ONE PIECE~26億の少女~
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第一話
すいとカモメが一羽、静かに舞う。空を泳ぐそのなめらかな姿がいつも変わらず好きだった。
ここは“偉大なる航路《グランドライン》”にぽっかりと浮かんでいる小さな島。その島の海岸で、私は空を眺めていた。
私は何故、今この場所で仰向けに寝そべって空を仰いでいるのだろうか。
「はぁあ~……これからどこ行こっかな」
青空に向かって一つ大きく息をつく。
私はこの広大な海原を前に途方に暮れていた。
何処へ行こうなどと考えても、ここが何処だかすら解らないのだから意味はない。しかしそういう事しか呟く事もなく、私はこのだだっ広い世界の中で独りだった。
幼い頃に親を亡くし、独りで夢を見、独りで強くなった。
“ひとつなぎの大秘宝《ワンピース》”。多くの少年と同じく、私の夢もそれだった。海賊にはなれなかったけれど。
連れ出してほしい……いっそ……
誰か、この独りの世界から私を連れ出して……
「誰か居る!!!船をつけてくれ!」
だ、誰……?!
気がつけばズンズンと島に近づいて来る大きな海賊船。やがて、その船は私の居る海岸に着くと、二人の海賊と思しき男性が降りてきた。テンガロンハットを被った黒髪男とパイナップルみたいな頭の二人組。
……何、私殺される?
私は上半身を起こして二人を見つめた。あちらも私を見つめながら近づいて来る。
しかし、私の中で殺されるかもという恐怖感よりも、これが私の憧れた海賊なんだという興味の方が上回ったようで、私はその二人をまじまじと見つめた。
「……おい」
「……くっ…来るなっ!」
しかし声を掛けられた瞬間、私の内に潜んでいた恐怖がどっと押し寄せた。
この声からすると、こいつはさっき甲板から船をつけろと指示をしていた男だろう。
私は身に付けていた銃を引っ張り出して構える。真っ直ぐ二人に向けられた銃。それを持つ手は小さく震えていた。
「……撃ってみるんだよい」
パイナップル男が挑発するように言った。
「……っ」
震えを抑えようと何度も銃を持ち直すも、なおも手は言う事を聞かない。そしてとうとうその引き金は引かれる事なく地面に落ちた。
情けの無い私はヘナヘナとその場に座り込んだ。
やはり二人は少しずつ私に近づいて来る。じりじりと後ずさるも最早手遅れで、二人は手を伸ばせば交わる程の距離まで来ていた。
「……ったく、俺たちゃァ別にお前を殺そうとしてる訳じゃねェんだがなァ」
「見ず知らずの女を殺して何になるってんだよい」
再び銃を構えようと手を伸ばしたが、届かない手は虚しく空を掻くだけだった。
その瞬間、ぼうッと辺りに炎が舞い、視界が真っ赤に染まる。
「……っ!」
私は驚いて目を見張った。
テンガロンハットの男の腕が赤い炎に包まれている。
「腕が……」
私は思わず呟いた。
これはどういう事だ。
一瞬にしてここを包んだ炎。目の前の男の炎に包まれた手。
それは、かつて海賊を目指した私にとって、想像するに容易い事だった。
「あんた、悪魔の実の能力者……?」
「隠してもしょうがねェしな!」
テンガロンハットの男がニヤリと笑う。
悪魔の実。この能力はきっとメラメラの実だ。とすればこの男はあの白ひげ海賊団二番隊隊長、ポートガス・D・エース?そんな男が目の前に立っていると言うのだろうか。佇まいを見るに否定はできない。今は炎で見えないが、そういえばあの船は白鯨船だったかもしれない。となると隣の男は一番隊隊長…?
ゴオオオオっと派手な音を立てて、辺りに益々炎が沸き立つ。
私は暑さと酸素の薄さで意識が朦朧とし始めていた。
「おいエース!流石にやり過ぎだよい」
…………エース…やっぱり……
燃え盛る炎の中、私はパタリと意識を失った。
***
「んっ……」
目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
私が横たわっているのは柔らかいベッド。そのベッドの隣には赤茶色の質素な机が置かれ、無造作に束ねた地図が散乱していた。地図の傍にはログポースとエターナルポースが2、3個。
何となく心地の良い部屋だった。
その心地良さに身を委ねようと再び瞳を閉じた時、私は我に返った。
「……ここ何処?!」
バッと起き上がったその拍子に身体が床に放り出される。床に頭を強く打ち付け、思わず「いっ…!」と声を漏らした。
ジンジンと痛む後頭部を抑えて立ち上がると、部屋の外からドタドタと足音が聞こえた。
やばい。見つかる。
こんな時に私の思考は少しも使えなかった。
見つかる……?いや、そもそもここは何処なんだ?
そんな思考を揉み消すようにバアンと大きく扉が開け放たれた。
「……おっ起きたのか、お前」
ポートガス・D・エースだった。
「君……さっきの…」
特に何かを言おうという気も無かったが、口が勝手に開いていた。
彼はそれには答えずゆっくり私に近づいて来る。
まるでさっきと同じようだった。
ただ一つ違ったのは、
「大丈夫か」
不思議と微塵も感じない恐怖感。
差し出された広い手に有り難く手を伸ばしたが、一瞬思い留まってその手をパシンと振り払った。
「!?」
ポートガス・D・エースは驚いたような半分怒ったような顔をした。
「……君、誰よ?」
一応解ってはいるが、どうしても訊いておかなくてはいけない気がした。それに自分から名乗ってもらわない限り、本当にこの男がポートガス・D・エースなのかも解らない。
「俺ァポートガス・D・エース。この船、白ひげ海賊団の二番隊隊長さ」
やっぱり。ポートガス・D・エースといえば5億五千万の賞金首。どんな悪さをしたらそこまでの額になるというのだろうか。
「白ひげ海賊団……?ここはあの白鯨船の中ってこと?何でこんな所に…!君が連れてきたの?!」
「おい取り敢えず落ち着けって」
「落ち着ける訳ないじゃない!一人で考え事してたらいきなり大っきい船がやってきて変な奴らに絡まれて焼かれて……挙句の果てに船まで運ばれただなんて!!さっさと開放してバカっ!」
人の気も知れず私を宥めようとするポートガス・D・エースに少々腹を立てながら、私は早口で捲し立てた。
それなのに奴は興味津々といった様子で話を進める。
「考え事?」
「何で私は生まれてきたんだろうとかこれからどう生きていこうとかよ!!!……ってあ!」
慌てて口を噤むも時すでに遅し。
ポートガス・D・エースはニヤニヤと性格の悪そうな笑みを浮かべて私を見ていた。
「……へぇ」
「……………何よ」
怒ったように訊く。
「お前、名は?」
私は静かに溜息をついた。
「……リュミエール・C・リシャ」
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