黒き天使の異邦人
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第5話 世界の胎動
今の西暦は2054年、唐突ですが、この艦に同居人が増えました。
「東夜さん、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「ん…… そうだな…… 後は最後の締めに塩を足せばより素材の味が引き立てられるぞ」
天羽 琴璃、あの二年くらい前に日本に潜入した時に知り合った女の子だ。
あれから再び潜入した時に何度か顔を合わせる事があって、軽い顔見知り状態になっていたんだが、今からちょうど一年前の2053年に人類側との接触の際に使う試作機のテスト中に、どうしてか彼女は小型ボートに乗った状態で外洋に出ていて、俺が発見した時には霧の駆逐艦や魚雷艇に沈められようとしていたんだよな。
そこを助けて彼女を港に返そうとしたら、どうしてかこっちに接触してきたから驚いたもんだった。
「材料の切り方も問題なし、最初に比べると凄く上達したな」
「は、恥ずかしいから言わないで」
最初こそ彼女は日本政府のスパイとかで接触したのかと考えたけれど、あらゆる監視を行っても連絡を取っている様子もなく。
更には日本政府にハロを使ってハッキングした時には彼女の戸籍での扱いは死亡として処理されていた事、彼女がボートを使い外洋に出る数ヶ月前に第四施設と呼ばれる大型の海洋技術統合学院の施設が全焼し、大量の生徒が亡くなっている事に加えて彼女の双子の姉も犠牲になっていることから、何かの出来事があって出てきたのだろうと辺りを付けた。
無論の事、今でも彼女が外部と接触を行ったかどうかの監視は勝手ながら続けてはいる、いるけど、もう極めて限定的だけどな。
「だけど、本当に料理って難しいんですね……」
「まあな、ちょっとした油断で味がかなり変わるし何よりも本人の腕次第だ」
「はい」
そんな俺達が今は何をしているのかといえば、俺が琴璃に料理を教えていたりする。
あの時に彼女は料理をした事がないと言っていたし、俺が料理が出来る事に対して何かの琴線に触れたらしくて俺に料理を教えてほしいと言ってきたんだよな。
ちなみに教えている料理は筑前煮だったりする。
まあ、他には彼女の希望でPTの操縦技術なんかも教えているけれども、PTの建造のための技術やら一番重要な項目は一切教えていない。
知らなくて良い事まで彼女に教えなくてはならないしな、それに、これから先いつでも、彼女が人類側に戻りたいと言った時に対応するためでもある、建造の為の技術を知らずに操縦の技術だけであれば俺に責任をなすりつける事が出来るだろうし。
「琴璃、それが出来て昼食を終えたら、また訓練を再開するぞ」
「はい!」
なんかかなり奇妙というか、前の世界、えぇい、前世で良いやそれも含めて人生初といえる女の子、それも美少女との同居生活を送っている。
いるんだが、年頃の少年と少女が一つ屋根の下で過ごした時に発生するようなラッキースケベやら夜の18禁な展開なんかは無い、彼女との同居生活が始まった当初にちょっと期待してしまった俺がバカだったとは思う。
しょうがないじゃん!美少女が俺と一緒に暮らしたいって言ってきたら、期待してしまうのが男ってもんやん!? なんて自分で自分に言い訳をして悶々とした夜を過ごした事もあったりする。
まあ、今となっては彼女との奇妙といえる同居生活は楽しんでいたりする。
人は一人じゃ生きていけない、これは社会生活に限った事じゃないってことを、この世界に来て生活を始めた時にアオガネの艦内でずっと思い知った事なんだから。
~黒き天使の異邦人~
~第5話 世界の胎動~
そうして完成した昼食を二人で食べる。
思えばこうして誰かと食事をするなんて、この世界に来た当初じゃ考えられない事だったな。
