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皇帝の花

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4部分:第四章


第四章

「どうしてこの薔薇が」
「どうされたのですか?」
「これを見てくれ」
 従者の一人に対して告げる。
「今贈られた薔薇を。これは」
「黒薔薇ですか」
「そうだよ。どうしてこれが」
 ネロはその黒薔薇を指差して不吉なものを自身の顔に浮かべていたのだった。
「私のところに」
「では捨てられますか?」
「いや」
 だが彼は従者のその言葉には首を横に振るのだった。
「何かの手違いかも知れないし。それに薔薇であることに変わりはないから」
「宜しいのですか」
「うん。これはこのままで」
 いいとした。
「飾っておいて欲しい。それでいいね」
「わかりました」
 従者は主の言葉に頷くのであった。
「それではそのように」
「うん。しかし」
 あらためて自分の周りの薔薇達を眺めながら述べるのだった。
「皆いつもこうして薔薇を届けてくれるのを見ると。私が愛されているのがわかるよ」
「そうですね」
 従者もその言葉には笑顔になる。彼もまたネロを愛しているのだ。彼はかつては奴隷だった。その彼を解放して側に置いてくれているのだから。恩に感じていない筈がなかった。
「皆陛下のことが」
「だからこそ私は」
 ネロはあらためて決意するのだった。
「彼等の為に政治をしたい」
「はい」
 そんなことを話していた。だがその時だった。
「陛下、大変です!」
 衛兵達が飛び込んで来たのだった。
「どうしたんだい?」
「謀反です!」
 衛兵達は息を切らしてネロにそう告げた。
「総督達が謀反を!元老院もまた!」
「元老院が!?」
「陛下をローマの公敵だと!宣言しました!」
「馬鹿な、そんな筈が」
 ネロはそれを信じようとはしなかった。彼は元老院の議員達とも親しくしていたからだ。その彼等にこうして公敵宣言されるなど考えもしなかったことだったのだ。
「彼等が。どうして」
「市民達も奴隷達も!」
 続けて報告が入った。
「陛下に対して叛乱を!ローマはもう!」
「どうしてだ、彼等が私を愛さない筈がない」
 市民や奴隷達まで叛乱を起こしたと聞いてネロは完全に我を失った。今手許にある薔薇達を抱えて言うのだった。
「こうして。薔薇を贈ってくれているのに」
「ですが真です」
「げんにこの宮殿に兵士達と共に」
 衛兵達は呆然とする主に対して告げるのだった。彼等も無念な声で。
「向かって来ております」
「このままではこの宮殿は」
「何かの間違いだ」
 ネロは蒼白になって今までの報告を否定するのであった。顔はもう強張り割れた仮面のようになっていた。
「彼等が。皆がどうして」
「陛下、何かの策謀かも知れません」
 彼の側近達がそんなネロの周りに集まり囁く。そうして必死に彼の心を落ち着けさせようと努力していた。
「ですがここは」
「お逃げ下さい」
「逃げるといっても何処に」
「私の別邸に」
 彼に解放された奴隷の一人が申し出てきた。彼の信頼する者の一人である。
「まずはそこで難を逃れましょう」
「だが私は」
 ネロはまだ冷静さを取り戻してはいなかった。議員や市民達に裏切られたのだという思いからまだ立ち直れていなかったのである。
「もう愛されてはいないのだ。だから」
「それは何かの間違いです」
「そうです、ですから」
 側近達はそう言って必死にネロを勇気付けようとする。
「ここは退きましょう」
「そうして再起を」
 そうしてネロを半ば強制的に別邸まで連れて行った。衛兵達が守りそうして慌しくローマを脱出した。その間ネロは茫然自失であり何も語ろうとはしなかった。ただその手にある様々な薔薇達を見ているだけであった。
 何とか別邸に着いた。一行はそれで一応は胸を撫で下ろしたのであった。
「これで大丈夫か」
「一先はな」
 一息ついたところで。主に対して述べるのであった。
「陛下、落ち着かれましたら」
「どうか賊を討つように御命令を」
「賊をだね」
「そうです」
 まだ虚ろな声のネロに対して申し上げた。
「そうすればまたローマに戻れます」
「御安心下さい」
 こうも述べるのであった。
「我々もいますので」
「そうか。そうだね」
 ネロはまだ虚ろな様子だが応えた。彼等はそれを見て何とか安心するのだった。だが。
 
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