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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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ALO編
  第140話 あの日の続きを……



 和人は、世界樹の根本にある扉の前。あのグランドクエスト開始地点へと戻ってきた。辺りを見渡すと、どうやら直葉……リーファはまだ来ていない様だ。軽く、深呼吸をして、気を落ち着かせる。すべき事、伝えるべき事はもう自分の中で決めている。今の自分に、……まだ帰還出来ていない自分に出来る事を。

「帰ってきたか」
「っ!!」

 その時だった。背後にある階段下から声が聞こえてきた。周囲の確認をしたが、下側までは見ていなかったのだ。

「……ドラゴ」
「おかえり」

 和人……キリトは、その人物を見て呟く。ドラゴも、キリトの姿を見て、手を上げ軽く挨拶をした。

 ドラゴを見て、キリトは、一体何を説明したらいいか、判らなかった。

 ドラゴに……、リュウキに何も言わずに飛び出る様にこの世界から出て行った。あの時の空気も、雰囲気も何もかも残したままで。リュウキは、人の心の機微に関しては、自分も他人の事言えないが、疎い部分があるのは十分に知っている。それが、あの世界の記憶を失っているとしたら、最初の頃のリュウキのままだろう。レイナと出会い、大切な事を育む前の彼。

 そんな彼に、どう言えば良い?あれだけ、自分からは心配する様に、何処にも行かないように、としてきたのに。なのに……。

「この扉の前に立つと、何か思い出すな?」
「え?」

 ドラゴは、視線をあの扉の方に向けてそう呟く。キリトは何を思い出すのか、判らなかった。

「……最終クエストに挑戦意志を質す為の選択。その時に周囲に響く大音声。……ありきたりなセリフだが、この独特なものは……忘れている何かを思い出した気がするよ」
「………」

 キリトは、言葉を一瞬だけ、つまらせた。
 リュウキが感じていたのは、自分のそれと全く同種のものだからだ。思い出すこと、それは間違いなくあの世界での事。轟音と大音声は、否応なくキリトにもアインクラッドのフロアボス戦を思い起こさせたから。当時のそれを、呼吸も忘れるほどの緊張感を。

「ドラ……リュウキ。俺は」
「グランド・クエストをクリアする前に行く所があるんだろう?……リーファの事で」
「っ……ああ」

 リュウキは判っていた、と言わんばかりにそう答えた。疎いなどと思ってしまった自分を情けなく感じてしまうのはキリトだ。そう、あの世界での彼も……頼りになったから。深く傷つき、蹲りそうになったあの事件、ギルド半壊の事件の時も、立ち上がる力をくれたんだから。

「……何があったかは、オレから聞くつもりはない。ただ、後悔はしない様にな?……終わってから後悔しても遅いんだから」
「判ってる。……判ってるよ」
「ん、なら良い。オレはユイと待ってるよ」

 リュウキがそう言うと、ユイはしゃらんっと音を鳴らせながらリュウキの背後から飛んできて、そしてリュウキの頭の上に乗った。

「はい。ですから、パパはちゃんとリーファさんと仲良くして下さいね?」
「あ、ああ……。何でユイがリュウキと?」
「それは……リュウキお兄さんですから!」
「……そうか。そうだよな」

 ユイの笑顔を見て、その何処か説得力のある笑顔を見て……キリトは笑った。暗い気持ちだった筈なのに、良い意味で解れた。

 キリトは、翅を広げた。向かう先は、もう決めている。

「少し、行ってくる。待っててくれ」
「ああ」
「判りました」

 このアルンの空高く、飛び立つキリトを見送り……、リュウキとユイはこの場所で待っていた。ここからログアウトしたのだ。間違いなく、彼女もこの場所に還ってくる。このまま、還ってこない可能性も、0ではない。だが、何処か判っていた。彼女は、リーファは還ってくると。

 その時だ。
 
「あれー? 君は……」
「ん?」
「あ、あれ? 貴方は……」

 この場に、もう1人、来訪者が現れたのだった。




 快晴と言える程の空だったが、何処からか薄い雲が流されてきて、太陽の光を僅かに遮る。薄曇りの空、そこから降り注いでくる太陽光、その淡い陽光がこのアルンの町並みを柔らかく照らしていた時。……彼女、リーファは戻ってきた。

「ん……」
 
 ゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。この場所は、最後にこのゲームにいた地点だ。どうやら、この場所にいるのは自分1人であり、キリトはいなかった。