慣れてくればハロ達にも一つ一つ感情の様な物があるという事は理解出来ていたけれど、こうして食事を一緒に食べてくれる誰かがいる事、自分が一人じゃないってことを理解できる人がいる事がどんなに幸せなのか、それをここにきて初めて理解出来たんだから。
「四日前に日本政府が厳重に保管していた潜水艦、伊号401が急に封鎖を破って強制出港か……」
「えっと、401って、群像君のお父さんが鹵獲したっていう潜水艦だよね?」
「ああ、それが急に目覚めて外洋へと出港したらしい」
「軍の厳しい封鎖下にあって、あっさり出港するなんて……」
食事を終えた頃合いで情報収集担当のハロが、ある書類を持ってくる。
そこに書かれていたのは今から15年前の【大海戦】の最中において当時海上自衛隊所属だった千早 翔像二佐が鹵獲して、その後千早 翔像を中心としたクルーにより一度は有人航海に出たものの、原因不明の交信途絶と、横須賀への無人での401単体の帰還という形により、人類は401を厳重に封印していた。
それが数日前に封印を破り出港していたというのだから、驚きを隠せない。
「今の人類側に401を制御できるとは思えない、だから疑問は別にあるだろうな」
「…… どうして、急に目覚めてそれも無理やり出港するなんていう手間をかけたのか、そういう事ですね?」
「ああ、どうして今のタイミングじゃないといけないのか、前から彼女が出港可能だとすれば容易にできたはずだ」
「彼女?」
これは琴璃に聞いた話なのだが、当時、大海戦に惨敗を喫した日本は国民へのプロパガンダとして霧の潜水艦イ401を鹵獲したという事を、大々的に、それも過剰と言えるくらいの力の入れようで国民に対して通知したらしい。
だからこそ琴璃が401の存在を知っていたのは道理といえるが、同時に彼女としてはというか、当時の国民感情からしたら不安でしかなかったらしい、何しろ絶大という言葉も生温い力を持った軍艦を政府が鹵獲した上に通じるかも分からないのに、政府も軍関係者も教師も全てが401は日本の完全な管理下にあると明言していたらしいのだから。
まあ、何も知らない一般市民に対してならば、有効であろうが軍人としての教育を受けた者達にまで似たような事を言っていたというのは、かなり驚かされる事実ではある。
こんな会話をしていたんだが、琴璃自身は俺の言った言葉の中で霧の事を示す言葉、彼女、という言葉に反応していた。
「前にメンタルモデルを搭載した巡洋艦との戦闘があってな、その際に霧の艦艇は全て女性として存在しているって聞いたんだよ」
「そうなんですか!?」
「ああ、お前がここに住む一年前に遭遇した潜水艦連中も恐らくは年端もいかない少女の声をしていたからな、間違いないだろう」
もしかしたら、これは人類側がまだ掴んでいない事だったのかもしれない。
何しろ軍に所属するための訓練と教練を受けていた琴璃が驚愕しているのだから、人類側が把握していてもお偉いさんの間で止められていて彼女達の様な下っ端には入っていない情報なのかは区別が付きにくい。
スパロボでも現場レベルでは防ぎようはなかったが、それ以外の情報は軍の下っ端には一切重要な情報は漏らされる事はなく、機密として扱われていた事でもあるし。
それか、霧が人型の姿であるメンタルモデルを取り始めた事を純粋に知らないだけなのかもしれないかもしれないけどな。
「だけど、どうして霧は人の形をとったんでしょうか?」
「良くは分からんけど、人を理解しようとしているんじゃないかとは思う」
事理の当然と言える疑問、これに対しての答えというか確信に近い物はある。
スパロボOG1のエアロゲイター(ゼ・バルマリィ帝国)との戦いに置いて、人類と人類が開発した兵器を接収しつつプラントに置いて効率的な生産方式を生み出すために地球人を理解しようとした事と、霧の彼女達が取っている事は似ている事と言えた。
不思議なのは、霧の側に悪意というよりも何か純粋な探究者に似た物しか感じないという所だ。
これは念動力を利用した直感に近いものだから、利用できるとしても半々といえるくらいの曖昧な物だろうけれど、彼女達も人類を何らかの形で理解しようとしているのではないかと思ってはいる。
