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幻影想夜

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第十六夜「ハッピー・プリンス」



 そいつはいつも明るくて、周りにはハジケた仲間が絶えず笑っていた。
 そして、そいつは嫌味な程にカッコ良くて、頭にくる程勉強が出来て、呆れる程スポーツ万能なんて…。自分の人生が何なのか、考えさせられる位の何でも屋だった。
 人はヤツのことをこう呼ぶ。

―ハッピー・プリンス―


  ☆  ☆  ☆

 私は星響高校に通う二年の高下美由。どこにでもいる、ごく普通の女子高生だ。
 しかし、今日も今日とて私のクラスは騒がしい。

 その理由は中心にいる人物にある…。

 そいつの名前は黒崎密。どこをどうやったらこの名前からこんな人間が出来上がるのか知りたい。“密”どころではなく、どこまでも能天気な性格でお人好し。“太陽”とかにすれば良かったんじゃないの?とか思ってしまう程の明るさだった。そういうところが人を引き付けるのだろうけど、とにかく煩い。
「でさぁ、そいつん家に行ったら、そいつの親がさぁ…」
 もうすぐ授業が始まるというのに、烈火の如く喋り続けているので、私は頭にきて注意した。
「ちょっと、黒崎君っ!少しは静かにしてほしいんだけど。もうすぐ授業が始まるんだから、用意くらいしなさいよ。」
 通路を挟んでいるとはいえ、隣がこれではやはり気が散る。
 しかし、黒崎はそんなことどうでもいいと言う風で…
「さっすが風紀委員長様っ!仰ることは御尤もですねぇ!」
 そうヘラヘラしと笑いながら返答してきた。
「あんたは何気に生徒会副会長でしょうが!シャキッとしなさいよっ!」
 私は半ギレ気味に言い返したが馬耳東風。
「おぉっ、委員長様がお怒りだ!皆の者、静まれぃっ!」
 こんなことを言って、黒崎は笑いを誘っている。まったく、始末に悪いとはこのことだ。
「そんな言い方ないでしょ!?どうして、いつもいつもそんなに騒げるのか理解出来ないわっ!」
 と、その時だった。
「私も、あなたがなぜそんなに煩いのか分からないわね。」
 真後ろで声がした。
「田中先生…。」
 先生は呆れ顔で言った。
「高橋さん、授業の用意はしてあるようだけど…。静かにして下さるかしら?」
「すみません…。」
 どうして私がこんな目にあうのよ!
 横を見ると、ニタリと笑った黒崎密!思いっきり睨み付けてやったけど、まったく効果なし。

―今に見てなさい!倍返しにしてやるんだからっ!―

 いつもこう思ってはいるんだけど、人生ってなかなか上手く行かないものなのよねぇ…。
 ムカムカしながらも、私は黒板に目を向けたのだった。

 田中先生は担任の国語教師。私と黒崎の仲が悪い(私が一方的?)なのをよく知っているんだけど、私が苦情を言っても何故かはぐらかす。席替えの時だって「慣れるしかないわよねぇ?」とか言うし…。
 確かに…慣れるしかないのかも。近かろうが遠かろうが、私はきっと黒崎のあの騒がしさには耐えられないと思うし。

―でも、慣れろって言われてもねぇ…。―

 今日もイライラしながら授業を受ける。
 外は私の心とは裏腹に、快晴の清々しい青空だった。


  ☆  ☆  ☆


 昼休みは戦争だ。四限終了のチャイムが鳴り始めると、みんな目を光らせる。
 その理由はパンの購買だ。
 毎日パン屋さんが売りに来るパンを目がけ、皆は一気にダッシュする。私はお弁当だから関係ないんだけど…。

