ViVid Record
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第一話 二人の聖王と一人の覇王
前書き
Vivid2クール目はよ
「見てイゼットくん! ねこさん!!」
陛下は嬉々とした表情で頭に乗せている一匹の黒猫を見せてくれた。 金色の絨毯に身を預ける姿、実に心地良さそうで、羨ましい。 陛下も頭に乗せた黒猫を撫で、その艶やかな毛並みに満足して笑みを浮かべている。
けど僕は陛下が黒猫の毛を撫でるたびに臓器の一つや二つ口から飛び出ていきそうな感覚に見舞われる。 別に危険生物を扱っているわけではなく、近くにロストロギアの反応を感知してるわけでもない。
ただ、純粋に、
「陛下、その木から降りてもらえませんかね....?」
高さ十メートルを超える木に片手で掴まっているのを安全だと判断することが出来ないだけだ。
「すごいんだよねこさん! こーんな大っきい木をぴょんぴょんぴょーんって登っちゃったの!」
「その猫と同じように木を登った陛下も凄いですよ」
「えへへっ」
照れ隠しにか、陛下は猫を撫でながら頭をかいた。 この高さで両手放しをするとは......恐れ入って背中に嫌な汗をかいてしまう。 本当に止めてくださいお願いします。
猫並みに身軽な陛下へ惜しみ無い拍手を送りたい。 同時に今すぐ落下すれば無事では済まない木から陛下を降ろしたい。 葛藤———は生まれない。 本能的に後者を選択し、早急に陛下に声をかける。 聡い陛下なら危険性を理解して降りてくれるだろう。
「陛下、そこは少し危ないのでこっちで猫と遊びましょうよ」
「うん! さあ、行くよねこさん!」
黒猫を両手でしっかりと抱え、下着の見える姿勢でこちらへジャンプしようとする陛下。 最大限、陛下の顔しか見ないように努め、着地の補助に魔法を発動する。 地面に弾性を持たせ、着地の衝撃による怪我を防ぐ。
「....................イゼットくん」
「なんでしょうか陛下」
「こわい」
高さ十メートルを超える木から飛び降りるのは怖くて当然。 陛下は何も悪くないし、悪いとすればあの黒猫だ。
黒猫は理不尽だと主張したいのか、威嚇の鳴き声を一発入れてきた。 魔力で威嚇仕返す。
こんなくだらないことより、陛下を如何に安全な方法で怖がらせず降ろすか問題だ。 まずどうやって木に登ったかを聞いてそこから解決方法を見出そう。
「陛下陛下、陛下はどうやってそこまで登ったのですか?」
「......走って登ったの。 ねこさんを追っかけて」
「......マジですか陛下」
予想以上にアグレッシブな方法だった。
鉄筋コンクリートなどならば魔力の電気変換を応用して壁走り出来ないこともないけど、木を走って登ったとなると素の脚力の強さが尋常じゃないことになる。 ノーヴェさんを師匠に置いた日頃のトレーニングの成果は目覚しい。 むしろ目覚し過ぎて陛下の女の子らしさに支障を出さないか心配だ。
走って登ったならその逆で走って降りて......ダメだ、陛下にそんな危険なことさせれない。 学院内は基本的に飛行魔法禁止だし重力操作魔法なんて使えないしどうしたものか。
「そうだイゼットくん、ダルマ落としだよ!」
「ダルマ落とし?」
「イゼットくんの切断砲撃で木をスパッと。 去年の合宿みたいに!」
さすが陛下は言うことが違う。 伐採する案など考えもつかなかった。 学院内の木を勝手に伐採するのはちょっと戸惑いもあるけど、陛下のためなら仕方ない。 無断伐採は陛下の安全を優先しましたと言えば聖王教会運営のStヒルデなら許してくれる....はず。
だって相手は”陛下”だから。
でも緊急自体とはいえ陛下の立場を利用するのは気持ちの良いものじゃない。 可能なら木を伐採せず陛下を安全に木から降ろしたい。 それに、
「管理局との友好記念樹を切り倒すのはなぁ......」
仮にも聖王家の血を引く僕の手で学院と管理局の友好記念樹を伐採とか酷い冗談だ。 笑い話にもならない。 木の大きさからしてそこそこ樹齢はありそう。 たぶん僕らの生まれるずっと前、学院創立前後に植樹された思われる。 あれっ余計伐採しにくくなってきた。
陛下の言う切断砲撃は砲撃魔力を刃のように飛ばす技術だ。 一般的に想像される”魔力を束ねて撃つ”よりかは”魔力の圧縮して塊を撃つ”に近い。 結局どっちも砲撃魔法に殆ど変わりないけど。 違いは前者はミッド式に多い砲撃で後者はベルカ式に多い砲撃だってくらい。
手加減出来ないのはもちろんベルカ式。 切断砲撃なんて甲冑や障壁ごと相手を....と真っ黒な開発歴史が残されてる。 木を伐採する平和利用法を考えた陛下を見習ってほしい。
