黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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5部分:第五章
第五章
「こんなのって」
「だよな。何がどうしちまったのか」
「車も動かせないし。どうなるんだろう」
「ああ、車なら大丈夫だぜ」
ここで彼氏が女の子を宥めるように言ってきた。
「本当!?」
「タイヤ替えたからさ。スパイクタイヤ」
「ああ、あれね」
完全に冬用である。他にはチェーンもある。冬でも車は動かせることは動かせる。しかし何分雪に慣れていない為かなりの混乱が起こっているのである。
「あれしたからよ」
「そうなの」
「今度それに乗るかい?」
「お願いできる?もうこんな有様だから」
「いいぜ」
彼氏は優しい言葉でそれに頷いてきた。雪に対しては不平に満ちていても仲はいいカップルであるようだ。それは実に微笑ましいことである。沙耶香には全く無縁の世界であるが。
「明日な」
「そうね、今日は」
「このまま帰るか。何処か寄るか?」
「渋谷に出ない?」
女の子はここでこう提案してきた。
「渋谷に」
それを聞いた沙耶香の目がピクリと動いた。彼女はずっと二人の会話を聞いているのである。
「そこでどうするんだ?」
「だって。寒いから」
彼女は言う。
「そこの酒場で楽しく飲んで温まろうよ。どう?」
「悪くないな」
彼氏も笑顔でそれに応えてきた。
「じゃあ飲んだ後は代官山で二人で温まろうな」
「馬鹿」
話はそちらに行った。二人はそんな話をしながら姿を消した。後には沙耶香が残った。
「お酒、ね」
女を楽しんだが今日はまだそれは楽しんでいないことに気付いた。見ればもういい時間である。空は暗くなろうとしていた。だがその逢魔ヶ時にも紅の雪は降り続けるのであった。まるでその雪自体が魔物であるかのようにだ。
沙耶香は酒もまた好きだ。思うと急に飲みたくなる。それで足を新宿にある行きつけの酒場に向けるのであった。
その途中であった。ふと声をかけられた。
「そこの貴方」
「私かしら」
その声に顔を向ける。見ればショートカットで制服を見事に着こなした婦警であった。歳は二十程であろうか。キリッとした顔立ちにその制服の着こなしがよく似合っている。同時に初々しくもある。
「そうです。・・・・・・って」
「私は女なのよ」
呼び止めた婦警が戸惑っているのを見て妖艶に笑って述べてきた。
「わからなかったかしら」
「え、ええ」
婦警は戸惑ったままそれに答えてきた。
「まさか。こんな」
「それで私に何の用なの?」
逆に彼女に問い返す。
「職務質問かしら」
そう彼女に問う。
「そうです」
その婦警はすぐに答えてきた。
「最近不審者も出没していますので」
「では私はその不審者だというのかしら」
沙耶香は笑ってそう尋ねてきた。しかしその婦警は相変わらず真面目なままであった。
「そうは言っていません」
きっぱりとした声でそう答えてきた。
「調べさせて頂いてからそれはわかります」
「そう。だったら」
彼女はここで懐に手を入れた。そしてパスポートや免許証を財布から出して見せるのであった。
「これでいいかしら」
「え、ええ」
それを見せられた婦警はキョトンとしながらも答えてきた。
「宜しいです。経営コンサルタントなんですか」
「そうよ。何に見えたのかしら」
「何と言われましても」
戸惑いを見せたまま答える。
「ちょっと。言葉には」
「ホストか夜の世界の住人に見えたのね」
「いえ、それは」
「隠さなくていいわ」
言い訳をしようとする婦警に笑ってこう述べてきた。今度の笑みは妖艶なものであった。
「そう思うのが普通だから。この外見だと」
「はあ」
「それでね」
今度は沙耶香が問うてきた。
「その不審者ってのは何なのかしら」
婦警の目を見詰めて問うてきていた。じっと離さずに。
「よかったら教えてくれないかしら」
「貴女にですか」
「そうよ」
また答える。
「いいかしら。それで」
その瞬間目が赤く光った。それが婦警の目に映った瞬間に彼女の目の光は消え去ったのであった。
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