ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第109話 全ての始まりの街
~第1層 はじまりの街~
その後4人は、このアインクラッドのスタート地点であり、全てが始まったあの第1層 はじまりの街に降り立った。それは、実に数ヶ月ぶりの事。
今回、この層に降りた理由は ユイには、《友達》を探そうと言う事になったからだ。
……正直、ユイの症状には不可解な点が多い。
精神年齢が退行している、と言うよりは 記憶がところどころ消滅しているようなのだ。それを改善させる為にも、ユイの親族。恐らくは、はじまりの街にいるであろう保護者を。本当の保護者を見つけたほうがいいと判断した。それは、満場一致だった。
ユイにママ、パパと慕われたアスナやキリトは、少なからず思うところもあるが、ユイには必要な事、ユイの為。そう言い聞かせたんだ。その気持ちはリュウキやレイナにもよく判る。でも、最善の策が何なのかは はっきりとしているから。
「……ここに来るのも久しぶりだな。情報の提供はアルゴに任せているしな」
「リュウキもそうか。まぁ、ここにいる人たちは基本的に危険を犯したりはしないから、大丈夫……と思うからな。でも、一応皆、武装出来る準備はしておいてくれよ」
「うん。判った」
「そうね。ここは軍のテリトリーだし……何事もないとは到底思えないもの」
この街は、アインクラッド内において最大の都市だ。
武器防具、戦闘に関する物資の類に限っては、上層と比べるべくもないが、必要機能は他のどの街よりも充実している。物価も遥かに安く、宿屋の類も大量に存在しているのだ。だからこそ、効率を考えれば、このはじまりの街をベースタウンにするのが最も適している。10000ものプレイヤーの数を最初に降り立たせる為の街だから、考えれば当たり前とも思える。
だが、人はそう簡単に割り切れる者ではない。
……この層、この街は あの日。《2022年 11月6日》運命の日、全てが始まった場所。
だからこそ、戦う事が出来るプレイヤーの大多数は、この層で留まってはいないのだ。
「お姉ちゃん。……何だか、もうずっと前の様な気がするよ。……私」
「そうね……、ここから始まって……本当に大きく変わったから。この世界は勿論、私も……」
「私達だよ。……私だって同じだもん」
アスナとレイナは、この巨大都市であるはじまりの街の空を見上げた。思い返すのは、あの日の自分たちの姿だ。
――……実業家と学者の間に生を受けたのが、アスナとレイナ、結城明日奈と結城玲奈。
だからこそ、物心着いた頃から両親の期待を強く感じて育ったんだ。そして歳も近しい姉妹だからこそ、切磋琢磨に互いに向上心をもっていけるとの眼差しを受けた。……物心着いた時、自分たちが双子の姉妹でなくて良かったと、アスナもレイナも殆ど同時期に思っていたのだ。最愛の妹、姉を蹴落とす様な事にならなくて良かったと。……幸いにも、彼女達の学業はなんら、遜色なく どちらかが優遇されたり、比べたりされる事は、微塵も無かった。もしも、そんな事になれば、姉妹関係が変わっていたかもしれない。
それが恐ろしくて堪らなかった時期だってある。
いつ、自分が、自分たちが変えられてしまうか……と。
――……環境は人を変える。
彼女達はその事をよく知っているから。
その後も親達の期待には答えながら、囁かな楽しみとして玲奈から美味しいお菓子の話、料理の話、おしゃれの話、など話す事をしてきた。
玲奈は、気さくで友人達も多い。友人としてでも付き合うのは親の言いつけ通りと言われているが、玲奈は明るく優しい性格だから、本人は自覚してないけれど、皆が慕っている。……光には、常に皆が寄り添うもの、だから。
――……でも、明日奈はそうはいかなかった。
長女という立場だって少なからずあったかもしれない。認められた友人とのみの付き合いしか出来ないし、何処か凛とさせたその佇まいは他の人達を疎遠にさせたのだ。恐らくは、容姿からも高嶺の花だと位置づけられたのだろう。……妬む様な声も聞こえなかった訳ではないから。
