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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第5部 トリスタニアの休日
  第4章 トリスタニアの休日

サン・レミの寺院の鐘が、十一時をうった。

ウルキオラは手をポケットに入れ、悠々とチクトンネ街を中央広場へと向かっていた。

歩くよりも響転を使った方が圧倒的に早いのだが、ルイズに「緊急時以外は使用しちゃダメ」と言われたため、仕方なく歩いている。

まあ、大勢の人間が闊歩するこの街で響転なんか使ったら、それこそ面倒な事に巻き込まれるので、ウルキオラも了承した。

暫くして中央広場につくと、そこでは待ち人が不満そうに唇を尖らせていた。

噴水に腰かけたルイズはウルキオラを見ると頬を膨らませた。

「何やってるのよ!遅いわよ!」

「スカロンに捕まった」

「放っておきなさいよ」

「一応場所を提供してもらっているんだ。無下には出来ん」

ルイズはガミガミとウルキオラを責め立てた。

ウルキオラはそんなルイズの声を聞き流す。

ルイズは一応おめかしをしていた。

貴族とバレては困るので、豪華な格好ではなかったが……。

最近町娘の間で流行の、胸のあいた黒いワンピースに黒いベレー帽。

ウルキオラがあげたペンダントを首に巻いていた。

ウルキオラ自身も腰と背中に剣を差していると変に警戒されると、ルイズが言ってきたために、二日かけて自分の意志でいつでも出し入れできる虚無空間を作り上げた。

それはまるで黒膣のような空間である。

ウルキオラ本来の力と、イーヴァルディーの力がそれを可能にしたのである。

故に、今のウルキオラはデルフも斬魄刀も身に着けてはいなかった。

頭の仮面以外は平民にしか見えない状況だ。

ボケッとルイズの後ろを歩いていると、右腕の袖を摘ままれた。

「ほら、行くわよ。お芝居が始まっちゃうじゃない」

なんだか照れたような声で、ルイズが言う。

ウルキオラは少し早足で歩き始めた。

しかし、ルイズは立ち止まったままだ。

「どうした?」

「もう!ちゃんとエスコートしなさいよ!」

ルイズはウルキオラの腕を引っ張った。

そこに腕を通される。

なるほど腕を組むのか。

これがエスコートか。

と、一人独自に解釈していた。

すると今度は足を踏まれた。

「なんだ?」

「レディこちらです、ご案内します。ぐらいのこと言えないの?」

う~~~~~、とうなってルイズが言う。

「場所など知らん」

ルイズは溜息をついて首を振ると、ぐいぐいとうでを引っ張って歩き出した。

「もう!エスコート一つ出来ないんだから!こっちよ!こっち!」

どっちがエスコートしてるんだかわからない勢いで、二人は夏の日差しのトリスタニアを歩いた。




さて、なんでこの二人がわざわざ待ち合わせをして芝居なんぞを見に行くことになったかというと……。

本日は週半ばのラーグの曜日、お店は休みになる。

ルイズが「芝居に行きたい」と言い出したのはこの日の早朝であった。

「芝居だと?」

「そうよ」

ルイズはなんだか気恥ずかしそうに呟く。

「お前、芝居が好きなのか?」

「別に好きじゃないわ。でも、見てみたいの」

「そうか」

ルイズはこくりと頷いた。

考えてみれば、ルイズは地方の出身である。

厳しくしつけられたため、見に行ったりすることができなかったのだろう。

「だが、何故芝居なんだ?」

「ジェシカが言ってた。今、そのお芝居がとっても流行ってるんですって」

ルイズも女の子。

流行りものには弱いようだ。

そして……。

ルイズは何故か待ち合わせを主張した。

「一緒に行ったら気分が台無しじゃない!こういうのは気分が大事なの!だから待ち合わせするの」

「そういうものか」

「そういうものよ。いいこと?中央広場の、噴水の前まで私を迎えに来て頂戴」

「面倒だな」

「面倒じゃない!そこからタニアリージェ・ロワイヤル座はすぐなんだから」

「そうか」