「理解しようとしている?」
「ああ、次はより確実で人類側の心と矛や盾を全て叩き潰せるように、もしくは何らかの交渉の糸口に似た物を探しているのか……」
「……」
だからこそ、琴璃は疑問に思うのだろう。
今更、散々に人類を攻撃し続けていたのに自分達が圧倒的有利と言える状況で、理解をしようとする彼女達霧という存在の事を。
まあ、当然と言えば当然の反応だろうとは思う、何しろ今まで好き放題に人類を攻撃し続けた側が急に人類を理解しようとしている、なんて聞かされてもなんの事を言っているのかが分からないという心境になるのは当然の事だろうしな。
「恐らくというか、霧が考えているのは人間が取る戦術とか戦略などを理解するためかもしれないな」
「なるほど、それを理解すれば大海戦の時よりももっと上手く立ち回れる、そういう事なんですか」
「多分だがな、というよりも霧と直接話した事がないから推論ばかりになるけどな」
「ええ、そうなってしまいますね……」
どんなに琴璃と霧に関しての考察を行おうとも、実際の霧に接触した事がない以上は全てが推論、それも言葉遊びの域を出ないレベルの話ばかりになってしまうな。
そんなこんなと会話をしていたら、昼食を終えた俺達は少しの休憩時間を挟んだ後、俺の訓練も兼ねての琴璃の訓練を再開するのだった。
ここに来れて本当に毎日が充実している。
私はそう思う。
「知らない技術に加えてやっと見つけた私の得意な事にやりたい事……」
大体2年前のあの日に、今は同居人となっている東夜と出会い何度か街中で遭遇したりして世間話くらいはする関係へとなっていった。
彼と街中で交わす世間話は、あの当時の私にとっては数少ない癒しになっていっていたと思う。
「姉さん……」
私の双子の姉は自慢というか、妬ましいとも思ってしまうけれど【完璧超人】と言って良いくらいの人だった。
何をやらせても常に誰よりも上手く、更には学校の成績でも実技も筆記に置いても全てで1位をとり更には性格まで良いときたら双子の妹として、戦うというか競うという気持ちすら起らない人だった。
そんな姉に比べて私の成績は実技は真ん中くらいで、筆記の方は真ん中よりも上レベル…… 姉の方が完璧超人と言えるくらいだから、学校じゃ結構なやっかみや嫉妬に似たものが私に多数の生徒達からぶつけられた事がある。
更には両親の期待やら関心も姉が全て持って行った、私にも両親は優しかったけれど彼らは私には何も期待などしていなかったように思う。
もう戻るつもりもないから確かめようもないけれど。
「でも、そんな姉さんももういない……」
さっきからずっと過去形で語る事が示すように姉さんは、もういない。
今からちょうど一年前の今日に亡くなったからだ、原因不明の第四施設の焼失と多数の犠牲者を出してしまった事故、あの事故で私は煙を吸ってしまったけれども軽傷ですぐに退院できた。
だけど、退院してから私に地獄と呼べる物が待っていた。
誰もが陰で私に聞こえるように言う【優秀な姉を犠牲にして無能な妹が生き残った】【姉の方が生き残れば良かった】【姉を見殺しにして生き残った妹】と、他にも色んな人達が私の事を悪く言っていたけれど、中には友人をあの事件で喪った人もいたから八つ当たりもあったのかもしれない。
そう考えれば私など体の良い八つ当たりの対象だといえた、事件の前から仲の良かった京平くんや僧くんにいおりちゃん達は庇ってくれていたけれど、群像くんは何も言ってくれなかったな。
「……」
それでも学校での蔭口は何も知らない人間が言ってくるものだから、まだ耐える事が出来た。
だけど姉を失った後の両親の言葉、これに耐えられなくなって私は何も考えずに家を飛び出して、偶然見つけたボートに乗って無我夢中で外洋へと飛び出していったのは覚えてる。
今から考えるとどうして要塞港と化していた横須賀港から外洋へと出る事が出来たのか、不思議で仕方がなかったけれど夜間という条件や湾内の海水の循環時間が重なって上手く出ていけたんだろうとは思っている。
