黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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2部分:第二章
第二章
鶯谷。側には寛永寺や上野公園があるこの場所は観光とは別の目的でやって来る者が多い。
この駅の西側はホテル街である。そこではよく風俗嬢が立っていたりホテルの中から呼ばれたり客と待ち合わせをしていたりする。そうした場所なのである。
鶯谷のホテルは同じ東京にあっても巣鴨や大塚、渋谷のそれとは少し違っている。大塚や巣鴨のそれがどちらかというと機能的で渋谷が洒落ているが鶯谷は風情がある。和風のホテルが結構あり浴衣が置かれているホテルも多い。今その和室の中で一人の女が布団型のベッドから半身を起こしていた。
黒く長い髪を下ろしそれが身体を半ばまで覆っている。顔は白く面長でその肌の白はまるで雪の様である。紅の小さな唇は今東京を支配している雪と同じ色であった。
目は切れ長の二重でまるで絵に描いたように流麗な線を描いている。その上にある眉も同じで細長く何処か妖しい形をしている。妖艶な顔をしていた。
その黒髪から見える肢体は見事なまでに整いまるで彫刻のようである。やはり白い肌に大きく形のいい胸が見える。下半身は布団の中にあり見えはしないがきっと素晴らしいものであるのだと想像させられる。そうした美女であった。
美女はそのままの態勢で煙草を口に咥えていた。そこから青い煙が部屋の暗がりの中に漂っていた。
その横には一人の女が横たわっていた。布団の中で虚ろな目を見せていた。
「どうだったかしら」
美女はその虚ろな目になっている女に対して問い掛けてきた。煙草を口から外し右手に持ってきていた。
「私の味は」
「これが女の人なんですね」
「そうよ」
美女は女の言葉に答える。答えながら女に顔を向けてきた。
「味わったのははじめてかしら」
「はい」
女は彼女のその言葉に頷いてきた。
「最初部屋に入った時はまさかと思いましたけど」
「女だとは思わなかったのね」
「ええ。だって」
「そうよね。ここに来るのは大抵男だから」
美女はそう女に返した。
「ないわよね。そうでしょ?」
「はい」
女はそれに答えてその顔を美女に向けてきた。見れば二十代半ば程であるが童顔で可愛らしい感じである。何処かあどけなく垢抜けてはいない。しかしそうした女もここには案外多いものである。女という生き物は外見だけではわかりはしない。それは男も同じであるが。
「この商売は男の人が相手ですから」
「普通はね」
美女はそれに応える。女は実はホテトル嬢である。客が待っているホテルの部屋に向かうか待ち合わせをして相手をする。そうしたタイプの風俗なのである。東京ではこの鶯谷の他に大塚や巣鴨、そして渋谷に多い。東京にはこうした店もかなりあるのだ。
「けれど女の人も」
「いいものでしょ」
「ええ。何か男の人よりもずっと」
「病み付きになったかしら」
美女は彼女のそんな言葉を聞いてその流れる目をうっすらと細めてきた。
「はい、何か」
女は彼女の言葉に答える。
「今までにないことでしたし」
「御主人や他の男の人とどちらがよかったかしら」
美女はさらに問うてきた。
「どちら?」
「貴女です」
女は声も濡らして言ってきた。
「それもずっと」
「そう」
彼女はその言葉を聞いて満足したようであった。また笑ってみせてきた。
「それは何よりね。それじゃあ」
「ええ」
「また」
そう言って女の上に覆い被さってきた。煙草は闇の中の何処かへと消えてしまっていた。
「しましょう。いいわね」
「はい、また」
覆い被さってくる美女を迎えて女も述べてきた。
「お情けを」
「あげるわ」
そのまま二人は交わりはじめた。女と女の交わりであるがそれを堪能していた。それが終わってからホテルにその美女と女が出て来た。美女は黒いスーツとズボン、白いシャツに赤いネクタイを締めその上に黒い丈の長いコートを羽織っている。まるで男のような服である。
女は白いコートに黒いストッキングとブーツだけが見える。他に見えるのは赤いマフラーだけだ。背は美女に比べるとかなり低い。それで男女に見えないこともない。
美女はホテルの入り口を出ると彼女に声をかけてきた。
「これでお別れね」
「そうですね」
女は名残惜しそうにそれに答える。
「何かあっという間でした」
「ええ」
二人の周りにも紅の雪が降り、そして積もっていた。だが彼女達はそれには構わず話をしていた。
「私もよ」
「そうですよね。何か」
「楽しいことは一瞬で過ぎていくもの」
美女は言う。
「だからこそ素晴らしく、名残惜しいものなのよ」
「ですね」
「だからまた」
声をかける。
「会いましょう。そして楽しい時を」
「はい、また」
入り口で見詰め合う。それから徐々に顔を近付けていく。
唇を重ね合った。美女も女も目を閉じて互いの唇を味わう。それが終わると二人はうっすらと目を開けてお互いを見やる。口を一条の透き通った糸がつないでいたがそれはすぐに消えてしまった。
美女は女の唇を堪能した後で別れを告げその場を後にした。雪の中を滑るように歩いているとそこに一羽の鳥が舞い降りてきた。それは黒い鳩であった。
「あら」
美女はその鳥を見て声をあげる。
「お呼びね。どちらからかしら」
「新宿」
鳥は人の言葉を話した。目が赤く光る。
「新宿ね」
「そう。あの人が呼んでいる」
「わかったわ」
美女はその言葉に答えた。
「じゃあすぐに行くわ。伝言ね」
「ああ」
鳩は言う。
「伝えることは伝えた。では」
「ええ、戻って」
美女は鳩に対して告げる。すると鳩は美女の影の中に飛び込みその中に消えていった。それを確かめてから彼女は右手に青い光を出してきた。
「御呼びとあらば」
その光を前に放つ。するとそれは巨大な渦となった。
そこに入っていく。身体が消えていきすぐに完全にその中に入った。すると渦は消えていき彼女はその場から完全に消え去ったのであった。後には紅の雪だけが残っていた。
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