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乗せた首

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5部分:第五章


第五章

「まずは首をしっかりと肩と肩の間に置け」
「はい」
 言われるまま首を肩と肩の間に置く。しっかりと置いた。
「これで宜しいでしょうか」
「うむ。それではこれを首に塗れ」
「首にですか」
「それでそなたは助かる」
「この水でですか」
 また彼に問う。まだ何か信じられない感じであった。
「それだけで」
「うむ。騙されたと思って塗ってみよ」
 また彼に言う。
「それだけでよいからな」
「わかりました。それでは」
 それを受けて水を手に取った。そうして実際に塗るのだった。
 するとすぐに。何かが大きく変わった。
「どうだ?」
「おや、何か」
 自分でもすぐにその変化に気付いた。首を右手で擦ってみる。
「ついています。しっかりと」
「そうだろうな」
 安倍は勝宏が驚く顔をしているのを見て頷いた。
「そうなる筈だ。何しろ」
「何しろ?」
「これは三途の川の水なのだ」
「三途の川の水、ですか」
「その通りだ」
 また勝宏に対して答える。
「これこそがだ。わかったか」
「それはわかりましたが」
 首がくっついた勝宏はまずはそのことに安堵した。しかしどうして井戸の水が三途の川の水なのか戸惑いながらか安倍に尋ねるのだった。
「あの、どうして井戸の水が。それに」
「それに?」
「どうして三途の川の水で私の首がくっついたのでしょう。どうにも話がわからなくて」
「それは簡単なことだ。よいか」
「はあ」
 安倍は説明をはじめた。勝宏もそれをしっかりと聞く。
「水は三途の川の渡し守に頼んでここまで引いてもらった。特別にな」
「そうだったのですか」
「少し金を弾んだ」
 若干苦笑いになった。どうにも結構な金を払ったようである。
「それでこうして引いてもらっているのだ」
「そうだったのですか。それで」
「後もう一つのだな」
 勝宏がもう一つ聞いていたのを聞いていた。それについても説明する。
「ええ、まあ」
「くっついた理由だな。それは」
「それは?」
 ぐっと息を飲む。彼の次の言葉を待つ。
「三途の川を渡れるのは死んだ者だけだ」
「そうらしいですね」
 それは勝宏も聞いていた。あまりにも有名なので流石に知っていた。あの川は死の世界にあり当然ながらそれを渡れるのは死んだ者というわけだ。
「稀にまだ生きている者も渡る」
「その場合どうなるのですか?」
「今の通りだ」
 勝宏のくっついた首を指差して言う。
「今の通りですか」
「戻される」
 そう述べる。
「生きている世界にな。そういうことだ」
「だからですか」
 勝宏は自分の首を右手で擦りながら述べた。
「今私の首がこうして繋がったのは」
「わかったか、これで」
「はい」
 安倍の言葉にまた応えて頷く。
「全てわかりました。それにしても」
「それにしても?」
「不思議なことです」
 首を捻っての言葉だった。
「こうして首が離れてまたくっつくとは。こんなことが起こるとは」
「何でも起こるものだ」
 首を捻るその勝宏に対して答えた。
「この世の中というものはな。だから」
「こんなこともあるというわけですね」
 どうにもまだ信じられないといった顔で述べる。落ち着いたとはいえまだ違和感が残っているというのもありそんな顔になっていたのだった。
「まあそうだ。では帰るのだな」
「はい」
 安倍に対して言葉を返す。
「これで。ただ」
「ただ。何だ?」
「いえね。折角首がくっつきましたし」
 笑いながら言う。今度は顔が苦笑いになっていた。
「もう二度と離れたくはないです」
「では侍は辞めるのか」
「そう考えています。切った切られたはもう」
 また述べる。
「勘弁ですよ」
「そうか。では寺に入るのだな」
「そういうことです」
 この時代はよく出家をする者がいた。戦国時代まではそうだったが武士も公家も出家する者が多かった。これも時代の風習の一つだった。帝も出家されて法皇となられる方が多かった。聖俗が厳しく分かれる江戸時代まではそうだったのだ。
「これからは。今までの戦での相手の供養をします」
「そうだな。いいことだ」
 それは安倍もいいと言う。笑顔で。
「ではな。今度は寺で会おうぞ」
「はい」
 二人は笑顔で別れる。勝宏は奇妙な事態から逃れることができた。だがこのことは今でもこうして話に残り人々に何かを見せているのだった。


乗せた首   完


                    2007・9・3
 
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