菖蒲
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2部分:第二章
第二章
何と小石や小刀を投げてそれで魚を捕っていた。上からそういったものを投げて魚を撃って浮かび上がったところを捕らえていたのだ。見事な腕前であった。
「ああした漁の仕方は見たことがないぞ」
「あの者です」
部下はここで伍子胥に言うのであった。
「あの者こそが」
「あの者か」
「はい」
部下はまた答える。
「その見事な腕前の者です」
「確かにな」
伍子胥はその者を見ながら答えた。見れば彼は不安定な小舟を一人で操りそうしながら水面近くの魚を次々に撃って捕らえていたのだ。それを外すこともなく。
「あの者の名は」
今度は名を部下に問うた。
「何というのだ?」
「専緒といいます」
部下はその漁師の名を告げた。
「それが彼の名です」
「そうか、専緒というのか」
伍子胥はあらためて彼の名を口にしてみた。言葉に出してみると不思議と心強さが感じられる名前であった。それが彼も不思議であった。
「よい名だな」
「はい。この辺りでは一番の漁師だそうです」
それを聞いてさもありなんと思った。そしてそれだけではないのもわかった。
「ふむ。会ってみたいな」
「彼にですか」
「うむ。若しかしたら」
若しかしたらと言ったがそこにあるのは確信であった。
「あの者ならば。ことを果たせるな」
「それでは殿」
「うむ」
また部下の言葉に頷く。
「我が君にもお伝えしよう。よいな」
「はっ」
こうして専緒は光と伍子胥の二人の知るところとなった。光は彼の名とその漁の仕方を聞くとまずは唸った。それから伍子胥に対して述べるのであった。
「その者ならばもしや」
「我が君もそう考えられますか」
「御主と同じことをな」
こう告げた。服の中で腕を組みながら。
「必ずや果たせるとは思わぬか」
「確かに」
伍子胥はあらためて主に対して頷く。
「刺客としたならば。確実に」
「ことを果たしてくれるな。ではわしも会おう」
「我が君がですか」
これは伍子胥にとっては思わない言葉であった。彼が会って話をしようと思っていたからこれは当然であった。当然でなかったのは主の言葉であったのだ。
「そうじゃ。何かおかしいか?」
「いえ」
その言葉は否定する。だがそれでも言う。
「まさか。御自ら御会いになられるとは」
「当然のことだ」
その険しい顔に微かな笑みを含めさせての言葉だった。
「大事を果たしてくれるのは士だ」
「はい」
その通りだ。これは伍子胥もわかることだった。それは何故か。彼もまた己を士と自認しているからだ。その誇りも心の中に持っている。
「士を尊ばずして何を尊ぶ。そういうことだ」
「それではすぐにでも」
「そうだ。馬車を用意せよ」
光は迷わずに伍子胥に告げた。
「士に会いに行くぞ。宝と共にな」
「はっ」
こうして光は専緒に会うことになった。無論伍子胥も同行している。二人が辿り着いたのは一件の静かな家であった。到底屋敷と言えるものではなかった。
「ここなのか」
「はい」
伍子胥の部下が光に答える。先導は彼が務めていた。
「この家でございます」
「みすぼらしい家だな」
「士は住んでいる家で決まるものではありません」
伍子胥が主に顔を向けて述べた。
「心で決まるものです」
「そうだったな。では心を見たい」
「そうですな。しかし」
「おや」
ふと彼等の後ろから声がした。
「見たところ高貴な方々のようですがどうしてこちらに」
「おおっ」
「専緒殿か」
二人は笑顔で声のした方を見た。するとそこに一人の粗末な身なりをした男がいた。
ごく有り触れた漁師の格好をしている。顔も身体も引き締まっていて精悍な印象を受ける。黒い目には強く鋭い光がありそれを見ただけで彼が只者ではないことがわかる。鼻が高くそれが彼の顔を立派にみせている。
とりわけ特徴的なのはその手であった。異様なまでに長く、鍛えられていたのだ。
「何故私の名を」
その男専緒は自分の名を言われたのをいぶかしんでまず二人に問うた。
「御存知なのですか?」
「御名前は常々聞いております」
「それでこちらに参りました」
「はて」
名前を聞いていると言われてさらにいぶかしむ専緒であった。
「私の名前をですか」
「そうです」
二人はまだ答える。
「それが何か」
「それは妙なことです」
専緒はそのいぶかしんだ顔でまた述べるのだった。
「私のような者が名を知られているとは。人違いでは?」
「いえ、違います」
伍子胥がそう彼に申し出た。
「私の名は伍子胥」
「伍子胥」
その名を聞いた瞬間専緒の表情が一変した。警戒がそこに見られた。
「貴方がですか。あの」
「私の名は御存知でしたか」
「はい」
こくりと頷いて答える。見たところ表情には複雑なものがある。伍子胥という人物の能力と人柄、両方を知っているからこその顔であるのがわかる。
「御名前は常々御聞きしています」
「それはどうも」
「さすればそちらの方は」
次に伍子胥の隣にいる高貴な服の男に顔を向けた。
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