黒魔術師松本沙耶香 妖女篇
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9部分:第九章
第九章
羽根の数が一斉に増えた様に見えた。そうしてであった。
沙耶香の周りを覆ってきた。そして彼女のその雷の鞭に触れるとだった。
鞭を切り裂いたのだった。鞭は瞬く間に切り裂かれ消え去ってしまった。
「刃ね」
「そうよ。ただし」
言いながらまた笑みを浮かべてみせるのだった。
「この通り只の刃ではないわ」
「雷まで切り裂く刃」
「この刃に切り裂けないものはないわ」
女は悠然と笑いながら沙耶香に告げる。
「何もかもをね」
「そうね。それなら」
「どうするつもりかしら」
「やり方はあるわ」
こう言ってであった。その背から何かを出してきた。それは。
「それを出すのね」
「確かに切り裂けないものが出来ない刃ね」
それはわかっていてだった。背から漆黒の三対、つまり六枚の翼を出してきたのだ。それはまさに天界から堕ちた堕天使の翼であった。
「ただ。羽根は羽根よ」
「羽根には羽根。違うわね」
「そうよ。違うわ」
妖しい笑みと共にそれは否定する沙耶香だった。
「生憎ね。私の羽根は」
「そう。そうだったわね」
女は己の羽根を見た。すると。
羽根が沙耶香の漆黒の翼に触れるとだった。一枚一枚漆黒の炎に包まれ。そしてその中で消えて燃え尽きていくのであった。
「漆黒の炎。それあったわね」
「思い出してくれたかしら」
「貴女の翼は炎」
それがよくわかっていることを示す言葉だった。
「そうだったわね」
「そうよ。私の翼は漆黒の炎」
それだと自分からも言う沙耶香であった。
「燃やせないものなぞないわ」
「そうね。この世の全てを燃やしてしまうものだったわね」
「どうかしら。これは」
あらためて女に対して問うてきた。その間にも女の黒い羽根は次々に彼女の漆黒の翼によって燃やされ黒い炎となっていくのだった。
翼を羽ばたかせればそれだけで、だった。漆黒の翼が女の影の羽根を消し去っていく。だが女はそれを見ても態度を変えてはいなかった。
「羽根には炎」
「切り裂かれる前に燃やし尽くしてあげるわ」
「考えたものね。やはり貴女は」
沙耶香を妖しい笑みで見ながらの言葉であった。
「私の慈しむ相手に相応しいわ」
「有り難い言葉ね」
沙耶香もまた媚惑的な笑みになってその言葉に応えた。
「その言葉は」
「どうかしら。今夜はこれで戦いを終わって」
こう沙耶香に告げてきたのであった。
「二人で。時を過ごさないかしら」
「二人だけの時をね」
「そうよ。それはどうかしら」
「それも面白いかも知れないわね」
笑みをそのままにして応える沙耶香だった。
だがここで。影が一つ出て来たのであった。
「それは止めて頂きたいですね」
「やはりね」
沙耶香はその声を聞いて今度はうっすらとした笑みになった。
「もう一人は」
「貴方も来たのね」
女もその声を聞いてうっすらと笑った。そして声がした己の後ろを振り向いた。沙耶香から見れば女と同じ方角で正面になった。そこに彼がいたのだ。
青いスーツの上に白い裏地が赤のコートを羽織り赤いネクタイと黒い履を身に着けている。白い細面の流麗な顔をした長身の美男子であり切れ長の目がとりわけ美しい。薄い唇は引き締まり微笑みを浮かべている。
髪は黒くそれで顔の左半分を隠している。その彼が白い朧な輝きを放つ満月を背にして夜の巴里の街に姿を現わしたのである。
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