存在しない男
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存在しない男
存在しない男
第二次世界大戦が終わり暫く経った頃のことであった。欧州は戦乱により荒廃してしまったがその中で数少ない例外と言ってもよいのがスペインであった。
といっても戦火の傷跡は根深かった。三十年代の内戦によりこの国もかなりのダメージを被っていたのだ。
内戦にはナチスやソ連も参戦した。特にナチス=ドイツの空爆は酷くそれがピカソの絵画ゲルニカの元にもなっていた。スペイン人であるピカソはこの市民をも巻き添えにした空爆に激しい憤りを感じていたのだ。だがそれがナチスの戦争であり正義であったのだ。それはもう一方のソ連でも同じであった。彼等はあくまで全体主義の正義を貫いただけであった。それにより多くの死者が出ようとも。
そしてこの内戦により一人の人物が権力の中枢に座った。その男の名はフランコ。保守的な軍人でありナチスとも関係のある人物であった。
だが彼はあくまでスペイン人でありナチスのシンパではなかった。ナチスに対しては好意的な態度であったが始終中立の姿勢を堅持していた。彼はヒトラーが何と言おうと参戦はしなかった。そして遂に中立を守りスペインを第二次世界大戦の惨禍から守ったのであった。彼は優れた政治家でもあったのだ。
その彼が統治するスペインでの話である。首都マドリードに向かう汽車の中に一人のジャーナリストがいた。彼はバルセロナへの取材の帰りであったのだ。
「やれやれ」
彼は電車の中で窓に映る景色を見ながらそう呟いた。
「疲れる取材だったな」
バルセロナはマドリードとは赴きが異なる。バルセロナはカタロニアにあるのである。
カタロニアはスペインであってスペインではない。一種独特の場所であった。
ここはバスクと呼ばれる。独立の気風が強く言語も異なっていた。バスク語はスペイン語とも違うかなり独特の言語であったのだ。彼が取材に送られたのはバスク語を話せるからであった。
「だからといって行きたいわけじゃないが」
それが彼の本音であった。
バスクでは何かと物騒な話が多い。元々スペインはあまり治安がいいとは言えなかったがこの地方は独立を目指す勢力が多くこの時代においてもそうした者達が存在した。フランコも彼等には警戒していたのである。
「神は我々に多くのものを与えてくれた」
彼はここでスペインの諺を呟いた。
「美しい恵みのある土地に美味な食べ物。美女、色取り取りの花々」
思いつく限りのものを呟く。
「だが一つだけ与えて下さらなかった」
それは政治だ。しかしそれを言うわけにはいかなかった。
「何時の時代でもだったな。カール五世の時から」
神聖ローマ帝国皇帝である。ハプスブルク家の当主でもある彼の下でスペインは繁栄へと向かいその息子フェリペ二世の時に黄金時代を迎える。だがそれでも彼等は満足しなかった。
「所詮人間が完全に満足できることなんてないのだろうな」
いささかシニカルな考えに至った。そしてそのまま窓を見る。見れば駅に止まった。
「おっ」
彼のいる車両に誰かが入って来た。見れば一人の修道僧であった。彼はみすぼらしいフードに身を包んでいた。
「お坊様か」
スペインではカトリックの力がとりわけ強い。これはハプスブルク家の影響もあった。神聖ローマ帝国の皇帝家である彼等はカトリックの守護者でもあったのだ。従って修道院もそこにいる僧侶も多いのである。
彼は最初その僧侶を見て何も思わなかった。背は普通位で均整のとれた身体つきをしているようであった。
その僧侶が彼の向かいの席にやって来た。そしてゆっくりと座り込んだ。
顔が見えた。僧侶であるから髭はなく清潔な印象を受ける。だがそれ以上に異様なものをその僧侶に感じた。
「!?」
彼はそれの僧侶の顔を見ていぶかしんだ。初老のその男は何故かとても一介の僧侶には見えなかったのだ。
