黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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31部分:第三十一章
第三十一章
「やはり」
「そうね」
しかし沙耶香はそれを見ても平気な顔であった。魔術が破られたというのにだ。
「随分と余裕ね」
「ええ」
依子に対して答える。
「何かを隠す為には」
「どうするのかしら」
「大掛かりな仕掛けをすればする程いいのよ。実際ね」
「では今のがそれね」
「わかるのね」
依子のその問いに不敵に笑ってきた。
「やっぱり。鋭いのね」
「それで。どんなカードを切ってきたのかしら」
「御覧なさい」
ここで自分を見るように言ってきた。
「私をね」
「!?」
その言葉に従うかのように彼女の姿を見た。見れば彼女の影が消えていた。
「成程ね」
影が消えたのを見て何を仕掛けてきたのか気付いた。
「お得意のあれね」
「そうよ」
沙耶香はその問いに答える。それも一人ではなかった。
彼女は何人もいた。複数の蓮の上の一人ずつ、幾人もの沙耶香がいたのであった。
「さて、これならどうかしら」
「愚問ね」
その問いにうっすらと笑って返す。彼女にとってはこれはもう見慣れたものであった。だから今更何も驚きはしなかったということである。
「この程度じゃ」
「驚かないのね」
「勿論よ。まさかそれで私を倒せるというのかしら」
「そうよ」
余裕の笑みを浮かべて述べる。
「すぐにわかるわ」
「面白そうね。それでどうするのか」
「来なさい」
その笑みのまま依子を挑発してきた。スーツのズボンにポケットをしたまま平気な様子で。
「その蝶達で」
「言うわね。面白いわ」
「面白いのね」
「ええ」
宙に浮かんだまま妖しく微笑んで見下ろしてきた。
「死ぬつもりだなんて」
「さて、それはどうかしら」
だが沙耶香はまだそう返して余裕を見せ続ける。
「そう簡単にいけばいいけれど」
「貴女の考えがね」
依子はその蝶達を放ってきたのを見ても沙耶香は動かない。無数の蝶達が今依子の身体を離れて沙耶香に襲い掛かる。だがそこで彼女の思わぬことが起こった。
「むっ」
「やっぱりね」
沙耶香はその蝶の動きを見て確信の笑みを浮かべてみせてきた。
「こうなったわね」
蝶達は沙耶香の分身達にそれぞれ向かう。そしてそのまま完全に分散したのであった。
これこそが沙耶香の狙いであった。彼女はこれを狙ってあえて分身の術を使ったのである。そこには彼女自身の読みと計算があったのだ。
「どういうことなの、これは」
「蝶よ」
沙耶香は言った。
「蝶!?」
「そうよ、蝶だからこうなる。読み通りね」
「一体どういうことかしら」
「蝶は花に集まる」
あの美人との情事の中で気付いたことであった。蝶は花に集まるのだ。それはどうしてか、そこまでわかっての分身であったのだ。
「だからよ」
「花に。つまり貴女ね」
「そうよ。そしてその集まる理由は」
「何かしら」
「色よ」
沙耶香は答える。
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