―キーンコーン…―

「起立っ!」
 まだチャイムが鳴り終わってないのに、学級委員の更科が号令をかける。
「礼っ!」
 全員が申し合わせた様にその号令に従うと、一気に教室を駆け出して行く。気付けば先生さえいない…。
「ま、いいんだけどねぇ。」
 本当はこのパン屋さんのクロワッサンが絶品で、私も買おうかなぁとか思ったりもするんだけど、あの人混みの中に飛び込むのは…。
 でも、すっごく美味しいのよ?外側のサクサクと内側のふわふわした食感が絶妙で、噛んだ時に口の中に薫るあのバターの風味が…。考えるのは止めよう。
 私は食事をするために裏庭へ向かった。
 その途中、パン争奪の喧騒を横目で見ながら通り過ぎる。黒崎の声が一際大きく響いていたが、頭の中で器用に削除しつつ、いつもの裏庭へと出た。
「ハァ…やっと静かになっ…」
 こんな呟きも途切れさせるように…
「お~っと、高下発見っ!」
 後ろから、とても嫌なヤツの声がした。さっきも頭から削除したばかりなのに…何でこうも私を苛立たせるのか思案に暮れてしまう…。
「高下って弁当なんだよな?なぁ、一緒に食わねぇ?」
「はぁ~?何言ってんの?あんたは友達と食べれば良いでしょうが!私は桜を見ながら、一人でゆっくり食べたいのよ!」
 黒崎って何考えてるのか分かんない。
 取り敢えず外方を向いて、私はいつものベンチへ向かったのだけど…後ろから「なぁ、いいだろぅ?」と声を掛けながら黒崎がついてくる。
 私はクルッと振り返って言った。
「だ・か・らっ!何であんたと一緒に食べなきゃいけないのよ!」
 でも黒崎は、そんな私をキョトンと見つめて…
「俺が一緒に食べたいから。」
 さも当たり前と言う感じで答えた。
 なんだコイツ?でも、ここで言い争うほど私は大人気ない人間じゃないので、「まぁ、今日だけ我慢しよう…。」と考えて勝手に付いてくる黒崎を無視することに決めたのだった。

 桜の花が綺麗に見えるベンチがある。入学した時からここを使っているのだ。
 でも、なぜだか分からないけど、この裏庭には殆ど人が来ない。今日は友達連れで来てる人達がチラホラいるけど、私一人の時の方が断然多い。
 私はいつものベンチに歩み寄ってそこに座った。
 お弁当を取り出して広げてると、黒崎が少し離れて座ってきた。手にはパン屋さんの紙袋。開いたと言うより、上から取ったと言った方がいいわね。溢れんばかりの量がある。一体幾つ買ったのやら…。
「それ、あんた一人で食べるの?」
 私は横目で見て黒崎に聞いてみた。
「ああ、そうだぞ?」
 なんの躊躇いもなく即答。でも、いくらなんでも栄養偏るんじゃないのかなぁ?とか思ってしまうけど、私には関係ないしねぇ。

―さて、頂きますっ!―

 私はそう呟いて食べ始めた。が、そんな私を黒崎がじっと見つめる…。
「なぁ、その卵焼き一つくれよ~。」
 見ていたのはお弁当の中身…。
「はぃ?なんであんたにやんなきゃならないのよっ!」
 私はそう言って牽制するけれど…、結局は黒崎の物欲しそに見つめる子犬のような目に勝てず、一つだけ与えてしまった。
「んまいっ!」
 目をキラキラさせながら、黒崎は実に美味しそうに食べたのだった。

―この犬にエサを与えないで下さい。―

 黒崎を見てそう思っていると、調子付いた彼は、また子犬が尻尾を振っているような目付きでおかずをねだってきた。
「なぁ、アスパラのベーコン巻きも一つ欲しいなぁ~。」
 なっ!?なんて図々しい!
「だからっ!何であんたに…」
 黒崎は私が言い終らないうちに、紙袋からあるものを取り出して私に見せ付けた。そしてニタリッと笑って言った。
「これと交換でどう?」
 それはっ!滅多に買えないクロワッサンでは…!う~ん、何か裏がある様な気がするのは、私の考えすぎかしら?でも、花より団子って言うしね?(ちょっと違う気もするけど…。)
「仕方ないわね…。このミニトマトも付けるわ。」
「サンキュ~っ!」
 別に感謝される覚えはないけど、交渉成立ね。
 黒崎は、私が蓋に取り分けたおかずを美味しそうに頬張っている。

―あれ?何か…。―

 変な気持ちになった。それが何なのかは分からなかったけど…。

 時計を見ると、後少しで予鈴の鳴る時刻だった。
「もうっ!あんたとこんなことしてたから、こんな時間になっちゃったじゃないのよっ!」
「うゎっ、ほんとだ!ヤッバ…早く食わねぇと!」
 それから二人して、まるでヤケ食いしてるかの如く昼食を平らげたのは言うまでもない。

 予鈴が鳴ったので、私は黒崎に向かって言った。
「私が先に行くから、あんたは少し経ったらくるのよ?変に勘違いされるのは嫌ですからねっ!」
「…俺は別にいいんだけどな…。」
 黒崎がボソリと呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。私は「何か言った?」と聞き返したけど、彼は「別に?」と不機嫌に言ったのだった。
「んなことより早く行けよっ!遅れちまうぜ?」
 黒崎はそう言って私を行くように促したので、私は何か引っ掛かるものはあったけど、そんな余裕もなく走って教室に戻ったのだった。