問題は切断砲撃を撃った後、後ろの立派な建造物はどうビフォーアフターするかだろう。 そこそこの出力を出せば木を貫通して建物を切断する、絶対。 出力を抑えれば建物は無事、でも木は切れない、絶対。 細かい出力の調整は膨大な魔力量のせいで無理。 困った。
「——あ! イゼットくん! 切っちゃうよりいい方法思いついちゃった!」
「本当ですか陛下? よろしければその案をボクに教えてくださると幸いです」
「イゼットくんの魔力糸を伝ってするするーって木から降りればいいんだよ。 前に管理局の人やってるのテレビで見たんだぁ」
「陛下、あれは”空飛ぶ陸戦魔導師”と呼ばれる空挺部隊です。 厳しい訓練を積み重ね取得した技術と思われます。 真似るのは難しいですよ」
「絶対、大丈夫!!」
陛下は可愛らしくウインクをして成功を確信している。 相変わらず心の中を身体で表現する癖のせいで枝から手を離してグッと手を握りしめている。 こちらは心臓をグッと握り締められている気がしてならない。 あと何気に空挺まがいのことを可能だと言ってるあたりやはりオリヴィエ陛下の遺伝子を持っている人だと窺える。 見よう見まねでエレミアの技を扱うオリヴィエ陛下と同じく見よう見まねで空挺の真似事をしようとする陛下。 どちらも天才の部類だ。
「陛下が大丈夫と言うなら大丈夫ですね。 その言葉を使う限り、あなたは失敗しません。 さあ、どうぞ」
各指から虹色に輝く十本の魔力糸を生成し、陛下の跨る太い枝に結びつけ、束ねる。 膨大な魔力から生み出される簡単には千切れない、強靭な魔力糸の完成。
がんばる、と全身から満ち溢れる自信を原動力に陛下は危なげに枝から離れ、魔力糸に掴まる。 魔法でも料理でも一度見れば完璧にコピーする陛下なら、魔力糸に掴まったその瞬間に成功が約束される。 後は陛下が大地を踏むのを待つだけ。
「あ、猫さん——」
残り三メートルほどの位置で黒猫が陛下の頭から飛び降りた。
もちろん陛下はそれを見事にキャッチした。 見事な反射神経だと思わざるを得ない。
しっかりと”両手”を使ってキャッチした陛下を——
「——!!」
黒猫を抱えたまま頭から落ちる陛下を認識した瞬間、言葉にするよりも先に、身体は動いていた。
◆
目を覚ませば白い天井。 視界の端では見慣れた幼馴染が顔を覗き込んでいた。 特に心配してるような表情ではなく、真顔だった。 感情表現を上手く出来ないのを抜きにしても完璧な真顔だった。 だがその表現からは”何があったか早く説明しろ”という無言の圧力を感じたので、短く経緯を説明する。
「——で、落ちてくるヴィヴィオさんのクッションになろうとしたら、勢い余って木に激突。 ヴィヴィオさんは無事であなたは額から流血、衝撃で気絶ですか」
「陛下が無事だったなら額からの流血なんて安いものさ。 大した怪我じゃないしな」
「陛下が無事だったらそれでいい? その陛下は”イゼットくんが死んじゃう!”って大泣きしてあなたを保健室に運んで来たんですよ。 守るべき存在を大泣きさせるってどうなんですか?」
「うぐっ......」
陛下の安全を最優先にクッションになろうと飛び込んだら木に額をぶつけて、額から生温かい液体の流れるのを肌で感じ意識が飛んだ。 自分で説明しながらなんとも情けない奴だ。 今時、漫画の主人公だってそんなギャグシーンは見せない。
「まったく......シルトブレヒト家の名が泣きますね。 普段のトレーニングを怠るからこうなるんです。 このダンベルを貸してあげますからトレーニングしなさい、今すぐに」
「おいおいアインハルト、このダンベルなんで五十キロもあるんだい? てか持ち歩いてるのか」
「魔力を込めると重くなる仕組みなので普段は五キロ程度です。 持ち運び楽々、いつでもトレーニング出来ます。 教科書より軽い物を鞄の中に入れるなんて考えられません」
五十キロの文字が刻まれたダンベルを小指でクルクル回す幼馴染——アインハルト・ストラトスの脳筋発言に言葉を失う。 覇王の直系イングヴァルト家の人間だから仕方ないと思っていたが、最近は血筋とか関係無しにアインハルトは純粋に脳筋なんだと直感的に感じることが増えた。 困ったら直ぐ覇王断空拳を使って問題解決を図るのはイングヴァルトの血よりアインハルトの脳筋が強く影響しているんだろう。
会話の時間も惜しいのか、ダンベルの数を増やしてジャグリングし始めたアインハルトに姿の見えない陛下の居場所について尋ねる。 心配してくれるその気持ちは嬉しいが、陛下をいつまでも心配させておくわけにはいかない。
「アインハルト、陛下は今どこに?」
「ヴィヴィオさんなら家じゃないですかね。 あまりの泣きっぷりだったのでリオさんとコロナさんを呼んで帰宅を推奨しましたから、二人がヴィヴィオさんを慰めながら家に帰ったと考えるのが妥当でしょう」