顔はごく普通の顔をしているように見えたが何かが違う。ラテン系の顔立ちではなかった。どちらかというとゲルマン系の顔立ちであった。そしてその目の光も。
黒い瞳から放たれる光は何か異様なものがあった。鋭く、そして爛々と輝いていた。恐ろしい目であった。まるで何かを宿しているように。
(この目は)
彼はその目を見て気付いた。同じ目を持っている者を一人知っているからだ。だが彼は死んだ筈である。
「あの」
彼はその僧侶に声をかけた。かけずにはおれなかったのだ。
「貴方は、その」
僧侶は顔をあげてきた。一言も発しない。そのかわりにその鋭い目で彼を見据えてきた。
「スペインの方ではないのではないでしょうか」
答えない。やはりその目で見据えたままだ。だがその時顔全体が見えた。
髭のないその顔がその人物のものと一致したのだ。彼の頭の中で。
「!」
彼は一言も発しなかった。僧侶も一言も発しなかった。そしてそのまま次の駅に向かう。
駅に着くと彼は降り立った。そしてホームに出る。ジャーナリストはそれを見ていた。
見れば修道僧のそれとは思えぬ程の護衛がついていた。そして彼はその護衛に守られながらその場を後にした。彼はそれをずっと見ていた。
「間違いない」
彼は確信した。そしてマドリードに戻るとすぐに自分の会社に戻りこう叫んだ。
「大ニュースだ!」
「大ニュースだって?」
編集長がそれを聞いてシェスタから醒めたばかりの顔をあげた。太った顔に寝汗が浮かんでいる。
「一体どんなニュースなんだね。バルセロナの取材よりも凄いものなのかい?」
「ええ」
彼は編集長に対して頷いてそう答えた。
「一応バルセロナの記事はここに」
「うむ」
原稿を受け取る。
「カメラマンは何処かね」
「彼は後の車両で来ます。ちょっと寝過ごしたようで」
「まあ仕方ないな」
何処となくのんびりした国である。この程度のことは許された。
「それでは写真は後のお楽しみということで」
「はい」
「今の楽しみを聞かせてもらいたいが」
そう言って身を乗り出してきた。彼は編集長の大きな顔を間近で見ることになった。口から葡萄酒と大蒜の匂いが漂っている。スペイン料理を食べたのは明らかであった。それは彼も同じであった。
「いいか」
「はい」
彼は答えた。まずは真摯な顔になった。
「ここへ戻る汽車でですがね」
「うむ」
「私は一人の男に出会ったのですよ」
もったいぶってそう話す。
「男なぞ幾らでもいるぞ」
編集長はそれを聞いて面白くなさそうに答えた。
「美人だったらよかったのだがな」
「残念なことですが」
彼はそれに対してそう言葉を返した。
「バルセロナの美人は全て私が撃墜してきました」
「それはよかった」
「ははは」
冗談を交えた後で再開した。
「それでですね」
彼は真面目な顔になった。
「うむ」
編集長もそれに合わせる。
「私が会ったその男ですが」
「誰だったんだね」
「一人の修道僧でした」
「カール五世だったとかそういう話だったらもう間に合っているとだけ忠告しておく」
ヴェルディのオペラ『ドン=カルロ』のことを言っているのである。これはヴェルディの傑作の一つでありこのスペインを舞台とした作品である。この中でカール五世が出て来るのである。悩める主人公ドン=カルロを天界に導く霊として。
「残念ながら彼ではありませんでした」
「では誰だ」
「おそらく世界中で知られている者です」
「世界中か」
「はい」
彼は答えた。
「うちの総統ではないな」
フランコのことである。
「御言葉ですが彼よりもずっと有名な者です」
「ローマ法皇」
「それでしたら今頃ここに緋色の衣を着た枢機卿が心配そうな顔でやって来ているでしょう」
法皇ともなるとお忍びでは動けないものだ。
「では誰だ」
「おわかりになられませんか」
「残念だがな」
編集長はいい加減痺れを切らしかけていた。
「ここまで言われても何が何だかわからん」
「そうですか」
「ヒントをくれ、ヒントを」
「死んだ筈の男です」
「死人なぞ今生きている人間より多い。誰でもいる」