そして、待ち合わせすることになったのだった。




タニアリージェ・ロワイヤル座は、なるほどすぐだった。

豪華な石造りの立派な劇場である。

円柱が立ち並び、どこか神殿を思わせるような作りである。

おめかしした紳士淑女が階段を上り、劇場の中へと吸い込まれていく。

ルイズたちも後に続いた。

切符売り場で意外に安い切符を買い、ルイズたちは客席へと向かう。

舞台には緞帳が下りて、辺りは薄暗く……、なるほど神秘的な雰囲気でルイズはわくわくし始めた。

席には番号が振られ、切符に書かれた番号に座るようだったが。浮かれたルイズは気づかずに、違う席に座ってしまった。

ウルキオラと並んで開幕を待っていると、一人の身なりのいい初老の男性に肩を叩かれた。

銀髪が美しい貴族であった。

「お嬢ちゃん」

「は、はい」

「その席は私がずっと予約している席でね。お嬢ちゃんの席は別の席じゃないのかな?」

そう言われ、切符の番号を確かめる。

男性の言う通りであった。

ルイズは慌ててウルキオラを促し立ち上がる。

「バカが」

「うるさいわね!」

ルイズはウルキオラの文句に対抗しながら席を探した。

ウルキオラはルイズに尋ねた。

「どういう劇だ」

「…『トリスタニアの休日』」

「どんな話だ」

「とある国のお姫様と、とある国の王子様が、身分を隠してこのトリスタニアにやってくるの。二人は身分を隠したまま出会い、恋に落ちるんだけど……。お互い身分がわかると、離れ離れになちゃうの。悲しいお話よ」

そんなわけで、若い女の子に人気のことだった。

なるほど、客席には若い女性が溢れている。

やっとのことで席を探し当てたとき、幕が上がった。

開演である。

音楽が奏でられ……、美しく劇場内に響いた。

「すごい…」

ウルキオラは、と見ると、興味がないというような目で見ていた。

ウルキオラは、芝居などには全く興味がないので、今すぐここから立ち去りたいが、それをぐっと抑え腰を下ろしている。

そうしてまず最初に思ったことが、役者が下手…ということである。

声が裏返り、歌う場面では音痴が炸裂している。

びどいものである。

しかし、ルイズはそれでも感動しているらしく、笑ったり、はっ!としたり、ボロボロ泣いたりしている。

ウルキオラは少しだけ…ほんの少しだけだが引いてしまった。

これ以上みていられないと判断し、目を閉じた。

ルイズは目を閉じたウルキオラを見て、カッカした。

な、なによ!こいつ……、せっかくのお芝居なのに!私が誘ったのに!

ルイズにとって、これはデートなのである。

記念すべき生まれて初めてのデートである。

だから待ち合わせなど細部にこだわった。

それなのに、ウルキオラときたらそんなことに気づきもしない。

おまけにエスコートしない!

劇場の場所さえ調べていない!

その上、お芝居を見ていない!

ま、まあお金を出したのはウルキオラだし、席を間違えたのも私だけど、それでも苛立ちを隠せなかった。




さて、もう一組、ウルキオラと同様に芝居を見ていない客がいた。

先ほど、ルイズに席の間違いを指摘した、初老の貴族である。

彼は商人風の男と並んで腰掛け、密談に精を出していた。

その内容は……トリステインの将軍達が聞いたらひっくりかえってしまうような内容だった。

そこでは、非常に高度なトリステイン軍事機密が、まるで世間話のように交わされていた。

「で、艦隊の建設状況は?」

と商人風の男が問うと、

「少なくとも半年はかかるでしょう」

と貴族の男が答える。

小言で何度かそんなやり取りが……、王族の機密に関する情報が交わされた後、商人風の男は貴族の男に小さな袋を渡す。

貴族の男は中を覗いた。

中にはぎっしりと金貨が詰まっている。

商人風の男がささやいた。

「しかし……、劇場で接触とは考えましたな」

「なに、密談をするには人ごみの中に限ります。ましてやここではひそひそ話をするのが当たり前。芝居小屋ですからな。どこぞの小部屋などで行えば、そこでよからぬ企みが行われていると、公言しているようなもの」

