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幻影想夜

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第二十夜「必然」



「彼とは大学のサークルで知り合い、よくドライブがてら海まで遊びに行ったものです。スポーツ万能の彼は水泳も得意で…」

 よくもまぁ延々と…。

 ここは、とある結婚式の会場で…今日は元彼の結婚式。
 なんの因果で呼ばれたのか知らないけど、私はその一席に座っていた。
 こんな式にどうして来たのか、自分でも理解し難い。でも…何となく気持ちを整理したかったのかも知れない。
 ここは三人掛けのテーブルで、私の他に同卒の二人が掛けている。
 一人は楠良樹で、もう一人はその奥さんの由美子だ。この二人は大学卒業後、直ぐに結婚していた。
 私の名は松下麻奈。そして、一番目立つ席へニヤケながら座っているのが元彼の伊藤優。それから、その横にいけしゃあしゃあと座っているのは…勤めている会社の同僚である綾だ。

 要は…彼氏を寝取られたってわけ。
 あれは…そう、三ヵ月前のこと…。

「麻奈、俺と別れてくれ。」
 突然だった。何の前触れもなく、彼は私にそう言ってきたのだった。
「な…なんで!?」
 私には訳が分からず、彼を真っ向から問い詰めた。
 子供のように駄々を捏ねて、聞いちゃいけないことまで聞く羽目になったんだ…。
「俺、お前以外にも女がいるんだ。」
 あまりにも正直過ぎて、何言ってるのか理解出来なかった。
 そんな私に、彼は追討ちを掛けるかのごとく、言葉の冷水を浴びせかけたのだ。
「そいつさ、子供…出来ちゃってさ。」
 正直、殺してやろうと思ったわ。その女も…。
「相手は…誰?」
 でも、その女の名を聞いて…私は失望したんだ。この男のすべてに。
「宮野綾だ。」
 よりにもよって、あんな女抱くなんて!
 社内じゃ有名だった。誰とでも寝る女だって…。
 そんな女だけど、外見も顔立ちも良く、妙に男好きする女だった。
 優だって、それを知っていたはずだわ。
「ねぇ、私の体じゃ…ダメだったの?」
「そういうんじゃなくて…」
 歯切れが悪い。こんな男だったっけ?結局、優は体目当ての男だったんだって、そう感じた。
 私は深い溜め息を吐いた。
 私の目の前で、あれやこれやと言い訳を並べてるだけの男。それを見て、自分にさえ失望した。

―こんな男を愛してたなんてね…。―

 自分の見る目の無さを痛感させられたんだったわ。
 それがどうして…。

「こんなとこ居るのかしら…?」

 つい口から言葉が洩れてしまった。
「え?何か言った?」
 由美子が私の方に振り返ったので、私は「何でもない。」と笑って誤魔化した。
 でも、ほんと…私って何しに来たのかしら?
 自分の愚かさを確認しに?それとも自分の心の醜さを?

 なんでもいい…。

 周囲が騒めいた。どうやらスピーチが終わったみたいね。って言っても、この後もダラダラ続くだけで、何一つ変わらない。
「麻奈、やけに溜め息吐いてるけど…。」
 あまりにも私が溜め息を吐くものだから、良樹が怪訝そうに聞いてきた。
 この二人、私が優と付き合ってたことは知らない。
 言うも何も、この式で久しぶりに再開したんだもの。知るわけがない。
「ごめん、何だか疲れがね…。」
「そんなに仕事忙しいの?」
 隣から由美子が割り込んできた。
「まあね。OLが暇だなんて、一体誰が言ったんだか…。」
「でも彼女、麻奈と同じ会社の人なんでしょ?」
 嫌なことを聞いてきた。お茶にトリカブトでも入れて濁したい気分だわ…。
「そうよ。でも、同じ部所に居るわけじゃないし、顔見知り程度だわ。」
 どこまでも濁ってしまえ。
 いっそのこと、そのお茶を飲み干してしまいたいわ。
「そうなのか?俺はてっきり新婦からの招待だとばっかり…。」
 全く、どうしてこうも煩いのかしらっ!
「そうねぇ。普通、新郎は独身の女友達呼ばないわよね。」
 何で私のこと呼んだの!それからそこの二人も!!
「ま、そこんとこはヤツに聞かないと俺も分からないな。しっかしまぁ、何でヤツにあんないい女が出来たんだかねぇ。俺はそっちの方が気になるが…。」
「あ、それ私も不思議に思った。優ってさ、案外面食いだったのねぇ。大学の時は違ってたのにね。時は人を変えるってことかしらね…。」
 二人の会話が頭に響く。
 だから…何?