「有名な死んだ男です」
「それでもヒントが足りない」
「それではもう一つ」
「今度はわかり易いヒントだろうな」
「はい」
彼は答えた。
「そのものズバリ、です」
「ズバリ、か」
「はい」
ここで頷いた。
「ではそのヒントは」
「十字です」
「十字」
それを聞いた編集長の顔色が変わってきた。
「サービスでもう一つヒントです」
「うむ」
もう編集長はここで彼が何を言うかわかっていた。それを待っていた。
「赤と黒、です」
「よくわかった」
そしてそれを聞いて深々と頷いた。
「彼だな」
「はい。髭はありませんでしたが」
彼はそう答えた。
「あの時死んだと誰もが思ったがな」
「逃げ延びたのでしょう。悪運強く」
「小説ではよくある話だ」
「ですがこれは現実です」
「そう、現実だ」
編集長はここで言った。
「これは現実なのだ。わかるな」
「だからこそ私はニュースだと申し上げたのです」
彼もそう返した。
「わかっているな」
「これでもジャーナリストの端くれですから」
「雇った価値がある。それでは君が次にとるべき行動はわかるな」
「はい」
彼は答えた。
「よし。ではすぐに記事の執筆にかかってくれ。大至急だ」
「わかりました」
こうして次の日センセーショナルな記事がその新聞に載った。あの男が生きていたというのだ。
『本誌の記者○○が先日マドリードに向かう駅で出会った男のことである』
記事はそれからはじまっていた。
『彼が出会った修道僧であるが』
そしてこう続く。記事に載っているのは誰もが知っている死んだ筈のあの男のことであった。
『彼は生きている。そして今このスペインにいるのだ』
これでその記事は終わった。だがそれで充分であった。
その日のその新聞は飛ぶように売れた。そして編集部にも電話や手紙が殺到するようになった。
「見たまえ、これを」
編集長は鳴り響く電話と手紙の山を書いた本人である彼に見せてこう言った。
「君のおかげでこの有様だよ。よくやってくれた」
「有り難うございます」
それを見てまんざらではなかった。にこりと微笑み返した。
「私も会った時はまさかと思いましたよ」
「だろうな。わしなんか会っただけでひっくり返りそうだ」
編集長はそう言葉を返した。
「ひっくり返ったらそのまま立ち上がれなくなるな、この腹のせいで」
そう言いながら自分の腹をさする。見事な太鼓腹であった。
「そうなったら君のせいだぞ」
「どうして私のせいなんですか」
「いやもしかだ」
編集長は笑いながら言う。
「ここに彼が怒ってやって来るかも知れないじゃないか」
「まさか」
「ははは、そんなことは有り得ないな」
今度は自分のジョークに笑って腹を揺らせてきた。
「今頃この記事を読んで腰が抜けているだろうからな、修道院で」
「はい」
答えながらさっきのやって来るという言葉が少し引っ掛かった。
「彼がスペイン語を使えるというのなら」
「彼はスペイン語を話せるのか?」
「可能性はありますね」
そう答えた。
「何でもフランス語やイタリア語も自由に話せたそうですから」
「ふむ」
編集長はそれを聞いて納得した。フランス語とイタリア語はそれぞれラテン系の言葉でありスペイン語にも近いものなのである。
「だとしたらスペイン語もかなり読めるかも知れないな」
「はい」
「まあそれはどうでもいいことだ。彼が今ここにいてもな」
「ええ」
「この記事は君の名前が入っていない」
「はい」
「そして記者の名前も別の名だ。万一のことはない」
「だと思います。だから私もそうしたのです」
「結構。いいか」
編集長は言った。
「この国では少なくとも言論の自由は風の中の羽根のようなものだということはわかっておきたまえ」
「勿論です」
フランコは独裁者である。独裁者の前には言論の自由はないのだ。フランコは独裁者としては穏やかでナチスやソ連のような真似はしたりはしないがそれでも独裁者であることには変わりがないのだ。何時心変わりしてしまうかという恐怖が彼等の中にあった。