「はは。我らが親愛なる皇帝陛下は、卿の情報にいたく関心をよせられております。雲の上までお越しくだされば、勲章を授与するとの仰せです」

「アルビオンのおかたは、豪気ですな」

「まも、いずれこの国もその名前で呼ばれることになりましょう。あなたの協力のおかげで」

そういうと、商人風の男は立ち上がろうとした。

貴族の男は、それを引き留める。

「まだ何か?」

「なに、終劇はそろそろです。どうせなら最後まで見ていきましょう」




その頃、ウルキオラはゆっくりと目を開いた。

そして、誰にも聞き取れないような小言を発した。

「どこの世も争いか…」

そう発したあと、再度目を閉じた。




トリステイン王宮の通路の石床を、かつこつと長靴の響きを鳴らして歩く一人の女騎士の姿があった。

短く切った金髪の下、澄み切った青い目が泳ぐ。

ところどころ板金で保護された鎖帷子に身を包み、ユリの紋章が描かれたサーコートをその上に羽織っている。

その腰に下げられているのは……、杖ではなく、細く長い、剣であった。

行き交う貴族や親衛隊のメイジたちはすれ違いざまに立ち止まり、王宮で見かけることの少ないこの剣士のいでたちに目を丸くした。

メイジ達はそんな彼女の下げた剣や、着込んだ楔帷子を見てささやきあう。

「ふん!平民の女風情が!」

「あのような下賤ななりで宮廷を歩く許可を与えるなどとは……、いやはや時代は変わったものですな!」

「しかもあの粉ひき屋の女は新教徒という話ではないか!そんな害虫にシュヴァリエの称号を与えるなどと……、お若い陛下にも困ったものだ!」

彼女は自分の体に投げかけられるそんな無遠慮な視線や、聞えよがしの中傷などには一瞥もくれず、ただまっすぐに歩く。

通路の突き当り……、アンリエッタの執務室を目指して。

王家の紋章が描かれたドアの前に控えた、魔法衛士隊隊員の取次に、陛下への目通りの許可を伺う。

「陛下は今、階段の最中だ。改めて参られい」

女騎士を見下した態度を隠そうともせずに、魔法衛士隊の隊員は冷たく言い放った。

「アニエスが参ったとお伝えください。私は、いついかなる時でもご機嫌を伺える許可を陛下より頂いております」

隊員は苦い顔をした。

そしてドアを開け、執務室へと消える。

それから再びやってきて入室の許可をアニエスに伝えた。

アニエスが執務室に入ると、アンリエッタは高等法院のリッシュモンと会談を行っていた。

高等法院とは、王国の司法を司る機関である。

ここには特権階級の揉め事……、裁判が持ち込まれる。

劇場で行われる歌劇や文学作品などの閲覧、平民たちの生活を賄う市場などの取り締まりも行う。

その政策をめぐり、行政を行う王政府と対立することもしばしばであった。

アニエスに気付いたアンリエッタは、唇の端に微笑を浮かべ、リッシュモンに階段の打ち切りを伝えた。

「しかしですな、陛下……。これ以上税率を上げては、平民どもから怨嗟の声が上がりますぞ。乱となっては外国どころではありませんぞ」

「今は非常時です。国民には窮乏を強いることになりましょうが……」

「戦列艦五十隻の建造費!二万の傭兵!数十もの諸侯に配る一万五千の国軍兵の武装費!それらと同盟軍の将兵たちを食わせるための糧食費!どこからかき集めれば、このような金を調達できるのですかな?遠征軍の建設など、お諦め下され」

「アルビオン打倒は今やトリステインの国是」

「しかしですな、陛下。かつてハルケギニアの王たちは、幾度となく連合してアルビオンを攻めましたが……、そのたびに敗北を喫しています。空を越えて遠征することは、ご想像以上に難事なのですぞ」

リッシュモンは身振りを加えて大仰に言い放つ。

「知っておりますわ。しかし、これは我らがなさねばならぬこと。財務卿からは『これらの戦日の調達は不可能ではない』との報告が届いております。あなた方は以前のような贅沢が出来なくなるからって、ご不満なのでしょう?私のように率先して倹約に努めてはいかがかしら?」

アンリエッタは、リッシュモンが身に着けた豪華な衣装を見て皮肉な調子で言った。

「私は近衛の騎士に、杖を彩る銀の鎖飾りを禁止しました。上に立つものが模範を示さねばなりませぬ。貴族も平民も王家もありませぬ。今は団結の時なのです、リッシュモン殿」

