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覇王別姫

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3部分:第三章


第三章

「誰もだ。今我が軍に残っている者全てをだ」
「はい。それでは」
 こうして今城に残っている者が全て集められた。だがそこにいるのは少なかった。今の歌は城の中にいる者達も当然ながら聞いていた。それを聞いて最早戦っても何の意味もないと悟り次々と漢軍に下ったのである。それは漢軍からも見られていた。
「この歌は一体何なのだ」
「わかりません」
 劉邦も張良も何故今楚の歌が聴こえてくるかわからなかった。夜の闇の中でただ歌が聴こえてくる。誰が歌っているのかさえわからないのだ。
「何がどうしてこうなのか」
「王よ」
 将校の一人が劉邦の前に来て片膝をついて一礼した後で報告してきた。
「楚軍の将兵が次々と下ってきております」
「そうか」
「今城に残っている者は僅か」
 将校はこうも報告した。
「如何為されますか」
「明日だ」
 劉邦はそれを聞いて答えた。
「明日城を攻める。よいな」
「はい。それでは」
「明日。全てが決まるのだ」
 彼もまた同じことを言うのだった。項羽と同じことをだ。
「全てがな」
「わかりました。それでは」
 皆劉邦の言葉に頷く。楚の歌を聴きながら。今その楚の歌を聴きながら項羽は皆を城の中に集めていた。宮殿の大広間に集まったその中には将だけでなく兵士達も文官達もいた。入りきれない者達は廊下にまで出ていた。その者達に全て残った全ての酒や馳走が出される。その中心には項羽がいる。彼はその横に虞をはべらせている。彼はまずは皆に対して告げた。
「今までよくやってくれた」
「大王・・・・・」
 皆言葉が中々出ない。今までのことを彼等それぞれが思い出して言葉にならないのだ。楚を出て今まで数多くのことがあった。それを思い出していたのだ。
 それは項羽も同じだった。八千の兵、そして伯父である項梁と共に中原に出て八年。その間に伯父は死に多くの者が世を去っていた。それを思い出していたのだ。
「礼を言う。その皆に今詩を謡いたい」
「詩をですか」
「そうだ。いいか」
「御願いします」
 皆項羽の言葉に応えて頷いた。誰もが表情を静かなものにさせて言うのだった。
「わかった。それではな」
 項羽は彼等の言葉を受けてから顔を上げた。そのうえで言うのだった。

 力は山を抜き気は世を覆う

 時利あらずして騅逝かず

 騅逝かざるを奈何すべき

 虞よ虞よ汝を奈何せん

 最後にこう言い終えた。言い終えると項羽は言葉を止めた。その目から涙が数行下る。それが全てであった。項羽の最後の詩であった。
「その詩。確かに受け取りました」
「礼を言う」
 項羽は己の詩を受け取った彼等にまた礼を述べた。
「今までよく尽くしてくれた。後は好きにせよ」
「いえ、我々もまた」
「ここまで残ってのですから」
 だが彼等は言うのだった。顔を上げて項羽に対して。
「最期まで大王と一緒に」
「どうか。宜しく御願いします」
「・・・・・・わかった」
 項羽は涙を流したままその言葉を受けていた。項羽も彼等も最期を共にする気だった。しかし。項羽にはまだ気懸かりが残っていたのだ。
「虞よ」
 項羽は傍らにいる虞に対して声をかけた。
「汝は逃げよ。それか漢に下れ」
 こう彼女に言うのだった。
「女は。戦で死ぬべきではないのだ」
「いえ」
 だが虞は項羽の言葉に首を横に振るのだった。それまで従順だった彼女がはじめて首を横に振るのだった。
「私も。最期まで大王と共に」
「それができないのだ」
 項羽はその彼女の言葉を退ける。
「だからだ。去るのだ」
「そう仰ると思っていました」
 しかし虞はそう言われても退きはしない。顔を上げたままだった。
 
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