「アルンの北……」

 リーファは、呟きながらマップを確認した。どうやら今いるドーム前広場は世界樹の南側であり、北側にはイベント用の広大なテラスがあるようだ。最後に聞いた言葉通り……、おそらくそこでリーファを待っているのだろう。

「あたしは……」

 ……正直リーファはまだ勇気が持てなかった。現実世界で、自分は無意識に友達を頭の中に呼び、勇気づけてもらったものの……、最後の勇気が持てなかったのだ。キリト……和人から何を言われるかも予想できないと言う事も、それに拍車をかけていた。

 そのまま、俯いたまま何分か経過した時。

「んも~~~~、探したよー、リーファちゃん!」

 突然名前を呼んだ者がいた。意外な人物だが、リーファとはなじみの深い者。頼りないくせに元気いっぱい、と言った具合の声がこの場に響き渡った。

「っ!?」

 唖然としながら顔を上げると、黄緑色の髪の少年シルフ。

「れ、レコン!? な、なんで?」

 まるで思いがけない顔だ。この場所にそぐわない顔とも言える。馴染みが深いとは深いが、ここ数日の濃さを考えたら、仕方がない……と言えるだろう。それ程までにインパクトが強すぎたのだから。

 ドラゴ、ユイ、そして兄のキリトは。

「いやー、地下水路からシグルドがいなくなったんで隙を見て麻痺状態を解除してサラマンダー二人を毒殺して脱出して、いざっ! あの旦那にも毒食わせてやろうと思ったんだけど……、なんかシルフ領にいないし、んで、仕方ないんで僕もアルンを目指そうと思って、アクティブなモンスターをトレインしては他人に擦り付けて、トレインしては擦り付けで、漸く山脈を超えて、ここについたのがついさっきだよ! いやぁ、大変だった。マジで」

 億面もなくそう言うレコン。……だが、そこは笑えない。

「……アンタ。トレインって、悪質なMPKじゃない……」
「まぁまぁ、細かいことはイイじゃん! この際さっ!」

 まるで気にする仕草を見せないレコン。そして、更に喜々としながらリーファに近づく。彼女が1人でいるという事、それを疑問に思ったのだ。

「そういやあ、あのスプリガンはどうしたの? あの銀色の彼にはさっきあったけど……、離れてるみたいだし」
「あ、ええと……」

 リーファは、接近してくるレコンをそれとなく距離をとりつつ、言葉を探した。……が、今の精神状態もあり、器用な言い訳の言葉はまるで浮かんでこなかった。……何より、誰かに聞いて欲しかったと言う事もあったから、つい心の裡を……ぽろりと口に出していた。

「……あたしね、あの人に酷い事言っちゃったの。……好きだったのに、言っちゃいけないことを言って傷つけちゃったの。……だから、皆バラバラになって……、あたし、馬鹿だ……」

 再び涙が溢れそうになる。ドラゴの事もそうだ。険悪な雰囲気にさせて、訳を離さず出て行った挙句 ログインをしているのにも関わらず連絡もとっていないのだ。もう、あの楽しかったパーティの中には戻れない、と思ってしまうのも無理はないだろう。

「ゴメンね。変な事を言って。忘れて。あの人とはもう会えないし。ああ、銀色の彼ってドラゴ君だよね。彼にはお詫びをしないと……。もう、帰ろう。スイルベーンに……」

 例え、この世界で接触を絶ったとしても、現実世界での距離は文字通り数m程しか離れていない。……皮肉なものだった。兄が囚われていたあの帰還。どんなに身体の距離が近くても、遠くに行ってしまった兄に戻ってきて欲しいと心から願った筈なのに、今は……。

――……心が沈む。

 その感情の変化は、顕著にアバターへと反映されていっていた。この世界ですべき事を済ませた後、挨拶を済ませた後……《リーファ》を永い眠りに付かせよう、そう思った。いつか、全ての痛みが薄れるその時まで。

 心を決めて顔を上げたその時だ。思わずリーファはぎょっとして仰け反っていた。すぐ目の前にいたレコンの顔を見て。

「なな、……なに??」

 その顔は、まるで茹蛸だ。真っ赤に茹で上げったかのように、顔を紅潮させているのだ。

「い、いったいなに?なんなのっ!?」
「リーファちゃん!」

 問いただすまもなく、かなり遠くに居る者も振り向く勢いの大声で叫んだ。

「ご、ごめんね。僕知ってたんだ。リーファちゃんが……今 何か大変なんだって事。なのに……こんな風に聞いちゃって……。でも リーファちゃんは泣いちゃダメだよっ!僕、僕がいつでも、いつまでも傍にいるからっ!」

