黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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12部分:第十二章
第十二章
ここには多くの者が集まる。その分だけ人の気配が集まる。そこで怪しい者がいるかどうか探しているのである。
「今日はまだまともに電車動くんだろ?」
「電車はまだいけるらしいぜ」
そんなやり取りが沙耶香の耳にも入る。彼女はそれを新宿駅の西口において聞いていた。
「線路の雪を時々かきながらな」
「やれやれだな」
溜息と共に声があがる。
「じゃあ遅れそうだな」
「それでも車よりましだろ?」
こう返ってきた。
「もう全部チェーンかスパイクタイヤで」
「しかも動く速さはな。半分以下だ」
「首都高速なんか凄いぜ」
「テレビで見たよ、それ」
サラリーマン達がぼやきながら話をしている。
「滅茶苦茶な渋滞だな」
「そうだよね。それもこれもこの雪のせいだ」
「この赤い雪のな」
「そうだよ。何なんだよ、この雪」
嫌悪感を露わにした声が聞こえてきた。
「何時止むんだよ」
「何時なんだろうな」
それは誰にもわからない。わからないからこそぼやくのだ。
「本当に」
「このままだと本当にやばいな」
「そうだな」
そうした声は一つだけではない。心にまで神経を張ればそれで無数の声が聞こえる。かなりの数が雪に関して不平を述べていた。
だがそこに怪しい気はなかった。どれも普通の人間のものであった。少なくとも今の新宿駅とその近辺には怪しい気配はなかった。
「ここにはないわね」
沙耶香はそれを悟った。それで新宿から別の場所に向かおうとした。その時であった。
「むっ!?」
何かを感じた。妖気だ。それは近かった。彼女はそれを見てすぐにそれが何処かわかった。
「あそこね」
沙耶香はそこへすぐに向かった。迷ってはいなかった。疾風のように駆けそこへ向かう。雪の上であってもその動きは変わらなかった。
向かったのは歌舞伎町であった。言うまでもなく日本最大の歓楽街である。だが今の時間はしんと静まり返っている。この街は夜の街だ。朝の街ではない。今はこれといって人もおらず紅の雪があるだけであった。沙耶香はそこに来たのであった。
そこに行くとやはり誰もいない。夜には人が溢れネオンで輝く街も今は紅の雪が降るだけである。沙耶香はその中で今一人気配を探っていた。
「この辺りのようだけれど」
彼女がやって来たのはコマ劇場前だ。歌舞伎町の中でも最も有名な場所である。当然ながらここもまた夜は人で溢れている。しかし今は静かなものであった。人は沙耶香の他にはいない。だが彼女はそこで気配を探る。確実に何かを感じていたのである。
「何処に」
神経を研ぎ澄ます。そして針の音一本でも、鼠の気配一つでも逃すまいとする。するとすぐに前から何かがやって来た。それは白い着物を着た女であった。
「貴女ね」
沙耶香はその白い女に対して声をかけた。
「この気配の主は」
「私が見えるのね」
見れば肌は雪そのもののように白く長く透き通る髪もまた同じだ。ただ目だけが黒い。着物の下にある身体は華奢で今にも折れてしまいそうである。その不思議な女が今沙耶香の前に姿を現わしたのであった。
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