アンリエッタはリッシュモンを見つめた。

リッシュモンは頭を掻いた。

「これは一本取られましたな。わかりました、陛下。しかしながら高等法院の参事官たちの大勢は、遠征軍の編成には賛成できかねる、という方向でまとまりつつあります。そこは現実としてご了承いただきたい」

「意見の調整は、枢機卿と私の仕事ですわ。私たちには法院の参事官たちを説得できる自信があるのです」

そう言い放つアンリエッタを一目見た後、頭を下げて、リッシュモンは退室の意向を告げた。

アンリエッタは頷く。

リッシュモンは、扉の前に立つアニエスを一顧だにせず、退出していった。

やっと順番が回ってきたアニエスは椅子に腰かけたアンリエッタの御前へまかり出ると、膝をついて一礼する。

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、参上仕りました」

顔を上げるよう、アンリエッタが促す。

「調査はお済みになりまして?」

「はい」

アニエスは懐から書簡を取り出すと、アンリエッタへと捧げた。

それを取り、アンリエッタは中を確かめる。

それは……、アンリエッタがこの女騎士に命じた、あの忌まわしき夜の調査の報告であった。

そこにはあの夜、アルビオンからの誘拐犯……、偽りの生命を与えられ、蘇ったウェールズが誰の手引きで王宮へと忍び込んだかが書かれていた。

「手引きをした者がいると……、そう読めますわね」

「正確には、王宮を出る際に『すぐに戻る故閂を閉めるな』と申して外に出られた方が一名」

「そして入れ違いに、私をかどかわそうとした一味が入ってきたと」

アンリエッタは苦しそうな顔をして、言った。

「ええ、わずか五分後です。陛下」

「それだけなら、偶然と言い張ることも出来ましょう。しかし、あなたの調査書に書かれたこのお金は……、どうにも説明ができないわね」

そこに書かれていたのは、その男が己の地位を確かなものとするために、最近ばらまいた裏金の合計記録であった。

「おおよそ七万エキュー……。このような大金は、彼の年金で賄える額ではありませんわ」

「御意」

膝をついたまま、アニエスが同意の意を示す。

「あなたはよくやってくれたわ。お礼を申し上げます」

アニエスは、身に着けたサーコートの紋章を見つめた。

そこには百合をあしらった紋章が……、王家の印が象られている。

「私は、陛下にこの一身を捧げております。陛下は卑しき身分の私に、姓と地位をお与えくださいました」

「あなたはタルブで、貴族に劣らぬ戦果を挙げました。したがってあなたを貴族にすることに、なんの異議が挟めましょうか。それに……」

そういって、アンリエッタは悲しい顔をして、視線を落した。

「いかがされましたか?」

そんなアンリエッタを見たアニエスは心配になった。

「……わたくしはもう、魔法を使う人間が信用できないのです。一部の古いお友達と、その使い魔さんを除いて……」

「使い魔というのは、例の……」

アニエスはその使い魔という人物を知っていた。

というよりも、アンリエッタから聞かされたことがあった。

貴族でもないのに魔法を使い、しかもそれは圧倒的であり、一撃で戦艦を撃墜させるほどの威力をもつ。

さらには、剣術にも長けているという。

その話を聞いて、アニエスは一度手合せしたいものだと思った。

もちろん、剣術による勝負ではあるが。

「ええ、タルブ戦において、我々トリステインを救ったお人です。……まあ、人というのもあれですが」

アニエスは最後の言葉に疑問を持ったが、アンリエッタが話の軌道を変えたので聞きそびれた。

「まあ、余談はこのくらいにして、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン」

「はっ」

アニエスはもう一度背筋に力を入れた。

「あなたは事前の計画通りに、男の行動を追ってくださればよいのです。私の見立てが正しければ、明日、犯人であれば必ずや尻尾を出すでしょう。その場所をつきとめ、フクロウで知らせなさい」

「泳がすおつもりですか?」

「まさか。私は、あの夜に起こったことに関係するものすべてを許しませぬ。国も……、人も……、全てです。ええ、決して」

アニエスは深く一礼すると、退室した。

彼女は心の中で、アンリエッタに感謝していた。

アンリエッタは彼女に地位と苗字だけでなく……、先ほど言葉にしなかった、復讐のチャンスをくれたからである。 
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