 レコンは思い出しながらそう言う。

 この地、アルンに足を付け、翅を休めていた時、彼の姿が見えた。

 そう、銀色の彼……ドラゴに。

『ええっ!? リーファちゃんになにがあったのっ!!』
『ん……、詳しい事はオレにはよく判らないんだ。……ここまで共に旅した仲間、だからな。何か力にはなりたいとは思うんだが……。安易に立ち入っていい領域じゃないとも思えるんだ』
『そ、そんな……リーファちゃん……』

 レコンは、ドラゴの言葉を聞いて驚いていた。核心部分……、2人の間柄については、流石に言っていないが、今のパーティの状態は彼に話していた。キリトと何かがあって、今は分かれていると言う事を。

『あの……えっと、レコンさんもリーファさんの事、慰めてあげて下さい。レコンさんもリーファさんの力になってくれれば、とても心強いですから』
『……えっ!?』

 ユイのその言葉に、レコンは思い切り着目した。ユイはただ……、リーファとの付き合いも長い事、そして リーファの事に好意を持っているからと言う理由で言ったのだが、レコンには『自分にしか出来ない』と言われた様に思えた。キリトと仲良くして欲しいと言う想いの方が正直強いユイだったから、そこまで言ってないんだけど……。レコンは、この時決めてしまったのだ。……自分の想いを伝えると言う事を。
 男レコン、一世一代の大告白(笑)を。


「ぼ、僕は、リアルでもここでも、絶対に独りにしたりしないから……っ ぼ、僕、僕は……、リーファちゃんの事、直葉ちゃんのことが好きだ!!」

 それは、まるで壊れた蛇口。開け閉めがまるで出来ない。そして、開けっ放しのまま、壊れてしまったから、止まることなく一気にまくし立てていた。……そして、なにを思ったのか、リーファの返事を待つことなくさらに顔を突出させてきた。リーファの見るレコンの姿は、いつも気弱だと言う事。放っておけない、弟の様なもの。そんな男が、膨らませた鼻の下の唇をにゅーと伸ばしてくる・

「い、いや、あの、ちょっ……」

 彼の戦闘スタイル、得意技は待ち伏せからの不意打ち。だが、それにしても今回のそれはあまりにも度肝を抜かれてしまう。ヒヨコが突然ドラゴンになって火を噴いた、そんな感じだ。
 だから、リーファは硬直をしてしまっていた。

 そんなリーファにお構いなく、レコンは顔を傾けてくる。さらに身を乗り出して接近をしてくる。

「ちょっ……、ま、待っ……」

 顔にレコンの鼻息が届く所まで、接近されてから、漸く待ちに待った金縛りから回復し、左拳を握れた。未だにずいずいと、接触を……あまつさえは乙女の柔唇を狙おうとしている不届き者に天罰を下すが勢いで、拳を放った。

「待ってって……言ってるでしょ!!!!」

 その怒号と共に。
 カウンター、とまではいかないが、リーファの筋力値(STR)全開にして放つ左拳。
 〝ずごんっ!!?〟と言う音、人体を打ち抜く音とは思えない様な轟音を起こし、そしてレコンの身体を波動が突き抜けた。場所は、人体の急所……、鳩尾。

「ぐほぁぁぁぇぅぅ!!?!?」

 ここは、街中であり圏内。だから、体力の数値が減るようなことはない。……だが、当然ながらノックバックは発生する。その威力は、使用者の力量に依存する。リーファはシルフ領内でも屈指の実力者であるから……そのリーファの全力ともなればそれ相応の威力だ。ノックバックと共に、疑似痛覚もそれなりに発生し、レコンは1m程浮き上がった後に備え付けられているベンチに落下した。腹部を両手で押さえ、もんどりを打ちつつ 苦悶の声を上げる。

「うぐぐぐぐぅうぅぅ……、ひ、ひどいよ……リーファちゃん……」
「ど、どっちがよ!! い、いきなり何言い出すのよ! このアホチン!」

 リーファは叫びつつも、後ほんの数秒でも金縛りが解けるのが遅ければ……危うく自分の唇を奪われる所だったのだ。それを思うと、怒りもあり恥ずかしさもあり、その相乗効果で、先ほどのレコンの茹蛸とは比べ物にならない程赤くなる。まるで、ドラゴンブレスの直撃を受けたかのように、だ。その火力のままに、レコンの襟首を掴み上げると、右拳を更に数発程見舞う。

