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女傑

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5部分:第五章


第五章

 イモーラに入城したチェーザレは市民達の歓待の声に囲まれていた。その中を意気揚々と馬で進む。
「何時聞いてもいいものだ」
 彼はその中で満足気な顔で述べた。
「歓喜の声というのはな」
「それも自分に向けられているからですな」
「そうだ」
 そうミケロットに返した。
「この者達も皆私の宝となる」
 市民達を見ながらそう語った。
「イタリアの民達がな。そしてイタリアもまた」
「閣下のものに」
「今はその一歩だ」
 チェーザレの声が引き締まった。
「よいな。その一歩を踏み出しただけだ」
「はい」
 ミケロットもそれに応える。
「しかしこの一歩を最大限に使わせてもらう。何よりもな」
「御意」
 チェーザレは市民達の身の安全も権利も保障しその法を伝えた。それはカテリーナの敷いていた法よりも遥かに寛大でありイモーラの者達を驚かせたのであった。
「あの」
 イモーラの実力者達は領主の邸宅に入ったチェーザレと面会していた。謁見の間で主の座に座るチェーザレに対して恐る恐る問うていた。
「これはまことですか」
「何がだ?」
 チェーザレは悠然とした動作で彼等に顔を向けていた。その後ろにはミケロットやリカルドといった腹心達が控えている。
「この様な法なぞ」
「厳格か?」
「いえ」
「滅相もありません」
 彼等は恐縮してそう返した。
「ここまで寛容だとは」
「何か。嘘のようでございます」
「私は民に対して嘘は言わぬ」
 民に対しては、である。他の者に対してはわからない。
「それにこれが教皇領での決まりだ」
「そうなのですか」
「そうだ。今からここは教皇様のものに帰す」
 それをあらためて伝える。
「ならばそれが適用されるのも道理。これでよいか」
「はあ」
「そうでしたら」
 イモーラの者達はそれを聞いて応える。
「ではわかったな」 
 チェーザレは彼等を一瞥してからまた述べた。
「これからもそれぞれの責務に励むがよい。それだけだ」
「は、はい」
 彼等は驚きを隠せないままその場を後にした。その夜チェーザレはミケロットと話をしていた。
「どうやら彼等は驚きを隠せないようですな」
 ミケロットはその低いくぐもった声で主にそう述べた。
「閣下のやり方に」
「私の評判は聞いていると思うがな」
 チェーザレは笑いもせずにそう述べた。
「それを考えると当然ではないか」
「だからでしょう」
 ミケロットの言葉は何か達観すら感じられるものであった。
「だからとは?」
「閣下を御存知だからこそ。恐れていたのです」
「恐れているか」
 チェーザレはその言葉を聞いて呟いた。
「私を」
「はい」
 ミケロットはその言葉に頷く。
「間違いなく」
「恐れられるのは構わない」
 チェーザレはミケロットのその言葉を受けてこう述べた。
「それもまた君主なのだからな」
「左様ですか」
「それは御前もわかっていると思うが」
 ミケロットを見てこう問うてきた。
「それはどうなのだ」
「確かに」
 ミケロットもそれを認めてきた。
「その通りです」
「ふむ」
 チェーザレはそれを聞いてまずは頷いてみせた。
「他の者がどう思っているのかはいいのだ。ただ」
「ただ?」
「私は私の道を行くだけだ」
 冷たささえ感じられる言葉であった。冷徹と言うべき。
「それだけだ。だが民達もまた私の宝」
 その心は変わらない。
「イタリアなのだからな。それだけだ」
「宝ですか」
「そうだ」
 チェーザレははっきりと言い切った。
「宝を手にするのが私の夢なのだ。イタリアという宝をな」
「それではその為には」
「悪魔にでもなろう」
 口の端だけで笑った。しかしそれは一瞬ですぐに表情が消えた。
「それだけだ」
「わかりました」
 ミケロットは彼のその言葉に対して頷いてきた。
「まずはこれでイモーラは陥落し」
「次はフォルリだ」
 目標は決まっていた。
「フォルリに対しても同じだ」
 チェーザレは言った。
「わかったな」
「はっ」
 ミケロットはその言葉に頭を垂れた。イモーラの城塞も僅か二週間の篭城で陥落してしまいチェーザレはいよいよカテリーナのいるフォルリへと向かうのであった。
 チェーザレのその大軍がフォルリまで来たのは暫くしてからであった。カテリーナはそれを聞くとすぐに自らフォルリの街に向かった。そして有力者達に問い掛けた。
「今ここにヴァレンティーノ公爵の軍が来ています」
 彼女はまずこう言った。
「私は彼と戦います。よいですね」
「奥方様」
 だが彼等はその言葉に対していい顔は見せはしなかった。
「何でしょうか」
 それを察したカテリーナは曇った顔で彼等に問うてきた。
「ここはもう」
「イモーラも陥落しましたし」
「戯言を」
 皆に全ては言わせなかった。
「それでは貴方達は御自由に」
「といいますと」
「下るも何も好きにすればいいでしょう」
 最早彼等の心が降伏しかないとあっては言っても無駄であった。カテリーナも諦めるしかなかったのであった。それが彼女にとって好ましくない判断であったとしてもだ。
「貴方達には剣はないのですから」
 今まではそう思って民のことは考えなかった。彼女はあくまで剣を持つ存在でありそのこと以外に思いを馳せることはなかったからだ。剣を持つ女、それ以外の何者でもなかったからだ。
「それでは我々は」
「ええ、どうぞ」
 あらためて彼等に言い伝えた。
「ヴァレンティーの公爵に下れば宜しいでしょう」
「それでは」
「お許しを」
「許しなぞ求めてはいません」
 カテリーナはまた言い放った。
「だからといって貴方達をどうこうするつもりもありません。ただ」
「ただ?」
「戦うだけです。宜しいですね」
「わかりました」
「では」
 彼等はカテリーナの前から姿を消した。こうしてカテリーナは両腕を失うことになった。以後彼女はフォルリの隣にあるラバルディーノ城塞に篭もることになった。遂にフォルリの民衆はチェーザレを歓呼の声で出迎えその声はカテリーナの耳にも入っていたのであった。
 だがそれでも彼女は臆してはいなかった。じっとチェーザレの軍を見据えていた。フォルリがチェーザレのものとなった次の日城塞の前に一人の男が馬に乗ってやって来た。
「伯爵夫人に御会いしたい」
 漆黒の服とマントに身を包み白い羽根のついた幅の広い帽子を被っていた。陰のある面持ちだが気品があり優雅な美貌も兼ね備えている男であった。
 
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