「それではな。また頼む」
「はい」
そう言いながら手紙を受け取る。先程編集長が持っていた手紙だ。彼の書いた記事なので彼が受け取ったのである。
手紙はどれも驚きを示す内容であった。だがその中に一つ気になるものがあった。
「!?」
彼はその手紙を読んだ時思わず我が目を疑った。
そこには彼の本名が書かれていた。そしてそのうえで書かれていたのだ。面白かった、実に興味のある話だと。何処か堅い感じのするスペイン語で。
「これは」
彼はその手紙を読んだ時嫌な予感がした。何か不吉なものを感じずにはいられなかった。
それから数日後のことである。オフで自分のアパートでくつろいでいた時であった。彼の部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい」
彼はそれに出た。するとそこには二人の背の高い男が立っていた。
「どうも」
見れば二人共金色の髪に青い瞳を持っている。一目でラテン系ではないとわかる顔立ちであった。
「貴方が○○さんですね」
彼等はここで彼があの記事で使ったペンネームを出してきた。
「はい」
答えながら確信した。彼等があの手紙の主だと。彼等は今それを確かめる為にその名を呼んだのであった。
「わかりました。実は一つ御聞きしたいことがありまして」
「宜しいでしょうか」
彼等は硬いスペイン語で話してきた。流暢なものではなく何処かたどたどしいのである。
「ええ」
彼は不審に思いながらもそれに応えた。断ることができなかったのだ。
そして部屋に入れた。彼は男達と向かい合いソファーに座った。そして話をはじめた。
「あの記事についてお話したいことがありまして」
二人の男のうちリーダー格と思われる男が彼に単刀直入に言ってきた。
「あの記事のことですか」
彼にもそれはわかっていた。
「はい」
そして男達はそれに応えた。そして彼を見据えた。
「宜しいでしょうか」
「ええ」
まさに蛇に睨まれた蛙であった。彼はそれを断ることができなかった。彼等に見据えられると答えられずにはいられなかったのである。
「まず貴方はあの時本当にあの汽車に乗っておられたのですか」
「はい」
彼は答えた。
「間違いありませんね」
「ええ」
認めるしか、答えるしかなかった。
「間違いありません」
「そうですか」
彼等はそれを聞いて頷いた。
「それはわかりました。そして」
今度はもう一方の男が尋ねてきた。男はやはり彼を見据えていた。その目は隣にいる男のそれよりも遥かに剣呑で冷たい青い光を放っていた。
(この男はまずい)
彼はその目の光を見て本能的に悟った。それがよくわかった。
(殺られる)
そう確信した。ゴクリ、と喉が鳴った。
「もう一つ御聞きしたいことがあります」
「はい」
それはまさに異端審問であった。それまで一人でくつろいでいた部屋の雰囲気が急激に凍りついたものになっていくのを感じていた。
「貴方はあの時ある人物に御会いしたと書いておられますね」
「はい」
「それは本当でしょうか」
男は彼を見据えながら問う。その目の光がさらに冷たいものになったと感じた。見れば男は右手をポケットの中に入れている。その中には死が入っているのがわかった。
「どうなのでしょうか」
「あの人物のことですね」
「はい」
「本当のことなのでしょうか、それは」
リーダー格の男も問うてきた。氷の様な声で。死神が鎌を振り上げているのが見えるようであった。
「いえ」
彼はその鎌から逃れることにした。首を横に振ったのだ。
「あれは私の誤りでした。どうやらあれは彼ではなかったようです」
「そうですか」
男達はそれを聞いて笑った。冷たい、仮面の様な笑みであった。このマドリードでは今は霜は降らない。だが今彼は部屋を霜が降らんばかりの冷気が支配していることを感じていた。
「そうですね、それでいい」
「貴方はあの方を御覧になられたわけではないのです」
(あの方!?)
