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アンジュラスの鐘

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2部分:第二章


第二章

「今鉄すらもないじゃろ」
「ええ」
 何もかもなかったのだ。アメリカには屑鉄の輸出も止められていた。アメリカはジワリジワリと日本を追い詰めていた。ハルノートの前から。それは彼等もよく実感していたのだ。
「じゃからな」
「けどあれはそちらのお寺の」
「何、鐘はまた手に入る」
 だが僧侶はこう返した。
「それに心がある」
「心が」
「信仰は心じゃというじゃろ?」
「はい」
 それはこの若い男もわかっていた。プロテスタントもまた人の心を救う宗教である。
「じゃから。よいのじゃ」
「鐘がなくとも」
「鐘なぞなくともよい」
 彼はまた言った。
「大切なのは心なのじゃ。よいな」
「はあ」
「心、ですか」
 神父はそれを聞いてふと呟いた。
「どうした?」
「いえ、心ですよね」
「うむ」
「心があればそれでいい」
「わしはそう思うが」
「鐘がなくとも」
「本当のことを言うと鐘を出した時は悲しかった」
 僧侶は本音も語った。
「あの鐘は寺にとっては象徴じゃったからな。何よりも誇りじゃった」
「それでも」
「うむ、出した」
 悲しみを堪えて言った。
「これは寺だけの問題じゃからな」
「日本の問題は別だと」
「のう」
 僧侶はそのうえで三人に対して言った。
「さっき御前さんは負けてはならんと言ったな」
 神主に対して言う。
「うむ」
「じゃが。果たしてな」
「その先は言うな」
 神主は僧侶を手で制した。彼が何を言うのかわかっていたのだ。
「滅多なことはな。口にするな」
「それはそうじゃが」
「そんなことは皆わかっておるじゃろう」
 少し俯いてこう述べた。
「鉄すらないのじゃぞ」
「そうじゃな」
「アメリカには鉄でも何でもあるって話ですよね」
「それでもな、戦わなければならんのじゃ」
「そうじゃな」
「そうですね」
 三人は神主の言葉に俯いて答えた。
「さもないと。このまま同じ結果じゃ」
「息の根を」
「それに。大義があるのも事実じゃ」
「はい」
「負ければそんなものなくなるがな。それでも」
「ええ」
「あるのじゃ。わし等の今に」
「私達の今に」
「じゃから皆この戦争に従っておるのじゃろう」
「はい、だから私は戦場に」
「わしは鐘を」
「そして私もまた」
 神父もそれは同じであった。
「そういうことじゃ。日本に生まれたから」
「日本が苦しい時に力を出すのは。当然ですよね」
「わしはな、今まであんたは信用できんかった」
 神主はこう言った神父を見て言った。
「ほれ、そちらの教えは」
「ええ」
「わし等とはちと違う。じゃから」
「私も悩みました」
 彼は素直に自分の心を述べた。
「どうしようかと。それでも」
「日本の為にか」
「そうです、この気持ちは変わりません」
 毅然とした声になっていた。その顔も。彼の顔には迷いはなかった。
「私は神の御教えを日本の為に使います」
「そうか」
「これで少しでも人々の、日本の助けになれば。そう思います」
「そうじゃな。わし等は結局日本人じゃ」
 僧侶が言った。
「その日本の為にわしは鐘を預けたのじゃ」
「心があれば」
「うむ、そう思ってな」
 彼は言った。
「そういえば教会にも鐘はあったな」
「はい」
 僧侶のその問いに答えた。
「あります。お寺のものとは違いますが」
「長崎の教会には一ついい鐘があったな」
「浦上天主堂のでしたね」
「おお、それじゃ」
 僧侶はそれを聞いて声をあげた。
「あの鐘はな。また見てみたい」
「はい」
「この戦争が終わったらな。またな」
「ですがこんな時代ですから」
「それでもじゃ。日本が勝ったらな、また見てみたい」
 彼は優しい目をしてこう述べた。これが彼の本来の目なのであろう。
「それか。わし等の今の思いが正しいならば」
「正しいならば」
「皆で見たいのう。ここにおる皆でな」
「いいかも知れませんね」
 それに最初に応えたのは牧師だった。
「同じ日本人として」
「うむ」
「鐘をな」
「鐘の音を」
「じゃあ戦争が終わった時にここにいる皆で行きましょう」
 神父は話をまとめてこう言った。
「日本が若し間違っていなかったら」
「鐘の音を聴きに」
「長崎へ」
「そうじゃな。佐世保からはちと遠いが」
 神主はここで笑った。
「同じ長崎県じゃというのになあ」
「それはな」
「何でこんなに離れておるのか」
 長崎と佐世保はかなり離れている。かたや軍港でかたや観光もある商業港である。同じ県にあるというのにまるで違っていたのであった。
「まあそれはいい」
「では戦が終わったら」
「皆でな」
「うむ」
 四人は酒を飲みながらそんな話をしていた。戦争がはじまった直後であった。もう港には軍艦は殆どなくなっていた。どの艦も南方に向けて出航していたのであった。
「そうですか、そんなお話を」
 大尉は神父からその話を聞いて何か嬉しそうであった。
「皆御国の為に。動いてくれているのですね」
「それは皆変わりません」
 神父は大尉に対して言った。二人が話す横ではラジオが何かを伝えていた。
「昨日我が帝国陸海軍は」
「皆今がどんな状況かわかっています」
「はい」
「ですから動いているのです。そして戦っているのです」
「日本の為に」
「及ばずながら私も」
 神父もそれは同じであった。何度もそれを自分でも確かめる。
「微力ながら」
「いえ、微力というのはないです」
 大尉はそんな神父に対して言った。
「今は一億臣民が一つにならなければなりません」
「はい」
「そして勝って。大義を示すのです」
「大義を」
「さもなければ。私は意味がないと思います」
「そこまで思われているのですか」
「何があってもそれを伝えることが出来れば」
 さらに言った。
「私はそれでいいと思います」
「わかりました。それでは」
「ええ」
 大尉は頷いた。
 
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