〝どかっ!ぼこっ!!ずどんっ!!!〟

 正直……このまま、完全にKOして倒し、マウントポジションにまで行くのか?と思える程の勢い。ここには審判はいないから、TKO負けも無い無間地獄へ……。

「うげっ!! はうっ!! ぎゃっ!! ご、ごめん、ごめんってばっ!!」

 乙女の怒り、鉄拳制裁を受けたレコンはベンチから転げ落ち、石畳の上で右手をかざして首をぷるぷると振った。……何度かの攻撃は、クリティカルヒット! と思える程、腰の入った一撃を入れれたこともあり、とりあえず 少し……少ーーーしだけ、スッキリしたリーファは攻撃態勢を解除すると、レコンは安堵しつつ胡座をかいて座り込んだ。

「いててて……、あ、あれ~~……? おっかしいなぁ……、後は僕に告白する勇気があるかどうかっていう問題だけだった筈なんだけど……、あの可愛いコも僕しかいないって……」
「……あんたって……」

 正直、ほとほと呆れ返ってしまっていた。どこまで自意識過剰で自信満々なのだろうか……?だからこそ、ついしみじみした口調になりつつ、いう。

「……ほんっと、馬鹿ね。ほんと」
「うぐ……っ」

 まるで飼い主に叱られた子犬の様なレコン。その顔を見たら呆れる絵のを通り越してしまう。その時だ。

「……何がどうなったら、こんなシーンになるんだ?」
「ですが、リーファさん、少し元気になったのは間違いないですよ? レコンさんのお手柄ですねっ!」

 ……声が聞こえてきたのだ。聞き覚えのある……、どころではない。レコンの声を思い出すよりも早く、脳内に記憶が伝達された。リーファは、〝ギギギ……〟と、まるで機械が擦れる様な音、動きで振り返る。そこには……彼等がいた。
 小さな妖精と、新種の妖精が。

「ああっ! ふ、2人とも……、空気読んで離れてて、って言ったのにぃ……」

 レコンはリーファとは違う意味で、項垂れている。ここまで言えば判るだろう、来訪者はリュウキとユイの2人だ。

「その『空気を読んで』 と言う所は正直、判らなかったが、とりあえず言われた通り離れてたよ。……が、突然、落雷に似た衝撃音が響けば誰でも気になり見に来ると思うのはオレだけか?」
「そ、そうですよ? 私も驚きました。……人間のスキンシップ、と言う物なのでしょうか? ……リーファさんが、レコンさんの事を何度も叩いてまして……」
「ん……、少なくとも オレは知らないな。そんなスキンシップは」

 レコンと2人の会話を聞いている内に、リーファは再びかかっていた金縛りを自力で解除。そして、その解除した勢いが、言葉となり口から発射された。

「わ、わぁっぁぁぁ!!! ふ、2人ともっ!!!!?!?」

 ……そして、大声叫となって、周囲に木霊していた。回りに一般プレイヤー……観光客的な人たちがいなくて本当に良かったと、リーファは後になって、思うのだった。



 そして、その後一体何処から聞いていたのか?と、色々と尋問に似た質疑応答をした後だ。頭もなんとか冷やす事も出来て、リーファはため息を吐いていた。

「ドラゴ君、ゴメンね? 険悪な空気を流しちゃって。……突然あんな場面になってたら、戸惑うよね」
「いや……、オレは気にしない。……言っただろう? 仮想世界現実であろうと、生身の人間だ。感情が抑えられない事だってある。……ただ、向き合う事が大切だろう? どんな事でも。」

 ドラゴの言葉を聞いて、リーファは笑顔になる。ユイも、ニコニコと笑いながらリュウキを見ていた。……やっぱり、優しい。過去の事を忘れていたとしても、何処にいても、何処の世界でも、とても優しいんだと。ユイは、そっとその頬に擦り寄っていた。

