リリカルな世界に『パッチ』を突っ込んでみた
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第十八話
高町なのはという魔法少女にとって、伏見葵という少年は力の象徴だった。始まりはほんの数日前。夜中に突然声が聞こえ、取り敢えず向かってみれば化物に襲われ、右も左もわからないまま魔法少女などというものになってしまい。
いくら小学三年生にしては頭の回転が早く肝が据わっている彼女といえど、混乱の極地へと叩き落とされるのは当然の事で。
その混乱が収まる前に、彼女は致命的な攻撃を喰らいそうになった。
その時助けてくれたのが葵である。空から物凄い速度でやってきた彼を、最初は流星かと思った。その後の戦いでも、彼が輝いて見えた。魔法という超常の力を手に入れながらも、あくまで肉弾戦をする彼。破壊という一点に集約された巨大すぎる力は、時として人を惹きつける。
なのはもそうだし、昨日の男子生徒もそうだ。お互い、伏見葵という強すぎる光に惹かれていた同士であった。
だからこそ、なのはは目の前の状況が信じられない。
「葵・・・君・・・?」
ようやくたどり着いた事件現場。結界が展開出来ないはずの葵なのに、何故結界が展開されているのか?しかも、侵入者を阻む構造になっていたらしく、ユーノが恐ろしいくらいの速度でクラッキングして設定を変えたが、それでも二分ほどの時間をロスしていた。
焦る気持ちを押し隠し侵入したその瞬間だ。なのはとユーノの目に入った光景は、葵が触手のようなものに貫かれて、空中でユラユラと揺れている場面だった。
「え・・・?嘘・・・?」
なのはは、葵が苦戦した場面を見たことがない。最初の暴走体のときは攻撃が通用しなくて若干苦戦していたが、それは例外だ。その後の兎の暴走体の時も、信じられないくらいの強さで圧倒していた。そして、彼女はヴォルケイノとの戦いを見ていない。
無意識のうちに、葵は負けないと思い込んでいた。実際は、バリアジャケットすら纏っていないというのに。あまりの非常識な強さに、感覚がマヒしていたのだろう。
そもそも、いくらメンタルが強くても、小学三年生が、人が串刺しにされていて冷静に対処出来る訳もないのだが。だからこそ、次の暴走体の行動も見逃してしまったのだ。
暴走体は、葵のことを甘く見てはいなかった。この状況からでも逆転される危険性すらあると本能的に悟っていた。だからこそ、追撃を開始する。
ゴッ・・・!!!
この嵐の中でも聞こえるくらいの強さで、別の触手が葵の腹部を突いた。しかし、今度は葵も腹部にパッチから供給されるエネルギーを収束し、串刺しにされることは防いだ・・・のだが。
ブチブチ・・・!!!
衝撃までが消えるわけではない。体を縦に串刺しにされている所に、今度は横からの衝撃を受けたのだ。貫かれた場所から筋肉と骨が断裂して、葵の右足と右腕は宙に舞った。支えを失った葵の肉体は、受けた衝撃そのままに吹き飛んでいく。
その光景を、半ば夢でも見るかのように呆然と見ていたなのはの耳元で、一足先に正気に戻ったユーノが叫んだ。
「―――っなのは!なのはしっかりして!このままじゃ葵さんんが地面に叩きつけられる!!!」
「あっ・・・!」
その言葉に我に帰ったなのはが、フラッシュ・ムーブを発動して落下予想地点に先回りする。距離がそう離れていなかった事もあって、ギリギリで葵が叩きつけられるのは防いだ。
「あ・・・あ・・・!」
魔法を使って落下速度を軽減し、慎重に彼の体を抱え込んだなのは。だが、彼女の体に、手に、顔に、葵の血液や臓物がへばり付く。嵐の中でも嗅ぎ取ることが出来る血臭。伏見葵に、二度目・・・否、トラック事故を入れれば、三度目の死神の鎌が近づいていた。
「葵・・・君・・・。葵君・・・!葵君・・・!?」
止めどなく流れる血が、否応なく葵の『死』を連想させる。腕と足は吹き飛び、腹は裂かれて臓物が飛び出ている。心臓や脳は奇跡的に無事だったが、重要な血管や臓器も多数破壊されており、このままでは一分もしないうちに死ぬのは確定していた。―――むしろ、今現在生きていることが奇跡である。最初の一撃で即死していてもおかしくなかったし、流した血の量から言っても、何故まだ生きているのかが分からない状態であった。
全ては、彼の体を修復しようと、パッチが必死になってエネルギーを送り続けているからなのだが、それも長くは続かない。パッチにヒビが入り始めているのだ。ピシ、ピシ、と致命的な音を鳴らしながらも、懸命に葵を生かそうとする。だが、あと数十秒、もって一分。それが葵に残された時間であった。
「葵君葵君葵君葵君!!!?」
「なのは、揺らしちゃ駄目だ!」
