黒魔術師松本沙耶香 人形篇
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24部分:第二十四章
第二十四章
「私の趣味は。誰にも邪魔させないから」
「それじゃあ行かせてもらうわ」
沙耶香はそれを聞いてこう返した。
「ここでね。決める為に」
前に出る。そこを人形達が襲い掛かる。
「傀儡達ね、これは」
人形はその手を振り回して沙耶香を害しようとする。彼女はそれを避けながら言った。
「そうよ。これは単なる人形」
シスターはその後ろにいた。それに応えて言う。
「人から作ったものではないわ。だから安心して相手をしてね」
「人間がもとでも相手をするつもりだったけれど」
沙耶香はなおも攻撃から避けていた。
「それを聞いて安心したわ。気兼ねなくやれるわね」
剣を横に振るった。それで前にいた人形を両断した。
両断された人形は忽ちのうちに凍りついた。そして床に転がり砕け散ってしまった。
「面白い術ね」
「黒魔術の一つよ」
沙耶香はシスターに言葉を返した。
「氷の剣。これに触れたらどんな者でも凍りつく」
「魔剣というやつね」
「そうよ、そしてこれに触れたら貴女も氷になるわよ」
「氷の人形ね」
「なってみたいかしら」
「綺麗だけれど遠慮するわ。私の趣味とは離れているから」
そう言いながらまた周囲から人形を出す。
「けれど貴女をそうするのは面白いかも。黒い魔術師さん」
「私はそんな名前じゃないわよ」
沙耶香はまた一体氷にした。そして砕きながら言った。
「松本沙耶香っていう名前があるのよ。覚えていてね」
「それじゃあ覚えておくわ。松本沙耶香さん」
シスターもそれに応える形で言葉を返した。
「新しいお人形の名前として」
「本当に人形が好きみたいね」
「ええ」
シスターはその言葉に頷いた。
「私はずっと人形を作ってきたから。綺麗な人形を作るのが好きだったわ」
その言葉は半ば独白であった。
「次の人形はさらに綺麗に。そして人間そっくりに」
「そう思って作ってきたのね」
「そう。そして次第に人間そのものをそうしたいと思ってきたわ」
「悪魔に魂を売ってでも」
「悪魔?違うわ」
だがシスターはそれは否定した。
「これは神の御業なのよ。美しいものを永遠に留めようという」
「へえ」
沙耶香はそれを聞いて声をあげた。そしてシスターの後ろに何かを見ていた。
「悪魔ではないわ」
「そうなの」
だが沙耶香の返答は空虚なものであった。信じているようには見えなかった。
「彼女達は今私の家に置いているわ」
場所も言った。
「私の側に。永遠にね」
「そして私もそこに並ぶのね」
「そうよ」
その言葉に頷く。
「楽しみにしていてね。貴女もまた美しく飾ってあげるから」
「生憎私はそのつもりはないわ」
沙耶香はその言葉に対して不敵な言葉で応えた。
「さっき言ったけれど」
「我儘ね」
「我儘はね、女の特権なのよ」
これは沙耶香の持論であった。
「少なくとも男のそれよりは許されるわ」
「許す許さないは相手が決めることよ」
「じゃあ決めさせてあげるわ」
沙耶香はまた人形を切った。氷になり砕け散る。
「貴女に勝ってね」
「まだ勝てるつもりなのが凄いわね」
シスターはその言葉を聞いてまた笑った。
「私に指一本触れられていないのに」
「それは簡単に出来るわ」
「嘘仰い」
だが彼女はそれを信じようとはしなかった。
「その有様で」
「言っておくけれど傀儡を使うのは貴女だけではないわよ」
「どういうことかしら」
それを聞いたシスターの眉がピクリと動いた。
「そのままよ。私も傀儡を使えるの」
「人形かしら」
「少し違うわね」
だが沙耶香の返事は素っ気無いものであった。
「それはね。こういうことよ」
突如としてシスターの後ろから声がした。
「!?」
「気がつかなかったかしら」
