ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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その頃 Ⅱ
前書き
この頃自転車操業なので、いつ更新できるかわかりません。
申し訳ありません。
「デイドラ、特訓をする。何も持ってこなくていいからついて来い」
ノエルは主神が出かけたあと、二階に上がったと思うと、薄紫の戦闘服に身を包んだ姿で下りてきて、デイドラに一方的に言うと、ホームを出た。
今日は何をしようかと、主神のベッドの上で寝そべりながら考えていたデイドラは突然の命令に慌てて、飛び起きると、一応戸締まりをしてからあとを追い掛けた。
「特訓って何をするんだ?」
追いついたところで、デイドラが抱いた疑問をそのまま口にする。
「魔法に決まっているだろう。どんな魔法かわからずに使うつもりなのか?」
「ああ、いや、そういうわけではないけど」
「とにかく、着けば、わかる」
「わかった」
デイドラは素直に答えると、以降二人は目的地まで言葉を交わさなかった。
◇
「ここで、魔法の訓練をここでする」
ダンジョン五階層のとあるルームの真ん中でノエルは足を止めて、振り返ると、言った。
「わかった。で、先ず何をするんだ?」
珍しく興奮を隠せずにデイドラはノエルに言った。
「そう急かすな。先ずは魔力を知ってもらう。詠唱は覚えているな?」
「ああ、【我が――」
ノエルに問われてデイドラは無考えに詠唱を口にする。
「今言うなっ」
咄嗟にノエルはその詠唱を遮った。
「う、うん、発動するところだったな」
突然の怒声に一瞬は驚きをあらわにするも、自分の過ちに気づくと、それに納得して平静を取り戻す。
「別に危ないわけではないが、お前のはまだわかってないことが多い。慎重に進める」
「わかった」
「ああ、先ず詠唱を途中まで、そうだな、【我が身】までしてくれ」
ノエルはまるで今まで何人もの魔法の訓練に立ち会ったことのあるように手際よく指示を与える。
しかし、内心は穏やかではない。
ノエルは以前に【テュール・ファミリア】とは別の中堅のファミリアに所属していたことがあり、そこで魔法の手ほどきを受けたことある。
その手ほどきを今実践しているのだが、何分五年前のことで、ノエルもあまり真剣にしていなかったこともあり、記憶が曖昧で、かなり手探りの状態だった。
しかも、今回の魔法の訓練は今朝ふと思い立ったような突発的なもので、準備期間など皆無に等しかった。
「わかった…………【我が身――」
「なにか感じたか?」
それでもここまで来てやめることはノエルのプライドが許さなかった。
…………勿論、デイドラに情けない姿を見せたくないというプライドだ。
「うん、体のどこかから突然なにかが沸き上がってくる感じがした」
デイドラは感じた感覚を率直に言葉にした。
「それが所謂魔力だ。我々魔法使いは詠唱を紡ぐことでそれを制御しながらも練り上げることで魔法を放つ。聞くだけなら簡単そうに聞こえるが、魔力の手綱を握りながら魔法を練り上げることはかなり困難だ。平行詠唱ができるものが少ないことでわかるだろう」
と、ここで一拍置いてから、
「しかし、幸いにお前の魔法の詠唱は超短文詠唱だ」
と、続けた
「超短文詠唱…………?」
「そうだ。詠唱には長さによって大まかな分類がされていて、短いものからだと、超短文、短文、長文、超長文の四つがある。それで、ほとんどの詠唱は、短文もしくは長文に属しているもので、お前の魔法の超短文詠唱と超長文詠唱はかなり珍しい」
ノエルは脳内では記憶から探り出した知識を自分が自力で修得した知識で補強しながら説明しているが、それを噫にも出さず、淡々と進める。
そのノエルの言葉にデイドラは真剣に耳を傾けている。
