ソードアート・オンライン~連刃と白き獣使い~
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第一話 始まりの詩
「てやぁ!!」
声と共に振られた剣先が、すかっと空気のみを切る。
直後、巨体のわりに俊敏な動きで剣を回避した青イノシシ『フレンジーボア』が、攻撃者に向かって猛烈な突進を見舞った。平らな鼻面に吹き飛ばされ、草原をころころ転がる有り様を見て、俺は思わず笑う。
「ははは……、そうじゃない。初動が大事なんだよ初動が」
「いたた……」
差しのべた手を使って立ち上がった攻撃者ーーーーパーティーメンバーのクレイは、ちらりと俺を見ると、情けない声を投げ返してきた。
「そんなことわかってるけどクウト、あれすばしっこいんだもん……」
真っ白な髪を後ろに束ね、質素な革防具を纏った少女とは、ほんの数時間前に知り合ったばかりだ。仮に本名を名乗りあっていればとても呼び捨てには出来まいが、彼女の名のクレイ、俺の名のクウトは、この世界に参加するに当たって命名したプレイヤーネームなので、さんやくんを付けてもむしろ滑稽なことになる。
そのクレイの足元がふらついているのを見た俺は、少し溜め息を付き、腰の短剣を取り出して肩の上でピタリと構えた。剣技の動作をシステムが検知し、短剣がほのかなグリーンに輝く。
刹那、左手が自動で閃き、空中に鮮やかな光のラインを引いて飛んだ短剣が、再度の突進をしようとするフレンジーボアの眉間に命中した。
「動くのは当たり前だ。練習用のカカシじゃあるまいし。だが、確実にモーションさえ起こせればあとはシステムが技を当ててくれる」
「モーション……モーション……」
呪文のように呟きながら、クレイが短剣を振るう。
「……少しタメを入れて、スキルが立ち上がるのを感じたら、打ち込む感じで」
少しアドバイスを送ると、クレイは頷き、フレンジーボアに向く。
深く深呼吸してから、腰に構えるように短剣を持つ。今度はモーションを検知し、短剣は淡い青色に輝く。
「テヤァッ!!」
気合いと共に放たれた短剣剣技<レゾナンス>が、突進に入りかけたフレンジーボアの首に命中し、半減しかけていたHPを吹き飛ばした。
断末魔と共にポリゴンで構成された体が砕け散り、俺の目の前に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がる。
「や、やった……」
発動し終えた格好で、クレイは呟く。
「勝利おめでとう。まぁ、スライム相当の相手だが、よく苦戦出来るな」
「え!?嘘、ゴーレムレベルかと思った……」
「んな訳あるか」
至極真面目に、あってたまるかと思いながら、ボアに放ったままで放置していた短剣を回収する。かなり放置してたので、危うくゲージが消し飛ぶ所だったが、何とか回復できそうだ。
「ねぇ、次は何狩る?」
「お前は少しソードスキルについて勉強してろよ」
俺は言うと、クレイはキョトンとして、すぐに言葉の意味を理解したのか、短剣を構えてソードスキルの練習に入る。
「それにしても、クウトって、すごい、よねっ!何でも、出来てっ!」
練習しながらクレイが言うと、俺は言い返す。
「何でも出来るなんてことはない。俺だって人間だ、出来ることは限られてくるさ。お前みたいにな」
俺は言うと、自らの装備である曲刀をストレージから出し、短剣を仕舞い代わりに装備して曲刀を振るう。
「……フルダイブ、って言うのも暫く慣れは必要だよな」
俺は言うと、時間を見る。時間は、五時半のちょっと前。落ちるにはいい時間だろう。報告書も書かねば行けないと思い、クレイに言う。
「クレイ、俺はもう落ちるが、お前はどうする?」
「うん、もう少し練習してから落ちようかな。ありがとうね、クウト」
「ああ。何かあればメッセージくれ」
俺は言うと、再びウインドウを開く。
その時点で、このアインクラッドーーーー引いてはソードアート・オンラインが正常に機能していたのは、この瞬間までだった。
「……ん?」
ウインドウを開けて、ログアウトしようとした俺は、呟く。
「……ログアウトボタンが、ねぇ」
俺は信じられずに、クレイに言う。
「クレイ、少しウインドウ見てくれないか?」
「え、良いけど……」
クレイもウインドウを覗き、眼を見開いた。
「無い、ログアウトボタンが無い!!どう言うこと!?」
「落ち着けクレイ」
俺は冷静に言うと、クレイは落ち着きを取り戻す。
「……ごめん」
クレイが落ち着いたのを見ると、俺は言う。
「しかし……、サブゲムマスとして言わせてもらうが、何やってるんだあの人は……」
少し小さく呟くと、俺は溜め息を付く。
「……他にログアウトの仕方がねぇから、放送あるまで待つしか無いな」
「確かに、マニュアルにもその手の奴は書かれてなかったもんね……」
クレイは言うと、明らかに落ち込んでいる様に見えた。
声をかけようと口を開いた瞬間。
突然、リンゴーン、リンゴーンと言うサウンドがなり響き、俺とクレイは武器を構える。
「何!?」
「いや待て、これはーーーー!」
お互いの体を見て、眼を見開く。
転移の現象が、今俺達に発生しているのだ。しかし、アイテムを使わずに転移することは不可能で、実質的に運営による強制転移だとしても、何のアナウンス無しにいきなりすぎる。
そこまで考えると、俺達の体は、第一層<始まりの街>の中央広場に転移していた。
「クウト……」
「クレイ、無事か」
俺はクレイの側に行くと、次々に転移されてくるプレイヤーを見た。恐らく見積もって一万は軽く存在している。初日サービス開始故の出来事だ。
数秒の間は静かにしていた人々だが、やがてざわめきが広場に広がる。
「クウト……」
クレイが俺のコートを握る中、不意に誰かが叫んだ。