彼はここで男の一人があの方と呼んだのを確かに聞いた。間違いなかった。
「宜しいですね」
リーダー格の男が念を押すように尋ねてきた。
「はい」
彼はそれに頷くしかなかった。そして頷いた。
「間違いありません」
「わかりました」
男達はそれを聞いて会心の笑みを浮かべた。
「そう、貴方はあの汽車であの方には会ってはいない。いいですね」
「はい」
「あの方はここにはおられないのです。そう、亡くなられた」
「はい」
頷くことしかできなかった。
「それこそが真実なのです。唯一の」
「私達はそれを確かめたかったので。確かめることができて本当によかったです」
「わかりました」
彼はここでまた頷いた。
「私はどうやら勘違いをしていたようですね」
「そういうことです。それではこの話はこれで終わりですね」
「ええ」
「それでは」
男達はそれを受けて腰を上げた。そして部屋を去ろうとする。だが扉の前でふと足を止めた。
「おっと、言い忘れていたことが一つ」
「何でしょうか」
「我々は二人だけではないということをお忘れなく」
「はい」
「まあ何もないことを祈りますが。何もね」
「わかりました」
それは明らかな脅迫であった。だが今はそれから逃れることはできなかった。認めるしかなかったのであった。そして彼はそれを認めた。
二人の男は部屋を去った。彼はそれから編集長に何を言われてもその話の続編を書こうとはしなかった。何があろうと書きはしなかった。
暫く彼は常に何者かの視線を感じていた。そしてそれには常に殺気も併せて感じていた。彼はそれが何者によるものか、わかっていた。そして彼はそれを受けて動いていた。
暫くしてそれが急に消えた。ある日朝起きてみるとそれが感じられなくなっていたのだ。
(どういうことだ)
彼はそれを不審に思った。だがこの時彼は知らなかったのだ。南の港から船が一隻出港していたのを。そしてその船がアルゼンチンに向かっているということを。彼はマドリードにいたのではそれは知らなかったのであった。
それから数年後アルゼンチンで奇妙な噂が流れた。半分それは真実であった。
「それは本当ですか!?」
彼はそこで編集長に尋ねた。
「ああ」
彼は頷いてそれを認めた。そして言った。
「君の何年か前の記事だったな」
「はい」
「あれは本当のことだったのかもな」
「・・・・・・・・・」
彼はそれに答えようとしなかった。もうそれについて答えることができなくなっていたのだ。
「どうなのかな」
「わかりません」
彼はそう答えることしかできなかった。
「私があの時会ったのはおそらく」
「おそらく!?」
編集長は椅子に座ったまま彼を見上げて問うた。
「会ってはいけない者だったのでしょう。決して」
「決して、か」
「はい。この世には知らなくていいものが時としてあります」
彼は言った。
「あれはそれの一つだったのです。今ではそう思います」
「そうか」
編集長はそれを聞いて大きく息を吐きながら一言そう言った。
「言われてみればそうかもな。彼はあの時死んだことになっている」
「はい」
「生きていてはいけないのだ。絶対にな」
「そういうことです。歴史、いえ人の世にとっては」
「そういうことだな」
編集長は彼の言葉に頷いた。それから窓に顔を向けた。
「彼は死んだんだ。そういうことになっている。だからあの記事は誤りだ」
「はい。残念ですが」
彼にもそれがわかった。そして彼も窓に顔を向けた。
そこには美しいマドリードの街が広がっている。そこに彼はいた。だが歴史において彼はそこにはいなかった。それが歴史の表における真実であった。
存在しない男 完
2005・5・5
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