このことに気付いているだけに、ノエルは五年前に手ほどきをしてくれた今はどこにいるのかもわからない先輩冒険者に、教わった知識をまるで自力で修得したように説明していることで、少しの罪悪感を覚えながらも説明に熱を込める。
「お前の超短文詠唱は魔力の制御は度外視できるから、超長文詠唱や長文詠唱では必要な継続的な集中を求められないが、瞬間的な魔力調整の能力が必要とされる。詠唱が長ければ、その間に込める魔力の調整は簡単だが、超短文詠唱となると、一気に魔力を練り上げる必要があるから難しくなる」
「調整しなくても、込めれるだけ込めればいいんじゃないのか?」
先生に質問する生徒のような感じでデイドラは言った。
「それは十分に力を持った者がすることだ。お前の場合魔法が発現したばかりで、魔力量は微々たるものだ。それに加え、お前の魔法には懸念事項がある」
「?……懸念事項…………?」
デイドラはノエルの言葉に首を傾げた。
「ああ、お前の魔法に ・発動間代償発生。 ・代償の多寡により火勢変動。 というものがあった。これだけで大体の予測はつくが、実際に発動しなければわからないこともあるかもしれない」
「わかった。なら、魔力を込めずに発動するばいいのか?」
デイドラは得心が言ったように頷いてから、ノエルに訊いた。
「ああ、取り敢えず、詠唱してみろ。詠唱するときは魔力を押さえ込むことを心掛けろ」
ノエルの指示に再び頷いてから、
「我が身を喰らえ」
と、詠唱した。
「っ!」
その瞬間デイドラの足元の地面が赤熱したと思うが早いか、炎柱が衝き立った。
どんなことがあっても取り乱さぬように心構えをしていたノエルだったが、その光景に目を見開き、一瞬ではあるが、固まってしまった。
「デイドラ!大丈夫か!」
巻き起こった風を押しのけるようにしてノエルは炎柱に近付いた。
「だい…………じょうぶ……だから……近づくないでください…………危ない」
そのノエルの耳にデイドラの弱々しい声が届いた。
「本当に大丈夫か?」
デイドラは大丈夫というが、ノエルにとってただ事ではなく、彼を信じていないわけではないが、心配でしかたなかった。
「うん、もうすぐ解ける」
と、デイドラが言うとおり、すでに炎柱は小さくなっていて、デイドラの姿が黒い影として見えるぐらいになり、やがて炎が人の形をとったと同時に、弾けるようにして、炎が掻き消えた。
「大丈夫か」
「少し痛いぐらいだった」
「そうか。しかし、今思えば、お前の魔法には解呪式がないのを見ると、発動時間は込めた魔力量に比例すると考えた方がいいようだ」
ノエルは先程のことを思い出し言った。
「俺もそう思う。沸き上がった魔力が発動している途中に消えていくのがわかった」
「そうか、なら次はさっきより少し多く練り上げてくれ」
「わかった」
デイドラは頷くと、魔力に意識を集中させて詠唱を紡いだ。
そして、ノエルの予想通り、この時詠唱した魔法によって生まれた炎柱の火勢は強くなり、発動時間が長くなった――代償を払うことによって。
先程の発動時もかなりの激痛が彼を襲ったが、デイドラは意志だけでそれを堪え凌ぎ、ノエルに悟らせなかった。
以降は込める魔力量を増やしながら何度か魔法を発動したが、デイドラはノエルを心配させないために激痛で叫びそうになるのを理性で押さえていた。
◆
「帰りに寄るところがあるのだが、いいか」
「大丈夫。で、どこに行くの?」
二時間に渡った訓練後、さんさんと日光がさす中、デイドラとノエルはダンジョンを出て、ホームへは少し遠回りにになるメインストリートを歩いていた。
「今回の訓練で、精神を消費しただろうからな。精神力回復特効薬をな」
「わかった」
と、言葉を交わしてから特に何か話し合うわけでもなく、一〇分ほどが過ぎたところで、ノエルはある建物の前で足を止めた。
その建物は平均的、一般的家屋のような見た目で、【テュール・ファミリア】のようなボロ屋でもないが、きらびやかでもない薬屋だった。
玄関口の上に掲げられている看板には『白蛇の薬院』と書かれていた。