あの時の自分達であれば、恐らくこの後も全て両親の決めた通りに進んでいくだろう。それは玲奈であったも例外ではない。姉の背中をずっと見てきた彼女だから。
幾ら明るい性格、慕われたとしても 裏切る様な真似だけは絶対に出来なかったから。
……そのまま、両親の決めた相手と結婚をしてしまったら、自分はきっと自分よりも小さなとてつもなく小さく、硬い殻に押し込められて、永遠にそこから出ることが出来ない。
どちらもその想いが胸に留まっていたが、その恐怖心が顕著に現れているのが姉の明日奈だった。
だからこそ、玲奈はSAOの話を、ナーヴギアの話を兄から聞いた時。
楽しそうに話していたその姿を聞いた時、思い切って姉と一緒にやろうと決めた。……小さな世界ではなく、無限に広がっている世界。例え仮想世界だとしても、無限の可能性を秘めているその世界を見て少しでも心に安らぎを持つことができればと。……明日奈自身も、普段見たことのない世界を見てみたい。ただそれだけの気持ちで了承をした。
――……そして、あの日から、少女達は姿を変えた。
明日奈はアスナに、玲奈はレイナに。
見知らぬ街、見知らぬ人々の間に降り立った時の興奮は忘れられるものではないし、鮮明に今でも覚えている。
だけど、あの運命の日。
初めて別世界に降り立ったあの日の内に、全てが変わってしまった。この世界の神らしい者に残酷な現実を突きつけられて。
レイナはずっと後悔をしてきた。
姉のアスナと一緒に暮らしてきたからこそ判る。レイナ自身も1週間、2週間と自体が改善の兆しが見えない状況に発狂しかねない程のパニックを味わっていたんだ。……その原因が、誘った自分だったから。
人生の終焉とも言えるその悪夢の世界に誘ったのが自分なのだから。
アスナを立ち直らせたのは、妹であるレイナの存在もある。そして、あの引きこもっていた宿から自分を出したもの。……当初最も強く抱いていたのは《黒い思念》だ。
現実世界でいる親、そして友人達の顔を思い浮かべる日が続いたのだ。失望している、嘲笑している、哀れんでいる。それらの黒い思念が脱出という決意を固めさせた。
必ず取り戻してやろうと、レイナと強く思って。
そこから……様々な出来事を経験し、派生していったのが《双・閃光姉妹》アスナとレイナだった。
「………」
「レイ」
アスナは、レイナの肩を掴んだ。
その彼女の顔からきっと、あの時の事を思い出しているのであろうと想ったのだ。
「私達は違うよ? あの時とは。だって……レイも私も一緒でしょ? ……何が一番大切なのか、わかった今はさ……。それに、私はレイにすっごく感謝してるんだから。……レイが誘ってくれたおかげで……だもん」
「お姉ちゃん……う、うん。」
とても大切なもの。
……それは、互いに隣に立っている者達の存在だろう。レイナに限っては、優しくしてくれた事や、無意識に一目惚れと言う切っ掛けはあった。そして、心の底に懊悩を抱えている少年を助けて上げたい。
自分を、救ってくれたからこそ……。
アスナは、一日を生きる事、世界が変わったとしても、この世界で生きている事を教えてくれた存在がいた。
2人のおかげで、2人を追いかけたい、2人の様に、生きたい。……2人の傍で。彼女達がそう思った時から、アスナとレイナの日々の色彩を変えたんだ。大切な人が、愛する人が傍らにいてくれる限り……世界は無限に広がっていくんだ。
「ママ? おねぇちゃん??」
ユイは、2人方に顔を向けた。キリトの背におぶられながら。
「ん。何でもないよ?ユイちゃん」
「……うん! そうだ。ユイちゃん、見覚えのある建物とか、あるかな?」
笑顔のまま、そう答える2人。人の笑顔に何よりも反応を見せているユイ。その顔を見てニコリと笑顔になって、言われたとおりに周囲の建物を見渡した。
「うー……、わかんない……」
笑顔だったけど、見渡し、思い出そうとしたせいか、難しい顔になっていた。
「まぁ、はじまりの街は恐ろしく広いからな」
「ん。……慌てる事無いよ。ゆっくりと行こう。時間をかけて、な?」
「うんっ」
