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天上の大空を目指して

作者:白月黒夜
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5.デスゲーム

「信じねえぞオレは」

 その声で、長いようで短かった回想から思考を抜け出した。
 すでに、二百三十名のプレイヤーが脳を焼かれているという。もしかするとその中には知り合いもいたかもしれない。そう考えるとぞっとする。
「くだらねぇことぐだぐだ言ってねぇで、とっとと出しやがれってんだ」
 イベントなんだろ、と声が続く。
 赤髪の青年は、いや、大半のプレイヤーはまだこのことを真実として受け入れられてはいないのだろう。俺も正直こんなことが現実だと思いたくはない。けれど、感情とは別にこれが現実だと訴えてくる。こちらから少しだけ見える青年の横顔には、全て嘘だと言ってくれと書かれているようだった。
 俺を含む全プレイヤーのそんな望みを砕くように、淡々と茅場の声は流れてきた。
 俺たちの肉体、現実にある体は現在、あらゆる企業によってこの状況を繰り返し報道してナーヴギアが強制的に除装される危険性を排除し、そのままの状態で二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へ搬送され、厳重な介護体制の下に置かれるだろうと。現実の肉体の心配はいらないと。
『―――安心して・・・・・・ゲーム攻略に励んでほしい』
 俺は呆然として、その話を聞いていた。こんな状況でゲーム攻略なんてできるのかと。
 無茶苦茶なことには慣れているつもりだったが、まさかこんなことがあり得るなんて・・・・・・。
「こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」
 黒髪の少年の声が耳に届く。
 その声が聞こえていたかのように、茅場の声が告げる。
 プレイヤーにとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームでなくもう一つの現実というべき存在だ、と。
『・・・・・・今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』
 間を置いて無機質な声が続ける。

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 なんて非現実的なんだろう、とどこかぼんやりとした頭で考えていた。
 数字で表示された、明確な命の残量。
 今までとは違う、でも今までと同じ質量の緊張感。幾度となく体験してきた死の恐怖が呼び起こされる。背筋を冷たい汗が流れたように感じた。実際この世界ではそこまで再現されないはずなのに。
 本当の命がかかったゲーム。いわゆるデスゲームというものか。
 こんな状況で、本物の命がかかっているのに自ら危険に身をさらすような人が一体どれだけいるというのか。
 そんな思考を読んでいるかのように、言葉が続けられる。
『―――解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層までたどり着き、最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい』
 場がしんと静まり返った。
 アインクラッド。この城を、100もの層からなる巨大な浮遊城を攻略する。
 またも青年が声を上げる。できるわけがない、と。
 ベータ時代のことはよく知らないが、ネットなどから得た情報によれば、期間中攻略されたのは六層までだったらしい。ベータでは千人、正式サービスには一万人もいるが、この人数で攻略するとしても一体どれだけの時間が掛かるのか。そんなことをこの場にいたプレイヤー全員が考えただろう。
 いまだにこの状況をどう判断していいか迷っている人が大半だった。現実感がなさ過ぎて。
 この世界で死ねば、俺は死ぬ。現実でも。
 今まで何とかしのいできた死というものが、視認できる世界。
 けれど、それをすぐに飲み込むことなんてできるはずもない。
 少なくとも一般人には。
 マフィアのボスになるべく非日常を日常として生活してきたこの一年と半年。それが今この有り得ない状況を現実として(感情は別として)受け入れさせている。
 そんな思考を遮って、またしても上から声が降ってきた。
『それでは、最後に諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠をみせよう』
 そういって中身のない手をかざす。アイテムストレージを確認するよう促す声。
 疑問を感じながら、ウィンドウを出し、アイテムストレージを開く。
 所持品リストの一番上。おそらくこれが茅場の言うプレゼントだ。アイテム名は《手鏡》。
 そのアイテムにさらに疑問を深めながらも、その名前をタップし、オブジェクト化のボタンを押す。きらきらと効果音を発して手の中に小さく四角い手鏡が収まった。
 試しに顔を映してみるが、俺のアバターが写るばかり。そして先ほどから感じていた頭痛―――この世界にもあるのかは疑問が残る―――は激しさを増す。まるで何かを知らせようとしているかのように。
「・・・・・・っわぁ!?」
 頭痛に意識を取られている間に、周りではプレイヤーが白い光に包まれていた。もちろん、俺も含めて。
 数秒で光は消え、恐る恐る目を開く。
 最初は何が起きたのかよくわからなかった。周囲を見回して、やっとプレイヤーの見た目が変わっていることに気付いた。
 現に、さっきから会話を聞いていた二人の姿はなく、変わったのだとその混乱する様子を見て分かった。
「あっ!・・・・・・お、俺だ。はは・・・・・・」
 はっ、として持ち続けていた手鏡を見ると、見慣れた自分の顔が写っていた。思わずから笑いが漏れた。
 明るい茶髪が重力を無視してあらゆる方向にはね、同じく琥珀色の目が戸惑いを映してか少しだけ揺れていた。少しだけ現実と違うところもあるようだったが、ほとんど同じだった。すごい技術だなあ、と現実逃避気味に思っていた。
 改めて周りを見ると、男女比も大きく変わっているようにも思う。体形や身長も大きく変化している人も一人や二人ではない。
 手の中でささやかな破砕音とともに、手鏡が消滅した。
「なんで・・・・・・」
 周りの喧騒を聞き流しながら呟いた。またもタイミングよく茅場が話し出す。
 なぜ茅場昭彦という人物がこんなことをしたのかを。
『―――目的はすでに達成した』
 言葉が続く。茅場の声には今までとは違い、少しだけ感情が浮かんだように感じられた。
『なぜなら・・・・・・この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ』
 誰もが静まり返って、黙って聞いている。
『―――そして今、全ては達成せしめられた』
 短い間。元に戻った無機質な声で茅場は続けた。
『・・・・・・以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の―――健闘を祈る』
 
 

 
後書き
はい、5話終了です。
 ずいぶんと時間が掛かりました。これから更新していきたいんですが、まだ時間ができそうにもないのでまたしばらく更新しないかもしれないです。
 読んでくださっている方すいません。
 どうかこれからも彼らの冒険(?)を見守ってください。
 もう少ししたらちゃんと書けると思います。せめてヒロインが出るところまでは書きたいです。
                                            by白月 
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