「ここがいつもポーションを買い込んでいるところなのか
」
「ああ、ここのポーションは良質でかなりお世話になっているのだが、入るときに用心しなければならん」
ノエルは少しうんざりしたような表情を浮かべた。
「?」
「入ればわかる」
不思議に思っているような顔をして見上げてくるデイドラにノエルは言って、玄関のノブに手をかけて、引き開けた。
「っ!?」
その瞬間を見計らったように店の奥から高速回転する何かがノエルとデイドラの間をすり抜けて、道に突き立った。
ノエルはまるで動じていないが、反応しきれずに何かに髪を数本切られたデイドラは驚愕して、硬直していた。
驚きの抜け切らないデイドラは油の切れた歯車のようにギギッと顔を背後に向けると、見えたのは日光に刃を煌めかすトマホークだった。
「このっ変態神がっ」
その事実にさらに驚く暇もなく、デイドラは前方、店の奥から女性の怒りの篭った声が聞こえ、そちらに向き直った。
そのデイドラの横ではやれやれといった風に首を横に振るノエルの姿があった。
店の中は外見から受ける印象と違わず、綺麗でもなければ汚くない内装で、部屋を三分の二に分けるようにカウンターがあり――狭い方がカウンターのスペースだ――、カウンターの後ろにある棚には透明の瓶に入った色とりどりの薬品が並べられている。
そのカウンターの中にいる青いローブを纏ったアマゾネスの少女が怒声の主のようだった。
そのアマゾネスは狭いはずのカウンターの中で薬品を器用に避けるようにして、多彩な攻撃を放っていた――老爺に向かって。
しかし、驚くのはまだ早い。
老爺はアマゾネスの絶え間無い怒涛の攻撃を捌ききっているのだ。
「なんで、当たらないのですかっ!」
「ホッホッホッ、攻撃が単純過ぎるのじゃな」
何故か攻撃を加えているアマゾネスの少女が苦渋の表情を浮かべ、攻撃を受けている老爺が平然としている。
時にはデイドラの目にも霞ほど速い攻撃も繰り出されているのだが、
「おっ、今のは筋がよいぞ」
と、やはり何とでもないように老人とは思えない素早い動きで捌く。
「エリザベートっ!」
『キュッ』
少女の声に、一匹のアミラージがカウンターの上に現れた。
普通の兎という愛らしい見た目のアミラージの片手に握られているのは先程と同じトマホークだった。
「っ!」
突然のモンスターの出現にデイドラが咄嗟に腰に手を伸ばした。
が、勿論そこには短刀はない。
「大丈夫だ。あのアミラージはフィーネが調教している」
そのデイドラにノエルは淡々と答えた。
デイドラは、調教に関する知識を持っていて、ノエルの言うことをすぐに理解して、戦闘体勢を解いた。
「フィーネ」が誰かわからなかったが、すぐにアマゾネスの少女のことだとわかった。
「エリザベート」と名付けられたアミラージは容赦なく老爺にトマホークを投擲した。
しかし、老爺は、
「もっと息を合わせんと儂には当てられぬぞ、ホッホッホッ」
簡単に避けてしまう。
トマホークはというと、何かが突き刺さった跡の目立つ壁に突き立った。
「中睦まじいところ悪いが、薬を売ってくれないか」
そこで一段落したと見てか、ノエルはアマゾネスに声をかけた。
「誰が中睦まじいですって!冗談だとしても言わないでくださいっ!」
「ノエルではないか!もうしばらくは見ないと思っておったが、善行をしているといいことがあるものじゃっ」
「あなたがいつ善行をしたっていうのですっ、変態神!」
「おひょっ。今のは危なかったぞい」
恐ろしいほどに切れのいい裏拳を老爺はご老体とは思えないような軽やかなスウェーで避ける。
「アスクレピオス様もご健勝で何よりだ」
「ホッホッホッ、健康の秘訣はやはり女子じゃ」
「そんなこと聞いていない」
アマゾネスの攻撃範囲から退避して、カウンターの端にある丸椅子に腰掛けて言う医神アスクレピオスに素気なく答えて、ノエルは【アスクレピオス・ファミリア】の団長のアマゾネス――名をフィーネ・シーノロク――に歩み寄った。