「ほんと、そうだね? あーもう、何処かの誰かとはえらい違いだよ全く!」
「うぅ……」

 リーファのレコンへの罵倒はまだ続いていた。正直、レコンはKO寸前……どころか、もうされているのだけど……リーファは攻める。……完全なSである。

「――……ま、でもあたし、アンタのそういう所、嫌いじゃないよ」

 罵倒しつつも、リーファはそう言っていた。訂正しよう。ちょっぴりSである。レコンは、その言葉に大喜び。

「え!? ほ、ほんとっ!? 僕にもチャンスあるっ!?!?」

 懲りもせずにリーファの手を取ろうとした。

「調子に乗んな!」

 が、リーファはその手をひらりと回避。

「ふふ、レコンさんは本当にリーファさんの事が好きなんですねーっ」
「う、うんっ!」
「ちょっ! 馬鹿っ!! やめてよっ!!!」

 怒りと恥ずかしさ……8:2の割合でリーファに降りかかる。ユイは、ただ純粋にレコンを見てそう言っているから……実力行使で黙らせる様な真似は出来ないし、したくない。

「……ん、こういうのは相互の合意あっての事、だろう? 当然だが」
「それは、そうですね……。レコンさん」
「わ、や、やめてっ! そんな目で僕をみないでっっ!!」

 レコンは、引き攣りながらそういう。まだまだ、諦めない、と言っている様だ。そんなやり取りを見たリーファは再び笑顔になる。

「――……よしっ! あたしもたまにはアンタを見習ってみるわ。そのめげない所をね。……皆、ちょっと行ってくるね?」
「ああ、行ってこい。……アイツは待ってる筈だ」
「はい。……リーファさん。頑張ってください。また……パパと皆でこの空を翔びましょうっ!」
「うぅぅ……」

 レコン以外の2人は、応援をしてくれている。……とても未練がましい

「……言っとくけど、付いてきたら、今度こそコレだけじゃすまないからね。もれなくリタやドラゴ君の魔法も一緒に受けてもらいます!……それはもう盛大に!リタ怒ってたしね~……」
「ぅぅぅ、そ、それは嫌だよぉ……」

 レコンは、リーファに告白すると言う勇気は持てても、魔法を連発される勇気は持てなかった様だ。……一世一代とも言えるそれよりも恐怖を感じている魔法とは一体どのような物、なのだろうか……?

「……ヒトを交渉材料に使うなって」

 ドラゴは、リーファとレコンのやり取りを見ていて、苦言を呈していた。リーファは、にこりと笑い、片目を閉じてウインクをすると同時に、翅を強く震わせ、世界樹の幹目指して高く舞い上がった。
目指すは、北側。恐ろしく太い世界樹を回り込む様に飛び去っていった。

「……リーファさん、大丈夫ですよね?」
「ああ。……吹っ切れた。そんな顔をしてたよ」

 ユイの言葉にリュウキは頷く。リーファが飛び去り、見えなくなるその瞬間まで見届けたあと。

「……そうですねっ」
「ユイにも判っていたんじゃないのか?……良い眼をしてるんだからさ」
「ふふ、お兄さんに聞いた方が安心なんですっ」
「……そうか」

 そんな2人のやり取りの中に入ってくる者がいた。さっきまで、失恋の痛みを……、本人は諦めてない様だから微妙だけど、少なくとも意気消沈をしていたレコンだ。

「さ、さっきも見たけど、これって、プライベート・ピクシーってヤツだよね?? だよね??」
「ひっ!?」

 物凄い勢いで、ユイに食らいつくが如く近づいてきた。ユイはあまりの剣幕だったから、思わず軽く悲鳴を上げていた。

「うおおぉ~、スゲェ可愛いっ!!! みせてみせて~!!」

 目を輝かせながら……って、さっきまでのは一体何だったんだ? とリュウキですら思ってしまうレベル。

「……コラっ。ユイが怖がってるだろ? 離れろ」
「あぅっ、ご、ごめん……でも、本当に可愛かったからぁ……」
「……可愛ければ何でもいい。と聞こえるな? リーファに対してもその程度だったのか?」

 若干だが、侮蔑するような表情を見せるリュウキ。人との付き合い方など十人十色。色々なやり方、接し方があると思うが、あまり好きじゃない考え方だったからだ。レコンはそれを聞いて、直ぐに両手を振る。

「そ、そんな訳ないよっ!! 僕はずっとリーファちゃんと一緒にいたんだからっ!!」

 その表情を視て、嘘を言っているようにはみえなかったから、とりあえず良しとする。

「はぅ……。」

 ユイも驚いていた様だが、一先ず安心……出来なかった。

「じぃぃ~~~……」

 目を輝かせながら、ユイの方を見ていた。プライベート・ピクシーと言うのはかなり珍しい。S級とも言えるものらしいから。

(う、うぅ……視線が怖いですぅ……)

 ユイは、横目で……と言うよりここまでくれば、見なくても判る程あからさま。リュウキは、仕方ない、と思った様で最初程はガードはしてくれない。……見るくらいは、と思っている様だ。
 それに、自分もよく視ているし。