キリトがユイの頭を笑顔で撫で、リュウキが落ち着かせる様にこう答えた。難しい顔をしていたユイだが、ふにゃりと表情を緩ませるのだった。
「そうだねー! あちこち歩いていればそのうち何か思い出すかもだし、4人で散歩する気分で行こう。ユイちゃんもその方が楽しいよね?」
「うんっ、おねぇちゃんっ ユイもいくっ」
ぱぁ、と花開く様に笑顔を見せてくれるユイ。レイナもそれを見たらつられて笑顔になる。何処か落ち着きだって取り戻すことが出来るんだ。
「よーし、進路は南南東! 出発っ」
「おー!」
アスナの一声で4人は大通りに向かって歩き始めた。
その中で、少々訝しい気持ちで改めて周囲を、広場を見渡した。……人が少ないのだ。意外な程に。
この層は、一番最初の層であり、拠点となる層、何より 現実世界から、初めて降り立つ街。どのダンジョンを経由する必要もなく降り立つ事が出来る街だからこそ、一番の安全地帯なのだ。
だからこそ、戦えない者達はここにいるハズなんだけど。
「ねぇ、キリト君、リュウキ君」
「ん」
「どうした?」
アスナは、2人に問いかける。この層に関してを聞くためだ。
「ここって、今 プレイヤーは何人くらいいるんだっけ?」
「ん……、生き残ってるプレイヤーが約7000だ」
「そうだな。それに軍も含めたとしたら、その中の3割。2000人弱ってところかな?」
アスナの問に2人はそう答える。何度頭で計算しても間違いないのだ。だけど、メンバーの中で一番先頭にいたレイナが声をかけた。
「でも、その割に……人がいないよ? 前に来たときは簡単な露店だって開いてたし……NPCのお店しかないよ?」
「ん。……確かにな。不信には思っていたが……、マーケットの方はまだ行ってないだろう? そっちに集まっているかもしれないな」
「そうだな。あれ? リュウキはこの層のイベントとか覚えてないのか?」
「……無茶言うな。全層の情報を全て把握してる訳無いだろう?」
「あはは、でも 前に遊びに行った時のイベントは殆ど覚えてなかったっけ?」
「……まぁ あれは中層の位置だからな。流石に最下層である1層に関しては……、ここは広い分イベント量も多いんだから」
「……どっちにしても凄いって言うのは判ったわ。リュウキ君は……試験テスト勝負してみたいって思っちゃった」
アスナは、リュウキの記憶力、暗記力のよさに舌を巻いた様だ。だからこそ、学生テストで競ってみたいと想った様だ。
「オレは一抜けたっと……」
「テスト、か。基本的な学業は、必要最低限な物しか習得してないからな」
キリトはテスト、という単語を聞いてそうそうに手を上げた様だ。……ゲームの世界で学業の事を考えてくないのは皆同じだろう。リュウキ自身は、その年齢からは普通は考えられないが、もはや就職をしているも同じなのだ。プログラマー、そして必要ならばシステムエンジニアの等も、それなりにはこなしている。
「へぇ……レイにも聞いてたけど、やっぱり凄いね。何を持ってるの?……っと、現実世界での事はマナー違反だったね?」
アスナは思わず口を閉じた。でもリュウキは別に問題ないと想っている。
「アスナは、家族だろう? ……気にしなくていい。ユイもレイナも。キリトだって、もう親族だ。……そうだろう」
「……うんっ!」
「あはっ! そうだねっ!」
「はは……なんかそう言われるとむず痒いものがあるな。」
「みんな、えがおっ! ユイもうれしいよ」
人気のない大通りの中で陽気な笑い声が響いていた。でも、次第にその声は静まり返っていく。
何故なら、キリトの背に身体を預けていたユイが瞼を閉じ、眠ったからだ。その顔を見て、アスナはふと口に出してしまう。
「ねぇ……もし、ここでユイちゃんの保護者が見つかったら、その……ユイちゃんを置いてくるんだよね……?」
「………」
その表情を見て、皆アスナの気持ちが判った。キリトは、アスナをいたわるようにその黒い瞳を向けた
「別れたくないのはオレも一緒さ。……何で言うのかな。ユイがいることで、あの森の家が本当の家になったみたいな……そんな感じがしたもんな……」
「それは判るよ。オレも……な」