  ☆  ☆  ☆


 数日の間、黒崎は意外とおとなしかった。と言っても、私に対してと言うことで、他で煩いのは変わらない。
 お昼休み。今日は音楽室にいるらしく、中庭に笑い声がこだましていた。
「なぁ、密。あれ弾いてくれよ?前弾いてたヤツ。」
 黒崎と同じくらい煩いこの声は…更科かっ!ってこの中庭、相変わらずよく響くなぁ…。
 そんなことをぼんやりと考えてると、煩いお喋りに代わってピアノの音が響いてきた。

―ショパンの幻想即興曲…!―

 本当にあの黒崎が演奏してるのかしら?CDじゃなくて?そんな私の問いに答えるように、前に座っている親友の七海が答えた。
「黒崎君って、確かどこかのコンクールで入賞したんじゃなかったっけ?凄いわよね~。でも、あんまり弾いてるの聴いたことないから、ラッキーだよね~?」
 ラッキーなのかしら?私は開いた口が塞がらなかった。そんな話しは一度も聞いたことがなかったし…。
 そんな私に追い打ちをかけるように、七海は喋り続けた。
「ねぇ知ってた?一年の時、全校朝会で校歌の伴奏やってたのって、黒崎君だったんだよ?」
 彼が成績優秀なことは知ってる…。スポーツ万能なのは、去年の体育祭で見せ付けられた…。その上、音楽ですか?欠点は…?

―煩いところ…。―

 いやいや、まだあるはずよ…!?でも、浮かんでくるのはヤツのいいとこばかり。

―あ、あれ…?変よね、私…?―

 今までの私だったら、十個くらいスラスラと思い付いたのに。
「美由?ねぇ、美由ってばっ!」
 気付くと、七海が不思議そうな顔して私を見ていた。どうやら私はボケッとしていたみたい。
「どうしたのよ!?ここ最近ずっとそんな感じゃない。お喋りしてると思ったら、急に黙り込んでボケッとしてみたり。ねぇ、黒崎君と何かあったんじゃないの?彼の方だって、あれだけ美由のこと構ってたのに…。」
「別に何も無いわよ?何変な顔してるのよっ!あいつだって年中私と口喧嘩なんてしたくないからでしょ?」
 七海に向ってそう言ってはみたものの、自分でも感じてる。
 本当は…あの昼休みから私はなぜか落ち着かなかった。その理由が自分でもよく分からないのよね…。
 特に…黒崎の話しになると、何となく胸が苦しいって言うか痛いって言うか…。自分でもどうしたらいいのか全く見当がつかないのだ。
 世間ではこういうのを<恋>とか言うらしいけど、断じて違うわっ!
 七海はそんなボケッとしてる私に言った。
「美由さぁ、自分がいつも百面相してるの気付いてる?傍から見たらちょっと変よ?黒崎君の話しになったりすると、特にひどいわね。まぁ、私は面白いからいいんだけどさ。」
 なんという言い草…。あなた私の親友じゃなかったっけ?
「七海…お願いだから、そう歯に衣着せないセリフはぶつけないでよ…。自分でも自覚はあるんだから…。」
 私は頬杖をついて、弱々しく溜め息を洩らした。
「もう、あんた達ってば…。」
 呆れた顔して、七海も溜め息を吐いたのだった。


  ☆  ☆  ☆


 五月も終わりを迎える頃になると、みんなすっかりまったりモード。桜も見事な葉桜となって、緑の若葉を手いっぱい広げていた。
 そんなある日の出来事。それは事件と言ってもいいかも知れない。それとも事故かしら?まぁ、どっちだって構わないわ。それは部活の終わりから始まった。
 私はなぜか吹奏楽部に所属してる。入学した時に見学しに来て、なんとなく居ついてしまった。
 楽器はフルートをやっているんだけど、これまた勧められるがままになんとなくやっているのよね…。最初は音が出なくて嫌になってたんだけど、人なんて現金なものね。音が少しずつ出るようになった途端、楽しくてしょうがなくなった。でも…。
「高下さん、ちょっと来て。」
 部活が終わって帰宅しようとしていた私を、部長の柳澤慎司先輩が呼び止めた。いやに堅い表情をしているような…。私は荷物を机の上に置き、部長の所へ行った。
 柳澤部長には、実はかなりのファンがいる。顔やスタイルが良いだけでなく、とても優しくて頼りになる人なのだ。包容力があるって言ったらいいのかしら?
 あの七海もチェックしてたしねぇ…。
「部長、何か?」
 私が前に来て尋ねると、
「あのさ、最近の君の演奏なんだけど…ちょっと気になってね…。」
 ああっ!やっぱりバレてる。不安定な部分が出てるなって、自分でも気付いてたけど…。
「悩み事があるんだったら相談に乗るよ?もしかして…好きな人がいるとか?」
 私は先輩のこの言葉にドキッとした。一瞬、黒崎のことを思い浮かべてしまったからだ。