 ユイは、必死に視界に入らない様に、リュウキの頭を中心に、ぐるぐると移動を繰り返していた。

「……流石に鬱陶しいからやめてくれ。幾ら物珍しくても」
「はっ!? ぼ、僕は一体なのをっ!?」
「……それは無意識だったのか」

 リュウキは苦笑いをしていた。

「お、落ち着かないです……」

 ユイだけは、視線になれる事なく、ハラハラし、最終的にはリュウキの装備の胸ポケットの中へと隠れてしまっていた。



~アルン 北側テラス~


 数分後、リーファは翅を畳む……、アルンの北側へ無事到着したからだ。眼下に広がるのは広大なテラス。自身の記憶が正しければ、こちら側には大した建築物もないから、観光客も少ない。だから、トキドキフリーマーケットやギルドイベントに利用するくらいのスペースだったはずだ。……だから、2人で話すには絶好の場所。誰にも介入されず、話すのには。

 その場所には、もう先客がいた。石畳の中央、小柄な黒い人影。鋭利な形のグレーの翅、その上に斜めに背負った巨大な剣。……そう、キリトだった。リーファは大きく一回深呼吸すると、意を決し彼の前へと舞い降りた。

「……やぁ」

 キリトは、リーファを見ると、こわばってはいるものの、いつもの飄然とした微笑を交えている。

「お待たせ」

 リーファも笑とともに言葉を返した。

 2人とも……、ここに来る前に、良い気抜きが出来たのだ。示し合わせて考えた訳ではないが、この時。2人が違いに視認し合った時、心が落ち着けた。……だからこそ、2人とも何処か感謝をしていた。

 そして、風が2人の間を吹き抜けていく。……暫くの沈黙の後。

「スグ……」

 やがてキリトから口を開いた。真剣そのものだった。だけど、リーファはもう決めていた。キリトよりもはっきりと……、ここで何をするかを。だから、軽く手を挙げ、言葉を遮る。翅を一度だけ羽ばたかせると、間合いを取り。

「お兄ちゃん、試合、しよ。……あの日の続き」

 そう言いながら、腰の長刀に手をかけた。

 そう、ぶつかっていく。失敗しても、めげずに……。アイツの様に。そして、彼も背中を押してくれた。不思議と肩の力も抜ける。自然体で構える事が出来ていた。……あの日に、家の道場での時と同じ様に。

 初めはこんな事、もう無理だとさえ思っていたのに。

 キリトもリーファの意志を感じ取り、数秒後こくんと頷いた。リーファと同じ様に間合いを取った。

「――……いいよ。今度はハンデ無しだな」

 微笑を消さないままに言い、背中の剣に手を添えた。

 涼やかな金属音が2つ……重なり合って響きあう。ここは開けた場所だと言うのに、まるで剣道場の様に……。

「……寸止めじゃなくていいからね。……じゃあ」

 リーファは剣道の要領で、刀を抜いて……中段の構えを取る。そして、キリトも頷いて、抜剣し……構えた。それを見たリーファは全てを理解した。

 あの時、家での試合の時は、なぜ、あんな無茶苦茶な構えを取ったの?

 当初はそう思っていた。だけど、今はっきりと判った。あの世界で、……仮想世界で磨かれてきたものだった。だからこそ、様になっている、と対峙した時に強く感じた。

 剣道ではなく剣術。

 そう感じたのも間違いではなかった。文字通り、命懸けの世界で磨かれたものなのだから。

「――……じゃあ、行くよ!!」

 そう裂帛の気合と共に、リーファは駆け出す。キリトも、それに頷き……同じように距離を詰めた。

 金属音が響き、鍔迫り合いも続く最中……、リーファはある事を思い描いていた。

――……知りたい。と。

 あの世界……、SAOの世界は憎悪の対象でしかなかった。
 だけど、今は痛切に思う。

――あの世界で、何を見て、何を思って、何を考えて……、そして、どの様に生きたのか知りたい。

 その中には、アスナ、と言うなの女性。あの病室で眠っている彼女の話も必ず出てくるだろう。

――でも、今なら……、ちゃんと聞けるから。

 リーファはキリトがあの世界で生きた証でもある重く、想いすらも感じる剣を何度も受け、そして自分も、自分自身の想いを込めた剣を打ち込んでいた。


 ……その決着は、互いにとっても意外なもの、だった。

 
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