きっと、ユイだって同じ気持ちになってくれている。とも何故だか強く思えた。……誰かを慕う気持ちはよく判っているつもりだから。
「……悲観する事ないって思うよ。確かに私だって寂しい。でも、会えなくなるってわけじゃないんだしね?」
「そうだな。ユイなら記憶を取り戻しても、きっとまた訪ねてきてくれるさ」
「ん……、そうだよね。ありがとう、皆」
アスナは、そう言って礼を言うと、再び場に笑顔が戻ってきた。ユイの寝顔も……心なしか笑顔になった気がしていた。そして、更に奥へと歩いてきたところで。
「ん……、漸く人の気配がしてきたな」
「そうだな」
リュウキとキリトが歩を停めてそう呟く。レイナとアスナは全くわからなかったから、これはスキルによるものだと直ぐに判った。索敵スキルだと。
「凄いねー、リュウキ君もキリト君も、目に見えない気配を感じたり出来るんだ?索敵スキルって」
「熟練度が980はあるからな。便利だぜ?」
「それに、ソロには必須だったスキルだからな」
「……そう言われたら寂しい気がするから、止めてくれ」
思いっきり上げているから……、ちょっとそう思っちゃった様だ。
「ん? そうなのか」
リュウキは、何かおかしい事言ったか?的な顔をしてるのだった。
「でも、あのスキル上げるのは大変だよね……」
「そうだよ。地味すぎて発狂しちゃうってものよ。……でも、それはそうとして、ここはただの路上なのに、なんで隠れてる必要があるのかな?」
都会の路上に静寂な空気が流れ込む。その時だ。 突如、その雰囲気を壊すような声が聞こえてきたのだ。
『子供達を返してくださいっ!!』
そう遠くはない所で、女性のものと思われる声が響いてきたのだ。その声を訊いただけでよく判る。只事ではないと言う事が。
「っ!! 皆っ!」
「ああ!」
「うんっ!」
「向こうだ!!」
4人は、声がした方向へと向かって一斉に駆け出した。木立の間を縫い、さらにその先の市街地に入って、裏通りを抜けていく。索敵スキルを最大限に利用して、最短距離をショートカット。NPCの出しているショップの店先や民家の庭などを突っ切って進むうちに、前方の細い路地を塞ぐ一段が目に入った。……目算で10人前後、灰緑色と黒鉄色で統一された装備。それがなんの団体なのかは、もう人目見れば直ぐに判る。……あの第75層の迷宮区でも見ている団体。
そう《軍》のものだった。
その一団の前に1人の女性が立っていた。服装から、軍のメンバーでは有り得ないだろう。
「おおっ、保母さんの登場だぜ」
軍の連中の1人が、下衆びた声を発しながら剣を担ぐ1人の男に、気圧される事なく、言い返す。
「子供達を返してください!」
まるで躊躇せずに硬い声でそう叫んだ。恐らくは見えないが、言葉のとおりなら、その集団の先に子供がいるようなのは間違い無いだろう。
「人聞きの悪い事を言うなって、すぐに返してやるよ。ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな?」
「そうそう、市民には納税の義務があるからな」
男達は『わははは』、甲高い声を上げていた。固く握られた女性の拳がぶるぶると震える。
「ギン! ケイン! ミナ!! そこにいるの!?」
軍の男たちの向こうにそう呼びかけると、すぐに怯え切った少女の声で応えがあった。
「先生! 先生……助けて!」
「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」
「先生……だめなんだ……」
今度、聞こえてくるのは絞り出すような少年の声だ。
「くくく」
道を塞ぐ男の1人がひきつるような笑い声を吐き出すと。
「あんたら、随分と税金を滞納してるからなぁ……、有り金全部じゃ足りないよなぁ?」
「そうそう、装備も置いていってもらわないとなぁー? 防具も全部、何から何まで……」
そこまで聞いて全て判った。この連中は、少女を含む子供たちに着衣もすべて解除しろと要求しているのだ。
常軌を逸しているとも言える。
