドから立ち上がるところであった。

手には杖を持っている。

メイジだ。

男は相当の使い手らしく、飛び込んできたアニエスにも動じず、杖を突き付け短くルーンを呟く。

空気の塊がアニエスを吹き飛ばす。

壁にたたきつけられたアニエスにとどめの呪文を打ち込もうとした時……、ルイズが続いて入ってくる。

ルイズのエクスプロージョンが男を襲う。

男は目の前で発生した爆発で、顔を押されて転倒した。

立ち上がったアニエスが、男の杖を剣でからめとり、手からもぎ取る。

床に転がった杖をルイズが拾い上げた。

アニエスは男の喉元に剣を突き付けた。

中年の男だ。

商人のようななりをしているが、目の色が違う。

貴族なのだろう。

「動くな!」

アニエスは剣を突き付けたまま、腰につけた捕縛用の縄をつかみ、鉄の輪のついたそれで男の手首を縛りあげた。

破ったシーツの猿轡をかませる。

そのころになると、なにごと?と宿の者や客が集まり、部屋をのぞき込み始めた。

「騒ぐな!手配中のこそ泥を捕縛しただけだ!」

宿の者はとばっちりを恐れ、顔をひっこめた。

アニエスは小姓がこの男に届けたと思しき手紙を見つけ、中を改める。

微笑を浮かべ、それから机の中や、男のポケットなどを洗いざらい確かめる。

見つかった書類や手紙をひとまとめにした後、一枚ずつゆっくりと読み始めた。

「この男は何者なの?」

「アルビオンのネズミだ。商人のようななりをしてトリスタニアに潜み、情報をアルビオンへと流していたのだ」

「じゃあこいつが……、敵の間諜なのね。すごいじゃない。お手柄だわ!」

「まだ解決していない」

「どうして?」

「親ネズミが残っている」

アニエスは一枚の手紙を見つけると、じっと見入った。

それは、建物の見取り図だった。

いくつかの場所に印がついている。

「なるほど……。貴様らは劇場で接触していたのだな?先ほど貴様のもとに届いた手紙には、明日例の場所で、と書かれている。例の場所とは、この見取り図の劇場に間違いないか?どうなんだ」

男は答えない。

じっと黙ってそっぽを向いている。

「答えぬか……。貴様の誇りと言う訳か」

アニエスは冷たい笑みを浮かべると、床に転がった男の足の甲に剣を突き立てて床に縫い付けた。

猿轡の中で、男が悶絶する。

その顔に、ベルトから抜いた拳銃を突き付ける。

「二つ数えるうちに選べ。生か、誇りか」

男の額に汗が浮かんだ。

ガチリと……、アニエスが撃鉄を起こす音が響いた。 
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