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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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25部分:第二十五章


第二十五章

「私がどうして今もこうして立っていられるか不思議ではなくて?」
「黄色い薔薇に護られていてそのせいよね」
「そうね。けれどそれだけではないわ」
「もうユニコーンの角はない筈ね」
 妖鈴はそれも知っていた。ユニコーンの角はそうはありはしない。幻想世界に僅かに棲むユニコーンから一つしか取れないものだ。ユニコーンは優雅な外見だがその角を剣に使って戦うことも可能でありまた己を害さんとする存在を事前に察知することもできる。だからユニコーンの角を手に入れることは極めて難しいことなのである。だからこそユニコーンの角は魔術師の世界でも滅多に手に入ることのない貴重品なのである。
「それでどうしてそう言えるのかしら。それにまだ立っているなんて」
「後で教えてあげるわ」
 そう妖鈴に答えるとまた右手を掲げてきた。そうしてそこに出すのは。
「これでね」
「白薔薇ね」
「これで決めるわ」
 沙耶香は白薔薇を胸の前に構えて言った。
「いいわね、これで」
「そうね。それで決められるのならね」
 妖鈴はその白薔薇を見ても笑っていた。それは余裕故の笑みであった。
「決めてみればいいわ」
「わかったわ。それでは行くわ」
 右手をスナップさせてその白薔薇を投げた。それはあらぬ方向に飛んでいた。しかしそれが投げられると妖鈴の声がしたのであった。
「私の場所がわかっていたのね」
「ええ、そうよ」
 沙耶香は悠然と笑って妖鈴に対して答えた。
「この薔薇は何処に隠れていても相手を正確に狙うものなのよ」
「貴女みたいね、それは」
「美女は逃さないのよ」
 悠然と笑ったまままた言ってみせる。
「私も私の薔薇もね」
「それはいいことよ。ただ」
 それでも妖鈴の余裕は変わらないのであった。
「その薔薇は果たして私のところまで辿り着けるかしら」
「白薔薇が貴女の牡丹に耐えられないということね」
「ええ。果たしてそれは上手くいくのかしら」
「いくわ。何故なら」
 ここで沙耶香が動いた。
「動いたのね」
「ええ。何処にいるのかはわかるわね」
「わかるけれどそれはどうでもいいわ」
 ここでも余裕が見られる。やはり妖鈴は己の勝利を微塵も疑ってはいないのであった。それは牡丹故であった。
「私は貴女の手の中に抱かれて優美に死ぬのだから」
「それもいいけれど断らせてもらうわ」
 沙耶香の声とそれを発する口元が笑っていた。
「まだ楽しみたいことが世の中には多いのだから」
「そう。それでどうするのかしら」
 妖鈴はその沙耶香に対して問う。
「これからこの闘いを」
 白薔薇が消えた。それを見た妖鈴の顔に妖しい笑みが宿った。
「最後の白薔薇も消えたというのに」
「誰がそれで最後だと言ったのかしら」
「最後でないというのね」
「その通りよ。何故なら」
 ここで瞬間移動をしてみせた。そうして妖鈴の真後ろに立ってみせた。
「まだそんな術を使えるだけの体力があるというのね」
「その理由ももうすぐ話してあげるわ」
 振り向いてきた妖鈴に対して答える。彼女はそのまま沙耶香を抱き締めようとしていた。毒に満ちたその身体で。
「それならこれで」
 牡丹が彼女の身体に触れる。そうしてその妖美な香りを強くさせる。その香りと共に沙耶香を抱いて死に至らしめようというのだ。
 しかしそれよりも沙耶香の方が早かった。もうその右手に白薔薇を持っているのだった。
「さっきの薔薇は囮よ」
「囮だというのね」
「今この時の為に」
 己に迫る妖鈴に対して告げる。
「囮にしたのよ。そうしてこの薔薇で」
「その薔薇で」
「チェックメイトね」
 一言告げると目を赤く輝かせたうえでその白薔薇を妖鈴の胸に刺した。まるで捧げるように。
 黒いドレスの胸に白い花が飾られた。それは全ての終わりを告げる贈り物であった。それを受けて妖鈴の動きが止まった。そうして沙耶香の前にゆっくりと崩れ落ち彼女に抱き締められるのであった。その瞬間にそれまでそこに満ちていた牡丹の花びら達は落ちた。そうして地面に溶けていくように消えていくのであった。まるで雪の様に。
「終わったわね」
「そうね」
 沙耶香に抱き締められた妖鈴はまずは彼女の言葉に頷いてみせた。
「見事だったわ。こうして私を抱き締めてくれるなんて」
「言った筈よ。私は美しい女性は粗末にはしないわ」
 そう妖鈴に声をかける。
「だからよ。魅力的だったわ」
「有り難う」
 あらためて沙耶香に対して礼を述べる。
「闘いの後でそんな優しい言葉をかけてもらったのははじめてよ」
「そしてこれが最後になってしまったけれど」
「最後でも。聞けたのはいいことよ」
 うっすらと笑って沙耶香に述べる。
「そうではないかしら」
「それはそうね。ところで聞きたいことはないかしら」
「最後に。そうね」
「ええ。あるわね」
 そう妖鈴に対して問うた。
「だから。言ってみて欲しいのだけれど」
「言っていたけれど私は全身あらゆるものが毒なのよ」
 それを言う。だからこそ彼女は毒婦と呼ばれてきたのである。そうしてその毒を自在に操り敵を次々と葬ってきた。そうして上海の黒社会を全て手中に収めた。それはもう沙耶香も知っていることであった。
「それこそ髪の毛一本で池の中の鯉達を全て殺してしまえる程のね」
「それは知っているわ」
「それでどうして貴女は平気なのかしら」
 彼女が聞きたいのはそこであった。
「私を抱いた時はユニコーンの角だったわね」
「ええ」
 その言葉に答える。次第に血の気をなくしていく妖鈴の顔を見ながら。
「それを使ってならわかるけれど」
「それでも一本全ていったのよ」
 沙耶香はこう妖鈴に述べた。
「あれは本来僅かな量で毒を消すもの」
「そうね」
 これは妖鈴も知っていた。ユニコーンの角はそれだけの効果があるのだ。だからこそ誰もが欲しがるのである。毒消しには最高のものの一つだからだ。
「それでも貴女の為に一本全ていったのよ」
「私との一夜の為に」
「ええ。その一夜の為にね」
 そう妖鈴に教える。
「それだけの価値があったわ」
「また御礼を言わないといけないわね」
 沙耶香の今の言葉にまたうっすらと笑った。少しずつ死に近付いていっている為にその笑みにも力がなくなってきていた。
「その言葉には」
「本当だから。貴女は最高の美女だったわ」
「有り難う」 
 そうしてまた礼を述べるのだった。
「その言葉も忘れないわ。それで」
「ええ。それで」
「今度は何を使ったのかしら」
「丹薬よ」
 沙耶香の返答はこうであった。
「丹薬ね」
「そう。それを使ったのよ」
 妖鈴の耳元でそれを語る。
「これでわかったわね。それも僅かしかないものを手に入れてね」
「そう。それで私の毒を消していたのね」
「そうでなければ危なかったわ」
「どうやら。私の毒もまだまだだったみたいね」
「いえ、そうではないわ」
 その言葉は否定するのだった。
「もう少しで私も危なかったわ」
「もう少しだったのね。では今は」
「何とかね。丹薬がもっていてくれているだけよ」
 それでも構わずに妖鈴を抱き続ける。まるでそれで何もかも惜しくはないように。
 
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