現実世界では、性犯罪者として、吊るし上げ、たたき出せる事も出来るが、この世界ではそれは無理なんだ。犯罪防止コードが発動するのは一例だけであり、こうして狭い路地に閉じ込められてしまえば、何も出来ない。
……だが、それはあくまで地面を移動する場合においてのみ可能な悪質行為。一部始終を聞いていた4人は、無造作に地面を蹴る。敏捷力と筋力補正を前回にして跳躍した4人はいとも容易く10はいるであろう集団と彼女を飛び越したのだ。
全員、突然何が起こったのか判らない。そんな中で、レイナは あまりの恐怖から装備を外そうとしていた少女の方を見てかがみ込みながら言う。
「もう、大丈夫。大丈夫だからね? 装備を戻して」
その慈愛に満ちたかの様な笑顔は、少年少女達を安心させるのには十分だった様だ。慌てて、足元に放置した装備を拾い上げてウインドウを操作しはじめた。
「おい……おいおいおいおい!!」
漸くその時 われに帰った郡プレイヤーの一人が喚き声を上げた。
「何だお前らは!? 軍の任務を妨害すんのか!」
甲高い声が再び響く中で、リュウキはため息を吐く。
「……《軍》と言うより《下衆》だろ。烏合の集が」
1人では何も出来ない。それは当然だ、だからこそ、皆で協力をしあって行くのだから。
だが、この手の集団はそんな綺麗事ではない。……弱者を蔑み、いたぶる連中。まだ、殺人を犯さないと言う意味では、殺人ギルドに比べたらマシと言えるがただ、殺人をしていないという意味だけであり、同等も良い所とも言えるのだ。
永遠に、まさに奴隷扱いも出来るのだから。
「んだと! コラァ!!」
リュウキの声が聞こえたのか、一際高い声を荒げる男が前に出てこようとしたが、1人の男に止められた。
「まあ、待て。……あんたらは見ない顔だけど、解放軍に楯突く意味が分かってんだろうな? 何なら本部でじっくり話を聞いてもいいんだぜ?」
「軍、ね……随分変わったもんだ。キバ、何とか、だったか?」
「……ほう、キバオウさんの事を知ってるのか。なら話は判るじゃないか。あの人が解放軍のトップ。逆らわない方が身の為だぜ?」
リーダーの細い目が凶暴な光を帯びた。腰から大ぶりのブロードソードを引き抜くと、わざとらしい動作で等身を手のひらに打ち付けながら歩み寄ってくる。
その剣の表面が低い西日を反射してギラギラと光っている。殆ど使用していない新品のものだと言うのが一目瞭然だ。
ただの一度も使用したことのない武器。つまりは実戦経験は皆無。命のやり取りと言うものをした事が無いと言う事。
「それともこの場でやっちまおうか? ……圏外にでも行ってよぉ?」
そこまで言ったところで、後ろの彼女達が切れた。
ぎりっ、っと歯を食いしばられたアスナ。そして、あまりの怒りからか、固く握り締めている右拳がブルブルと震えているレイナ。
「……キリト君とリュウキ君は、ユイちゃんと子供達をお願い」
「……宜しくね」
鬼気迫るその気迫。そして憤激は限界を超えている様だ。
いつの間にか実体化させていた細剣をアスナとレイナは殆ど同時にシンクロさせる様に、片手で担ぐと……その細剣に光の輝きを纏わせて。
ほぼ同時に、閃光たる一撃を放つ。
その輝きは、正確に男の胴体部、そして頭部にあたり、吹き飛ばした。
「ぐぇぇ!!」
突然、まさか攻撃をされると思わなかった男は、倒れたまま、中々起き上がることが出来なかった。他の連中も状況が飲み込めず、口を半開きにしていた。その閃光の凄まじい輝き、二重の爆発。
男のいかつい顔がさらに仰け反り、中には思わず尻餅をついていた。
「そんなに戦闘がお望みならお相手するわよ、……態々フィールドに行く必要なんかないわ」
「そうね。街中でだって、実体験出来る。……HPは絶対に減らないし、安心でしょ?」
「そう、その代わりに永遠に続く」
揺るがない歩調で近づく2人。
吹き飛ばされたリーダーの男はようやく糸を悟ったように、唇を震わせた。犯罪防止コード圏内では、武器による攻撃をプレイヤーに命中させても不可視の障壁に阻まれ、レイナが言うようにHPが減る事はない。
だが、勿論これには裏の意味もある。
つまり、何度攻撃しても犯罪者カラーに落ちることもない。そして、何よりも……。
