黒魔術師松本沙耶香 天使篇
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21部分:第二十一章
第二十一章
「あの方はもう痺れを切らしておられる」
「あの方ね」
「その言葉から察するにだ」
異形の者がその車の天井に出て来た。今度は虎の頭をしており背には翼がある。禍々しく漆黒の蝙蝠の翼を生やしているのであった。
「どうやら我々のことにも気付いているな」
「薄々だけれどね」
沙耶香は微笑んで彼に返した。
「それはね。そして」
「そして。何だ」
「あの方というのはこの世界にいるのかしら」
「何故そう言えるのだ」
「いえ、ただ何となくよ」
ここから先は微笑んで述べただけであった。
「それだけだけれどね」
「それだけだというのか」
「勘よ」
勘だというのだ。
「勘でそう感じただけなのよ」
「勘だけだというのか」
「勘はかなり重要よ。それがあるのとないのとでは大きく違うわよ」
「大きくか」
「そう。例えば」
あらためて異形の者を見る。今はその目を見て言うのである。
「その目は」
「俺の目がどうしたというのだ」
「よく見るとそこから私を見ている相手がいるわね」
その目を見続けている。まるで覗くかの様にだ。その黒い目の中には何者かがいた。その何者かを見ながらそのうえでまた言ってみせるのだ。
「最初はその勘でだけだったわ」
「察したのはか」
「そうよ。それだけよ」
あくまでそれだけだというのだ。最初は。
「けれど実際に見てみると正解だったわね」
「俺の目にあの方が映っているというのか」
「自分の為したいことを見たいのは誰もが同じことよ」
沙耶香は微笑みながらさらに続けていく。
「誰もがね」
「それは勘ではないのだな」
「そうよ。人間心理というものよ」
今度はそれだというのである。
「これは言うならば学問の世界の話ね」
「今度はそれか」
「それでもわかるものはあるわ」
妖しく微笑みながらの言葉である。
「学問でもね」
「学問だというのか」
「勘と学問」
沙耶香はまずはその二つを話に挙げてみせるのだった。
「そして後は観察ね」
「その三つでか」
「察することができるわ。貴方の後ろにいる者はね」
「そうだったのか」
「人ね」
目は見たままだ。そこに映っているものを見たままだ。
「そうね。貴方の後ろにいるのは」
「そこまで見たのか」
「そうよ、見たわ」
深い微笑みを浮かべてみせる。そうしながら今度は右手を一閃させた。そうしてそのうえでその右手に黒い鞭を出してみせたのである。
「私の同業者ね。もっとも今はそれを尋ねても名乗り出ることはないわね」
「その必要がないからだ」
異形の者はここでも言ってみせた。
「その必要はだ」
「それは何故かは聞くまでもないわね」
「その通りだ。御前は俺が倒す」
その虎の牙を見せたうえでの言葉である。
「何としてもな」
「そしてこの娘をね」
「その娘の魂をあの方にお渡しする」
「そうね。使い魔としてね」
異形の者が何であるのか。それも見ている沙耶香であった。それを言葉にも出してみせるのである。
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