異界の王女と人狼の騎士
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第二十三話
俺は重い足取りで教室への階段を上っていく。
それはまるで絞首台への階段のように感じられ、一歩一歩踏み出すだけで息苦しかった。
出来ることならこのまま逃げ出してしまいたい。
でも、それは一時しのぎでしかないんだ。結局、いつかはその話に触れる事にならざるをえないんだから。先送りしたって苦しみが長引くだけだ。そして長引かせているわけにはいかないさらに大きな問題があるんだから。
俺は頭を何度か振り、気合いを入れて教室に一歩踏み出した。
いつも通りの風景がそこにはあった。
机で予習をする者、集まってバカ騒ぎしている者、寝ている者……昨日と変わらない風景だ。
ただそこに、窓から二列目の前から三番目の席、日向寧々の机が空席であることを除いて。
そして、聞こえてくる話が昨日までと異なることに。
昨夜の連ドラやお笑いの話、週末の予定、ゲームの話、先生・部活の先輩の悪口。それが今日だけは廃校舎の火事の話一色になっていたんだ。みんな自分が知っている情報を教え合っている。
火の気が無いのに何で火事、誰かの遺体が見つかった、セキュリティシステムが壊れていたといった話が飛び交っている。
俺は極力聞こえないふりをして、教室を見回す。
漆多の姿はなかった。
少し安心して腰掛けると、大きくため息をついた。一つの問題にとりあえずぶち当たらなくて済んだか……そんな後ろ向きな安心感だった。
「あれ、柊くんどうしたのそれ? 」
突然声をかけられる。
「ああ紫音か。おはよう」
俺は隣の席に座っている少女に応えた。
左隣の机にセミロングの銀縁めがねの少女が足を組んで座っている。
幼なじみの柳 紫音(やなぎ しおん)だ。
他の女の子のスカートが膝上何㎝といった感じで相当短くしているのに紫音だけはどういうわけか標準の長さの膝より下の丈のままだ。ファッションとかにはかなり無頓着みたい。でも他の子よりだいぶ長いスカートの下からのぞく脚は凄く細くておまけに長くて綺麗だ。モデル体型なんだよな。でも銀縁めがねに無造作に伸ばしただけで少し寝癖まであるセミロングヘアの彼女の素顔が実は美形だということをどういうわけかクラスの男は知らないようだ。
この年代の割に色気がないんだよなあ。人とそんなに話したりもしないし、休み時間も一人でぼーっとしてたり本を読んでいることが多い。スポーツも勉強も中の中くらいの成績だから目立たず結構地味な子って思われているみたいだ。
俺といるときは結構面白い事を話すし、教え方が上手だから勉強も教えてもらったりしている。何度助けられたことか……。
「ちょっとものもらいができたみたいだからね、隠してるんだ」
当たり障りのない適当なことを言って、眼帯をしていることを説明する。
「大丈夫なの? 」
そういって紫音は立ち上がると俺のすぐ側まで顔を近づける。
「いやいや見ない方がいいよ。っていうか触ったらうつるよ。誤って触ってしまったら汁が飛び散って紫音の顔にかかるよ! 大変だぜぇ」
両手で左眼を覆いながら俺は紫音を驚かすような口調で話す。実際見られたらやばいからね。必死なんだ。左眼が青く光ってるの見たら腰抜かすからな。
「そう……」
それ以上その事には触れないでいてくれた。
何か俺にとって聞いて欲しくない話題については彼女は必要以上には聞いてこない。長い付き合いだから俺の好みや苦手なものとかを全部把握しているのかもしれないなって思う。でも、俺自身は彼女の事をよく知っているようで実はよく知らないんだ。彼女は聞き上手ってやつで俺の話のツボを押さえるのがうまい。それで俺は何でもかんでも彼女にはペラペラと話してしまうんだ。まあその話を誰かに言ったりはしないから結構きわどい話でも平気でしていたりするんだけど。
でも、俺が紫音の事を聞いたりすると上っ面な所は何でも話してくれるんだけどある一線を越えた話になるとやんわりと拒否されたり、違う話へと知らない間に誘導されてしまうんだ。かれこれ10年以上の付き合いなんだけどなあ。
「なあ、漆多はどこに行ってるんだろう? 教室にはいないみたいだけど」
「ちょっと前まではいたんだけど、いつもとだいぶ違っていたよ。なんか凄く落ち込んでいたように思うけど……。どうしたんだろ? 柊君は何か知っているの」
「あ、いや何でもないよ。この時間に席に着いてないなんて珍しいなって思っただけ」
「へえ、そうなんだ」
紫音が何かを言おうとしたとき、ドアが開いて担任が入ってきた。
席を立っていた生徒達がザワザワと席へと戻っていく。
担任の佐藤先生が教壇に立つ。30歳半ばの独身教諭だ。主に数学を教えている。いつもだらっとした感じのジャケットを着ている。それなりに生徒思いで、まあまあ人気もあるようだ。 たまにジョークを飛ばしたりするんだけれど、今日は何か重苦しい雰囲気だ。
何かを重大な事を話そうとしているその雰囲気をみんな察知し、生徒達は固唾を飲んで次のセリフを待っている。
それはおそらく廃校舎の火災に関連する話なんだろう……。
「知っている者もいるかもしれないが……」
そういって佐藤先生は話し始めた。
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