藤崎京之介怪異譚
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case.5 「夕陽に還る記憶」
Ⅴ 3.5.PM6:31
「お兄様!」
俺が家に帰って玄関の扉を開くと、そこにはいるはずのない人間が立っていた…。
「美桜…!お前、何でここに居るんだ!?」
「あら、なんだか冷たくありません?それが帰国して早々、調査なんかさせた妹に対する態度ですの?」
美桜は腕を組んでこっちを睨み付けている…。ま、母も叔母もそうなんだが、藤崎家の女は…この性格で敬遠されてるんだろうなぁ…。
「お兄様…。今、何か物凄く失礼なことを考えていません?」
「い…いや。そんなことはないぞ!っていうかお前、どうして家に入れたんだ?鍵は持ってないだろ?」
そう…ここは実家ではなく、俺の家なのだ。実家の鍵は兄弟全員持っているが、ここの鍵は誰にも渡していない。
まぁ、そうする必要もないのだが、だったらどうやって入ったというんだ…。まさか…どこかの窓を破壊した…なんてことはないよな?一応は警報装置付いてるし、いくらなんでもな…。
「ああ…勿論、鍵を開けて入ったわよ?鍵屋さん呼んで。」
「はぁ!?俺に無断でか!?」
「当たり前じゃないの!この寒空の下、可愛い妹をほったらかしなんて、全く非常識だわ!だから、お兄様の顔をたてて、鍵を無くしたことにしておきましたわ。」
「………。」
どっちが非常識だ…。ま…こういう妹だから、こりゃ諦めるしかないんだろうけど…。
「っていうかお兄様?この家、何か殺風景ですわよ?怪しげな本やら雑誌やら期待してのに…。」
「実の兄の家に、なんちゅう期待をしているんだ!?」
そんな俺の発言なんぞは華麗に無視し、美桜はそのまま喋り続けた。
「まさか…また食事もまともにせず、音楽ばかりやっているんじゃないでしょうね?お母様にも言われたんでしょ?もう少し…」
「分かった分かった!もうそれくらいで勘弁してくれっ!それで、何か分かったからここへ居るんだろ?」
「無論ですわ。でも先ず、食事にしてからにしましょ、お兄様。」
美桜はそう言うと、そのままつかつかとダイニングへと入って行ったため、俺も仕方無く後について入って行った。すると、そこには目を疑う様な光景があったのだった。
「美桜…これ、全部お前が作ったのか…?」
「そうよ?なに呆けてるのよ。お兄様が少し遅くなったから、もう冷め始めちゃったじゃない!早く食べましょ。」
美桜はそう言って、俺が席に着くのを待っていた。そういうとこは律儀なのに…何故勝手に家に上がり込むのかが分からない…。
「お兄様?」
俺はあまりの衝撃で、暫く唖然としていた。なぜなら、そこに用意されていたのが…フルコースだったからだ…。それもシェフ顔負けの盛り付けで。食器に見覚えがなかったら、恐らく取り寄せたと思っただろう…。
まぁ、唖然としていても空腹には耐えられないので、俺は席に着き、「いただきます。」と言って食事を始めたのだった。
「ところで、お兄様。先程のお話しの続きですけど。」
暫く食事をして後、美桜が唐突にそう言ったので、俺は食事の手を休めて美桜に聞いた。
「何か掴めたのか?」
「ええ。ですけど、分かったと言うよりは、除外されたと言った方が良いですけど。」
「除外?なぜそうなるんだ?」
「だってその二人、お兄様が仰っていた方とは随分違うんですもの。」
そこまで言って、美桜はワインを一口飲んでから後を続けた。
「先ず、二人共に音楽は聞かなかったそうですわ。ごく稀に友人に誘われて出掛けるくらいで、片や書や文学の愛好家、片や絵画が趣味のお嬢様。家には楽器一つなかったそうよ?詳しい年までは分からなかったけど、昭和初期には二人とも東京を離れたそうだし。何て言うか、親戚の家で花嫁修行をやらされてたようね。」
とすると、残るは一人か。だが、どうも引っ掛かるんだよな…。この二人の朝実…全くの無関係か?同じ年頃で都内に在住し、本当に何の面識も無かったんだろうか…?もしかしたら、何処かで出会ってるかも知れないと思うんだが…。
「お兄様がお考えになっている通りですわ。」
俺が考え込んでいると、美桜は笑いながらそう言った。昔から他人の思考を見透かしているようで、我が妹ながら末恐ろしい…。
「言ったでしょう、お兄様?私はお兄様が探してる朝実ではないと。でも、どうやら二人の朝実も面識があったみたいよ?」
「はぁ?何だかややこしいなぁ…。」
「まぁ聞いて。京都の小野家で見せてもらった旧い手紙が、九州へ行ってた朝実からのものだったのよ。その中に、東京の朝実についての記載があったの。」
「じゃ…三人とも知り合いだった…。」
「どうやら、九州の朝実が最初に東京の朝実と知り合ったみたいだけど。もう、なんてややこしいのかしら!たかが区が違うだけで役所が違うからこんなんなるのよ!」
「まぁ…手書きの時代だからな。」
