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女傑

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2部分:第二章


第二章

「出て来ないと子供達の命はないぞ!」
「そうだ!」
 彼等は口々に叫ぶ。
「よくも騙してくれたな!」
「どういうつもりだ!」
「何か用か!」
 そこにカテリーナが姿を現わした。城門の上に悠然と立っていた。
「反逆者共が!」
 彼女は轟然とそこに立っていた。そして反逆者達を見下ろしていたのだ。
「反逆者だと!」
「そうだ!我が夫を殺した謀反人達よ!覚悟はできているな!」
 昨日のしおらしい様子は何処へ行ったのか。完全に烈女の顔になっていた。
「惨たらしい死が御前達を待っているぞ!」
「馬鹿が!」
 反逆者達はその言葉を聞いて叫んだ。
「死ぬのは御前の子供達だ!」
「ここで殺してやろうか!」
「馬鹿者共が!」
 だがカテリーナはその言葉を一笑に伏してしまった。そしてスカートをめくりあげるとやにわにこう叫んだのである。
「子供なぞこれで何人でも作れるということを知らないのか!」
「なっ・・・・・・!」
 この言葉には流石に誰も言い返せなかった。まさか公爵家の血を引く美貌の貴夫人の口からこんな言葉が出るとは夢にも思わなかったからだ。
「わかったら早く地獄に落ちるがいい!」
 カテリーナはスカートを元に戻してまた叫んだ。
「者共、打って出よ!」
 すぐに出撃の命を下してきた。
「反逆者共を八つ裂きにするのだ!」
「くっ!」
 この言葉で勝敗は決した。彼等は結果として命からがら逃げ出しカテリーナも子供達も助かった。カテリーナの肝を示す逸話の一つであった。
 彼女は荒々しい性格であった。それはこの事件の後も変わることがなかった。
 こんな話がある。彼女は二人目の夫を密かに迎えていた。だがこの夫は軽率で尊大な男であった。その為周囲やカテリーナの息子とトラブルを起こしそのせいで暗殺されてしまった。このことを聞いたカテリーナは烈火の如く怒り狂った。
「一つ言っておくことがあります」
 その話を聞いてカテリーナはまず言った。
「スフォルツァ家では自分のことは自分で始末をつけます」
 その燃え上がるような怒りを後ろにたたえての言葉である。
「その際に誰の手も借りたりなぞしません。そして」
 最後の言葉こそイタリア中を震え上がらせた言葉であった。
「復讐は血で。それも地獄の血によって償わせます」
 そう言ってすぐに報復を開始した。まずは首謀者の一人が捕らわれ大聖堂のバルコニーから全裸で吊るされた。処刑されたその亡骸は実に無残なものだったという。
 それから二人の僧侶を含む七人が。拷問で陰謀の全貌を白状させられてから馬で引き摺られて殺された。その亡骸はやはりバルコニーに吊るされた。
 最後の一人は逃げた。だがそれを見逃すようなカテリーナではなく彼にも刺客が放たれた。仇は地獄の果てまで追い詰めてその命を奪う、それがカテリーナ=スフォルツァという女だったのだ。
 これで彼女の復讐が終わったのではなかった。彼女は暗殺者の一族までも捕らえさせた。そして怒りに燃える顔をそのままにしてこう言ったのであった。
「仇の血、この世から絶やすのです」
 と。こうして僅か十日でこの事件に連座して四十名の者が惨たらしい方法で処刑されていった。当時の欧州は多分に血生臭い世界であったがカテリーナのそれは特筆するに値するものであった。敵は何処までも憎み、愛は何処までも追い掛ける。それがカテリーナではあった。
「素晴らしい女だと思わないかね」
 チェーザレはまずはカテリーナの実家であるミラノを陥落させていた。それから今カテリーナの下へ向かっているのである。その途中で彼は部下達に対してこう述べていた。
「美しいだけではない」
 銀の杯に紅のワインをたたえていた。それを眺めながらの言葉であった。
「強い女だ。私はそうした女が好きだ」
 銀の冷たさを感じながらの言葉であった。杯のワインが鮮血の赤をそこに映し出していた。今彼は部下達と共に宿舎にしている城の広間にいた。そこで酒を楽しんでいたのである。
「だからだ」
 彼は言う。
「彼女を何としても手に入れる」
「何としてもですか」
「そうだ」
 部下の一人の言葉に悠然として応えた。
「フォルリとイモーラもな。全て手に入れる」
「それはまた」
  茶色の髪の口髭の男がそれに笑ってきた。
「公爵のいつもの悪い癖が出られたようですな」
「ほう」
 チェーザレはその言葉に別の笑みを返してきた。
「何が言いたいのだ、リカルドよ」
「全てのものを欲する。悪い癖ですな」
「また妙なことを言う」
 チェーザレの笑みはその言葉を楽しむ笑みであった。彼はそうした言葉を自分への賛辞と受け止めていたのである。
「私が全てを欲するのはだ」
「はい」
 その男リカルドはそれに応えた。
「それを愛するからだ」
「愛されているのですか」
「そうあ、イタリアも勝利も」
 その言葉には美しい響きと共に悪魔的な哄笑も感じられた。不思議な言葉であった。
「そして美女も」
「その全てを」
「愛している。その為には手段を選ぶつもりはない」
「左様ですか」
「そうだ。手段を選ぶのは愚か者だ」
 チェーザレは言う。
「大切なのは結果だ。違うか」
「いえ」
 リカルドもそれは否定しない。
「その通りです」
「ならばよい」
 ここで否定していたらおそらく命が危ないであろう。リカルドもそれがわかってチェーザレの側にいるのである。
 チェーザレは冷酷非情な男として知られていた。こういう話がある。
 彼の弟にホワンという者がいた。美男子であり父である教皇から最も愛され教会軍総司令官の地位とガンディア公の爵位を与えられた。世俗の権威も名声も彼のものであった。
 だがそれはチェーザレが欲していたものであった。そもそも信仰心なぞない彼は教会での地位にも名声にも何ら関心を抱いてはいなかったのである。彼の野望はイタリア統一であった。だがそれを為しえるのはホワンであった。つまり彼はホワンを消してその地位を取って代わる根拠があったのである。
 ホワンはこの時より二年前に謎の死を遂げていた。暗殺であった。ティベレ河に浮かんでいた河の泥にまみれた傷だらけの遺体が彼であった。かつての美男子もこうなっては何の面影もなかった。
 彼の暗殺を聞いた父教皇は取り乱した。そしてすぐに犯人の捜査を開始した。
「万難を拝し犯人を捕らえよ!」
 そこに教皇の怒りと報復の感情があるのは明らかであった。右手に奸智、左手に謀略。スペインからやって来てボローニャ大学で哲学、法学、神学の三つの博士号を手に入れた大学はじまって以来の秀才と謳われた彼の頭脳は信仰ではなくそうした陰謀に向けられてきた。同時に彼は好色であり狡猾で欲深い人物であった。しかも暗殺を常とする残忍な面も強かった。これはチャーザレにも色濃く受け継がれていたがこの時はその残忍さが特に強く出て来た。
「犯人はすぐに見つかる」
「そして惨たらしく処刑されるだろう」
 誰もがそう思った。すぐにめぼしい人間が多数挙げられた。
 これが実に多かった。そもそもボルジア家というのは謀略でのしあがってきた家である。それだけに多くの敵を持っていて怨みも買っていた。ホワンとて例外ではなく彼自身も敵を多く抱えていた。容疑者はそれこそ山の様にいた。
 大勢の者が取調べを受けたが次々にその潔白が証明された。こうして容疑者は次々に減っていった。
 
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