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藤崎京之介怪異譚

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case.5 「夕陽に還る記憶」
  Ⅲ 3.2.PM2:46


 午前で講義を終えていた俺は、午後からずっと大学にあるオルガンの点検と整備をしていた。最近サボりっぱなしで、音が微妙にずれ始めていたのだ。
「参ったなぁ…この三本、歪み始めてるなぁ。この管、交換するだけの予算あったかなぁ…。」
 いや…無くても交換しないことには、月末に開かれる演奏会を中止しなくてはならなくなる…。その前に、実技試験があるから…予算無かったら、天宮氏に頭を下げるしかない…。
「あ、先生。ここにいらしたんですか。」
 頭であれこれと考えながら整備を続けていると、そこへひょっこりと田邊が顔を出した。
「ああ、田邊君。もう帰ったんじゃなかったのかい?今日は練習もなかったのに…。」
「はい。先日頼まれた事の件で…今、大丈夫ですか?」
「もう何か分かったのか?」
 俺はオルガンの裏から出て、田邊の所へと移動した。
 田邊には栗山家のことと、霊が亜沙美嬢に言わせた小野朝実のことについて調べてもらっていたのだ。俺が調べるよりも、田邊の方が圧倒的に早い上に正確だからな。ま、このことを頼んだ時、彼には散々に怒られたがな…。
「全く…先生は何でもかんでも安請け合いし過ぎです。これでは本業が疎かになってしまうじゃありませんか。」
「分かってるよ…。だが、子を思う親の心を考えると、とても断れるものじゃなくてねぇ。」
「それは理解出来ます。で・す・が!もうこんな安請け合いしないで下さいね!」
 あぁ…田邊がなんだかダメな夫を叱りつける妻の様に見える…。こいつ、将来結婚したら、一体…どんな亭主になるんだ?いや、案外普通…いやいや、こんなことを考えている場合じゃなかった。
「もう分かったから…。で、何か掴めたのか?」
 田邊は暫く半眼で俺を見ていたが、諦めた様に調査報告を始めたのだった。
「栗山家ですが、これといって何もありません。昭和六年以降は、長男以外は大戦時に亡くなった方ばかりでした。現在の栗山家は三男の家系にあたっていて、五人いた男子は皆、病死か戦死で亡くなってますが…。直接的関連性は見受けられませんでした。ですが、小野朝実と言う名で調査したところ数人の該当者があって、なんとか三人に絞り込みました。これが困ったことに…皆資産家の娘で、三人とも朝実と言う漢字まで同じなんです…。歳も近い上に家まで東京に集中していて、全員音楽会へ足を運んだ可能性が高いんですよね…。」
「じゃ、昭和六年にクレドを演奏していたのか?」
「それは間違いないようです。どうもバッハのミサ曲ロ短調を一部抜粋で演奏したみたいですが、何分にも資料が乏しく、正確な日時と場所までは分かりませんでした。」
 こりゃ困ったな…。三人に縁のある人物に会ったとしても、何も出てこないかも知れない。彼女達を知る人物は、どう考えてもかなりのご高齢だ。中には亡くなった方もいるだろうし、闇雲にあたったとしても徒労に終る可能性が高いからな…。だが、やるしかなさそうだ。
「田邊君。その三人の親族の住所は分かってるのかい?」
「はい。二人は結婚して直ぐに亡くなってますので、嫁ぎ先と実家の住所を調べてあります。残りの一人は結婚する以前に亡くなったようで、こちらも縁者の住所は分かってます。まさか…行かれるんですか?」
 また半眼でこっちを見てる…。だが、なんて末恐ろしいヤツなんだ…。どうやったらこの短期間でここまで調べられるんだ?今度聞いてみようか…いいや、それは聞かぬが花かもしれないな…。
「これから行ってみようと思う。夜には天宮さんに連絡を入れたいから、今日は一つ行ければ良いだろう。で、一番近いのはどこだい?」
「…群馬なんですが…。」
「はぁ!?都内じゃないのか?」
「……。」
 無理だ…これから行ける場所じゃない。俺は仕方なく別の方法はないかと考え、とある事を思い付いた。
「田邊君…。現在でも、三人の菩提寺は同じ場所にあるのかい?」
「…はい。大戦で二つは建て直されましたが、一つは戦禍を免れてます。ですが、焼け落ちた一つは教会ですけど。」
「一人はクリスチャンだったのか?」
「ええ。その教会は戦後移動していて、それが一番近いですかね…。」
「どこなんだい?」
「隣です。」
「……。」
 田邊はにこやかに微笑しながら「行かれますか?」と問ってきた。何故かとても腹立たしいのは…気のせいか…?
 俺はなんとか気を鎮め、目の前で微笑み続けている悪魔の様な田邊に言ったのだった。
「行くよ。」
「それで…残る二つはどうなさるつもりなんです?」
「ま、それは成り行きしだいだな。親族縁者には、美桜に行ってもらうさ。」
「…美桜さん…ドイツから帰国されてるんですか…?」
 美桜の名を出した途端、田邊の表情が一変した。
 美桜とは、俺の妹のことだ。この字は“みおう"と読みたくなるが、実は“みお"と読む。正式には美桜・マリーア・藤崎。田邊とは以前から犬猿の仲で、顔を合わせる度に睨み合っているのだが…どうしてかは分からない。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。美桜は一応小説家として本も出版しているが、本業は画家であり、いつも世界のどこかしこを飛び回っている。一ヵ所に留まっていられない性格のようだ。そんな妹から、先日俺の携帯へと帰国のメールが届いていた。
 一応こちらがどんな状況かは伝えてあるが、美桜は小説のネタになると嬉しそう言っていた…。
「先生…また事件を面白可笑しく書かれたら困るじゃないですか!この前だって…」
「分かった分かった!だが、美桜はあれでいて行動は的確だし、仕事に常に縛られない時間を自由に使えるところは役に立つだろ?小説のネタとしては勿論、制限を付けるから。」
 田邊はそれでも不満らしく、眉間に皺を寄せている。どうしてそこまで嫌っているんだろう?一応俺の妹なんだがなぁ…。ま、そんなことを考えてる暇はないからな…。
 取り敢えず、田邊をなだめ透かして美桜へとメールを送り、俺達は隣にある教会、聖ぺテロ教会へと向かうためにその場を後にしたのだった。



 
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