後ろの床からもう一人姿を現わした。それは何と他ならぬ沙耶香自身であった。彼女は床からその黒い身体を出させてきたのであった。
「私の気配に」
「馬鹿な、こんなことが」
「そう思いたいでしょうね。けれどこれは現実のことなのよ」
沙耶香は後ろをとった。その手にはやはり氷の剣があった。
「私が今ここにいることは」
「それでは今私が目の前に見ているものは」
「そう、私の傀儡」
「よく見て御覧なさい、私を」 シスターの前にいる沙耶香も口を開いた。笑みが誘い込む様なものになっていた。まるで魔界に引き込もうとする悪魔の様な笑みであった。
「私の影を」
「影・・・・・・まさか」
「そう、そのまさかよ」
後ろにいる沙耶香が言った。
「私は影」
次に前にいる沙耶香が。見ればその沙耶香には影がなかった。そして後ろにいる沙耶香にも。太陽の下にありながら影がなかった。
「影を傀儡に」
「ええ。傀儡は人形だけではないのよ」
「影も使えるの」
二人の沙耶香は同時に語った。
「それに気付かなかったとは。迂闊ね」
「参ったわね。こんなことを仕掛けて来るなんて」
「考えたわ、私も」
「そう、私も」
また二人の沙耶香が言った。
「どうしたら。貴女を出し抜けるかを」
「そして。考えたのがこれだったのよ」
「傀儡を使う私に対してあえて傀儡を見せたのね」
「ええ」
「そういうことよ」
二人はそれを認めた。
「そして貴女はそれにかかった」
「逃れられぬ罠に。さて、いいかしら」
二人はシスターに尋ねてきた。
「覚悟は」
「こうなっては覚悟するしかないようね」
シスターは諦めた様な笑みを浮かべて頷いた。
「いいわ。やりなさい」
そして言った。
「私の芸術が。消えてしまうのは残念なことだけれど」
「さっきも言った筈よ」
「芸術は味わうもの。見ているだけでは詰まらないのよ」
影もまた本体と同じ考えであった。
「それをわからなかったのが」
「貴女の間違いね」
後ろから、そして前から沙耶香は仕掛けた。影の沙耶香は跳んだ。そして剣を振り下ろす。
本来の沙耶香は剣を横に払った。二人は同時に何かを斬った。
シスターを斬ったのは間違いなかった。だがシスターの身体には傷一つついてはいなかった。
シスターはゆっくりと倒れ込んだ。そして前に伏してしまった。
「これでいいわね」
「ええ」
二人の沙耶香は互いの顔を見て頷き合った。
「彼女に憑いていたものは斬り払った。これで全てが終わりね」
「そうね。けれどそれは何だったのかしら」
影が本体に問うた。
「彼女に憑いていたのは」
「妄執よ」
「妄執」
「そう。それが彼女を狂わせていたのよ」
「それがあまりにも大きくなって。彼女を支配していたのね」
「そうね。だからあんな術を使えるようになった」
「妄執が全てを支配していて」
影は本体の言葉を聞き考える顔になった。
「まるで魔物みたいね、その妄執は」
「実際に魔物だったのでしょうね」
本体もそれを認めた。
「だから。ここまでなったのよ」
「けれど今その妄執も滅んだ」
「これで人形にされていた娘達も元に戻るわね」
「そして彼女自身も」
影はシスターを見下ろして言った。
「一件落着ね」
「そうね。それじゃあ戻ろうかしら」
本体は影に対して声をかけた。
「一つに」
「そうね」
影はすっと笑った。そして本体に歩み寄って来た。
「また一つになりましょう」
「ええ」
影は本体の顔に己の顔を近付けた。近付けながら目をゆっくりと閉じる。
そして軽く接吻をした。それと同時にゆっくりと、霞の様に姿を消していく。影は次第に沙耶香の後ろに戻ってきた。
「これでよし」
沙耶香は影が完全に戻ったのを確認して言った。
「全ては。終わったわね」
シスターを抱きかかえる。そして彼女を抱いたまま屋上を後にする。こうしてこの学園を覆った暗い霧は消え去ったのであった。
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