「だけど、今回は早かったですね。ポーションを沢山使うような状況に陥ったのですか?」
息は少し上がっているものの、ほぼ調子を取り戻していたフィーネはカウンター越しにノエルと向き合った。
フィーネはアマゾネス特有の潤いのある褐色の肌と長く透き通るような黒髪を持つものの、下着同然の布面積の小さい民族的衣装は着ておらず、その艶美であろう身体はローブに覆い隠され、その隙間から除くものさえ長めのパラオで、肌を晒しているところは首元と手だけだ。
そして、口調や服装からわかるように真面目だとわかるが、それは顔立ちにも現れていて、鼻筋が通っていて顎の線がすらっとしているその顔には、大縁の眼鏡がかけられている。
「まあ、そんな鬼気迫るような状況ではなかった。ただ、デイドラの魔法の訓練をしたのだ」
「そうですか。魔法が発現したのですか、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
自分よりも強いであろうアマゾネスに祝い言を送られてデイドラは恐縮して礼を返す。
「それでは、精神回復特効薬だけのお買い求めですか?」
「ああ、五つ頼む」
「わかりました。エリザベート、エリザベス、ジョセフィーヌ」
『『『キュッ』』』
フィーネの呼び声に今度はどこからともなく二匹のアミラージがフィーネの背後にある棚の最下段に、そして一匹がフィーネの横からカウンターに現れた。
二匹のうち一匹が棚の端にある小さい階段を上りはじめ、二段目で横に折れると、瓶に当たらないように棚を駆け抜けて、目的の精神回復特効薬にたどり着くと、それを持って、下に落とした。
それを見ていたデイドラが、あっ、と思う間もなく、下でスタンバっていたもう一匹がそれを華麗にキャッチした。
すると、そのアミラージはカウンターにいるアミラージに投げ渡した。
と思った時には、二つ目と三つ目の薬が棚にいるアミラージによって運び出され、カウンターのアミラージによって並べられていった。
その曲芸師顔負けの業を見せた三匹のアミラージにデイドラは何とも言えない眼差しを向けていた。
「相変わらず働き者だな、フィーネのアミラージ達は」
ノエルは今回初めて見たわけでもないだろうに、感心するように言う。
「ええ、私も含め団員はほとんど店頭に出られないから人手が足りなくなるのだけど、この子達のおかげで助かってるわ、色々と」
と、フィーネが言い終えると、どこに置いているのか、いつの間にかフィーネの隣にいるアミラージがトマホークを取り出す。
「ホッホッホッ、何か落ちておったように見えていたが気の所為のようじゃ」
すると、デイドラも気づかぬうちに、フィーネの足元でしゃがみ込んでいたカウンターの端で座っていたはずのアスクレピオスが立ち上がり、そそくさと所定の位置に戻っていく。
「静かになったと思っていたが、ただ気配を隠していただけか…………私も気取れなかった」
Lv3である自分のレーダーをかい潜る契約していない人間と同じ能力しか持たないはずの神にノエルは感嘆を通り越して少し恐怖を覚えた。
「大変ね、フィーネ」
「これは団長の宿命の一つみたいなものです」
「……そうだな」
自分よりも神に苦労をさせられている【ヘルメス・ファミリア】の団長を思い浮かべながら、ノエルは首肯した。
「はい、どうぞ」
「ああ」
ノエルは差し出された紙袋を受け取り、入れ代わりに代金を払った。
「ちょうどですね。またのご来店をお持ちしています」
「ああ、お互い頑張ろう」
「はい」
ノエルは、フィーネと団長としての別れの言葉を交わしてからデイドラを伴って店を出ていった。
「ホッホッホッ、隙ありじゃっ!」
「ひゃっあ、っーーーーーーーー、またですかっ!」
再び神とその子が戯れ始めたのを聞きながら。
後書き
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