あぁ…こっちまで訳が分からなくなってきた…。まぁ、恐らく墓は分からないだろう。何せ戦前のことだし、美桜が聞きに言ったのも分家でしかない。本家の墓は東京にあったと思うから、空襲で壊滅しただろうからなぁ…。
それはどの朝実も同じなんだが、現在の新しい墓には埋葬されてないってことだ。俺が探さなければならないのは、東京の朝実の《遺骨》と言うわけだ…。いや、“記憶"と言うほうが正しい気もするな…。
暫くし、俺と美桜は食事を終えて話を続けていると、そこへ家の電話が鳴り響いた。固定電話にかかってくるなんて珍しい…。今じゃ、殆んどが携帯電話で済んでしまうからな…。
俺はそんなことを思いつつ、鳴り止まない電話の受話器を取り上げた。
「もしもし。」
「あ、藤崎君かい?天宮だが。」
電話の主は天宮氏だった。そう言えば、携帯の電源を切っていた…。多分、先日頼んだことで何か分かったんだろう。
「今晩は。こんな時刻に電話なんて…例のことで何か?」
「ああ、それで連絡したんだ。先ず、昭和初期の地図だが、見つかったから郵送しておいた。もう届いてると思うんだが…」
…郵便は放ってあったな…。最近忙しくて、さっぱり目を通してなかったよ…。
「ま、忙しい君のことだし、まだ見ていないと思うがねぇ。」
天宮氏は、多少笑いを堪えた様子で電話口で言った。何でもお見通しだな…全く、敵わないや。
「すいません…。」
「いや、いいんだよ。そう思って電話してるんだからね。それで次だが、聖ぺテロ教会の移転だが…空襲のあと、二回は移転しているようだ。」
「え?教会が二回も…ですか?」
「まぁ、最初はそこへ再築されたんだがねぇ…。後の地画整理で土地の価格が変動して、それを狙った不動産屋に買い上げられたらしい。教会自体は移築されたが、墓は親族の特定出来るもの以外は、全て埋め立てて更地にしたようだ。何とも酷い話ではあるが…親族にはそれなりの金を払ったようだ。墓を移動させるため…と言うよりは、口封じだったんだろうがね。」
「で、その土地はどうなったんですか?」
「先ずは住宅を建てたようだが、直ぐに取り壊され、道路になった様なんだが…。詳しい番地やなんかは全く抹消されていて分からんのだよ…。ま、戦後のどさくさで、ここまで資料が残っていたのはラッキーだったがね。」
何てことだ・・・。高坂神父、田邊と三人で話していたことが、まさか実際に行われてたなんて…。
「それで、その墓所に埋葬されていた人物のリストはあったんですか?」
「いいや。それは教会側に残されていたはずなんだが、それがどこにも見当たらないんだよ。土地を買い上げた不動産屋も倒産しているし、都にも埋葬場所に関しての記録は無かった。」
国の大臣をも動かせる天宮グループでも掴めないか…。だが、小野朝実の遺骨が道路の下であるなら、俺にはどうすることも出来ない。しかし、現に彼女の記憶は、もう一人の亜沙美に転写されているんだから…きっと彼女、栗山亜沙美の行動範囲内にあるはずだ。
「天宮さん。御忙しいのに、本当に有り難う御座いました。後はこちらで、天宮さんからの情報を元に何とかします。」
「ま、何かあれば、またいつでも連絡してくれ。それじゃ、お休み。」
「ええ…お休みなさい。」
俺はそう答えて受話器を置くと、美桜が一通の封筒を持ってきて言った。
「お兄様。例のこと、天宮さんにも頼んだんですの?もしや、これもそれ関連できてますのかしら?」
それは大判の封筒で、俺はそれを受け取って裏を見ると、そこには天宮グループの名前があった。
「そうだ。天宮さんには旧い地図の写しを頼んでたんだよ。」
「そんなの、図書館にでも行けば見付かるじゃないの!」
「いゃ…ある一地域の詳細な地図じゃないとダメなんだ。だから、天下の天宮さんを頼ったんだよ。」
俺が美桜に言い訳を並べていると、再び電話が鳴り響いた。どうやら今度はFAXのようだった。
俺は天宮氏が何か言い忘れたことでも送ってきたのかと思ったが、美桜と共に出てきた用紙を見て首を傾げた。
「何だ…これ?」
俺はそれを手に取ってよく見ると、どうやら手書きの楽譜のようだ。
「これって…べートーヴェンの悲愴ソナタよねぇ…。」
横からそれを覗き見ていた美桜が言った。確かに、この楽譜は悲愴ソナタの第一楽章だ。その一部に書き誤りがあるが、これは悲愴ソナタだとわかる。
「これ…採譜したものかしら?丁度聞き取りにくい箇所に間違いが集中してるし、どう見ても手書きですものねぇ。でも、どうしてこんなのがFAXで?」
「さぁな…。」
俺はそう言いながら送信元を見ると、そこに不思議な番号と数字を見た。 俺が使っているFAXには、上に送信元とページ数が表示されるのだが…明らかに番号の桁数が少ないのだ。それに、ページ数が0-0で表示されているのだ…。
「美桜…FAXって、0-0って表示あったか…?」
「いいえ…そんなのあるはずないわよ…。」
じゃあ、この楽譜は何なんだろう…?俺と美桜はただ、その悲愴ソナタの楽譜を、黙して見つめるしか出来なかった…。
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