「必然だったのよ。」

 私が何となく、二人の会話を切ろうと口にした言葉。
 別に何の意図もなく、ただ言ってみた言葉だった。
「必然…ねぇ。そうなのかもね…。」
 何故か由美子が納得している。良樹は「そんなもんか?」と言って苦笑い。
 昔と変わらないなぁ、なんて思ったけど、やっぱり…全然違うのだ。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわ。」
 私はそう言うと、そっと席を立って外へ出たのだった。
 正直、泣きそうだった。
 私はすぐに洗面所に行き、誰も居ないその空間で少しだけ…そう、ほんの少しだけ泣いた。そして、それを無かったかのように顔を洗った。
 化粧を直しただけ。なにもなかったんだって、自分に言い聞かせた。
「帰っちゃおうかなぁ。」
 そう呟いて、一人笑ってみた。
 お手洗いから出て会場に戻ろうとした時、通路の窓辺に懐かしい人影を見つけた。

―あれって確か…。―

 私はそれを確かめるべく、その人影に近づき声を掛けたのだった。
「ねぇ、祐一君よね?」
 彼は何か考え事でもしていたらしく、私が声を掛けると驚いて振り返った。
 昔と変わらない精悍な顔立ち。背は高く、全体的に整った体型だ。
 彼は大学の二年後輩で、同じサークル出身なのよね。彼と初めて会った時、密かにときめいたのを今でも覚えてる。
「あ・あの、お久しぶりです。」
 彼は私を見るなり、ギクシャクとお辞儀をした。それがあまりにも幼く見えたので、私は笑ってしまった。
「何そんな堅くなってるのよ。」
 昔からこんな感じだったわね。全然変わってないわねぇ…。
「ところで、こんなとこで何してんのよ。未だ式も終わってないでしょ?」
 私がそう聞くと、彼は暫らく考えてから私に言ってきたのだった。
「あなたを…麻奈さんを待っていました。途中で席を立つのが見えたので…それで。」
「何で…?」
 私は首を傾げた。用事があるにせよ、式が終わった後にでも言えばいい。こんなタイミングで話す必要はないわよね?
「えっと…実は、麻奈さんにどうしても伝えたいことがあって…。」
 なんだか違う雰囲気。こっちまで堅っ苦しくなっちゃいそう…なんて思ってたら、彼は突拍子もないことを私に告げた。

「僕と結婚を前提にお付き合いして下さい!」

 私には何が起こっているのか理解出来なかった。

―この人…今、なんて?―

「サークルで出会って以来、ずっと麻奈さんのことが好きでした。もう見失いたくないって、そう思いました。だから…ずっと、僕と一緒にいて下さい。」

 こんな言葉…生まれて初めて聞いたわ…。幻聴じゃ…ないわよね?

 彼は返事を待ってるようで、じっと私を見ていた。
 私は小さな…それでいて、嬉しい溜め息を初めて吐いた。
「こんな女でいいの?それでも良かったら…いいよ。」
「僕は麻奈さんじゃなきゃダメなんです!!」
 彼は興奮気味に大きな声で言うものだから、周囲の人が皆こちらを振り返った。

 私は少し恥ずかしかったけど、とても幸福な気持ちになって彼に言ったのだった。


「バカ…。」



 これも…必然なのかも知れない。



       end...



 
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