「あっ……上を見ろ!」
声と同時に上を向いた俺は異質な物を見た。
第一層上空にシステムアナウンスと書かれた英語が浮かび上がっており、人々はようやく運営によるアナウンスがあるのかと喜んでいたが、次の瞬間、中央から雫のような物が現れ、それは空中でフード付きローブを纏った何かに変わった。
「何だ……アレは……」
俺が言うと、何かは声を発した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
声を聞いたとたん、眼を見開いた。
まさか、そんなはずはと思い、続きを耳にする。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』
予想は、当たってしまった。
「何で……貴方が……」
ショックで膝が折れた俺の耳に二の次が告げられた。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気が付いていると思う。しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、«ソードアート・オンライン»本来の仕様である』
「仕……様……?」
クレイがささやいた。それに被さるように、アナウンスは続いた。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは出来ない。また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止或いは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合ーーーー」
わずかな間が空き、アナウンスは続ける。
『ーーーーナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
途端、クレイがビクッ、と体を震えさせる。
脳を破壊する。つまり、俺達を殺す、と言っているのと同意義だった。
確かに、ナーヴギアには大容量バッテリーを内蔵している。やろうと思えば、確実に出来る。
と、そこにアナウンスが続く。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試みーーーー以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、既に外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。因みに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果ーーーー残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
クレイが、細い悲鳴をあげる。見ると、顔は涙を浮かべていて、体は震えている。
「クレイ、落ち着け」
俺は宥めようとして、耳を塞ぐ。
そして、暫くの説明が延々と聞かされ、最後に言う。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であると言う証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
俺とクレイは同時にストレージを開け、アイテム欄のタブを開く。
入っていたアイテム名は«手鏡»。
タップしてオブジェクト化すると、手に取る。
そして、すぐにアバターが白い光に包まれ、すぐに消えた。
そしてーーーー
「……嘘、だろ」
俺が鏡に写っていた。現実での俺が。
「嘘……」
隣のクレイも、現実のクレイになっている。但し、身長もイジってたらしく、大人サイズだったのが、ロリっぽくなっている。
「……もしかして、キャリブレーション機能を悪用したのか。手の込んだ攻撃しやがる……」
ギリリッと歯を軋ませる。
そして程なく、空中アバターが消えると、中央広場はパニックに陥った。
悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願。
あらゆる怒り、悲しみが広場に響きわたる。
たった十分其処らでゲームプレイヤーから、囚人に変えられた人間達は周りを巻き込んでいく。
俺は息を吐き、首を振ると、口を開く。
「クレイ、来い」
クレイの手を引き、荒れ狂う人垣を突破して一つの裏路地に入る。
「……クレイ」
まだ震えている少女の名を言うと、続ける。
「頼むから聞いてくれ。俺の名は天城来人……サブゲームマスターだ」
ピクッ、とクレイが動きを止める。
「だからこそ、言わせてもらう。俺と一緒にここを出て、次の村に行こう。あの人の言葉が真実であるならば、この世界で生きるには自分を強化するしかない。MMORPGって言うのは、プレイヤー間でのリソースの奪い合いなんだ。恐らく、同じ事を思う連中にこの街周辺のモンスターは狩り尽くされる。モンスターのリポップを探すより、拠点を移す方が現実的だ。幸い、メインシステムこそ分野では無いが、サブシステム……即ちクエストとかなら俺は分かる。頭に記憶してるからな。だからそこの提案だ」
すると、クレイは言う。
「……死にたくない」
「大丈夫だ」
俺はクレイを抱き締めて言う。
「お前は俺が守る。サブGMの誇りと天城の名に懸けて、必ず現実に返して見せる」
俺は言うと、クレイは頷き、言う。
「約束だからね……?」
「ああ、行こう」
一緒に街を出た俺達は草原を走り、深い森の先にある村へと足を向けた。
それが、長い長い、俺達の冒険の始まりだった。
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