必死に治癒魔法をかけながらなのはを止めるユーノだが、いかんせん怪我の規模が違いすぎる。ユーノの腕では・・・否、治癒専門の術者が居ようとも手遅れだったろう。更に、なのはは恐慌状態に陥っており、ユーノの言葉など聞こえていない。
「なの・・・は・・・。」
「葵君!?」
「そこに・・・いるのか・・・。」
「葵・・・君・・・?」
葵が意識を取り戻した。そうなのはは思った。もう大丈夫だ。あれだけ強い葵君なら、一旦意識を取り戻せばどうにでもなると思い込もうとした。だが、そんなことは有り得ない。今も、葵は朦朧とした意識で、伝えなきゃいけないことをうわ言のように呟くだけだ。大雨の中で、何故かなのはには葵の声がハッキリと聞き取れていた。
「あ・・・れは・・・ジュエル・・・シード、七、個。知能も・・・ある。・・・・・・自分、を、囮に、しやがった・・・!」
「ジュエルシードを・・・七個も持ってる・・・!?あの暴走体が・・・!?」
ユーノは、葵の言葉に戦慄した。ジュエルシードという規格外ロストロギアを七個も持ち、自分を囮にして葵に攻撃をするほどの知能を持つ、全長何百メートルあるのかも分からない暴走体。おまけに、取り込まれたジュエルシードが、その巨体の一体どこにあるのかも分からない。一体、そんな化物にどうやって勝てというのだ。
ユーノは自らの罪を今までよりもハッキリと感じた。自分のせいで、この次元は消滅する。今目の前で死にかけている葵と同じように、この世界の全ての生命を、ユーノ・スクライアの過失のせいで死なせてしまうのか。
(僕が・・・殺してしまうのと同じじゃないか・・・!!!)
葵だって、ジュエルシードなどと関わらなければ、トラック事故という有り触れた事件で死ねたのではないか?生きたまま腕と足をもぎ取られるなんて残酷なことをされずに、普通に死ねたのではないのか?
こんな考えが頭を巡り、ユーノは目の前が真っ暗になるのを感じた。
★★★
「おい・・・おい!!!嘘だろう!?」
葵は叫んだ。
「『階段』が・・・無くなってる・・・?」
ここは葵の心象世界。真っ赤なクリスタルによって紅く照らされた美しい空間・・・だった。
今では、地面のあらゆる場所にヒビが入り、クリスタルの赤い輝きも失われている。元々が暗い世界だった為に、クリスタルの明かりが失われれば、訪れるのは完全なる闇だ。
その中で葵は、地面に膝をついて呆然と前を見つめていた。その瞳に、今までの力強さはない。
彼が見ているのは、元々は『階段』があった場所。パッチを手に入れてから、葵の希望であった、進化の階段は・・・跡形もなく失われていた。
「何で・・・だよ?何で階段が無くなってる・・・?」
恐る恐る左手を見てみる。そこにあったのは、ヒビの入ったパッチだ。葵の生命維持へと力を使いすぎて、破壊されかけているパッチであった。
「壊れた・・・のかよ?何でだ・・・。何でだ!!!不知火や雫は致命傷受けてからでも進化できたじゃないか!?主人公はよくて俺はダメなのかよ!?」
不知火など、心臓を破壊されてからでも進化できている。なのに、何故葵は駄目なのだ。心臓も脳も無事であり、ここから進化出来るなら十分望みもあったはずなのに。何故、不知火に出来て葵には出来ないのか?
何が悪かったのか。それは誰にも分からない。もしかすると、伏見葵という人間においての限界がここだったのかも知れない。主人公とは、ヒーローとは、例え実力がなくても、まるで運命に守られているように終わりを良くする人間のことだろう。過程がどれだけ辛くて遠い道のりでも、最後にはハッピーエンドにする人間のことをいうのだろう。
だからこそ、単なる凡人である葵の才能の限界が、ここなのかもしれなかった。
「嘘だろ・・・?ヤダ、死にたくない!もう死ぬのは嫌だあああああああああ!!!」
ボロボロと涙が溢れる。もう一度死ぬのかと思うと、恐怖で体が震える。しかし、そうしているうちに時間が来たのか・・・彼の体は、サラサラと先端部分から光になって消えていく。
「ヒッ・・・!?嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!助けてくれ神様!?俺は死にたくないって願っただろう!?手段だけ与えてオシマイかよ!?本当に神なら最初から俺を不老不死にしろよおおおおおおおお!!!」
だが、その心からの叫びに答える者はおらず。
とうとう腕も足も消滅した葵は、立ち上がる事も出来ずに床に突っ伏した。
「誰か・・・。助けてくれ・・・!」
その言葉を最後に、彼の意識は消滅した。
後書き
次は遅いと言ったな。アレは嘘だ(二回目
という訳で続きです。いつもながら少しくどいかもとか思わなくもないですが。まあ、別に打ち切りとかじゃなくて、この話はまだまだ続くんじゃ。
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