「......そんなに?」
「あの大号泣でなぜ目覚めなかったのか疑問に思う程度には。 よかったですね愛されてますよ」
失態だ。 陛下をそこまで悲しませていたとは。
僕は陛下を守れて満足してても、悲しませてしまったらまるで意味の無い行動になる。
逆に陛下を傷つけているだけ。 咄嗟のこととはいえ、もう少し場に合った判断を出来てもよかった。 それを可能にする能力が自分には備わっていた。 魔法を使えば陛下も僕も安全にことを済ませられたが、規則を破ってはいけない——この考えが判断を鈍らせた。 間違った行為ではないにしろ、柔軟な判断の出来なかった頭の固さには悩む。
欠点はご先祖様譲り、か。
「手当てしてくれてありがとう、アインハルト。 僕は陛下の家に行くよ。 心配させたこと、謝らなきゃ」
「礼には及びません。 それより聞いた話ではあなた謝る必要無いですよね。 むしろヴィヴィオさんがあなたに謝る点の方が多いような」
「陛下を心配させた時点で罪なんだよ。 少なくともオリヴィエ陛下の加護で存続してきたシルトブレヒト家としてはね」
「......つまりあなたはシルトブレヒト家としてヴィヴィオさんに謝ると」
アインハルトの目つきが鋭くなった。 ダンベルジャグリングを止め、此方をじっと見つめてくる。 幼馴染だからよく分かる、この反応。 アインハルトは——怒ってる。
ああ、これはボクの言い方が悪かった。
「言い方悪かったね。 陛下には”イゼット”として謝るつもりだよ。 罪の意識を感じたのはシルトブレヒトとしてかもしれないけど、シルトブレヒトよりイゼットで僕を見てくれる陛下に家の意識で謝るのは失礼だからね。 当然、イゼット個人の意識で謝る」
「なんだ分かってたんですか。 よかった......これでシルトブレヒト家として謝るなんて言った日には断空拳のサンドバックにしてました」
鋭い目つきはいつもの何も考えていないような目に戻り、シャドーボクシングを始めた。 返答次第でこの打撃全てを断空拳として自分に叩き込むつもりだったと思うとゾッとする。 対聖王を意識した覇王の連撃にはさすがに”鎧”が耐え切れない。
覇王ではなくアインハルトとして、ご先祖様ではなくイゼットとして。 僕らを過去の人間に重ねず、現代に生きる一個人見てくれる陛下に対して個人ではなく家で接する......怒って当然だ。 陛下の気持ちを裏切るのと同等の行為を、アインハルトが許すはずない。
深呼吸を一回、自分の中をもう一度整理して、ベッドから起き上がる。 ご先祖様の記憶と僕の気持ちが混ざってないかを今一度確認する。 僕やアインハルトを始めとする記憶伝承者の面倒なところだ。 自分の意志だと思っていたのは実は伝承された記憶に意志を呑まれていただけでした、という事例は存在する。 だから一度、頭の中を整理しなければならない。
......よし、これはボクの意志だ。
「それじゃ」
「あ、待ってください。 私もご一緒します。 保健委員は怪我人の面倒を見る義務がありますからね」
「別に保健委員だからってそこまでする必要はないよ? アインハルトだってやりたいことあるでしょ」
「私にトレーニング以外することあると本気で思ってるんですか」
幼馴染はどうやら甘い青春を捨てているようだ。 そんな柄の人間でないのは百も承知だが、トレーニング以外すること無しは正直どうかと思う。
当の本人は気にする素振りもなく素早く荷物をまとめ、早く準備しなさい、と目で合図を送ってくる。
急いで制服のズレを直し、忘れ物はないか鞄の中を確認してアインハルトと保健室を出る。 生徒玄関まで直線に続く長い廊下を二人並んで歩く。
「血筋ってのも大変だよねぇ。 覇王の子孫のアインハルトも聖王の子孫の僕も血筋で振り回されっぱなしでさ」
「私は覇王の血筋、気に入ってますけどね。 ......血筋と言えばあなた”聖王の鎧”を持ってるのに木に激突して気絶してましたよね。 あれは完全自動防御なのでそういうのには無意識に発動すると記憶してますが」
「発動するな! って強く思えば発動しないんだなこれが。 特に陛下のためなら簡単に発動を中断可能な」
「聖王女......ヴィヴィオさんに対する執念は凄まじいですねあなた」
「アインハルトもな。 陛下探してストリートファイトなんて普通考えないし」
「......クラウスのせいですね」
「......ご先祖様のせいだな」
難しいことはお互いのご先祖様のせいにしておく。
窓の外、中庭に建てられたオリヴィエ陛下の像が苦笑いしたように見えた四月下旬の午後三時のことだった。
後書き
こんな感じでのんびりやっていこうと思います
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