―なんで私がドキッとしなきゃならないのよっ!―

「えぇっと、そういうのじゃなくて…。なんて言ったらいいのかしら…その…。」
 私はしどろもどろになって、あたふたした。どう言ったら良いのか…。そんな私を見て先輩が言った。
「なぁ、僕と付き合ってくれないか?」

―…はぃ?今、なんて?―

 突然のセリフに、私は真っ白になった。まさか…告白?この私に?
 誰もいなくなった音楽室。目の前にはジッと見つめている柳澤先輩…。

―ど、どう返事したら…―

 私の思考回路は猛スピードで答えを探している。確かに先輩と付き合うことが出来たなら、学校生活はもっと楽しくなると思う。だけど、こんなフラフラした気持ちで軽く考えて楽な方へ逃げてはいけない気もするのだ。
 そんなことを考えていた時だった。
「その告白、ちょっと待った!」
 音楽室の扉を一気に開けて、黒崎が入って来たのだ!
 対する柳澤先輩はポカンとして黒崎を見ている。そんな先輩を余所に、黒崎は私の前に歩み寄ってこう言い放ったのだ。
「お前を幸せに出来るのは俺しかいねぇ!」
 そういうや否や、私の手を取って駆け出したのだ。
 私は何が起きてるのか今一把握出来ず、黒崎に引かれる儘に走り出していたのだった…。

 この話しは、翌日には学校中に広まっていた。普段は地味な活動しかしてない新聞部(在ったこと自体忘れていた)の所為だ!

号外!!
<ハッピー・プリンス、音楽室でプリンセスを奪還!?>
 こんな見出しで、どうやって撮影したのか、私と黒崎が手を取って廊下を走ってる写真がデカデカと載っていた。それが校内の至る所にある掲示板に張り出されていたのだ!!


  ☆  ☆  ☆


「あの時は大変だったわよねぇ?あなたったら、私を裏庭へ連れ出した途端に“結婚してくれっ!”ですもの。」
「勘弁してくれよ。それは言わないお約束だろ?今思い出しても顔から火が出そうだよ…。」
「あら?私と結婚したこと後悔してるの?」
「そ、そんなことは絶対にない!むしろ、あんな幼稚な告白で、よく君がずっと一緒に居てくれたと思うよ…。」
「あらあら、今更?私はあなたの熱意に恋をしたの。そして今も…。」
 あの初夏の見えた季節から早十五年。今年もあの頃と同じ初夏の陽射しが降り注ぐ。
「母さ~ん、ご飯まだ?」
 息子が居間に顔を出した。
「あら嫌だ、もうそんな時間だったのね?すぐに支度するから、お父さんと一緒にいてちょうだい。」
 私は立ち上がってキッチンに向かったけど、息子が何か手に持ってる物が見えた。

―あら?あれは確か…―

 私は気付かぬフリをして隣のキッチンに入ったけど、暫らく耳をすまして聞いていた。
「父さんって、ハッピー・プリンスだったんだね!」
「た、太陽(たかあき)っ!どうしてそのあだ名をっ!?」
 フフッ、やっぱり息子が持っていたのは、私たちの高校時代の卒業文集だったのね。
 居間からは、父親の情けない声と息子のしてやったりの笑い声が響いていた。


  ☆  ☆  ☆


「俺と結婚してくれっ!ずっと裏庭のお前を見ていたんだっ!」
 黒崎は裏庭へ出た途端、私に告白してきた。私は柳澤先輩に言われた時よりも、なぜかすごく嬉しかった。
「ずっと…大切にしてくれる?」
 私は彼に尋ねた。彼は私を強く抱き締めて…こう囁いた。
「ずっと大切にする。どんなことがあっても離さないっ!」
 私はこの言葉を聞いて安心した。今まで心の中でモヤモヤしていたものが、一気に晴れたようだった。
 私は彼を抱き返して、その言葉にこう返事をしたんだ。
「私もあなたもずっと心が離れなかったら、結婚してもいいよ?」
「美由、好きだっ!」


 私は密の熱意に恋をした。
 こんな想いがずっと続くといいなって…そう思った。



       end...



 
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