「そして、あの人に再会した……」
そうして外洋に出た私を待ち受けていたのは、当然のことながら霧の艦艇だった。
霧の魚雷艇や駆逐艦クラスが数隻いたことを覚えてる、砲門を向けられた時には特に考える事はなくてぼんやりと、痛みもなく死ねると良いかなぁって考えていた。
私に向けて砲が放たれようとした瞬間、砲門を向けていた魚雷艇が突然爆散して沈没した。
最初は何が起こったのかなんてわからなくて呆然と見ていると、上空から一筋の火線が降り注ぐと駆逐艦や魚雷艇が次々と撃沈されるっていう信じられない光景だったんだから。
過去の霧との大海戦の記録映像を見せられた時には、駆逐艦レベルにも歯が立たなかったのに目の前では、次々と霧が成す術もなく沈められていく光景は驚愕って言って良い位に衝撃的なものだった。
今まで姿を隠していたのか、何もない空間から藍色で翼の所から翠に近い粒子を出している人型のロボットが現れた時にはもっと驚いたけどね。
「私はここで誰にも負けないものが手に入るのかな?」
それから色々とあって彼にここに連れて来て貰って、奇妙な同居生活が始まったけれど男の人と二人きりという条件だけど、個人的には学院の寮や実家で過ごしていた時に比べれば、本当に天国というか毎日が楽しくて仕方がないと言って良い。
PTの訓練とかお料理を教えて貰ったりとかの毎日だけど、艦内の色んなライブラリに保存されていた小説とかドラマとかの記録を読ませて貰える事で、普通に趣味の時間も満たせるし見知らぬ他人の心ない中小の声がない分、本当にここに来れて良かったと思う。
「もう、ここに来なかった時の事なんて、考えられないな……」
美味しい食事に色んな読み物を読めるし、彼が手解きしてくれる訓練は厳しくて弱音を吐きそうになる事もあるけれど、それは私がつまらないミスで死んでしまわない様にという彼なりの心遣いの表れなのは毎日の様子を見ていれば分かる。
私の事を一人の女の子として大事にしてくれてるって、良く分かっちゃったから。
学院の中だと一部の人を除いて、誰もが私を姉の代替としてしか見てくれていないのは明白だった。
男子生徒から何度も告白された事もあるが、それは姉は高根の花で本人は群像くんに懇意にしていたから、同じような容姿をしている私にっていう下心が透けて見えていたから良く分かる。
「だけど、あんまりしつこい人はいおりちゃんや真瑠璃ちゃん達が追い払ってくれたっけ……」
あまりにもしつこいというか、ストーカーレベルの人に関してはいおりちゃんや真瑠璃ちゃん達に相談して、一緒に追い払ってもらった事もあったりはする。
まあ、そんなことは考えない様にしても今の私が置かれている状況は、本当にずっと待ち望んでいた状況そのものだった。
「いつか、彼にお礼をしないといけないよね……」
ここにいると霧との戦いに巻き込まれるのは間違いないけれど、陸にいた頃はほとんどというか精神的に死んでいたと言って良い状況の私が、ようやく自分で生きるために立ち上がれたと自覚出来るくらいに動けるようになったんだ。
いずれは彼に何らかの形でお礼をしなくちゃいけないって思う…… 彼が望むんなら純潔をささげても良い、そう思えるくらいに私は感謝しているし好意も抱いているつもりでもある。
一年間、長くて短い時間を過ごしてきたんだ、この気持ちに区別を着ける程度は私にだって分別はあるつもりだ。
「でも、今は早く色々と役に立つようにならないと」
まあ、今の私は色んな意味でポンコツなので早く一人前になって、自信を持って彼の隣に並び立った時に考えよう。
そう考えるのだった。
後書き
次回から、原作開始となります。
主人公は大戦艦ヒュウガ撃沈の辺りから群像に関わりだすので、どういう立ち位置になるのか、お楽しみに。
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