黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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21部分:第二十一章
第二十一章
沙耶香は一人昼のけだるい雰囲気の酒場に向かった。そこでは一人の美貌の女が一人で座っていた。
黒い髪を長く伸ばしている。その髪は縮れていて如何にもスペインの女といった感じである。その顔立ちもメリハリが利いて一見すると気が強そうである。浅黒さの入った肌と高い鼻に紅の唇。はっきりとした顔立ちの美女であった。
白い背中が見えて体型のはっきりと見える上着に赤いひらひらとしたスカートを身にまとっている。黒いヒールを履いている。
沙耶香は彼女に目を止めた。そのまますっと影のように近付いて声をかける。
「もし」
「はい」
彼女は沙耶香の言葉に応える。沙耶香はじっとその目を見てきた。
「似ていますね」
「誰にですか」
「いえ。実はですね」
そっと彼女の側に寄ってまた言う。
「お時間は」
「間も無くシェスタね」
彼女はうっすらと笑みを浮かべてこう返してきた。
「それで充分かしら」
「はい。それでは席をお借りして宜しいでしょうか」
「向かいの席ね」
「ええ。駄目ですか?」
「初対面なのに大胆だこと」
「大胆にいくのが情熱ではないのですか?」
沙耶香は口元に紅の薔薇を溶かし込んだような笑みを浮かべて述べてきた。その薔薇を楽しむかのように。
「違うのですか?」
「ふふふ、わかっているようね」
美女はその言葉に頬を緩ませる。彼女の笑みは誘うものであった。
「貴女は恋、いえ心を楽しんでいる」
「ええ」
沙耶香はそれに応えながら彼女の向かい側に座ってきた。座りながら言葉を交あわせていく。
「その通りです」
「その貴女がどうして私に声をかけてきたのかしら」
「花を愛するからです」
彼女を見ながら言う。
「それでは駄目でしょうか」
「率直ね。それは何処の流儀なのかしら」
「日本です」
沙耶香はじっと彼女の目を見て述べる。
「ですがそれ以上に私の今の貴女に対する気持ちそのものです」
「女でも?」
「女だからです」
既に答えも決まっていた。
「貴女だからこそ」
「大胆ね。女が女に声をかけるなんて」
「いけませんか?」
「ここはスペインよ。情熱の国だけれどそれはあくまで男と女のこと」
くすりと笑いながら述べる。
「女と女については違うわよ」
この国は元々カトリックの倫理が非常に強い国である。その為同性愛に関しても厳しい部分があるのである。それを今出してきたのである。
「それについてはどうかしら」
「神ですか」
「そうよ。神はどうするのかしら」
「これですよね」
懐から何かを出してきた。それはロザリオであった。
銀色の救世主が捧げられているロザリオであった。それを美女に見せてきた。そのうえでまた笑うのであった。
「ロザリオですね」
「はい。これを」
ここで沙耶香はそのロザリオに光を当ててきた。すると銀のロザリオは金の三日月に変わったのであった。
「この世の摂理は儚く変わるもの。この月のように」
「手品かしら」
「いえ、魔術です」
そう返す。
「貴女に捧げる魔術。そしてこれも」
三日月から手を離すとそれはゆっくりと浮かび上がった。すぐに彼女の首にかけられたのであった。
「貴女に相応しいものを」
「私になのね」
「駄目ですか?」
「贈り物にしては。何か刺激的ね」
「刺激こそが貴女に相応しいのです。そう、愛には」
「では。何処で?」
「何処でもいいです」
沙耶香は言う。
「何処でもなのね」
「二人きりで。いいですか?」
「柔らかなようで強引ね。何時の間にか貴女の中に引き込まれているわ」
「そうでしょうか」
妖しい笑みを彼女に送ってとぼけてみせる。
「けれど。面白いわね」
「面白くはないのですよ」
しかし沙耶香はそれは否定する。
「面白いものではなく」
「愉しいものなのね」
「そうです。ではこれから二人で」
じっと目を覗き込む。そのまま琥珀の瞳の奥まで覗き込もうとしているかのようであった。
「宴へ」
「ええ」
こうして沙耶香はこの美女を篭絡することに成功した。女同士ということを一旦は拒んでみせた彼女も沙耶香の言葉の前に陥落した。そして二人は豪奢なホテルのベッドの中で二人並んで寝ていたのであった。
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