「……HPは減らないけど、一撃一撃は、ノックバックを発生させる。……圏内戦闘は恐怖を植え付ける」
アスナの一撃と共に、再び男は吹き飛ばされた。模擬戦として活用される圏内戦闘。
だが、ソードスキルの威力によって、発光、そして衝撃……ノックバックが発生し、そのHPが減らないと分かっていても耐え切れるものではないのだ。……特に、一度も実戦を経験してない様な輩には。
「ひ、ひあ! や、やめっ……!?」
アスナの追撃、そして倒れてもなお容赦なくレイナに更なる追撃をされてしまい、その度に甲高い悲鳴を上げていた。
「……あの子達の恐怖は、こんなものじゃない」
レイナは、後ろで震えていた少年少女達の顔を、あの顔を思い浮かべながら、ギリっと歯を食いしばり、更に追撃を加えた。
「お、お前ら! 見てないで……なんとかしろっ……!!」
その声に漸く反応した軍の男達は、其々装備を取り出して構えた。その中で使用した事がある武器を持つ者は皆無であり、全員の装備は新品の仕様そのものだった。南北の通路からも、ブロックしていた連中が走ってきた。まさか、この人数差で反撃を食らうとは思ってもいなく、想定外の自体だったからだ。
人数差は圧倒的。
だが、アスナは狂戦士時代に戻ったような爛々とと光る目を向けていた。レイナは、比較的にアスナを抑えるストッパーの様な役割だったんだけど、今回はまるで、アスナのそれが伝染ったかのように、アスナ同様に目を輝かせていたのだ。
「……アリ対ゾウ、だな。オレ達の出番は無さそうだ」
「ゾウ、って言うよりゴリラ……」
「………そんな事言って大丈夫か? 後で大変だと思うけど」
リュウキがキリトにそう言うけど、キリトはまさか、2人が聞いてる筈ない、とタカくくっていたようだけれど……。キリトは、確かに見た。
正に閃光の如き速度で敵を蹴散らしている2人だったんだけど……一瞬だけ、その速度を止め、こちらをギロリと睨んでいるのを。
「うげっ……」
「ご愁傷様」
「だ、で、でも、リュウキだって……」
「んー、でもオレの方は睨んでなかった様だけどな」
「ぐぅ……」
そのゴリラと言う表現が拙かった様だ……。聞かれるような距離じゃないって思えるのだけれど、聞かれた以上は、仕方がない。《後悔後に立たず》、と言うヤツである。
「ま、まぁ、それはそれとして……、どうだ?ユイ。ママとお姉ちゃんはすっごく強いだろう?」
「……う、ん」
ユイも呆然と見ていた。始めこそは、彼ら軍の連中の事もあり、表情を強ばらせて黙っていたけど、今は大丈夫のようだった。
そして、更に3分後。
我に返った2人は足を止め、剣を下ろす。
もう、死屍累々……、自分の脚で立っている軍の者は1人としておらず、虚脱して転がっているだけだった……。
「ふぅ……」
「ん……」
大きく、同じように息をついて、細剣を鞘に収めて、改めて振り返ると……、そこには絶句して立ち尽くす少年少女、そして女性プレイヤーがいた。
「あ……」
「っ……」
この時、2人は、やってしまった!感に苛まれていた。あの時、恐怖の対象であった筈の軍の連中を瞬く間に蹴散らしたその姿は、子供達にはどう写っただろうか?……更に怯えさせてしまっただろうと、想い俯かせた。
だが突然、子供達の先頭に立っていた少年が目を輝かせながら叫ぶ。
「すっげぇ……! すっげえよ! お姉ちゃん達っ!! 初めてみたっ!!」
その歓声に続いて、他の子供たちがわっとアスナとレイナに一斉に飛びついていた。そう、子供たちにとっては、悪者をやっつけてくれたヒーローの様に見えていたのだ。
自分たちの為に、やっつけてくれた事はよく判っていたから。
「あ、あぅ……っとと」
「あ、え……えへへ……」
2人して、困ったように笑っていた。そして、子供たちを心配して駆けつけた彼女は目に涙を溜めながら両手を胸の前で握り締めていた。
笑顔が絶えなかった、そんな時だった……ユイに変化が起こったのは。
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